6話
星が魔力の精霊王として転生してからかなりの日数が経った。精霊という種族ゆえに空腹や渇きに苦しむことなく、また眠らずとも毎日を過ごせたために星の感覚はかなり狂っている。謂わば体内時計が失われた状態となっていたのだ。
だが星としては特に問題視していない。魔力がある限り動き続けることが出来る体は寧ろ便利だと思っていたぐらいだ。魔力体である精霊は体内の魔力が尽きるまで行動し続けることが出来る上に、魔力の回復自体も早い。滅多なことでは倒れないのだ。
そして星は今日も無属性魔法の練習をしていた。
「次いくぞ!」
「来いっ」
そう言いつつ対峙している星と氷竜王。二人の間にはピリピリとした空気が流れており、刺すような空気の冷たさが余計に鋭くなったようだった。
氷竜王は氷属性魔力を練り上げて魔法へと変換し、願いを現実へと変える。すると五十メートルをも超える氷竜王の周囲に数えるのも億劫になるほどの氷塊が現れたのだった。そして氷竜王はキッと星を睨みつつ氷塊を発射する。
無数の氷塊は急加速して星へと殺到したのだった。
だが星もただ立ち竦んでいるだけではない。ここ最近で練習し続けてきた無属性魔力を練り上げ準備していたのである。
「《障壁》!」
だがその瞬間に氷塊が星の体へと直撃して大量の雪煙が上がった。マシンガンのように連射され続けている氷塊はそれでも止まらずに星に殺到する。手加減など知らないとばかりに氷竜王は容赦なく氷塊を放ち続けていたのだった。完全にオーバーキルである。
しかし雪煙が晴れると、そこには傷一つない星が立っていたのだった。それを見た氷竜王は満足した様子で口を開く。
「身に纏うタイプの《障壁》も上手くなったな」
「結構怖かったけどな。でもこれは便利だ。普通に《障壁》を展開するよりコストが低いし、何より自由に動くことも出来るからな」
「練習して常時発動できるようにするといい」
「そうする」
星が練習していたのは結界や壁のような《障壁》ではなく、鎧のように身に纏うことで防御力を高めることを目的とした《障壁》だった。効率良く《障壁》を展開するため、普通よりも魔力の消費は低い。また激しく動きながらでも発動し続けることが出来るのは大きな強みだった。さらに魔力の回復速度の方が上回っているため、普段から発動しても疲れることはない。
さらに常時発動していれば、たとえ暗殺されそうになっても滅多な事では死ぬことはないのだ。
「これで余程のことでもなければ攻撃を食らうこともなさそうだな。竜王である私の攻撃を防ぎ切ったのだから自信を持って良いぞ」
「まぁね。それに今は《障壁》の練習だから攻撃を受けたけど、魔法攻撃なら無効化できるし」
「確かに魔力を掌握すれば魔法など簡単に潰せる。潰せないとすれば法則属性ぐらいなものだろう」
「魔力の掌握と身に纏う《障壁》で魔法と物理面での防御は大体対処できるようになった。これなら滅多に死ぬこともないし、そろそろ世界を見て回りたいな」
そう言いながら星はその場に座る。溶けない雪が降り積もった霊峰の山頂付近は極寒の寒さであるはずだが、魔力の精霊王である星には関係ない。魔力の体であるために寒さを感じないからだ。必要ならば感じることも出来るが、わざわざ感じる必要もないので感覚をオフにしてるのである。
また常時《障壁》を張っているので着ている制服が濡れることもない。炎の攻撃魔法が来たとしても焦げ一つ付くことはないだろう。尤も、魔力の精霊王である星に魔法攻撃は効かない。正確には特殊属性以下の属性魔力は完全に掌握できるのだ。これが無属性魔法の最たる能力の一つだと言えるだろう。
そして無属性魔法には別の能力もある。
「それで迷宮はどうするのだ? 最近は魔物も減って魔力が竜脈に戻らなくなっている。対処しなければ竜脈が枯れて世界が滅びてしまうのだが……」
「一応考えているけど……問題はどこに迷宮を作るかだよ」
魔王の役目として、魔力を回収して生命エネルギーへと変換し、竜脈に戻すという仕事がある。これに関しては無属性魔法で魔力核を作り、それを竜脈に接続することで迷宮を制作するところから始めなくてはならない。
恐らく拠点として役にも立つはずなので、星としてはどこに迷宮を制作するべきか悩んでいたのだった。だが氷竜王はそんな星を見て不思議そうに呟く。
「別にどこでも良いだろう? 何ならこの場所に作っても構わない」
「いや、拠点として使いたいし出来るだけ便利そうな場所がいい。こんな秘境じみた場所だと不便って言葉すらを通り越しているからな」
「ならば便利そうな場所に別の迷宮を作れば良いだろう。今のお前ならば三つほど迷宮を作ったとしても問題ないと思うぞ」
「……迷宮って複数作れるの?」
「言ってなかったか?」
そう言って見つめ合う星と巨大竜。
どうやらお互いの間に齟齬があったらしく、星は一個しか迷宮を作れないのだと思い込んでいたのだった。だが冷静に考えれば迷宮を一つしか作れないならば魔王としての役目を果たすのが難しいだろう。迷宮で誕生する魔物が魔力を吸収したり、魔力を持った生物を殺害することによって生命エネルギーを回収するのだが、世界中で魔力を回収するためには複数の迷宮が無ければ非常に難しいと分かる。
星が勘違いしていると気付いた氷竜王は改めて説明を始めた。
「魔王は自らの魔力を使って魔力核を作成できる。そしてその魔力核を作成することで魔王の総魔力量が減るのだ。だから総魔力量の限り複数の魔力核を作成することが出来る。つまり迷宮を作ることが出来るのだ」
「つまり迷宮を作り過ぎると俺自身が弱体化すると?」
「そうだ。今のお前なら三つ作るのが丁度いいだろう。それで残り総魔力は今の七割程度になるはずだ」
「迷宮一つで一割か……最大で十個作れるけど、それをすると俺が使える魔力がなくなると。つまり減る分の魔力は魔力核の維持にでも使われるのか?」
「そうではない。魔力核はある意味で魔王の体の一部なのだ。魔王が体を分けて出来た一種の生物であるともいえる。だから魔力核は無属性魔力を生み出し続けることが可能なのだ。それゆえ人類に狙われる」
なるほど……と星は納得する。
魔力核は魔王の体の一部。つまり魔力体である魔王から分けられた体こそが魔力核となるのだ。だからこそ一つの生き物のように魔力を生み出すことが出来る。しかも人類には使えない無属性の魔力だ。狙われるのも当然である。上手く属性魔力を組み合わせて疑似的に無属性魔力を作る技術もあるようだが、やはりオリジナルには敵わないのだろう。
そしてもしも魔力核が奪われると、魔王からすれば魔力を奪われたことに等しい。つまり純粋な弱体化となるのである。だから魔王も必死に魔力核を守らなくてはならない。竜脈に接続して地形を変化させ、迷宮にすることで奪われないようする必要があるのだ。
「はぁぁ……やっぱり人類とは敵対することを運命づけられているのか」
「そう落ち込むことはない。精霊王なのだから精霊たちとは仲良くできるだろう。もちろん私たち竜種もお前に協力してくれるはずだ」
「……ちなみに魔力の精霊王に味方してくれる勢力ってどんなの?」
「まずは私たち竜種だ。そして自然管理を担っている精霊たち。さらに悪魔や魔族だな」
「悪魔と魔族?」
これには星も反応する。魔族と言えば魔王の配下としては定番な種族だ。ゲームや漫画の世界でもそのように描かれていることが多い。さらに悪魔は地球では様々な姿で描かれている。
一部の創作物では天使の対となる存在として描かれていることも多いが、本来は堕天使こそが悪魔だという説が強い。美しく強い自分たちを至上と勘違いし、神に逆らった堕天使たちが悪魔の正体だという。有名な悪魔としてサタンが挙げられるが、彼は天使の中で最も美しく、最も力ある存在だったようだ。
それはさておいて、この世界における悪魔や魔族はどんな存在なのか……星は非常に興味があった。氷竜王は興味深げな星の様子を感じたのか、おもむろに説明を始める。
「さてと……では悪魔だが、こやつらは純粋に人類の敵として存在している。私たち竜種や精霊は自然界を管理する中立の立場だが、悪魔に関しては完全に人類の敵なのだ。つまり必然的に人類と敵対せざるを得ない魔王とは敵の敵同士ということで味方勢力となる」
「あ、俺って一応は中立の立場なんだな。人類からは一方的に敵対視されるっぽいけど」
「それに関しては諦めることだ。そして悪魔がなぜ人類に敵対しているのかと言えば、適度に人類を間引きするためと、人類共通の敵として君臨するためだ」
「あー。共通の敵がいれば人類が無駄に争わないからな」
「そういうことだ。ちなみに無条件で人類の味方をする天使も存在するぞ。こやつらは悪魔や魔王が暴走して人類を滅ぼし尽くさないための存在だな」
人は心の中に必ず悪が潜んでいる。それは欲望と直結しており、争いへと繋がるのだ。人類の歴史は戦争の歴史とも言われるように、いつの時代でも戦いは行われてきたのである。その理由などは何でもいい。
領土、面子、資源、宗教、報復、果てには気分まで様々だ。
そうして歴史と共に争いは引き継がれ、現代の地球でも各地で戦争や紛争が行われている。そしていつどこで戦争が起こってもおかしくはないのだ。
だがここで突然、宇宙から地球外生命体が攻めてきたらどうだろう? 恐らく人類は手を取りあって地球を守るために戦うのではないだろうか? 共通の敵が現れることで人類のヘイトを管理することがこの世界における悪魔の役目なのである。そして天使は悪魔たちが人類を滅ぼし尽くそうとした時に人類を手助けする存在なのだ。
「なら魔族は何だ?」
「魔族とは歴代の魔王が生み出してきた魔物の子孫だ。今も未攻略の迷宮は残っているし、世界中を闊歩する魔物を絶滅しきれていない。その子孫が魔族として今も世界中に生き残っているのだ。その中でも特に強い個体は魔王個体と呼ばれているらしいがな。
魔力の精霊王が人類と敵対関係に近い状態だったためか、魔王とは人類に仇を為す者たちを統率する存在だという風に変化しているらしい」
「魔族って結構種類が居るのか? たしか魔王一人につき一種類の魔物しか生み出せないよな?」
魔物は魔力核から生み出すことが出来るのだが、魔力核も元を辿れば魔王の体の一部だ。そして魔王は自分の分身として一種類だけ魔物を創造することが出来るのである。
しかも魔物の創造にも相当な制限があり、強くするには魔力を喰らわせて強化しなくてはならない。初めから強い魔物を生み出すことは出来ないのだ。そして一種類しか生み出せないからこそ魔王は自らの分身ともいえる魔物たちを適当に創造する訳にはいかない。星はそういう理由もあって未だに魔力核を作ることを躊躇っていたのだ。
そして魔王が一人につき一種類しか魔物を生み出せない以上、魔族の種類も歴代の魔王の数によって増減することになる。星としてはかなり気になる情報だった。
「魔族はかなり種類がいる。例えば数を増やして圧倒的な物量で敵を殺すゴブリンは有名だ。個体としては弱いが、数の暴力で街一つを滅ぼしたこともある。逆に数が少ない代わりに個体の能力が高くなっている魔物もいるな。例えば私たち竜種の姿を参考にしたワイバーンやドラグーンがいる。他にも死ににくさを重視したアンデッドと呼ばれる存在もいるな。奴らは生殖によって増えない代わりに、倒した敵をアンデッドにすることで増殖する。
魔王はこれまでに幾度となく生まれては討伐されてきたのだ。遥か昔は百年以上も君臨し続けた魔王がいたものだが、五百年前ぐらいからは一年から五年で討伐されていたな。しかも二百年前に現れた最後の魔王は捕まって無属性魔力を絞り出し続ける役目を負わされている。どうやら魔力の精霊王は討伐されるたびに新しい個体として一体だけ出現すると気付いたらしい」
「マジかよ……だったら俺は?」
「分からないが転生したためのイレギュラーのようなものだろう。私も全てのことを知っているわけではないのでな。だが魔王が二百年間も不在だったのは確かだ。如何に竜脈の生命エネルギーが豊富でも、そろそろ魔力を管理しなければ拙い。竜脈の力も年々減っているからな」
「そうか……」
今の人類にとって魔王はそれほど脅威と思われていないようだ。しかも先代の魔王が魔力タンクとして利用されているとすると、星も捕まれば同様の運命を辿る可能性がある。人類と対等に付き合うためには相当な力を付けなければならないと気付かされたのだった。
厳しい表情の星は改めて氷竜王に尋ねる。
「ちなみに……悪魔や魔族たちはどれぐらい残っているんだ?」
「私も霊峰に留まっているから完全に把握しているわけではないが……悪魔はリーダーである大悪魔が封印されたことで烏合の衆と化し全滅。魔族も年々減らされている上に、テイムされて敵に回っている奴も多いだろうな。たまに出現する強力な魔族も、魔王個体として指定されれば一か月も経たないうちに討伐されるらしい。歴代の魔王が生み出してきた迷宮核も殆どが人類に奪われて利用されている。大抵の大きな街には迷宮核から生み出される無属性魔力を利用した障壁が展開されているほどだからな」
「……え? 詰んでない? というか人類強過ぎじゃね?」
人類にとってもはや魔王は脅威でないらしい。
転生したばかりの星は追い詰められたところからスタートしていたのだった。