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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
57/123

57話


 亡都ナスカ。

 そう名付けられた迷宮の中心には巨大な一つの塔があった。青白く光る魔水晶の塔であり、廃墟と化した周辺とのミスマッチが甚だしい。迷宮化に伴って竜脈へと接続し、地殻変動によって大地からこのような塔を創り上げたのだ。

 直径は百メートル以上、そして中心部が直径二十メートルほどくり抜かれたドーナツ型の円柱形であり、高さは五百メートルにもなる。内部は特に複雑化しておらず、魔水晶製の美しい螺旋階段で迷うことなく最上階まで行くことが出来る構造だった。階段の広さを鑑みれば、軍隊も通ることが出来るだろう。嫌がらせのような階段で肉体的にも精神的にも疲れさせる造りである。全く同じ景色で延々と階段を上らされ続ければ、気が狂ってしまいそうになることだろう。

 最上階はセイが拘って造形した空間となっており、外周は多数のアーチでくり抜かれた魔水晶に囲まれていた。そしてアーチを潜り抜ければ亡都ナスカを一望できるテラスになっている。

 この最上階だけはドーナツ型になっておらず、中心部には魔水晶で出来た玉座が設置されていた。天井には渦のような模様が描かれた球状の魔水晶製装飾品が吊るされており、そこに魔力核ダンジョンコアが収められている。

 当然、この塔の最上階は魔王が座するための空間である。この場所で、魔王セイと傲慢の高位悪魔スペルビアが話し合っていた。



「予定通り、アルギル軍が来たみたいだね」

「そのようでございますね。偵察に出した眷属によると、五万は確実だとか」

「数は問題じゃないさ。迷宮に仕掛けを施したから、塔に辿り着ける奴は千にも届かないはずだよ」

「やはり問題は……」

「ああ、騎士団長クラスの上位者だね。それに今回は近衛騎士も全員参加するみたいだ。前に一人殺したことがあるから、残り九人か。注意するべきは、第一騎士団長、第四騎士団長、第五騎士団全員と国王ペルロイカ・アルギルだね」

「第二騎士団長と第三騎士団長は問題ないのですか?」

「第二騎士団長はこの戦いに参加しないみたいだ。アビスからの連絡で、王都にいると分かっている。どうやら治安維持に全力を尽くすようだね。まぁ、元々第二騎士団の役目は治安維持だ。妥当と言えば妥当だろうさ。それに、強さの面で、第二騎士団は他の部隊より一段劣るからね。

 あと、第三騎士団長は気にする必要がないよ。彼女は魔法の強さで騎士団長になったわけだからね。魔法が効かない俺の敵ではないさ」

「流石でございますね」



 セイは生物に擬態させたアビスを使うことで、王都ムーラグリフで行われた対策会議を全て知っている。つまり、アルギル軍の情報は筒抜けだった。

 低位竜やワイバーン、さらに飛行船による空中戦力が惜しみなく投入されることも分かっているので、迷宮に細工をしてある。亡都ナスカに放っているスペルビアの眷属、色々な所から集めて来た魔族と戦いつつ、地上を移動させることで、塔に辿り着くまでに疲弊させる予定なのだ。

 魔王はただ、塔の頂上で待てばよいのである。

 即席の割に装飾が施された美しい塔なのだ。かなり目立っているので、アルギル軍は間違いなく塔を目指して進軍してくることだろう。

 迷宮内に入ってくれば、迷宮を支配している魔力核ダンジョンコアを通して様子を知覚することが出来るので、余興としては充分である。



「問題は竜殺剣ドラゴンスレイヤーか……」

「魔王様のことですから、既に対処法は考えられているのでしょう?」

「まぁね。混沌属性は俺の《破魔》で対応できないけど、ちゃんと別の方法は用意してあるよ。塔の頂上・・・・と亡都ナスカ・・・・・・の地下・・・は見たかい?」

「……? いえ、見ておりません」

「だったら、実際に奴らを相手にしたとき教えてあげるよ。楽しみにしてて」

「仰せのままに魔王様。では私も観戦させていただくとしましょう」

「ああ、観戦するならテラスに出るといいよ。俺もそこから自分の眼で確認する予定だし」



 セイはそう言って玉座から立ち上がり、迷宮内転移でテラスに出る。塔は直径百メートル以上の広さであるため、歩くと移動が面倒なのだ。精霊が魔力体であることを利用した転移であるため、残念ながら悪魔のスペルビアには適応されない。スペルビアは執事の恰好に相応しく、綺麗な所作でテラスまで歩いて出て来たのだった。

 スペルビアがテラスに出て来たのを魔力感知で知覚したセイは、亡都ナスカの景色を眺めたままスペルビアに話しかける。



「見てみろスペルビア。アルギル軍が迷宮に入りつつある」

「なるほど、こうして見てみると中々の数でございますね。この位置からでもよく見えます。そしてアレが飛行船とやらでしょうか? 人類ゴミの割には大層なものを持っていますね」

「前回は霊峰で二十隻の飛行船が投入されていたから、今回は少なめだな」



 遥か先、八キロほど離れた亡都ナスカの外周部では、既に騎士団と魔族の戦いが始まっている。アビスを使って集めた魔物たちであり、メインはゴブリン系やウルフ系だ。騎士たちからすれば慣れた相手である。障害にもならず、順調に倒しながら亡都ナスカの南門、南東門付近を占領し、安全地帯を確保しつつあった。

 まずは簡易的な拠点でも作るのかもしれない。



「アルギル軍が本格的に攻略を開始したらアレ・・を使う。面白いことになるから、スペルビアもよく見ておくといい」

「ほう。魔王様がそう仰るのでしたら、私も楽しみにしておきましょう」



 魔王と悪魔の会話が風に流されて消える。

 何も知らないアルギル軍は見事に誘い出されていることに気付くことが無かった。

 







 ◆ ◆ ◆






 亡都ナスカの南門付近では、一際大きな天幕が張られていた。その天幕は他よりも厳重な警備が置かれており、魔物一匹通すことがない。だが、この天幕に厳重な警備が置かれているのは当然である。何故なら、この天幕は国王ペルロイカのためのものだからだ。

 今は各騎士団長と参謀室室長が集まり、円卓を囲んで最後の軍議を開いていた。



「ではマール・リッド。作戦内容を確認せよ」

「はっ! 仰せのままに」



 霊峰攻略作戦失敗で失脚したリオル・ジェイフォードの後釜であるマール・リッドは、資料を取り出して全員に配り、行渡ったことを確認してから話し始める。



「では、僭越ながらこのマール・リッドが作戦の説明をさせていただきます。まず、資料の一頁目をご覧ください。作戦の概要が書かれていると思います」



 全員が目を通すと、何度か聞いた作戦内容の要約が記されていた。既に聞き飽きている内容だが、軍事行動ではこうした確認が大事になる。小さな擦れ違いで軍が崩壊することもあり得るのだ。大軍を扱う者は慎重にならざるを得ない。

 マールは資料一頁目に書かれている内容を簡単に説明する。



「今回の作戦で肝となるのは王と第五騎士団でございます。グリフォンを騎獣としている王と、低位竜を騎獣としている第五騎士団で中央部の塔へと侵入します。そして少数精鋭で魔王を討ち、早期に戦いを終わらせるのです。今回は国防に自由組合の力を借りていますので、戦いが長引けば予算にも響きます」



 勿論、ここでは言わないが予算だけの問題ではない。僅かな一時とはいえ、国防を他の組織に任せることは危険なことだ。出来ることなら、一日か二日で終わらせるのが望ましい。

 この言葉を聞いて全員が頷くのを確認し、マールは言葉を続ける。



「そして王の騎乗するグリフォンと第五騎士団の皆様が騎乗する低位竜は空を飛ぶことが出来ます。このアドバンテージを生かさない手はありません。幸い、塔の最上階にはテラスがあるようです。望遠鏡にて確認しましたので間違いないでしょう。空からそこへ侵入し、一気に魔王を討ちとります。塔の最上階に魔王がいるのは定番ですからね」

「リッド室長よ。少し良いか?」

「はい、何でしょうかケルビン様」



 そこで手を上げて話を止めたのは第五騎士団長のフラッド・ケルビンだった。分からないことを質問するのは良いことなので、マールも一度話を中断し、質問を聞くことにする。



「リッド室長の話では魔王が塔の頂上にいることが確定してるようだが、仮に居なければどうするのだ?」

「そうなると、しらみつぶしに探すしかありませんね。ただ、飛行船には大型の魔力感知機を搭載していますので、探索は可能です。また、数時間前に望遠鏡にて塔の頂上付近を確認しますと、魔王と思しき人物を確認しました。これを撮影した画像が資料の最終頁にあります」



 すると全員が資料を捲って最終頁を開き、虚属性魔法で撮影された魔王の顔写真を見る。そして、それを見た第一騎士団長シギル・ハイドラが眉を顰めつつ口を開いた。



「リッド殿の言う通り、これは魔王アストラルだ。私は前回の霊峰攻略で奴と戦っているから間違いない」

「ほう、これが魔王アストラルか。思ったより若い見た目ではないか」



 シギルの証言で、画像が魔王の写真であることが証明された。そして同頁にはこれまでに確認された魔王の能力などが記されており、深淵竜アビスドラゴンの写真も載せられている。最新情報として擬態できる可能性も示唆されていた。

 短時間でこれだけの資料を用意したのだから、マールもかなり優秀だということである。

 感心の目を向けられたマールは鼻を高くするが、まだ説明は終わっていない。英雄たる面々からの称賛に頬が緩みそうになるのを抑えつつ、マールは次の説明を始めた。



「最新情報の繋がりで注意事項を説明しておきましょう。最終頁の一枚手前の資料をご覧ください」



 マールの言葉に従い一頁前に戻すと、そこには一枚の写真が載せられていた。先程の魔王を写したものよりも広い範囲を捉えたものであり、よく見ると魔王の背後にもう一人の人物が写っているのが見える。

 初老にも見える執事風の人物で、全く見覚えのない顔だった。



「お分かりになったでしょうか? どうやら、魔王とは別に何者かが協力しているようです。見た目は執事風の人ですが、中身は人外かもしれませんね。侮らぬほうが良いでしょう。王と第五騎士団が総がかりで戦いに臨む以上、敗北は無いと思われます。しかし、油断だけはされぬようにしてください」

「魔王に協力する者か……」



 ペルロイカには少しだけ思い当たるものがある。

 それは全力の探索でも一向に見つかることが無かった竜殺剣ドラゴンスレイヤーが関係している。王家にのみ伝わる秘伝の中に、竜殺剣ドラゴンスレイヤーの秘密に関わるものがあるのだ。

 この中でペルロイカだけが、竜殺剣ドラゴンスレイヤーに封印されている高位悪魔を知っていたのだ。五百年前の勇者が残した八つの封印剣であり、世界に混沌を齎す悪魔を封じた剣。その剣こそが竜殺剣ドラゴンスレイヤーであるという事実を知っていた。

 だからこそ、初老の人物について心当たりがあったのである。



(まさか……高位悪魔だというのか? どうやって封印剣から解放された?)



 証拠はない。

 だが、辻褄は合うことになる。

 ここで彼らが悪魔エニグマと悪魔フォルテがナスカ陥落に一役買った情報を得ていれば、ペルロイカは事実を突き止めることが出来ただろう。

 しかし、ナスカから僅かに逃げ出した人々は、運よく悪魔たちに会うことなく逃げ切れた者だけだ。当然ながらその姿は確認できず、彼らから情報を得たアルギル軍も知る由が無い。深淵竜アビスドラゴンは空を飛ぶので、街の外に逃げた人々も確認できたが、地上を動き回る悪魔エニグマと悪魔フォルテの存在は知らなかった。

 そして騎士団による調査の結果も、ナスカが迷宮化している事実ぐらいしか判明していない。

 今も安全地帯を確保するために周囲の魔物を掃討しているが、悪魔の姿は見えない。

 故にペルロイカは確信を持てずにいたのである。



(あれは下手すれば大混乱を齎す情報だ。まさか竜殺剣ドラゴンスレイヤーが悪魔を封印し、その力を利用している兵器などと言えるはずもない)



 秘伝には秘密にするだけの理由がある。

 ここには信頼できる騎士団長や参謀室の室長しかいないが、だからと言って安易に話してよい内容ではないのだ。ペルロイカは事実を掴みながらも、話せずにいた。

 そんなペルロイカの内情など知らないマールは、初老の人物への注意喚起をした後、話を戻して作戦の概要へと戻る。



「話を戻します。王と第五騎士団が魔王を討伐する間、他の騎士団は包囲網を構築して貰います。主に第一騎士団には数の力で魔物を駆逐し、塔の周辺を掃除してください。第三騎士団は飛行船に乗って頂き、空中戦力に対応して頂きます。これはワイバーンに乗る第四騎士団も同様ですね。先程の資料最終頁にも載っていましたが、魔王はドラゴン型の魔物も操れるようですから」

「了解だ」

「私も了解ですわ」

「うむ。空中戦は任せよ」



 シギル・ハイドラ、レイナ・クルギス、アルミノフ・ネッキンガーがそれぞれ返事をする。

 まとめれば、騎士団の総力を以て御膳立てしたあと、国王ペルロイカと第五騎士団が空を飛んで塔へと強襲する作戦である。シンプルであるが、数の力と個の力を生かした確実性の高い作戦である。

 アルギル騎士王国の持てる全ての力を出した戦いだ。

 参謀のマールはこれで魔王と迷宮を蹂躙できると考えていた。いや、マールだけでなく誰もが勝てる戦だと思っていた。ペルロイカも高位悪魔に関する不安はあるが、第五騎士団の実力を思い出して問題ないと結論付ける。

 作戦開始は翌日の十時。

 だが、誰一人として、それが絶望へのカウントダウンであることを気付くことが出来なかった。









迷宮の仕掛けとは?

次回、明らかになります。

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