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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
56/123

56話


 王都ムーラグリフにある王城の大会議室では、国の重鎮たちが顔を並べ重い空気を発していた。それもこれも五日前に届いた工業都市ナスカ崩壊の知らせのせいである。

 魔王によってナスカが滅ぼされた後、この事実が王都に伝わったのが翌日で、その日の内に確認と緊急会議が行われた。そして王都から騎士を派遣して事実確認を行い、簡単な現地調査の内容と、僅かな生き残りから聞きだせたナスカ崩壊の全容が報告され、今に至る。

 大臣たちは悲痛な面持ちで資料を眺め、国王ペルロイカすらも苦々しい表情を浮かべている。

 ナスカ崩壊はそれだけ痛い事件だったのだ。

 被害総額はお金に換算することすら難しい。工業都市ナスカには最新の技術が結集しており、騎士の剣や鎧もこの都市で作られていた。技術、そして技術者、更に多数の施設を失い、このままでは国家の運営にすら支障をきたしかねない。



「やってくれたな魔王め……」



 静まり返っている会議室の中で、ペルロイカの呟きが響く。

 ここまで国を荒らされ、都市までも破壊されたのだ。所詮は魔王と侮っていたが、認識を改めるべきだと考え始めていた。

 ただ、虚仮にされたままで終わらせるつもりはない。

 このままでは進みそうにない会議をペルロイカ自身が進めていく。



「もはや猶予はない。魔王は討伐する。俺と第五騎士団も出撃する。また、各騎士団の団長もだ」

「しかし王よ」

「反論は許さん。これは決定事項だ」



 王自らが出撃する。

 この事実はアルギル騎士王国にとって非常に重い。何故なら、王自らが出撃せねばならないほど追い詰められているということなのだから。

 これが大国との戦争ならば面目も守られるだろう。武勇の王として称えられるはずだ。

 しかし、今回の相手は魔王である。

 たかだか魔王相手に全力を出さなければならないという事実は、アルギル騎士王国にとって屈辱だった。それを分かっている大臣は諫めようとしたが、ペルロイカは強い言葉で言い切った。

 もはや面目など気にしてられないということである。

 いや、大都市を一つ滅ぼされた時点で面目など潰されているのだ。ならばこそ、全力で魔王を叩き潰さなければならないのである。



「徹底的に潰す。ほぼ全軍を以て魔王を滅ぼすぞ。俺の国で好き勝手してくれた魔王を後悔させなければ気が済まん。霊峰の迷宮を攻略するための準備を転用すれば数日以内で出撃可能だろう」

「王よ。確かに可能ですが、全軍とは……?」

「そのままの意味だ。治安維持が目的の第二騎士団を除く、全ての騎士でナスカへと向かう。更に四本の竜殺剣ドラゴンスレイヤーも使用を許可しよう。魔力回復薬や傷薬も惜しみなく投入する」



 ペルロイカが言い放ったこの決定には一同が言葉を失った。

 現在、運用できる騎士は五万から六万で、これを全てナスカに投入すれば、国境警備や魔物への警戒がゼロになってしまう。第二騎士団を残すと言っても、各都市で治安が乱れるのは間違いないだろう。

 それだけでなく、国宝の竜殺剣ドラゴンスレイヤーを全て投入し、薬品関係も惜しみなく使うというのだから、その本気度が窺える。

 先日失ってから未だに見つからないドラゴンスレイヤーの一本は気がかりだが、その状況でも残り四本を全て使うというのだ。国防の点で、大きな隙を晒すのは明白である。

 だが、ペルロイカとて何もなしにこの提案をした訳ではない。

 国防についてはしっかりと対策を打っていた。



「貴様らが心配するのも分かる。だが、今回は全軍出撃が可能なのだ。理由を説明してやれフランドール」

「ええ、分かりましたペルロイカ王」



 ペルロイカが視線を送った先に居たのは自由組合理事ネイエス・フランドールだった。アルギル騎士王国の重鎮のみが参加できる会議で、ただ一人の部外者だが、今回はペルロイカ王の計らいで参加している。

 そして重鎮だけあってネイエスのことも名前ぐらいは知っており、ペルロイカに彼の名が呼ばれたことで驚いている者もいた。だが、彼らもネイエスの発言を聞いてすぐに納得することになる。



「私がペルロイカ王に呼ばれたのは、国防に自由組合員を貸し出すことが決まったからです。実は、私共は以前から王と交渉させていただき、戦力を貸すということは半ば決まっている状態でした。自由組合が国のまつりごとに干渉しないという前提もあり、交渉は難航していましたが、この度のナスカ崩壊は自由組合も大きな被害を受けております。故にご協力をすることになったのです」



 ナスカにも自由組合の支部はあったが、魔王アストラルによる侵攻で機能を失った。そして、工業都市だけあって技術者系の組合員も多く所属していたのだが、そんな人員を多数失うことになったのだ。そうなったとすれば自由組合も手を出す理由がある。

 体としては魔王討伐のため、手を貸すということだった。

 勿論、金銭によって雇われるということであり、無条件で戦力を貸すわけではないが。

 ただ、ネイエスも初め要求していた魔力回復薬のレシピを取り下げ、それなりの金銭で雇われるという契約を約束したのだ。当然、ペルロイカはこの案に乗ったのである。

 驚く重鎮たちがある程度静まった頃、ネイエスは再び語りだす。



「私たち自由組合がするのは、都市周辺の魔物討伐がメインです。流石に組合員に治安維持をさせる訳にはいきませんので、本来であれば第一騎士団が受け持つ魔物からの脅威の駆除を行いましょう。自由戦士たちの普段の仕事とも被りますし、問題はないかと思います。国境警備は諜報部門の者に代行させましょう。皆、この国の住民ですから、裏切りは無いと思いますよ」

「そういうことだ。騎士団は全力で魔王を叩き、国防は少しの間のみ自由組合に任せる。これは正式な取引として成立している決定事項だ」



 重鎮たちは息を飲んだ。

 正式に取引が決まったということは、世界的にこの事実が知られるということである。そして、大々的に知られた以上、自由組合は裏切ることを赦されない。仮に裏切ってしまえば、それは自由組合という組織の信用が地に落ちることになるからである。

 このことが表すのは、自由組合も本気である、ということだ。

 ナスカ支部が都市と共に滅ぼされ、組合員も多く失った以上、魔王討伐に協力する名目は充分である。多少苦しい部分もあるが、他国からの横槍も気にする必要が無くなる。いや、ネイエス自身が、その政治力を以て介入を阻止するハズだ。

 この提案は実に魅力的だった。

 国防を自由組合に任せる不安は残るが、魔王討伐という偉業はリスクを天秤にかける価値がある。計算高いことで有名なネイエスがその栄誉ある魔王討伐に自由組合員を差し向けないということに疑問を感じる者もいたが、ネイエスはそれを先読みしているかのように理由を語りだした。



「ああ、それと自由組合員を魔王討伐に差し向けない理由ですが、それは今のアルギル騎士王国にランク10以上の自由戦士がいないからです。最高でランク9戦士が数名ですから、単純な戦力としては騎士団の方が上なのですよ。まぁ、一定以上のランクの者を騎士団に混ぜて貰うことも考えましたが、統率の取れた騎士団の中に自由戦士を入れると、どんな反応が起こるか分かりませんからね。揉め事を起こされると魔王討伐にも響く可能性が高いでしょう」



 確かに理に適っている。

 騎士団はそれ一つで統率が取れているので、余計な要素である自由戦士を混ぜると、チームワークにも混乱が生じる可能性が高い。また、自由戦士は多くても十名以下でパーティを組むことが多く、百や千を越える人数での団体行動は苦手としている。

 そして、ランク10を超える戦士を他国から呼ぶにしても、いろいろと問題が起こるのだ。まず、他国から呼ぶので時間がかかるし、わざわざ呼び寄せるまで騎士団を待機させると、騎士たちの名誉に傷がつきかねない。

 国の守護たる騎士よりも、他国から呼んだ自由戦士を重んじたと捉えられるからだ。

 この緊急事態で名誉も何もないのだが、これは国という組織を成り立たせるうえで重要なものである。だからこそ、魔王討伐も騎士団で行う方が良い。

 言い換えれば、今回はネイエスが遠慮した形だった。

 ネイエスは利益だけを求める愚か者ではなく、政治的なバランス感覚にも優れている。今回の件で一歩引きさがることで、アルギル騎士王国に対して貸しを作った。

 重鎮たちはそう考えたのである。



(ふふふ……凡そ、思惑通りですね。全ては魔王殿の望む方向に進んでいる)



 ネイエスは内心でほくそ笑む。表面上は取り繕っているが、今にも笑い声をあげそうな程だった。

 少し前に邂逅した魔王アストラルとの取引は順調である。まさか本当に都市が一つ滅びるとは思っていなかったが、これで魔王の実力は証明された。

 自由組合員には各地での防衛任務を与え、後方からの支援を主張する。そして魔王がアルギル騎士王国を崩壊させ、貴族を皆殺しにした時点で、ネイエスは介入するつもりだ。逆に、騎士団が魔王を滅ぼすことが成功したなら、一歩譲って後方支援に徹したという貸しをアルギル騎士王国に対して与えることが出来る。

 どちらに転んでもネイエスにとっては益となる予定だった。

 彼は魔王と直接会い、都市を滅ぼすほどの実力も確認している。だが、本当に国を崩壊させられるほどの戦力を保持しているとは思えなかったのだ。だからこそ、確実に利益が取れるように動く。

 その強かさは確かなものだった。



「さて、少し話が逸れかけたが、つまり我らは全力で魔王を討てば良いということだ。魔王がいると思われるナスカは迷宮化しているらしいからな。充分に準備をしなくてはならない。物資は霊峰の迷宮攻略用のものを転用するが、具体的な運用は作戦参謀室で決めろ。猶予は三日だ」

「はっ!」

「そして騎士団長は自分の騎士団をナスカ近傍に集めろ。一週間以内だ」

『はっ!』



 この場に集まっている一級参謀室室長マール・リッド――リオル・ジェイフォードの後釜――と第一騎士団長シギル・ハイドラ、第二騎士団長オリエスト・ゼーライク、第三騎士団長レイナ・クルギス、第四騎士団長アルミノフ・ネッキンガー、第五騎士団長フラッド・ケルビンがそれぞれ返事をする。

 やるべきことは決まった。

 具体的な指示はないが、大臣たちにも大量の仕事がある。ナスカ崩壊、その対抗策、自由組合との協力体制の説明を国民向けに発表、そして国外に魔王討伐をアピールする準備も必要だ。そして今回は自由組合員を国が雇うことになるので、そのための費用計算もいる。この費用はネイエスと交わした契約費用とは別なので、財務大臣が頭を悩ませることになるだろう。

 しばらくは本当に忙しくなる。



「ではアルギル騎士王国第二十八代国王ペルロイカ・アルギルの名において命じる。此度の魔王討伐作戦を了承し、各騎士団にはそれぞれ命令を下す。

 第二騎士団を除く騎士団は一週間以内にナスカへと集まれるように計らえ。第五騎士団は俺と共に迷宮化したナスカ内部へと侵入し、少数精鋭による魔王討伐を決行する。よって団長フラッド・ケルビン以下は序列順に竜殺剣ドラゴンスレイヤーを装備することを許可しよう。竜殺剣ドラゴンスレイヤーを装備出来ない者もオリハルコンの完全装備で来い。勿論、ドラゴンも連れていく。

 ドラグーン暴走事件のせいで騎獣が不足している部分は馬で代用だ。数が揃うかどうか、早急に見直しを進めておけ。足りなければ去年の霊峰攻略作戦で使った飛行船を使っても良い。確か、旗艦に使った飛行船はまだ武装を残していたはずだ。騎士たちは魔王が逃げ出さぬように包囲網を築きつつ、迷宮化しているナスカを蹂躙させる。

 そして第二騎士団は専用の警備スケジュールを組み、治安維持を強化せよ。最悪は貴族の私兵を借りても構わんが、その場合は大臣と相談せよ。

 それとネイエス・フランドール。貴様は自由組合でこの件を進めろ。数日以内に自由組合員による魔物への対策網を築き、国境警備も騎士から引き継がせておけ」



 魔王の思惑通り、アルギル騎士王国は全戦力を亡都ナスカに集めることにする。最高戦力である第五騎士団は勿論、第二騎士団長を除く全ての騎士団長も参戦する本気の戦争だ。

 この戦いに参加する騎士は総勢で五万を超えるだろう。

 更に、四肢の欠損すら治す最高の傷薬や、秘薬である魔力回復薬も惜しげなく使うつもりである。これで魔王が倒せないはずがない。寧ろ、圧倒的な戦力で叩き潰せるだけの力だと誰もが思っていた。

 独立組織である自由組合すらも加担した五百年ぶりにもなる魔王と人類の戦争。

 その幕が今、開かれたのだった。








次回、戦争開始

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