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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
55/123

55話


 これ以上に無い絶望。

 工業都市ナスカに希望など無かった。

 地上には粒子砲を無差別に発射する蜘蛛のような悪魔、そして音波による破壊で周囲を吹き飛ばす狼のような悪魔が暴威を振りまいている。逃げようにも迷宮化による大地の脈動で碌に歩けず、空には漆黒のドラゴンが徘徊していた。

 合計して五百体にも満たないため、ナスカ全域が被害に遭っているわけではない。だが、都市を脱出しようと移動すれば、どれか一体には出くわす程度の数ではあった。

 戦闘力などない一般人に逃げ場はなく、ただ息を潜めて悪魔たちが通り過ぎるのを待っていた。

 しかし、騎士たちは違う。

 彼らは民を守るため、命を懸けて悪魔と戦っていた。



「左翼を突け! 正面の部隊は全力で抑えろ!」



 ドラグーンに跨り、声を張り上げて指揮を執るのは騎士団の小隊長だ。悪魔エニグマを、ドラグーンに乗った騎士が波状攻撃して正面を抑える。そしてその隙に弱点である背中の目玉を狙おうとしたのである。

 中位や低位の悪魔は文献によって伝えられており、対処法も既に確立されている。

 遥か昔の文献故に、ここにいる騎士たちは悪魔と相対した経験などない。だが、戦闘データさえ残っていれば、それを元に先人の記した対処法を実践することは難しくなかった。普段の訓練の賜物である。



「退避!」

『はっ!』



 五人一組の班となって波状攻撃を加え、騎士たちは攻撃と離脱を繰り返す。突撃と退避のタイミングも完璧であり、悪魔エニグマは押されつつあった。八本の触手から粒子砲を放とうとするが、その度に触手の先へと魔法をぶつけられ、チャージしていたエネルギーが霧散してしまう。

 騎乗、剣技、魔術のどれを取っても一流。

 一人では届かない悪魔エニグマは、集団による猛攻で崩されつつあった。

 今はどうにか防ぎきっているが、いずれは背中の目玉を攻撃されるだろう。既に何度か際どい攻撃も受けているほどだった。



「次の班は突撃の用意を。退避後は回り込み、背後から魔法で牽制。待機中の者は奴の砲撃を抑え込め」



 小隊長は目が回るような戦場で的確な指示を出し続け、部下はそれに答える。

 彼らは一体となって災厄の悪魔たちを倒そうとしていた。数百年の平和という微温湯に浸かっていても、やはり職業軍人は強い。

 数の力は遂に悪魔エニグマへと届いた。



『イギィィィィイッ!?』



 複数の楽器を掻き鳴らしたような不快な音が断末魔となって悪魔エニグマは倒れる。とある騎士が放った魔法攻撃によって背中の目玉が撃ち抜かれたからだ。

 倒れて動かなくなった悪魔エニグマを見て騎士たちは安堵する。

 だが、指揮を執っていた小隊長は声を張り上げて次の指示を出した。



「油断するな! 次の悪魔を討伐する! 上空のドラゴンにも気を付けよ!」

『はっ』



 騎士たちは慌ててドラグーンの上で礼を取り、爆発音の聞こえる方へとドラグーンの頭を向ける。迷宮化に伴って蠢く大地も、ドラグーンならば問題なく走破出来る。騎士たちが難なく悪魔エニグマを倒せた理由の一つだった。

 そして彼らが次の標的としたのは一キロほど離れた場所に居た悪魔エニグマ。既に別の部隊が討伐しようとしていたが、ここで一気に飛び込んで攻勢を掛ければ勝負は決まるだろう。



「あの悪魔に魔術を撃ち込め! そして魔法を放つと同時に散開し、奴を取り囲む!」



 この命令と同時に多数の魔術が発動し、前方にいる悪魔エニグマへと飛来した。既に悪魔エニグマと交戦していた別部隊は、悪魔エニグマから距離をとって巻き込まれないようにする。

 幾つもの魔法を直撃させられた悪魔エニグマは、怒りのままに粒子砲を迫る竜騎士へと向けた。だが、それは同時に防御を疎かにすることを意味している。

 綺麗に列をなして迫っていたドラグーンに乗る騎士は散開して粒子砲を回避し、既に悪魔エニグマと戦っていた騎士たちが弱点の眼玉を潰す。

 悪魔エニグマは絶叫を上げて倒れたのだった。



「助かったぞ!」

「何の。だが悪魔どもはまだ残っている。すぐに向かおう」



 合流した二つの小隊で陣を組み、二人の小隊長が指揮を執る。五十人編成の小隊が二つなので、総勢百名からなる竜騎士たちだ。この乱戦の中で、流石に一人で指揮を取るのは難しい。

 二つの命令が混線して連携が崩れる可能性もあるが、熟練である二人の小隊長ならば、問題なくお互いのフォローも出来るだろう。そう判断しての合流だった。

 しかし、この行動が裏目に出る。

 たかが五十人程度の騎士が散らばっているだけなら目にも留まらなかっただろう。各地で同様の事態は起きていたからだ。

 だが、数ある小隊の中でも最速で悪魔を倒し、更に別部隊と合流してもう一体の悪魔も倒したとなれば、遥か上空で戦場を見守っている高位悪魔の目に留まらないはずが無かった。

 天から雷が降り、ドラグーンに乗って先頭を走っていた数名の騎士が黒焦げとなる。



「と、止まれ!」



 小隊長の片割れが咄嗟に指示を出し、それを聞いた騎士たちは慌ててドラグーンを停止させる。後ろの方を走っていた騎士たちも天から降ってきた雷には気付いており、彼らの視線はほぼ同時に上空へと向けられることになった。




「老人……なのか?」

「何者だ? 少なくとも人ではないようだが……」



 隣り合っていた二人の小隊長は、視線の先で浮かんでいる初老の人物を確認した。だが、背中からは蝙蝠のような翼が飛び出ており、闇夜に紛れているが、細長い尻尾のような物も見える。どう見ても人の姿ではなかった。

 だが、その背にある翼から連想できる種族がいる。

 それは悪魔。

 かつて勇者に封印された高位の悪魔は人型であったと言われている。それは古文書にも記されているし、童話や小説の中でも頻繁に見られる姿だった。

 間違いなく高位悪魔。

 一瞬の間にそう判断した小隊長はすぐに指示を出そうとする。



「魔法を―――」

「散開して魔術を使―――」



 だが、それ以上は言葉が続かない。

 更に胸元には強い圧迫感があり、発声だけでなく呼吸をも妨げる。

 どういうことなのかと二人の小隊長は視線を降ろし、自分の胸元を確認した。チラリと確認するだけのつもりだったが、左胸に穴が開いていることに気付いて思考が真っ白になる。

 そして背後から聞こえて来た声で現実だと認識した。



「鈍いですね。私の幻影にすら気付かないとは。貴方たちが部隊を指揮する立場だと判断しましたので、先に仕留めさせていただきます。まぁ戦術の基本ですね」



 自分の左胸を貫いていたのは高位悪魔の腕。

 一撃で心臓を潰され、意識が遠のく。

 邂逅して数秒と経たず、小隊長は息の根を止められたのだった。

 ドラグーンから崩れ落ちる二人の背後で、高位悪魔は静かに告げる。



「では自己紹介をしましょう。私は傲慢の高位悪魔スペルビアと申します。以後はありませんので、覚えなくても結構ですよ人類ゴミ共」



 スペルビアはそう言い終わると同時に暴れ始めた。

 手刀で騎士の腕を斬り落とし、突きが心臓を抉る。回し蹴りで頭蓋が吹き飛び、掌底が鎧を砕いた。スペルビアが得意とする格闘である。一応、武器も一通りは使えるのだが、彼の本領は様々な属性の魔術を織り交ぜて戦う格闘術である。

 今もスペルビアは土属性を腕や足に纏わせ、触れた部分の金属結合を弱めることで騎士の鎧を破壊しつつ蹂躙している。高位悪魔であるスペルビアは肉体能力も凄まじく、普通の騎士では動きを捕らえることも出来ない。

 更に、初手で部隊を率いる小隊長を失うことになった。

 五人編成の班を率いる班長は残っているが、この数の騎士を有機的に指揮できる器ではない。従って、スペルビアの蹂躙を止めることが出来ず、騎士たちは次々と深紅を散らすことになった。



「ぎゃあああ!?」

「誰か魔法を!」

「馬鹿野郎。味方に当たる。早く散開だ!」

「とにかく距離をぐほっ……」

「気を付けろ! コイツの攻撃は鎧で防御できないぞ!」



 スペルビアはとにかく万能だ。

 魔術は炎、水、風、土、爆、氷、嵐、樹、虚、呪と十属性も使える。その分だけ威力は低いのだが、スペルビアは魔術を補助的に使うことが多いので事足りる。基本は格闘術による白兵戦法であり、合間に魔術を使用することで効果を上げている。

 今回は土属性で金属の性質を操り、硬度を下げて鎧ごと破壊していた。流石に魔法金属には干渉できないが、一般の騎士が使うのは普通の鋼で出来た鎧だ。問題なく破壊できる。



「久しぶりの掃除です。張り切っていきましょう」



 嬉々とした表情で騎士たちを屠っていく姿はまさに恐怖。

 圧倒的暴威で命を奪うスペルビアに慄き、百名いた騎士の内、殆どが地面に紅色の花を咲かせて横たわることになった。どうにか逃げ切れたのはわずかに数名。

 見える範囲の騎士を殺し尽くしたスペルビアは、服に付いた埃を軽く払う。あれだけの戦闘で返り血を浴びていないあたり、達人級の技を身に着けているということだろう。

 そしてスペルビアは悪魔の翼を広げ、再び上空へと飛び上がる。

 次の人類ゴミ殺戮そうじするために……






 ◆ ◆ ◆





 夜空と同じ色をした竜鱗が一瞬煌めく。

 漆黒のドラゴンの一体はとある場所を目指していた。



魔力核ダンジョンコアの一つへと向かう』

『一体で奪取可能か?』

『是。可能と判断』



 深淵竜アビスドラゴンは、アビスネットワークで事前に調べておいた魔力核ダンジョンコアのある場所への近くへと来ていた。大結界魔道具に使用されている魔力核ダンジョンコアを含めて、ナスカにある魔力核ダンジョンコアは五つもある。

 つまり、残り四つへと一体ずつ深淵竜アビスドラゴンが派遣されていたのだった。



魔力核ダンジョンコアは高密度情報化魔素結晶であり、少しの攻撃では破壊されないと判断。ブレスにて周囲を一掃する』

『許可。ナスカの迷宮化を進行しているため、全ての魔力核ダンジョンコアの位置は把握可能。派手に吹き飛ばしても問題ないと断定』

『陽動も含め、上空にいる深淵竜アビスドラゴンはドラゴンブレスを用意』

『是』



 空を舞う深淵竜アビスドラゴンが、一斉に魔力を溜め始める。口元で圧縮し、破壊の意思を込めたドラゴンブレスが発動されようとしていた。

 青白く魔力光が輝き、月よりも明るく光る。

 逃げ惑う人々は、深淵竜アビスドラゴンの口元で光る魔力光に恐怖した。

 何故なら、それが伝承にあるブレス攻撃だと理解したからである。



『全アビスに命令。ドラゴンブレス掃射』

『是』



 その瞬間、ナスカに百にも届く光が落ちた。

 青白く輝く高密度の魔素が破壊の性質を帯び、かなりの範囲を分け隔てなく消し飛ばす。

 家屋は塵になり、工場は大爆発を起こす。ブレスに触れてしまった人々は痛みもなく命を散らした。まるで罪人を裁く天の怒りである。

 ナスカ全域で悲鳴が上がり、大地は揺れた。



『良好。では第二射を用意』

『是』



 全く容赦のない行動。

 そしてナスカの人々からすれば絶望とも言うべき光景。

 先に放たれた深淵竜アビスドラゴンによって完膚なきまでに破壊されたにもかかわらず、第二射という絶望が襲いかかってきたのだ。

 天から降る二度目の閃光。

 それが大地を滅ぼし尽くす。

 更に人類を殺すことで放出された魔素をアビスが吸い取り、より強化される。ナスカでは迎撃のために大量の魔術も発動されているので、その分の魔素も吸い取ることでかなりの強化が出来ていた。セイの計画通りである。



『第三射へと移行。また魔力核ダンジョンコアを回収する』

『是』



 研究所などで厳重に保管されている魔力核ダンジョンコアを取り出すのは非常に面倒だ。

 だからこそ、吹き飛ばしてから探せばよいのである。

 幸いにも迷宮化に伴って、範囲内の高密度魔力は探知できるのだ。ナスカを迷宮化させている魔力核ダンジョンコアも思考リンクで繋がっているため、随時、魔力核ダンジョンコアの場所を把握できる。

 百体近い深淵竜アビスドラゴンが無慈悲なブレス攻撃を放つ一方、四体の深淵竜アビスドラゴンは予定通り、ナスカに隠されている残りの魔力核ダンジョンコアを回収したのだった。

 思考リンクでそれを確認したセイはアビスに命令を下す。



「成果は上々。魔力核ダンジョンコアは俺の所に持ってきてくれ。あとはスペルビアと一緒にナスカを滅ぼせ」

『是。王の仰せのままに』



 工業都市ナスカ。

 死者十八万六千人以上。

 駐留していた騎士団は全滅。

 倒壊した家屋は五千を超え、研究所や工場も数百に上る。

 悪魔エニグマ、悪魔フォルテ、深淵竜アビスドラゴン、そして傲慢の高位悪魔スペルビアと魔王セイ=アストラルにより、たった一夜でナスカは滅びたのだった。

 数日のうちに、辛うじて逃げ延びた僅かな人々によってナスカ崩壊は伝えられ、アルギル騎士王国を恐怖に陥れることになる。

 だが、これは滅びへと向かう計画の前章に過ぎない。

 人類はこのとき、誰一人としてそのことに気付いていなかった。








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