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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
53/123

53話


 ネイエス・フランドールと話し合いをしてから一週間ほど経った頃の深夜。

 街の殆どが明かりを消した時間帯に、魔王セイ=アストラルは工業都市ナスカ上空に居た。そしてその側には紳士的な服装を纏った一体の悪魔が跪いている。空中にもかかわらずそんなことが出来るのは、セイが《障壁》で足場を作っていたからだった。



「頃合いだな。スペルビアも問題ないかな?」

「勿論でございます魔王様」



 悪魔の翼と尻尾がなければ、スペルビアもただの執事のように見えたことだろう。だが、その実態は傲慢を司る高位悪魔であり、戦士ランクに換算してランク10は確定している。高位悪魔が技能として発動できる使い魔召喚によって下位悪魔が呼び出されれば、合計してランク12は堅いだろう。

 魔王と悪魔に狙いを定められた工業都市ナスカは哀れとしか言いようがない。



「殲滅する」

「御意」



 セイはまず、ナスカ全体に張り巡らされている都市大結界を眺めつつ右手を翳した。そして無属性魔法を以て魔素を掌握し、ギュッと握りつぶす動作をする。すると、甲高い音と共に大結界は粉々となった。

 魔力核ダンジョンコアを利用した大結界魔道具によって発動されているため、一度破壊された大結界が完全修復するためには数十分を必要とする。

 それだけあれば、都市を殲滅するのは充分だ。

 まず動くのはスペルビア。



「開け魔界瘴獄門インフェルノ・ゲート。出でよ、雷光魔蟲エニグマ」



 ナスカ上空で赤黒い渦が幾つも生じ、そこから中位悪魔が現れる。

 雷光魔蟲エニグマは五メートルはある蜘蛛の姿をしているのだが、背中にギョロリと動く一つ目、更に先端が鋭い針となった八本の触手を持っている。この触手の先から電磁波を発生させることで周囲を破壊する攻撃特化の悪魔だった。耐久が低く、目玉を狙えば一撃死という弱点もあるのだが、攻撃力だけで考えれば殲滅に適していると言える。

 悪魔エニグマは今も魔界瘴獄門インフェルノ・ゲートから増え続けており、初めに出て来たエニグマはようやくナスカ外周部の地上へと降り立った。



『……キシィ?』



 ギョロリと目玉を一周させ、地形を確認してから八方向に触手の先に付いた針を向ける。すると、針の先端に魔力が集まり、白く発光して一斉に放たれた。

 電子エレクトロン光子フォトンを束ねて放つ粒子砲であり、破壊力は凄まじいの一言。鉄の塊すら熱と圧力で吹き飛ばし、強い電磁波で機械類を狂わせ、全てを破壊し尽くす。空気抵抗による減衰で、最大射程は百メートルも無いのだが、悪魔エニグマは移動できるので大したデメリットにならない。

 また、この負電荷粒子放射砲は触手の先から放たれるものだ。触手の向きを変えれば、特定方向に束ねて発射することも出来る。まさに攻撃特化の悪魔だ。

 しかし、スペルビアが召喚したのはこれだけではない。



「続いて出でよ。壊音魔狼フォルテ」



 新たに発生した魔界瘴獄門インフェルノ・ゲートから八メートルはある中位悪魔の巨大な狼が姿を顕す。この地獄門は上空ではなく地上で展開されており、影が盛り上がるようにしてその巨体が這い出て来た。悪魔エニグマと同じく、ナスカの外周部での召喚である。

 そして全身がゲートから出ると同時に咆哮。



『ウオォォォォォォォンッ!』



 音が衝撃波のように弾け、悪魔フォルテの周囲が吹き飛ぶ。この中位悪魔は特性として音波攻撃を有しているので、悪魔エニグマと同じく、存在するだけで周囲に破壊を振りまく。悪魔フォルテの額には血のような紅色に光る第三の眼があり、この眼は音速すらも見切るという凄まじい戦闘力を有している。

 ただし、悪魔エニグマと同じく耐久が低いうえ、第三の眼を攻撃されると一撃死するのだ。



『キキキキッ!』

『オオオォォォォォォォォォオオオオンッ!』



 各地で二種類の中位悪魔が暴れ、爆発を引き起こす。工業都市だけあって可燃物も珍しくなく、悪魔エニグマの放つ粒子砲によって引火していたのだ。また悪魔フォルテの放つ高密度音波攻撃によって危険物が保存されているタンクに亀裂が生じ、有毒ガスや液体が漏れ出す。

 これらの有毒物質はエニグマの放つ攻撃で気化し、風に乗って広範囲に毒性を振りまいていたのだった。

 魔王セイと傲慢の悪魔スペルビアはその様子を上空から見守る。



「うんうん。予定通りだね」

「その通りでございますね。それに人間ゴミ共もこの騒ぎで目覚めたようです。大慌てで消火し、武器を用意しておりますよ」

「騎士が出動したら俺の出番かな?」

「この様子ではもう少し時間がかかりそうですが……」

「まぁいいさ。人間共は予想以上に平和ボケしていたみたいだから。この分だと魔力核ダンジョンコアを奪い返すのも簡単に済みそうだなぁ」

「一般の人間ゴミ共は大したことが無いと思われますが……どうやらそうでない者もいるようです。あちらをご覧ください」

「……ほう」



 セイはスペルビアが指差した方を眺める。するとそこには中位悪魔たちを相手に戦う自由戦士の姿があった。ナスカにも自由組合支部はあるし、工業都市で生産される良質な武装を求めて戦士部門の組合員も多くやってくる。自由組合員の多くは工学系の部門だが、供給側だけでなく需要側が集まるのは当然の理たった。

 そしてその需要側である自由戦士二人が悪魔エニグマと戦っていたのである。



「ちっ! 何だよこいつは!」

「気を付けてロール。私の知識が正しければ、そいつは中位悪魔エニグマ。白い破壊の光を放つ悪魔だって文献で呼んだことがあるわ!」

「悪魔だと!? 滅んだんじゃ……まぁいい。どんな奴だミリア!」

「そいつは攻撃特化でとても脆弱なの。背中の眼が弱点よ! 近付いて潰しなさい」

「アホか! こんな奴に近づける訳ねぇだろ!?」



 エニグマは攻撃を仕掛けようとしてくる自由戦士に向かって粒子砲を放つ。八本の触手がロールと呼ばれた自由戦士に向けられる。槍を武器とするロールはどうにかして悪魔エニグマの背中に見える目玉を狙おうとするが、白い光が放たれるたびに回避を強制されていた。また、蜘蛛のような足を持つ悪魔エニグマは荒れた地形でも容易く動き回り、ロールは追い詰められつつあった。



「くっそ……こちとら準備運動もしてねぇっての!」

「無駄口を叩かないでロール! 私が魔法で拘束するから隙を突きなさい!」

「早くしてくれぇっ! 死ぬ! 死ぬから!」

「集中できないから黙ってロール。《氷晶結縛アイスロック》」



 ミリアの放った氷属性魔術によって悪魔エニグマの触手は凍らされ、蜘蛛のような足も全て固められた。動きを停止させた一瞬を突いてロールは接近し、槍を突き出す。自由戦士としてこの程度の連携は必須であり、拘束系魔法で動きを止めてからトドメというパターンは幾度とやってきたことだ。失敗などしない。



「おらぁ!」



 気合の掛け声と共に槍は突き出され、悪魔エニグマの背で不気味に挙動する目玉へと迫る。ロールとミリアは二人同時に勝ったと確信していた―――

 






 ―――横から飛来した白い光線がロールを消し飛ばすまでは。



「え………?」



 それは間違いなく悪魔エニグマの使用する粒子砲だった。茫然としたミリアが反射的行動で今の粒子砲が発射された元を辿る。するとミリアは、すぐ近くまで二体目の悪魔エニグマが迫っていたことを知った。

 それと同時に自由戦士仲間ロールが死んだことも。



「あ……あああああああああ!」



 ミリアは土属性魔術を発動させ、ロールを殺した二体目の悪魔エニグマに狙いを定める。叫ぶままに魔術を放とうとしたが、次の瞬間には氷の拘束から解き放たれた初めの悪魔エニグマが放った粒子砲に消し飛ばされたのだった。

 中位悪魔と言っても攻撃特化。

 力はすさまじく、氷の拘束程度で止められるのは少しだけである。

 セイとスペルビアはそんな戦闘を眺めていたのだった。



「ほー。惜しかったなぁ」

「そうでございますね。人間ゴミに相応しい無様な最期かと」

「希望を持たせておいて一気に落とすか……悪魔っぽい」

「悪魔ですから」



 二体目の悪魔エニグマが登場したのは偶然ではなく、スペルビアが作為的に演出したことだ。暫定的な主である魔王セイに人間ゴミが無様を晒して死ぬ瞬間を見せつけたかったのである。セイとしてはそんなものを見て喜ぶ趣味こそないが、逆に嫌悪感もない。

 まぁ面白い演出だった、というのが正直な感想だった。

 初動が早く、悪魔エニグマや悪魔フォルテにいち早く対応してみせた自由戦士たちも、圧倒的な暴力の前に敗北の色を濃厚にさせていた。

 これがいつもの依頼で、準備をした上での討伐なら問題なく勝利できたことだろう。しかし誰もが寝静まる深夜の奇襲であり、白い光線や破壊の音波が乱れ飛ぶ乱戦だ。まともに戦うことすら出来ず、先程のロールとミリアのように不意を打たれて死ぬケースが多い。

 上空から見れば、その様子がよく分かった。

 街で破壊活動を続けている悪魔エニグマと悪魔フォルテは城壁を崩さないようにしつつ街外周部を荒らしながら、逃げ惑う人々を殺していく。これ程まで一方的な戦いとなるのは、やはり深夜だからである。

 そもそも、人間に対して正々堂々と戦う必要などなく、寧ろ積極的に不意打ちを繰り返すべきだとセイは考えている。戦力的に、正面戦闘すれば良くて痛み分け、最悪は敗北となるのだから、確実な勝利を得るためには必要な事である。

 これは卑怯ではなく、ただの戦術なのだ。



「魔王様、ご覧ください。どうやらナスカの城門から逃げ出そうとする人間ゴミがいるようです」

「確か各方位に八つの門があったな……どこだ?」

「南東門ですね。他の門にも少数ですが……」

「じゃあ、掃討戦力はもういい。あとは門の制圧に回してくれ。それで召喚は終了だ」

「かしこまりました」



 眷属悪魔の召喚もタダではない。スペルビアの魔力を消費しているのだ。およそ数百体の中位悪魔を召喚したので、膨大なスペルビアの魔力も半分ほどにまで減っている。召喚はそろそろ打ち止めだろう。

 スペルビアはセイの命令通り、悪魔エニグマと悪魔フォルテを十六体ずつ召喚し、二体ごとに各外壁門へと配置したのだった。運よく既に脱出できた人間は見逃すとして、これから逃亡しようとしている人間は殺し尽くすつもりなのである。

 魔界瘴獄門インフェルノ・ゲートが各方位にある八つの外壁門の付近で開き、悪魔エニグマと悪魔フォルテが現れた。一つの外壁門につき二体の悪魔エニグマ、二体の悪魔フォルテがついているので、余程のことが無ければ突破されないだろう。

 現に、多くの人間が逃亡しようとしている南東門では、人々が絶望で顔を青くしていた。



「ば、化け物が門を占領している! ダメだ。逃げられない!」

「騎士はどうなっているんだ!」

「よく見ろ! 大結界が壊れている! 魔王だ。魔王が来たんだああああ!」

「落ち着け馬鹿! まずは女子供を逃がすぞ」



 言葉はそれぞれだが、南東門に逃げて来た人間たちは口々に似たようなことを言い合う。しかし、門から少し離れているとは言え、逃げて来たのは数百人の人間だ。悪魔エニグマと悪魔フォルテが気が付かないはずない。

 まず、悪魔エニグマ二体が八本の触手を操って人間の方へと向け、先端についている針に魔力を溜め始めた。白く発光して電子と光子が収束し、十六の粒子砲が一斉に発射される。戦闘力のない一般人がそれを防御できるはずもなく、老若男女問わず肉片と共に命を散らしていたのだった。

 そして次に悪魔フォルテが二体同時に音波攻撃を放つ。位相と振動数が重なるように調整した音波攻撃であり、二体の悪魔フォルテから放たれた音波は合成してより巨大な破壊砲撃となっていた。これによって瓦礫と共に人間を吹き飛ばし、更地を増やして隠れる場所を奪う。

 攻撃優先の二体にとって、隠れる場所もない平地というのは絶好の場所だ。耐久が低いので、隠密からの不意打ちに弱いのである。



『うわあああああああああああああああああ』



 人々の悲鳴が重なり、爆発音に紛れて各地から叫び声が聞こえる。

 ナスカ陥落の第一段階ともいえるフェイズを完了し、魔王セイと高位悪魔スペルビアは時が来るまで観戦に徹していた。



「御覧の通り、各門を制圧いたしました」

「ご苦労さんスペルビア。本格的に騎士が出てくるまでは見ておくぞ。あと、眷属が死んでも追加はしなくていいから」

「かしこまりました」



 スペルビアはそう言いつつ右手をサッと振り、魔界瘴獄門インフェルノ・ゲートを消す。上空や各地で開かれていた赤黒い渦が消え去った。

 しかし、既にナスカは阿鼻叫喚の地獄絵図とも言える状態であり、少なくとも壊滅と呼ぶには充分な状況になっていた。悪魔エニグマによって放たれた粒子砲が火災となり、悪魔フォルテが放つ音波砲で建物が吹き飛ぶ。特に危険物が保存されている工場倉庫では有毒物質が散布され、近寄るだけで命に関わる場所も出来ていた。

 闇夜の下で炎が揺らめく。

 ふと見上げたところで、逆光によりセイやスペルビアを見つけることは出来ない。それに、この状況では空を仰ぐ暇すらないだろう。

 誰もが目の前のことで精一杯なのだ。



「騎士は何をしているんだ!?」

「早く来てぇっ!」

「いやだああああああああ!」

「あっちに化け物が……畜生挟まれた!」



 自由戦士すら寝起きで深夜の乱戦など出来るはずがない。戦争のプロですら、真夜中に奇襲を受けるというのは負けにも等しいのだ。多くともパーティ単位で行動する身軽さが自由戦士の利点とは言え、どこから粒子砲や音波砲が飛んでくるかもわからない乱戦でまともに戦えるはずがない。

 彼らも逃げるだけで精一杯だった。

 勿論、騎士たちも何人かは中位悪魔の対処に当たっている。

 しかしそれは先行して派遣された少数部隊であり、本隊は先に作戦ミーティングをしていたのだった。悠長にも思えるが、連携こそが最も大事な騎士にとって、多少の時間を使っても作戦ミーティングをする方が後々で有利になる。

 真夜中故に招集にすら時間がかかっているのは想定外だが、襲撃から二十分近くたっているため、まもなく本隊が動き始めるはずだった。

 いや、まさに今、動き始めた。

 それは上空から全てを観察するセイにも良く見えていた。



「来たか……騎士団」



 そう呟いたセイの視線の先にあるのは、何百人という部隊を率いて各方面へと散っていくドラグーンに騎乗した騎士団である。ナスカの中心部にある騎士団宿舎の付近から次々と出動しており、すぐに各方面の鎮圧にかかることだろう。

 しかし、それすらも魔王と悪魔の思惑の内だった。



「スペルビア。そろそろ俺は行く」

「かしこまりました。お戻りになるまで時間を稼いで見せましょう」

「ああ、魔力核ダンジョンコアを奪い返してくる」

「行ってらっしゃいませ」



 深く一礼するスペルビアを背に、セイは空中を駆けてナスカの中央部へと向かう。直径にして十キロ以上もある工業都市ナスカはかなり広く、数百体の中位悪魔だけで全域を殲滅することは出来ない。つまり、この中位悪魔の役目はナスカを壊滅させることではないということだ。

 悪魔エニグマと悪魔フォルテの役目は陽動。

 そのために攻撃優先の中位悪魔を呼び寄せたのである。

 そしておびき寄せられた騎士たちはナスカ中央部の守りを捨てることになる。わざわざナスカの外周部から侵略をしていたのはこのためだった。

 守りが薄くなったところで、セイがナスカ中央部にある都市大結界の魔道具から魔力核ダンジョンコアを奪い返すのである。



(そろそろ大結界が回復する……何度でも簡単に壊せることはバレない方がいいから急ごう)



 魔力を感知し、セイは無属性魔力の塊を追う。

 そして闇に紛れ、大結界魔道具が設置されている建物の屋根へと静かに降り立ったのだった。







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