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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
52/123

52話


 セイの衝撃的告白を聞いて氷像のように固まったネイエス・フランドール。三十代初めという若さで自由組合理事にまで成り上がった彼は滅多なことで思考を止めたりしない。それだけの度胸と頭の良さを備えているつもりだった。

 しかし、目の前に魔王がいる。

 この事実を聞かされては、流石のネイエスでも冷静ではいられなかったらしい。



「馬鹿な……ことを……」



 ようやく吐き出した言葉も信じられないというニュアンスを含んだもの。ただ、セキュリティが非常に高い最高級ホテルの最高級部屋スペシャルルームにいとも容易く侵入している時点で只者ではないのだと分かる。

 目元を仮面で隠されているため正確には分からないが、声や話し方は少年から青年といった様子。潜入などに精通したプロだとも考え難い。

 しかし、頭では只者でないと理解していても、感情はそれを拒否していたのだ。

 黒で身を包み、目元を隠したセイはネイエスの言葉を聞いて、肩を竦めつつ言葉を返す。



「嘘じゃないさ。なら、試しに魔法を使ってみろよ。発動しないから」

「……」



 ネイエスは恐る恐る魔力を練り上げ、魔法を発動させる。彼の魔法は風と水に傾倒しており、強力ではないが生活に便利な魔法を多く使える。基本的に戦闘技術を必要としない者は生活用の魔法を多く習得しているので、ネイエスが特別に魔法を苦手としているわけではない。

 魔法は人を殺せる危険なものであることに違いはないので、基本的に子供に対して攻撃魔法は教えないことになっている。教育機関である学院では、生活に便利な魔法を初めとして、基礎しか教えないのだ。攻撃魔法は騎士になったりしなければ教えてもらうことがない。もしくは自由組合で授業料を払えば、習得できるといったぐらいである。

 だからネイエスが発動しようとしたのは飲み水を生み出すという基本魔法の一つ。余程才能が無い限りはまず失敗しない魔法のはずだった。

 しかし、いつものように魔力を練り上げても、ネイエスの指先に水が集まることはなかった。



「そんな……まさか!」



 水を願うだけの簡単な魔法。

 子供でも失敗することがないと言われる魔法が発動しなかった。

 それもただの失敗ではない。

 魔力は確かに練り上げ、発動の瞬間まで持っていくことは出来るのだ。しかし、発動しようとした瞬間に魔力の制御が失われ、霧散してしまうのである。まるで制御を奪い取られたかのようだと思えた。

 虚属性と呪属性を併用した『封魔』と呼ばれる魔力封じの魔道具も存在しているのだが、この魔道具はそもそも魔力を生命エネルギーから練り上げることが出来ないようにするためのものであり、魔法を封じるものではない。

 となれば、今のネイエスが出せる答えは二つだった。



(魔法封じの魔道具が開発された。もしくは、魔王の無属性魔法)



 魔王に魔法が効かないという話は有名だ。勇者が魔王を滅ぼす童話は数多く存在しており、ネイエスも幼い時期には嗜んだことがある。そして、童話内では必ず、魔王が人々の魔法を無効化するシーンが存在していたのだ。

 また、魔法封じの魔道具も可能性としては考えたが、自由組合理事であるネイエス・フランドールすら噂も聞いたことがない魔道具が実用化されてるはずはないのだ。これでもネイエスは幅広い情報網を有しているため、そのような画期的かつ有用な魔道具の噂を逃すなど有り得ないのである。

 そして、一方のセイも難しい顔をするネイエスを見て失敗したかもしれないと考えていた。



(インパクトがあると思ったけど……いきなり明かすのは失敗だったか? でも、これから話したいことのためにも初めに言った方が良いことだしなぁ)



 思考リンクという特性を植え付けた魔物アビスを従えているセイにとって、情報を集めることは息をするようなものだ。ダークマターという特殊な体質を持つアビスは数多くの擬態を習得しており、潜入もお手の物である。

 このアルギル騎士王国にやってきた自由組合理事ネイエス・フランドールの情報を掴むことですら数週間前に終わっていたことだった。そしてしばらくネイエスを観察しながら性格や行動傾向を掴み、利用できると考えてセイは姿を見せたのである。

 魔王が現れた程度では動揺しないと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。

 ただ、無属性魔法を見せたことでネイエスも多少は動揺を抑えたように見えた。

 そこでセイは話を先へと進めることにする。



「まぁ、いいや。俺が魔王である証拠はこの無属性魔法でいいか? 必要なら他にも見せるけど」

「いえ、宜しいでしょう。完全に信用した訳ではありませんが、信じるに値する程度の証拠は見せてもらいました……と思っています」

「へぇ? 意外と簡単に信じるな……話が早いなら文句はないけど」

「私の魔法が発動しなかったことも理由の一つですが、このセキュリティの高い部屋に易々と侵入している時点で只者でないと考えています。私を始末する暗殺者という可能性も考えましたが、こうしてあなたは私との会話を望んでいるらしい。外に控えている警備の者を呼び出すにも、それまでに私が殺される程度の実力差はあると実感しています」

「思った通り賢い。自由組合理事をやっているだけはある」



 セイはネイエスの落ち着き具合に感心する。自分と相手の実力差を理解し、最善の行動を取ることが出来る点を考えれば、この話を持ち掛けたのは正解だったということだ。

 この部屋に侵入した時点で防音結界魔法陣を張り、無属性魔術《破魔》でネイエスの魔術を封じている。外部からも内部からも邪魔されないようにと念のために張っておいたものであり、ネイエスが抵抗することすらも視野に入れていた。

 しかし、ネイエスは思ったよりも簡単にセイの話を受け入れたのだ。

 時間も限られているので、セイにとっては好都合である。



「さてと……俺も忙しいのでね。話は簡単にまとめさせてもらうよ。まず、最近は国と交渉して自由組合から国防戦力を出せる出せないの協議をしていたよね。その話からだ」

「……っ! そんな秘密裏のことまで」

「俺に隠し事は出来ないと思った方がいいよ。それで、自由組合は……というより君は魔力回復薬の生産技術を欲している。けど、魔力回復薬はアルギル騎士王国の切り札とも言える秘薬だからね。簡単に交渉は進んでいないようだ」

「……ええ、その通りです。恐ろしい限りの情報収集能力ですね。私の部下に欲しいほどだ」



 冗談でそういったつもりのネイエス。

 しかし、それを言い終わると同時に室内の空気が悲鳴を上げた気がした。



「―――あ?」



 全身を刺すような強い魔力がネイエスを突き抜け、部屋の窓ガラスに亀裂が走る。それが目の前の魔王アストラルから発せられたものであることに気付くのは難しくなかった。

 ネイエスにとっても、魔王とは所詮童話のやられ役でしかない。無属性魔力を生み出す魔力核ダンジョンコアを生産するためのであり、恐怖の対象ではなかった。

 魔力の精霊王など、人類の敵ではないと考えていたからこその失言である。



「言葉に気を付けろ人類ゴミ。貴様らが世界の害悪であることを忘れるな」



 なんのことだ、とは言えなかった。

 しかし、恐ろしい魔力に押されて言葉に出来なかったのはネイエスにとって救いだったかもしれない。彼の胸中にはセイを怒らせる文句が渦巻いていたのだから。



(な、何なのですか……世界は人類にとって・・・・・・素晴らしくなっているではありませんか。害悪である魔物を駆逐し、その魔物を生み出す魔力核ダンジョンコアは私たちで有効利用しています。それに無能な竜種トカゲに変わって竜脈すらも私たちの手で支配しようとしているのですよ。それの何が悪いというのでしょう? 無用となった竜種は素材としての使い道があるのですから、問題ありません。世界を乱すだけの魔王に人類を害悪など言われる筋合いなどないはずです)



 今の世界において、人類は至高の生命体だと信じられている。覇道を進むだけの知恵を持ち、魔王、悪魔、竜種すらも討ち滅ぼした歴史を持つのだから、そう勘違いしてしまうのも当然かもしれない。

 人類にとって、精霊は資源、竜種すらも討伐合戦によって他国と竜素材の奪い合いをしているほどだ。迷宮は攻略され尽くしたことで殆どが都市防衛大結界魔道具として利用され、悪魔は尊厳すらも穢されて武器として扱われていた。

 これは既に常識・・であり、残念ながらネイエスだけが特別にこのような感情を懐いているわけではないのだ。多からず少なからず、人類は皆このように考えているのである。

 だが、今代の魔王セイ=アストラルはそれを良しとはしていなかった。



「お前は俺にとって利用できるからこそ生かされているに過ぎない。生き残りたければ、せいぜい利用されるだけの価値を示し続けるんだな」



 ネイエスは頷くことしか出来なかった。

 いや、セイの言葉を理解して頷いたわけではない、圧倒的な畏怖の前に頷かされたのである。これでも自由組合理事を務めているネイエスは魔王が戦士ランク3相当でしかないと知っている。だが、この凄まじいほどの威圧は竜にすら匹敵し、荒れ狂う魔力は見たこともない。

 意識を保てただけ、ネイエスは強い精神力を持っていると言えるだろう。

 セイは無造作にネイエスへと近寄り、その左肩に右手を置きつつ、彼の右耳に口を近づけて囁いた。



「君は魔王に魂を売る気はあるか?」

「―――っ?」

「なぁに。簡単な事さ。君は俺の言う通りに動く。そうすれば多大な利益を得ることになる。勿論、君が今望んでいる魔力回復薬も手に入ることだろう」



 セイの口調は元の穏やかなモノへと戻り、いつの間にか猛々しい魔力嵐も収まっている。しかし、そんなことはどうでも良いと思えるほど、ネイエスは衝撃を受けていた。



「私に……利益ですか?」

「ああ、その通りだよ。言っただろう? 君は俺にとって利用できる。ならば利用される間はしっかりと利益を恵んであげようと言っているのさ」

「それが魔力回復薬だというのですか?」

「いいや。それだけじゃない。君はこの国を丸ごと手中に収めることが出来る」

「――なっ!?」



 流石にこの言葉はネイエスには信じられなかった。アルギル騎士王国は五本の竜殺剣ドラゴンスレイヤー――今は四本だが――と質の高い騎士、そして世界最高峰の医療技術と薬学によって栄えている国だ。特に薬の分野において、手に入ればその利益は計り知れない。

 だが、この国を手に入れるのは簡単ではない。

 例の騎士は本当に強く、連携技術は世界最高峰と言われる程だ。総合的な軍事力や兵器技術は東の大帝国が世界最高だが、この国には瀕死すら無かったことに出来る強力な回復薬もある。騎士と組み合わせれば、その効果は並々ならぬものとなるだろう。

 魔王一人ではどうにもならない戦力のはずである。

 セイも、ネイエスの信じられないという表情を見て納得していた。確かに、普通ではアルギル騎士王国を手中に出来るなど大言壮語もいい加減にしろと言われることだろう。だからこそ、セイは自分の手札を一枚だけ明かすことにする。



「この国には幾つの都市があるか知っているか?」

「……都市は十八です。大結界のない街を含めれば五十以上あるでしょう」

「その通り。だが、その全ての街に俺の魔物が侵入しているとしたら?」

「そんな馬鹿―――」

「今から一年前に王都ムーラグリフで起こった大事件は知っているよな?」

「……」



 小さな街ならばまだしも、大結界で守られた都市まで魔物が侵入しているなど信じられない。だが、セイが言った一年前の事件というものなら心当たりがある。その頃はネイエスも他国に居たのだが、アルギル騎士王国の首都で黒いドラゴンが暴れまわり、ドラグーン百体以上が暴走し、最後には都市大結界が粉々に破壊されたのだ。ネイエスも当時は報告を聞いて衝撃を受けたので覚えている。

 だが、どうして黒いドラゴンは首都ムーラグリフに出現したのか?

 ドラグーンはどうして暴走してしまったのか?

 そして今更な話だが、どうして魔王が今ここにいるのかを考えればネイエスでも答えを出せる。

 セイはネイエスが答え口にする前に言葉を続けた。



「大結界は無属性魔力によって発動している。そして無属性の本来の使い手は魔王だよ。こんな結界なんて俺にとっては障害にならない。魔物を仕込むぐらい造作もないことだ」



 たった一匹の黒いドラゴンが暴れただけで貴族街の一部が吹き飛んだ。一年前の事件はまだ忘れられることが無く人々の心に残っている。

 だが、アビスは一都市に対して数百体も潜んでいるのだ。一斉に深淵竜アビスドラゴンとなって暴れたならば、ブレス掃射だけで大きな被害を与えられる。特に真夜中の奇襲ならば、騎士団の初動も遅れることになり、被害は加速度的に拡大することだろう。

 賢いネイエスは数秒と経たずにそこまで辿り着いた。

 与えられたヒントは少ないが、最小限の情報で真理へ辿り着けるだけの能力が無ければ自由組合理事にまでなることは出来ない。賢さゆえに魔王の計略を理解してしまったのだ。

 そしてこれだけの仕込みをしているのだから、魔王の手札がこれで終わるはずないとも考えた。一体いつからなのかは知らないが、魔王は水面下で着々と国家崩壊を進めていたのである。

 ネイエスは思わず背筋が凍った。



「いいかネイエス・フランドール。近いうちに工業都市ナスカは滅びる。それに続いてあっという間にアルギル騎士王国は滅びるぞ? 国を司る王族貴族も皆殺しにするつもりだからな」

「私にどうしろと……?」

「はぁ……近いうちに国が亡びる。これだけの情報があって君は何も出来ない無能なのか?」



 そこまで言われてネイエスは気付いた。

 国が亡びる、王族貴族が皆殺しにされるということは、国を運営する中枢が消え去るということ。魔王の口振りからすれば国民を虐殺する様子はないため、言い換えれば滅びた国を好きにしろと言っているのだ。そして裁量はネイエスに任せるという意味も含んでいる。

 そうなれば魔力回復薬のレシピを手に入れることも容易く、そればかりか、国をそのまま転用して、アルギル騎士王国の領土をそのまま自由組合の支配下に出来るのだ。それは大規模な下地を得るということであるばかりか、北部の森林に広がる薬草も全て手に入るということである。

 この大きな事態を先に対処して自由組合の利益とすれば、先頭に立って指揮したネイエスの利益は計り知れないものとなる。

 少し考えただけでもこれだけのことがあるのだから、魔王に無能と言われてしまっても仕方ない。

 セイは一歩下がってネイエスと目を合わせ、最後にもう一度確認の言葉を述べた。



「俺は君に利益をやろう。君は滅びたこの国を好きにするといい。滅亡後に他国から干渉されなければ及第点といったところだよ」

「なるほど。理解しましたよ。魔王も他国まで敵に回す余裕は無いと……そういうことですか」

「ああ、そうだね。君がこの情報を他国に売れば魔王を滅ぼせるかもしれない。だが俺が与える利益と比べてどちらが上かな?」

「『魔王に魂を売る気はあるか』……そういう意味でしたか」

「答えは聞かない。行動で示してみろ。俺はいつも君達を監視している」

「ふ、ふふふ……ならばナスカ陥落……私も魔王の行動を見ていることにしましょう」



 ネイエスの言葉を聞いてセイは口元を緩め、すぐに足元へと魔法陣を投影する。頭で強くイメージした魔法陣を魔力放射で映し出す投影法による魔法陣発動だ。自由組合が保有する転移魔法陣や竜殺剣ドラゴンスレイヤーの時空封印を解析することで完成させた汎用転移魔法。

 セイの姿は消え去り、後にはこれからのことに考えを巡らせるネイエスだけが残っていたのだった。









次回、工業都市ナスカ陥落戦です


更新は2週間以内で頑張ります。

ああ……レポートが終わらない。

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