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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~

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50話


 セイは傲慢の悪魔スペルビアと別れた後、深淵竜アビスドラゴンに乗って帰路についた。日が昇る二時間ほど前にリンデルへと辿り着き、大結界をいつも通り通過して宿に戻る。同じ部屋で寝泊まりしているルカは既に眠っており、セイは起こさないように気を付けつつベッドに倒れこんだ。

 体の疲れはないが、精神的にはかなり疲労していたのである。

 この日は休んで翌日から特殊依頼の氷竜王討伐へ向かうことになっていたため、セイは昼過ぎまで眠り続けることになった。ルカはその日、相棒の絶死氷鳳凰デスフェニックスアルクと戯れており、部屋に突撃してきたセラとミラ姉妹のせいでセイは目覚めたというわけである。

 最近はこの姉妹とルカのセットで動くことが多かったため、セイがいないときに姉妹が宿の部屋へと来ていることは少なくなかった。

 強制的に目覚めさせられたセイは溜息を吐きながらもベッドから起き上がり、折角なので翌日からしばらくリンデルを離れることを伝えたのである。特殊依頼は秘匿性が高いので詳しい話はしなかったが、ルカを頼まれた姉妹は快く承諾。

 その瞬間にルカは顔を青ざめさせたが、セイは気のせいだったということにした。

 二人の美人から面倒を見られるのだから、悪くない条件なハズである。

 例え一日中可愛がられるのだとしても、それは決して苦行ではない。

 数週間後、特殊依頼が予定通り・・・・失敗に終わって帰ってきたとき、どことなくルカが疲弊していたのは気のせいだろう。

 それはともかく、特殊依頼は後味の悪いまま終わることになった。

 出発してからすぐはユウタ、ルーカス、ハーキーと共に順調な旅路を行っていたのだが、一週間後、氷竜王が目撃された付近に辿り着いた時に事件は起きたのだ。セイが全滅させた氷竜王討伐隊について調査するために騎士団が出動しており、問答無用で追い立てられたのである。

 一週間も経てば、国は氷竜王討伐隊が全滅している事にも気付く。重要案件であるため連絡は密に行っているし、定期連絡が消えたことで、二日もしない内に深淵竜アビスドラゴン八体が放ったブレスによる巨大クレーターも発見されたのだった。

 付近からはブレスで破壊しきれなかった遺品が散らばっており、氷竜王討伐隊が全滅したことを物語っている。そんな光景を発見してしまったのだから、国としても慌てて調査隊を送り込んだのだ。

 特に、第五騎士団第三席マルキス・スウェルティが持っていた竜殺剣ドラゴンスレイヤーは確実に回収しなければならないからだ。第五騎士団の中でも実力者であったマルキスが死んだ可能性が高いということに国は驚いていたが、それよりも重要なのは国宝竜殺剣ドラゴンスレイヤーである。

 すでにセイが破壊して傲慢の悪魔スペルビアを解放していたので、見つかるはずがない。だが、そんなことを知らないアルギル騎士王国は、国宝を探し出すために大規模な捜索網を張り巡らせていたのだ。

 近寄るだけで追い返されたのは、こういう理由があったからである。

 ただ、機密事項である竜殺剣ドラゴンスレイヤーの紛失が語られるはずもなく、セイたちは問答無用で追い返されたというわけだ。



「ちぇ。騎士団の奴ら、威張っちゃってさ」

「僕としてもあの態度は頂けないね」

「燃やす? 燃やすよ?」

「いいねハーキー。俺も手伝うぜ?」

「止めろユウタ、ハーキー!?」



 ユウタ、ルーカス、ハーキーは文句を言い、アビスネットワークからの情報収集で事情を察しているセイがストッパーになっていたのである。セイはどうにかして嫌な雰囲気を和らげようと努力したが、三人の機嫌は直らなかった。

 最後には強行突破を仕掛けようとしていたので、隠し手札である樹属性魔法陣魔法を使って無理矢理止めたほどだった。ここで騎士団と争うのは得策ではないため、仕方なくカードを一枚切ったのである。

 セイにとっても大変不本意な仕事となったのだった。

 最終的にはリンデル支部長のブレンダ・クルーエルへ報告するという形で落ち着いた。騎士団がキナ臭い動きを見せているという情報を持ち帰れば、特殊依頼失敗も少しは軽減されると言いくるめたのである。

 報告を受けたクルーエル支部長も



「騎士団が? 氷竜王を討伐しようというには大規模過ぎる……何か別の拙いことでもあったか? ふむ、この件は別で調べた方が良さそうだ」



 と言って、特殊依頼失敗の件は保留となった。

 自由組合で騎士団の動きを調べ、場合によっては依頼失敗も仕方なかったとして帳消しにするということで決着がついたのだった。

 昨年の霊峰での大敗、各地でのドラグーン暴走、そして今回の竜殺剣ドラゴンスレイヤー消失という大事件が起こったせいで、アルギル騎士王国の上層部はかなり揺れている。アビスでの情報収集も楽になっているので、自由組合もすぐに事情を掴むことが出来るだろう。

 セイはそう予想していた。

 そして、アルギル騎士王国を滅ぼすにあたり、自由組合の扱いはかなり複雑で難しい。西大陸にある神聖ミレニア教国以外は自由組合法に加盟しているので、各国各都市に支部が作られている。アルギル騎士王国も例外ではなく、国を滅ぼせば、国に癒着している自由組合も大きな被害を受けるだろう。

 アルギル騎士王国滅亡は魔王によるものだと明らかに分かるため、この戦いが終われば自由組合から敵対視される可能性が高い……いや、ほぼ確実に敵対視される。

 自由組合には戦士ランク15の組合員がいるという噂もあるくらいだ。組合が先だって魔王討伐を宣言すれば、これからのセイは動きにくくなるに違いない。組合員セイとしては大丈夫だろうが、魔王セイ=アストラルとしての動きはやり辛くなる。

 アルギル騎士王国とは別に、自由組合への対応も必要だった。

 そういったことなど、国家崩壊のための策を考えている内に時間はあっという間に過ぎてしまい、セイは現在、久しぶりに魔王城クリスタルパレスに来て頭を冷やしていた。



「―――ってことがあったんだよクリスタル」

「私の知ったことか……と言いたいところだが、お主も苦労しているのだな」

「口調は前のクリスタルだけど、今の方が微妙に優しいね」

「そうなのか?」



 ここ数週間で起こった怒涛の出来事とこれからの計画、そして問題点などを愚痴として氷竜王クリスタルに語っていたのだ。クリスタルはセイの勧めでしばらく魔王城クリスタルパレスに身を隠すことにしており、今は霊峰の頂上にある魔水晶宮殿の中で竜脈の調整に専念していた。

 クリスタルとしては、各地の竜脈を調整して回りたいのだが、現代は竜種にとって危険な世の中となっているため、仕方なく我慢しているのである。

 結局のところ、時間を持て余してるため、セイの愚痴を聞く程度ならわけなかった。



「今更だけど、国を滅ぼすって面倒臭い。政治的な力学とか、他国の介入、被害規模の計算、崩壊後の計画ってなかんじで考えることが多過ぎだと思うんだ」

「しかし、それがお主の選んだ道なのだろう?」

「いや、別に滅ぼすのを止める訳じゃないよ? アルギル騎士王国もそうだけど、他の国も調べれば調べるほど苛々してくる。ただ、単に滅ぼすと言っても、俺にはまだ力が足りないからね。十分に仕込みをすれば大丈夫だけど、正面からまともに戦うことに限定すれば、どの国家にも勝てない。アビスが増えて来たと言っても、魔素を吸収して強化された個体はまだまだ少ないからね。数の戦いになればこっちが不利だ」

「この迷宮……魔王城クリスタルパレスに篭れば良いのではないか?」

「まぁね。階層にして二千以上で、上ったり下ったりを繰り返しながら攻略する立体構造迷路。内部は精神を摩耗させる三種類の魔水晶で構成されているから、まともな方法では最上部の宮殿までやって来れないだろう。元々は山だから、一階層の面積もかなりの広さだしね」

「なら問題ないのではないか?」

「いやー。それをどうにかしてしまうのが人類でしょ」

「うむ。否定できぬな」



 良くも悪くも人類は成長する生き物だ。

 今は無敵の魔王城クリスタルパレスにも、攻略される時が来るかもしれない。何か裏技的な方法で画期的な攻略法が生み出されるかもしれない。

 まだ人類が魔王を舐めている内に……本気で駆除しようと思わない内に、セイは地盤を固めなければならないのだ。いざ人類が本気になった時、対抗できる力が無くてはならない。

 一番怖いのは、国家間が手を取り合ってセイを滅ぼそうする場合だ。

 さすがに全人類を一気に相手取るのは無理がある。

 確実に国を潰すには、様々なスケールで物事を考えなくてはならないのである。



「困ったことがあれば私にも言うがよい。出来る範囲で手伝おう」

「ありがとう。でも、大体の鍵は揃ってきたかな? 魔王城クリスタルパレスが高難度過ぎるって分かったから、国王共を誘い出す方法は別に考えた。それに、アルギル騎士王国が崩壊した後の始末も目途が立っているからね。後は、俺の立ち回りとタイミングの見切りかな?」

「ほう?」

「欲深い人間ってのは単純だからね。欲を満たすためなら悪魔にも魔王にも魂を売るのさ」



 常にアビスを使った情報収集をしているセイに死角はない。最新の情報を扱い、絶対的なアドバンテージを以て先手を打つ。

 国を滅ぼした後、厄介事が起きないように先手を打つべく、セイは既に鍵となる人物をマークしていた。成功率は百パーセントではないが、観察をした限りではセイの思い通りになる人物だと思われる。

 蜘蛛のような小さい虫に擬態しているアビスを通して、今もセイはその人物を観察していたのだった。








 ◆ ◆ ◆






 アルギル騎士王国の首都ムーラグリフ。

 そこにある王城の会議室では、六人の人物が椅子に腰かけていた。三人ずつで向かい合っており、雰囲気を見ると、それぞれは向き合って戦前のようなオーラを発している。

 いや、事実これは戦が始まる直前なのだ。

 もちろん、暴力的な戦いではなく、政治的な取引をするための言葉による戦い。より有利な条件を引き出すための交渉事だ。

 片側の机に座っているのは国王ペルロイカ・アルギル、そして両脇には大臣が二名。もう片方に座っているのは自由組合理事の一人、ネイエス・フランドールとその秘書、また補佐役だった。ネイエスは自由組合の理事の中ではかなりの若手であり、野心的な行動で若くして理事にまで成り上がった実力者だった。細身の落ち着いた青年という第一印象を受けるが、よく見れば、その瞳は炎のようにギラギラとしているのが分かる。この歳で理事という大きな立場にまでなったのだから、それも当然かもしれないが。

 また、国王自らが交渉に応じていることから、自由組合理事という立場がどれほどのものであるか理解できるだろう。普通なら、国王が交渉の場に出てくるのは国家間のやり取りくらいなものである。



「事情は察しております故、先に結論を申しましょう。援助金の四割増しに加えて、薬品類の優遇を求めます。具体的には、国が秘匿している特殊薬品のレシピを頂きたい」

「待て。援助金を四割も増やせだと? あまり調子に乗るなよネイエス理事」

「そう思われたのなら大変な誤解ですペルロイカ王。これは正当な対価ですので」

「ふん。まぁ、金に関しては譲歩したとしてだ……国で独占している特殊薬品の秘匿レシピまで渡せとは大きく出たものだな。貴様は特殊薬品などと宣ったが、要は魔力回復薬を欲しているのだろう?」

「おや、よくわかりましたね」

「あれは我が国の北部で採取できる薬草を特殊な手法で加工して生産できるものだ。生命エネルギーに溢れたこの地の特産であり、我が国が誇る外交的武器の一つでもある。貴様ら自由組合が欲しがるのは当然だろうからな」



 始まりから言葉の応酬を繰り広げるペルロイカとネイエス。

 今回の交渉事の発端は、アルギル騎士王国が自由組合にとある要請をしたことにある。その要請とは、一時的に国に雇われろというものだ。

 現在のアルギル騎士王国は多くの騎士が負傷したり殉職したりと数を減らしている。幸いにも他国に攻め込まれる心配はなさそうだが、だからといって安心できるものではない。更に決め手となったのは氷竜王討伐隊が全滅したという事件だ。本当に全滅したのかは調査中だが、生存は絶望的だと考えられている。何より、アルギル騎士王国が保有する竜殺剣ドラゴンスレイヤーの一本が失われたままなのだ。

 これには流石のペルロイカも拙いと考えた。

 竜殺剣ドラゴンスレイヤーは使い手の力量が高ければ、一軍を相手に一人で戦えるような兵器だ。たとえ一本でも失われるのは拙い。

 捜索のために大量の騎士、特にワイバーンに騎乗する第四騎士団を登用したいのだが、そうすれば国境警備や最近活発化している魔物への対策が疎かとなる。そこで、騎士が請け負っていた国防の役目を自由組合に依頼したいということである。

 本来は国防を別組織に任せるというのは、非常に危険なことである。

 しかし、国防のすべてを任せるのではなく、穴を埋めるように一部を補う形で自由組合の戦力などを要求することにしたのだ。

 そして大臣たちが連日の会議で結論付けたこの要請を自由組合へと送り、今日の会議で自由組合理事であるネイエスとの交渉を迎えたというわけだった。



「我々には本来、国には媚びない自由な組織であるという絶対的な前提が存在するのですよ? それを破って国防の一部を担わせる……つまり国の下に就くということは、相応の対価と大義名分が必要ということ。お金は対価、魔力回復薬は大義名分です。魔力回復薬という切り札を渡したうえで、国防のために雇われるということなら、自由組合とアルギル騎士王国の立場は対等になりますから」

「戯言を。戦時には自由戦士が戦争にも参加するだろう」

「それは勘違いです。自由戦士が戦争に参加する場合、それは依頼ではなく義勇兵としての参加です。自由組合が国防のために戦士を送り込んでいるのではなく、組合員が自主的に参戦を決意してくれているに過ぎませんよ」



 そんなものは建前で、実際は自由組合も戦争への参加を推奨することすらある。自由組合の支部は、結局のところ国や都市に依存しており、構成員も国民が殆どだからだ。所属は自由組合でも、住んでいる場所や故郷は国なのだから、支部全体の意思として戦争に参加することは珍しくない。

 今でこそ世情が安定して戦争は起こっていないが、少し昔に戻れば、自由戦士部隊のぶつかり合いや、諜報部門の組合員による情報戦までも行われていたほどである。

 しかし、ハリボテの建前でも、ネイエスの言っていることは事実だ。

 ペルロイカだけでなく、両脇に座る二人の大臣も眉を顰めるが、言い返すことは出来ない。

 それを見たネイエスは更に言葉を続け、交渉の主導権を握るのだった。









国家崩壊まであと少し。

着実にセイは地盤を固めていきます。

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