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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
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49話


 セイは強烈な魔素の嵐を感じて距離をとる。魔力を感知することが出来るセイにとって、これほどの魔素嵐は閃光や爆音のようなものだ。咄嗟に魔力感知を切ると、暗闇のせいで途端に周囲が知覚できなくなる。だが、これは仕方ないと判断して魔素の嵐が止むまで待つことにしたのだった。

 そして一分ほど経った頃、魔素が収束して荒れ狂うようだった魔力が収まりを見せる。

 改めて感知すると、膨大な魔力を保有する人型の何かがいると分かった。



「ほぅ。封印が解かれたようですな。いや、老体には堪えました」



 セイが炎魔法の魔法陣で明かりを灯すと、そこには初老と思われる男性が立っていた。キッチリとした正装を纏っており、どことなく貴族のような風格も見える。いや、服装や仕草から判断すると、どちらかといえば貴族当主というよりは執事なのかもしれない。

 ちなみに、執事とは貴族の出の者しかなれない職だ。平民ではどれだけ頑張っても侍従までにしかなることは出来ないのである。当主になれない次男以下の貴族では稀にある職業であるため、執事が貴族のような振る舞いであることに違和感などない。

 ただ、封印が解かれて執事が出て来たということ自体は違和感しかない出来事であるが。

 ともかく、セイは話しかけることにする。



「あなたは? 精霊ではありませんね」

「おや、もしやあなたは魔王様では?」

「その通りですよ」

「これは失礼しました。私は傲慢の高位悪魔スペルビアと申します」

「高位悪魔……傲慢?」

「ええ」



 セイの予想では呪属性の高位悪魔か高位精霊が封じられていると考えていた。目の前にいるスペルビアの言葉が正しいならば、竜殺剣ドラゴンスレイヤーの正体は悪魔を封じ込めて力を利用する剣だったということになる。

 ただ、確かにスペルビアから呪属性魔力を感じることは出来るのだが、セイ自身が悪魔を見たことが無いため、本当に悪魔なのかは認識できない。

 それでも敵意は感じられないため、取りあえずは信じることにしたのだった。



「ちょっと質問しても良いですか?」

「はい魔王様。それと私は単なる高位悪魔でございます。魔力の精霊王様に敬語を使わせるのは……下僕を扱うようにご命令ください」

「お、おう? じゃあ、取りあえず聞くけど、なんで封印されていたのかな? 封印されたのは大悪魔だけで、それ以外は倒されたって聞いたけど?」

「後世でどのように伝わっているのかは存じ上げませんが、我々高位悪魔は弱らされ、剣に封じられてしまいました。高位悪魔の中でも私が一番最後に封印されておりますので間違いないかと。我々高位悪魔は合わせて七人でございます。私共を封じた剣は残り六本あるのではないかと。いえ、我が王、大悪魔様が封じられた剣を合わせれば残り七本でございますね」

「なるほど。それは知らなかった」



 一応、悪魔は世界の害悪として認識されている。それを利用した兵器が竜殺剣ドラゴンスレイヤー等と知られれば厄介なことになるだろう。反対運動が起こる程度は問題ないが、竜殺剣ドラゴンスレイヤーの威力を知って悪魔信仰をする者が現れれば面倒なことになる。

 そこまで考えていたかは不明だが、この事実は隠しておくのが賢明だ。

 書物に残っていないのも当然である。残っていたとしてもアビスですら侵入できないような場所に保管されているか、一定以上の権力者が口伝で知っているかのどちらかだと思われる。



「よし、次の質問だね。さっきスペルビアさんは高位悪魔だと名乗ったけど、中位とか下位の悪魔はどうなったのかな?」

「敬称も不要なのですが……まずは質問に答えましょう。破壊神様の使いとしてこの世で活動している悪魔は我が王を含めて八人でございます。そしていわゆる中位、下位の悪魔は人間共が勝手に呼称している私共の使い魔でしかありません。まぁ、便利ですので私共もその呼称を使わせていただいていますが」

「ああ、なるほど。つまり、悪魔とは本来は大悪魔を王として七体の部下がいる。そして更に使い魔として下位の悪魔を召喚できる、もしくは生成できるってことでいいかな?」

「はい。眷属召喚は我々高位悪魔以上が使える特有技能でございます。魔術とは違う特殊能力ですので、人間共の言うスキルに相当するでしょう」



 セイは少し考える。

 このスペルビアが言う眷属召喚は、セイの《魔物創造アビスクリエイト》に近いところがあるのだろう。利用すればアビスとは違った戦力を得ることが出来る。現状としてアビスの能力は伏せておきたいという思いが強いため、既に知られているスペルビアの眷属を使うのは妥当な所だろう。

 早速、セイは交渉に入ることにしたのだった。



「スペルビアさん。少し俺に協力してくれるかな?」

「従え、ではなく協力ですか? つまり私にも利益があると?」

「封じられている他の悪魔たちを解放する手助けをする。もちろん、大悪魔も」

「なるほど……私はそれほど強欲・・ではありませんからね。充分な報酬だと考えます。それで、私に何を頼みたいのですかな?」

「あー、ちょっとこの国を滅ぼす手伝いをして欲しいかな」

「……そんなことで宜しいのですか? そもそも、悪魔の使命とは人間に敵対し、滅ぼす事でございます。そのような条件では私の方が利益を貰い過ぎているように思いますが?」

「悪魔の割に意外とまともな意見だね」

「言ったでしょう? 私は傲慢の悪魔スペルビアでございます。強欲・・の者とは違いますよ」



 悪魔たちはそれぞれ性質が異なるらしいと分かった。

 セイも七つの大罪と呼ばれるものくらいは知っているので、残り六体の高位悪魔は憤怒、嫉妬、強欲、怠惰、暴食、色欲なのだろうと予想できる。

 この中で、強欲と呼ばれる悪魔はスペルビアの言う通りなのだろう。セイのイメージでは狡猾で強欲なのが悪魔なのだが、スペルビアは予想外にも丁寧だった。ただ、傲慢の称号の通り、下位の者に対してはゴミのように扱う性質を持っているのかもしれない。人間や下位悪魔の話をしている時は、どことなく侮蔑の意思が感じられたからだ。

 逆に、自らが傲慢であるからこそ、上位の存在には敬意を払う。

 そういった悪魔らしい。

 上に立つ者は傲慢であるべき……という考えがあるため、新人魔王であるセイにも敬語は不要だと述べたのだ。

 スペルビアの性質を理解したセイは改めて口を開く。



「では、悪魔解放を報酬として少しの間だけ俺の傘下に入ってもらう。早速の命令だ。都市を一つ陥落させて貰いたい。もちろん、助けが必要なら何とかしよう」

「畏まりました。それで都市とは?」

「ああ、それはだな――」



 セイはアビスネットワークを起動して頭の中で検索を掛ける。現段階で都市を陥落させる場合、アルギル騎士王国に最も甚大なダメージを与えることが出来る場所は幾つかある。薬草関連の成分抽出を担っている城塞都市リンデルも含まれているが、セイが現在拠点としているので却下だ。それに味方であるルカもあの都市に留まっているので、やるにしてもルカが逃げてからである。

 そうなると、貿易系の都市や武器関連を扱う都市、食料生産が盛んな都市などが候補として挙げられるだろう。

 まず、北方の国ゆえに食料を輸入に頼っていることから、食料生産が盛んな都市を狙っても継続的なダメージは少ないと思われる。すぐに輸入を増やされて終わりだ。

 だが、貿易系の都市を狙うのは拙い。アルギル騎士王国は上等な薬品などを輸出することで食料を輸入しているのだが、貿易都市を破壊して薬品の輸出をストップさせると、他国からの介入が始まる可能性が高くなる。現状として他国までアビスを派遣していないため、情報が無いまま他国と戦争になるのは避けたい事態だった。南部の三公国は内部紛争で手がいっぱいなので、あるとすれば東の大帝国だろう。もしくは西にある海の向こうの神聖ミレニア教国も重い腰を上げるかもしれない。

 つまり、低リスクで最高の結果を出すと考えたとき、狙い目は武器を始めとした工業生産が盛んな都市ということになるだろう。



「――狙うのは工業都市ナスカだ。一般企業から軍需産業までを一手に担う都市で、ここにダメージを与えれば大打撃になる。詳しい話は後でしよう」

「ふむ。聞いたことのない都市ですな。やはり私が封印されている間に時代が変わってしまったのでしょうか?」

「結構変わったんじゃないかな? 悪魔は全員封印されて、精霊王も俺以外は捕えられている。更に竜王たちも完全に素材扱いだ」

「ちっ……人間ゴミの癖に調子に……失礼しました」

「あ、うん。別にいいよ」



 一瞬だけ漏れ出た凄まじい殺気を感じてセイも少し驚く。今更、セイは殺気を見せられた程度で腰を抜かしたりはしない。霊峰の戦いで嫌というほど殺意を向けられたし、スペルビアの言いたいことも理解できるのだ。

 セイもアルギル騎士王国は滅亡させると決めているため、咎めることはしない。



「ナスカの情報、陥落させるにあたっての目標や作戦は今度にしよう。まずは自分の能力を確かめるところから始めて欲しい。封印されていたから力が落ちているかもしれないしね」

「畏まりました。確かに私も腕が鈍っているように感じております。一週間ほどあれば見苦しくない程度にはなるでしょう。全盛期の力に戻すならば一か月は必要かと思います」

「ナスカ陥落は全力でやる。全盛期まで戻してくれ」

「畏まりました。他に留意点はございますでしょうか?」

「人間に見つからないようにして欲しいかな。こちらも一か月で細工をしておくから、そちらは姿を隠して能力を確かめて欲しい。見つかれば討伐隊が組まれるかもしれないからね。予定が狂う。まぁ、今の姿なら人間に紛れるだろうけど、本来の姿は違うのだろう?」

「ええ、その通りでございます」



 スペルビアはそう答えると、力を解放して悪魔としての姿を見せた。

 背中から蝙蝠のような暗い色の翼が現れ、更に細長い尻尾が生える。人間形態の時は膂力や魔力が制限されているが、こうして悪魔形態になると一気に気配が膨張した。人間形態でもかなりの量を見せていた魔力量は数倍に膨れ上がり、突き刺さるような悪意を放っている。

 圧倒的力こそが傲慢たる所以であり、スペルビアの戦闘力は高位悪魔の中でも折り紙付きだった。



「武器は使える? 必要なら用意するけど」

「一通りは習得しております。ですが、基本的には魔術と体術を使用しますので必要ありません。魔術に関しましても呪属性以外にも習得しております」

「……そうみたいだね。それなら問題ないかな」

「ええ、問題ございませんとも」



 セイがスペルビアの魔力を確認すると、確かに呪属性以外の情報体傾向を感じることが出来た。体術の技量に関しては分からないが、隙が無いのでそれなりの使い手なのだろう。



(とすれば……この人が力を取り戻す一か月の間にナスカ陥落の作戦が必要になるな。都市大結界は俺が破壊するとして、アビスたちにも協力してもらうか。産業が盛んだから特殊な金属とかもありそうだし、普通に収穫が多い戦いになりそうかな? あと、リンデルに帰ったら氷竜王討伐依頼のこともある。まぁ、氷竜王には霊峰まで逃げて貰ったから、特殊依頼も失敗になるかな。これは仕方ないか)



 一瞬だけ忘れかけていたが、セイは自由組合の特殊依頼で氷竜王討伐パーティに選ばれている。霊峰に逃げている氷竜王が見つかるはずもないので、しばらくは捜索をし続けることになるだろう。そんなことをしていれば一か月などすぐであるため、スペルビアが力を取り戻すことに関して急ぐ必要はない。

 アビスに頼んでおけば、細工の方も並行して済ませることは容易いだろう。



「なら、一か月経った頃にこちらからまた接触する。あまり派手な移動をされない限りは見つけられると思うから、一か月後には大体この辺りにいるようにしてくれ」

「畏まりました」

「それと折角だ。今代の魔王の力を少しだけ見せておこう……着いてこい!」



 そう言ったセイが念話でアビスに命令を下すと、近くにいたアビスが形態変化して深淵竜アビスドラゴンになる。セイは深淵竜アビスドラゴンの背中に飛び乗り、一気に空へと上昇した。

 今回連れてきているアビスは十体であり、武器とローブとして扱っている二体を除けば、深淵竜アビスドラゴンとなって上空に上がったのは八体。漆黒の竜が夜空を舞い、騎士たちが野営していた場所を取り囲んでいく。

 セイは騎士を逃がさないために張っていた結界を解除して、スペルビアと共に遥か上空から野営地を見下ろした。騎士の死体やアビスたちが貴重品を回収した後の残骸が残っており、パッと見ただけで氷竜王以外の何者かに襲撃されたのだと分かってしまう。

 証拠隠滅、そして騎士団謎の壊滅を演出するには、やはりドラゴンのブレスが一番だろう。



深淵竜アビスドラゴンに擬態した八体に告ぐ。ドラゴンブレスを一斉掃射)

『是』



 王の命令を受けた深淵竜アビスドラゴンたちは口元に膨大な魔力を圧縮させつつ、円状になって上空から野営地を取り囲む。青白い魔力光が八つ均等に並び、破壊の序章となった。

 これを見たスペルビアも目を見開いて驚く。



「おお! これほどとは!」

「爆風に備えてくれるかな?」

「ええ、分かりました」



 スペルビアはバサリと悪魔翼を羽ばたかせて空中で踏ん張る態勢を整える。そしてセイはそれを見て準備完了だと判断し、アビスに命令を下した。



(発射)

『ドラゴンブレス、発射します』



 八本の青白い閃光が大地を穿ち、凄まじい爆発を引き起こした。目に見えるほどの魔素が破壊の嵐を巻き起こし、全てを焼き尽くしたのである。破壊の意思が込められた竜種の固有技であり、魔素の扱いに長けたセイでもこんな現象は引き起こせない。

 恐らく、人間でいうところのスキルのようなものだろうと考えていた。

 夜空は一瞬だけ昼間のように照らされ、すぐに闇へと戻る。

 残っていたのは、綺麗に更地となった……いや、寧ろ巨大なクレーターが生じた大地だった。証拠となる騎士団を示す物品は跡形もなく消し飛ばされており、後から調べても何が起こったのかは解析できないだろう。

 凄まじい破壊の規模だと言えた。



「素晴らしい! 流石です魔王様!」

「じゃあ、頼んだよスペルビア」

「っ! ええ、ご期待に沿えるよう尽力いたしますとも」



 傲慢たりえる王の力を示したセイにスペルビアは感服した。もちろん、大悪魔こそが彼の主人だが、本来の主が解放されるまでは仕えても構わないと思えるほどにスペルビアは感動していたのだ。

 そして最後にセイは敬称を抜いて『スペルビア』と呼んだ。

 頼りにされていると感じたのである。

 傲慢を司る彼は、こうして再び力を取り戻すために闇へと消えた。これを知るのは魔力の精霊王セイ=アストラルと配下の魔物アビスだけである。









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