48話
魔道具解析器の画面を眺めながら唸り続けるセイ。アビスネットワークによる超神速思考で必死に考えつつ、目の前の問題を解決しようとしていた。
「この内包空間に聖属性の抗呪術式が編み込まれているから……こっちの呪属性は中和用で……虚属性の精神誘導の効果を底上げしていて……一方通行の次元隔壁? なんだこれ? ああ、もう! どこに混沌属性が隠れているんだよ!」
セイがこれほどまで悩んでいる理由は、竜王討伐隊を始末したことで手に入れた竜殺剣にある。混沌属性の瘴気で生命力を削り取るのが竜殺剣の効果なのだが、付与されている術式を解析したところ、混沌属性の要素がまるでなかったのである。
結局、術式の内容は時空、聖、呪、虚の四属性である。
こう見えても魔法陣学の基礎は習得しているため、術式を見れば大体の属性は予測できた。
「時空属性で剣自体を一つの閉鎖系空間に見立てている? で、閉鎖空間の内側に聖属性と呪属性で封印っぽい術式を組んでいるってことか。抗呪と呪中和だから呪属性への封印っぽいね。虚属性も閉鎖空間内部で作用する術式になっているから……ああ、なるほどね。外部からの魔力供給で虚属性が発動し、閉鎖空間内部で何かしらの精神誘導を発動させるということか。大体あってるよなアビス?」
『是。結論として、竜殺剣の効果は封印だと思われます』
「ああ、内部で封印している何かしらがあるって思った方が良さそうだ」
『やはり瘴気を封じているのでしょうか?』
「いやー。そういうわけじゃなさそうだな。瘴気を封じるだけだったら有限の効果しかないから、瘴気を生み出す何かが封じられているって感じだな。そうじゃないと虚属性の精神誘導の意味がないし」
竜殺剣は混沌属性による瘴気で対象の生命力を削り取る能力であり、内側に瘴気を封じられているだけだとすれば、いずれ瘴気が尽きることになる。しかし百年以上も使われ続けている剣であることから、瘴気は有限ではないと考えた方が良い。
結果として、竜殺剣には瘴気を生み出せる存在が……つまり混沌属性を生み出せる存在が封じられている可能性が高かった。
そうなると、セイには幾つか心当たりがある。
「混沌属性を持つ精霊、もしくは大悪魔……だな」
混沌と呪怨の精霊王は呪属性と混沌属性を支配する精霊の王であり、混沌属性を扱える存在だ。ただ、精霊王はエルフたちが捕えているという情報があるため、竜殺剣に封じられていると考えると矛盾が生じる。また、竜殺剣はアルギル騎士王国だけでも五本存在しているので、一体しかいない精霊王が封じられているとは考えにくい。あるとすれば、配下の高位精霊が混沌属性に至り、剣に封印されている場合だ。
そしてもう一つは悪魔である。人類の明確な敵として存在しており、適度に破壊をもたらす。彼らが基本として持っているのが呪属性であり、悪魔の長である大悪魔だけは混沌属性へと至る存在だったと文献には記されていた。ただ、精霊王と同じく大悪魔は一体しかいないので、複数の竜殺剣が存在している理由を説明できなくなる。
「竜殺剣はアルギル騎士王国だけでも五本あるし、他国にも幾つかある。となれば特殊な方法で混沌属性を発動させていると思うべきか。有力なのは、虚属性で精神誘導を行い、魔力情報体に影響を与えることかな?」
『しかし王よ。そのような技術があるならば、人類は今頃、法則属性所有者を大量に生み出している事でしょう』
「ああ、そうだよな。やはり竜殺剣に付与されている術式に秘密があるのか?」
『並列演算で解析を進めましょう』
「頼む。俺は時空属性の部分をメインで追っていく」
『仰せのままに王よ』
他のアビスに今回の戦利品を整理させている間は暇になるので、セイはここで解析を進めることにした。各地に散らばっているアビスたちの演算力を借り受けて並列解析を進め、一気に術式を解明していく。
(はぁ……複雑怪奇な術式だこと。まぁ、勉強になるから良いけど)
高度な封印術が施されている貴重な資料だと考えれば、この解析作業も一種の勉強である。まだ基礎部分しか魔法陣学をマスターしていないため、術式の勉強は非常に為になった。
セイはアビスと共に解析を進めていき、情報を統合して答えを導き出していく。
数学的な応用や、言語学におけるアルゴリズム解析を利用して不明な術式も予測していき、竜殺剣が内包している効果を完全に理解する。
「あー、なるほどね。そういうことかぁ」
『情報統合が完了しました。術式の九十九パーセント以上を解析完了しています』
「未解析部分は?」
『解析防止の対抗術式を無効化した際に出来たゴミ部分です』
「じゃあいいや」
セイはアビスネットワークによる演算解析でまとめた術式を改めて眺める。眺めると言っても脳内イメージを追っていくだけなのだが、セイとしては眺めている感覚だった。
(竜殺剣の凄いところは、魔力を精製している点。呪属性を内部で完全に封印することで絶対に漏れ出ないように処理し、内部で濃度を高めて混沌属性の情報体を抽出していく。下位の呪属性にも混沌属性の情報体は含まれているから、それを利用したってことかな。内部の魔力圧は高まっていくけど、呪属性では外部に放出できないから、安定のために封印を通過できる混沌属性へと変異し始めるってことね。聖属性と呪属性の封印はこのためのものか。化学平衡と似た仕組みだな)
例えば、ハーバーボッシュ法という工業的アンモニア精製手法がある。
アンモニアは水素原子三つと窒素原子一つから構成される分子であり、主に硝酸に変えることで医薬品や肥料、爆薬など様々な利用をされている物質だ。そのため効率的な生産方法が必要になるのだが、それがハーバーボッシュ法というわけである。
やることは簡単で、水素気体と窒素気体を高温高圧状態にするだけである。そうしてエネルギーを高めてやると、安定のためにエネルギーの低いアンモニアへと勝手に変化する。そして水素、窒素、アンモニアが一定割合で存在している混合気体が出来上がる訳だ。
しかし、ここで混合気体からアンモニアだけを取り除くと、残った水素と窒素は再び不安定になる。結果としてアンモニアへの化学変化反応が再開し、また水素、窒素、アンモニアが一定割合になるまで反応は続くのである。
つまり、水素と窒素を高温高圧状態にしてアンモニアだけを抽出し続ければ、いつまでもアンモニアを楽に生産できるということである。
竜殺剣も同様の仕組みだ。
まず、この竜殺剣所有者が魔力を流すことで虚属性術式が発動し、内部に封印されている何かに魔力放出を強制させる。放出された魔力は呪属性なのだが、竜殺剣に付与されている抗呪属性封印のせいで外部に放出されることはない。だが、内部に封印されている何かは虚属性術式によって魔力放出を強制させられ続け、内部には呪属性魔力が高圧状態で溜まることになる。
だが、呪属性が僅かに持つ混沌属性の因子は封印を通過することが出来るので、呪属性は安定のために情報体を変化させ、混沌属性因子を作り出すのだ。
混沌属性となった魔素は外部へと出ていくが、呪属性のまま残っている魔素は封印の内部で溜まり続けることになる。圧力が高まれば混沌属性へと変化して放出という現象を繰り返し、最終的にあの瘴気を生み出しているということである。
混沌属性の中でも竜殺剣が瘴気しか扱えないのは、呪属性が瘴気の因子に変化しやすいからだろう。呪いとは言わば悪意の一種であるため、一番低エネルギーで変化できるのが瘴気因子なのである。
ちなみに、どれだけ内部で魔力圧が高まっても封印が破れることはない。何故なら、封印の主軸は時空属性であるため、特殊属性である呪属性魔力で法則属性である時空属性を破ることなど出来ないからだ。
これが竜殺剣の仕組みである。
「うーん……俺でも使える武器だから残しておいても良いけど、結局のところ何が封印されているんだ? 気になるから解いてみたいんだけど」
『時空属性が封印のメインであるため、《破魔》は通用しないと思われます』
「術式破壊も無理そうか?」
『無理です王よ』
「やっぱり無効化だけじゃ無理か……武器ごと破壊するしかないよな?」
『是』
竜殺剣の本質が封印剣であると分かった以上、利用方法は幾らでもある。下手に兵器として置いておくよりも有効かもしれないと思ったほどだ。
また内部には悪魔か呪属性精霊が封印されている可能性が高いと思われるため、セイとしては出来れば解放したいと思っていた。また、これは予想でしかないため、本当かどうかを確かめたいという思いもある。
ともかく封印を解くのは確定事項なのだが、問題は封印解除の方法だった。
魔術を無効化する無属性魔術《破魔》は法則属性には通用しないため、時空属性が主軸の封印を解くことは出来ない。
そうなると、分かりやすいのは竜殺剣そのものを破壊することだった。所詮は特殊金属の武器に回路を彫り込んで術式を流しているだけであるため、武器ごと破壊すれば封印は必然的に解けてしまう。
武器が壊れると同時に聖属性の浄化光が発動するトラップも仕掛けられていたが、そちらは《破魔》で無効化すれば問題ないだろう。内部に溜まっている呪属性魔力もセイの能力を使えば暴発させる心配はない。
「まぁいっか。どうせ術式は完全に解析したから、その気になれば作れるし」
セイはそう割り切って竜殺剣の破壊を決意する。
ただ、作り直せると言っても使用されている金属が特殊であるため、手に入れるのは難しく、セイでは加工も出来ない。術式を流すのは可能だが、回路を刻むのはセイでは無理なのだ。
この辺りは軍事的に需要のある技術であるため、アビスたちもまだ習得していない。やはり軍事的な技術は秘匿性が高く、アビスの能力でも学習は難易度が高いのだ。
しかし、術式を完全に解析したということは、応用も出来るということである。セイは新たに魔法陣による時空属性封印術を習得していた。これは大きな収穫である。
「ホントは氷竜王の転生体と話をするだけのつもりだったけど、意外な収穫が多かったな」
『王よ。騎士たちからの剥ぎ取りも終了したようです』
「お、そっちを任せていたアビスも仕事を終えたんだ。丁度良かったな」
『では竜殺剣を破壊しますか?』
「ああ、深淵剣刀型竜王牙モードで」
『是』
セイが普段から武器として連れ歩いているアビスが剣の形状に変化する。性質は竜王牙で、見た目は漆黒の刀身を持つ抜き身の日本刀である。
武器の切れ味も最高だが、なによりセイにはこの武器を扱いきるだけの技量がある。アビスネットワークによる最適化により、セイはあらゆる武術に精通しているのだ。魔素で身体が構成されている以上、動きには意思とイメージが大きく関わってくる。
つまり、演算した通りの動きをすることが出来るため、セイは武術における理想形を完全に体現していると言えた。
特殊素材とは言え、竜殺剣を破壊するなど容易いのである。
「瘴気さえ出ていなければ竜王素材でも断ち切れる! はぁっ!」
打ち合う訳ではなく、一方的に切り裂くだけであるため、瘴気の心配をする必要はない。漆黒の刀は竜殺剣をあっさりと通過し、剣は二つに割れた。
その瞬間、莫大な魔素が吹き荒れ、封印は解放されたのである。
竜殺剣は結構高度な仕組みです。
故に機密事項も多く、解析防止術式は結構複雑なのです。セイには通用しませんが。




