47話
セイは魔力感知を行って土煙の向こう側を調べる。こういう時は視覚に頼らない知覚手段を便利に感じるものだ。
深淵剣による質量攻撃は密集して周囲を警戒していた騎士たちに効果抜群で、どうやら生き残っているのは三人だけのようである。また、そのうち二人は地面に倒れているようなので、大きな怪我を負ったのだろうと予測できた。唯一立っているもう一人も右腕を怪我しているのか、左手で押さえている。
高度な演算によってセイは魔力をもう一つの視覚のように扱っているため、このような細かいことまで感知できるのである。ちなみに、ここまで詳しく知覚できるようになったのは割と最近だ。
「やっぱり、残っているのは近衛騎士の彼だけなのかな?」
唯一立っている騎士の保有する魔力量は相当なものであるため、アルギル騎士王国の最高戦力として数えられる第五騎士団のメンバーだろうと予想できる。類稀なる魔力量と卓越した技量を持つ一握りだけが所属できる部隊だからだ。
そしてセイの予想は正しく、土煙が晴れると、その向こうに立っていたのはオリハルコン製の鎧を纏った男だった。男は鋭い視線でセイを睨みつけ、威圧するようにして声を上げる。
「貴様……何者!」
「まずは自分から名乗るのが礼儀ではないかな?」
「不意打ちをするような礼儀知らずに名乗る必要はない!」
「そうかい。ならいいよ。俺も名乗らないから」
「……」
別に魔王アストラルですと名乗っても良かったのだが、どうせ戦っている内にバレるので、ここは余計な情報を与えないことにした。恐らく深淵剣による攻撃からでもセイの正体は分かるのだが、目の前の彼は思いつかなかったらしい。
ならば、わざわざ知らせる必要などないのである。
だが、逆にセイも相手の情報は知りたい。どうやら男は名乗ってくれないということなので、セイは自分の能力で調べることにしたのだった。
(それでアビス。あいつは?)
『彼はアルギル騎士王国第五騎士団第三席マルキス・スウェルティです。頭脳仕事が苦手で上司としての器はそれほどではありませんが、実力はかなりのものです。実際に第五騎士団副隊長のジュリアス・アルコグリアスよりも強いようです。魔法属性は呪で、混沌属性を操る竜殺剣との相性も良いと分かっています。剣に呪属性を纏わせ、出血、眩暈、吐き気、痛み、治療阻害などを与えながら戦うスタイルで、魔法そのものよりも剣術に傾倒しているようです』
(ちなみに竜王牙で竜殺剣と打ち合えるか?)
『流石に無理です王よ』
(だよな。つまり攻撃は避けた方が良さそうだ。あ、でもマルキスって右手を負傷しているよな? あいつの利き腕はどっちだ?)
『利き手までは分かりませんが、訓練では右手を軸にして剣を振っていたようです』
(なら、まともに剣を使えない可能性もあるか。呪属性は俺の《破魔》でどうにでもなるから、混沌属性の瘴気だけは喰らわないようにした方が良さそうだな)
セイは一瞬の脳内会議でアビスとの会話を終え、深淵剣を短剣形態にして構える。漆黒のローブを着てフードを被っている様から、今のセイはどう見ても暗殺者だ。一応、各地に散らばっているアビスから暗殺者風の立ち回りを学習しているが、実際に使うのは初めてである。
今回は竜殺剣を警戒して回避中心の戦いを組み立てなければならない。身にまとうタイプの《障壁》を展開しているので、一撃ほど瘴気攻撃を喰らったところでダメージは受けないだろう。しかし、直接斬られた場合は間違いなく《障壁》を破られると思っていた。
だから、竜殺剣より漏れ出る瘴気は《障壁》で防ぎ、斬撃は常に回避することでダメージを受けることなく戦おうとしているのである。
アビスネットワークによる超神速演算で相手の行動予測も終え、セイは無言で踏み込んだ。
「我が剣の錆となるがいい、卑怯なる暗殺者よ!」
マルキスは腰のアイテム袋から竜殺剣ではなくオリハルコンの剣を取り出して上段に構える。このことにセイは一瞬だけ驚くが、よくよく考えれば普通の襲撃者如きに竜殺剣のような兵器を使うことなど無いだろう。
竜殺剣など使っては、たった一人を殺すためにミサイルを用意するようなものだ。
セイが魔力の精霊王だと名乗れば別だったのかもしれないが、こうして普通にしている分には魔王だと分からない。野営地を囲っている無属性大結界や深淵剣から予想は出来るはずだが、頭脳仕事が苦手なマルキスには無理な話だった。
「はぁっ!」
「ふーん。危ないね」
そう言いつつも全く危なげもなく回避するセイ。それもそのはずで、超高速演算による行動予測がピタリとマルキスの動きを当てているからだ。セイは動きを先読みして躱すだけで良い。
また、マルキスは右腕を負傷しているため、左手一本での戦いを強いられている。更に仲間を殺されたことで高ぶっており、動きも普段より単調になっていた。これはセイの計算ではなく、単にマルキスが馬鹿だっただけの話である。
逆に上手くいきすぎてセイの予想外だったほどだ。
「くっ! 卑怯者の癖にやりおる!」
「それはどうも。君こそ嵐のような激しい戦いをするんだね。見た目通りだ」
「ふん。ならばこれを防ぎきれるか?」
マルキスは一向に攻撃が当たらないことに苛立ち、オリハルコンの剣に込められた術式を解放する。付与されているのは嵐属性であり、暴風のような風と雷が剣を纏った。
オリハルコンという金属は、別名で概念拡張金属とも呼ばれる希少物質だ。魔法陣を付与した際に、そこに刻み込まれた意味を拡張して強化することが出来るのである。要するに、通常以上の効果を持った魔剣を作成できる金属だということだ。
マルキスの剣に込められているのは嵐属性。特に放出系の性質に偏っており、剣から風や雷を放って攻撃を放つことが出来る。さらに、マルキスは自身の属性として呪属性を持っているのだ。この属性による呪いを合わせることで、様々な状態異常攻撃を飛ばすことが出来るのである。
「喰らうがいい! 我が必殺の一撃を!」
大きく上段に振り上げたオリハルコンの魔剣には風と雷の他に、呪属性による強力な呪いの霧が纏わされている。この呪いの霧には出血、眩暈、吐き気、痛み、治療阻害などの状態異常がランダムで発生する効果がある。魔剣の能力と共に広範囲へと放たれれば、間違いなく致命的な隙を晒すことになるだろう。
マルキスはこの攻撃を必殺だと言ったが、それは『必ず殺す』という意味ではない。この場合は『必ず殺せるようになる』一撃だった。
放出するという術式が概念拡張されているため、攻撃範囲はマルキスの前方殆どになる。避けるには一瞬で背後に回り込むしかない。
これが単発攻撃なら簡単に回避できるのだろうが、マルキスは腐っても第五騎士団だ。セイがそんな回避など出来ないタイミングで技を放ったのである。
具体的には回避直後の硬直した瞬間。この状況なら短剣で受け流すか、無理やり後ろへ跳び下がるしか避ける方法はないだろう。しかし、その二択では、マルキスの剣をやり過ごした瞬間に呪いの霧を纏った暴風が吹き荒れることになる。
このままでは剣で斬り殺される。
回避しても魔法効果で動きを止められ、次の一手で殺される。
これがマルキスの描いたセイの未来だった。
(まぁ、甘過ぎだな)
しかしセイは冷静だった。
オリハルコンの魔剣に込められているのが法則属性ならば焦ったかもしれないが、所詮は上位属性にあたる嵐属性だ。セイの無属性魔術にかかればまるで脅威にならないものでしかない。
セイは振り下ろされる剣に無属性魔術《破魔》を使用し、体に纏うタイプの《障壁》で保護された左手でマルキスの剣を掴み取った。
「なっ!?」
「ハイ終わり。伸びろ深淵剣」
セイは右手に持った短剣状の深淵剣の切先をマルキスの喉に向けて命令する。すると王の命令を受けた深淵剣は一気に刀身を伸ばし、マルキスの急所を貫いた。
まさか刀身が伸びるなどとはマルキスにも予想できず、更に暗がりで漆黒の刀身が伸びたのでは反応も遅くなる。更に自分が最も自信を持っている攻撃を素手で止められたのだから衝撃は計り知れない。そういったことも重なって、セイは容易く攻撃を当てることが出来たのだった。
「ゴフッ……」
マルキスは最期の力を振り絞って相打ちに持ち込もうとしていたようだが、セイが深淵剣を喉に突き刺したまま左手で彼の剣を押さえていたため、結局何もできずに終わる。力尽きて倒れる間際に何かを言っていたものの、喉を潰されていたせいで残念ながら聞こえなかった。
「任務完了っと。あとは気絶して転がっている残り二人を始末すればオーケーかな?」
深淵剣による質量攻撃ではマルキスの他に二人の騎士も生き残っていた。この二人は大怪我をしていた上に気絶していたので放置していたのだが、結局マルキスとの戦いが終わるまで目を覚まさなかったらしい。
ならば、眠っている間に殺してやるのが慈悲というものだろう。
セイは深淵剣であっさりと二人も殺し、竜王討伐隊を完全に始末した。
(さてと……アビス、物資は回収できたか?)
『是。現在は集めた物資を整理しております』
(分かった。俺はマルキスの荷物から竜殺剣を見つけておくから、他の物資はお前たちで整理しておいてくれ。あと、珍しい素材があったら取り込んで解析頼む)
『仰せのままに、王よ』
アビスとの会話を終えたセイはマルキスの死体に近寄り、深淵剣で腰のアイテム袋を切り裂く。すると、破壊されたアイテム袋から中身が飛び出して、周囲に散らばった。
このアイテム袋はグラトニーと呼ばれる魔物の胃袋から出来ているのだが、袋を破壊すると中身が全て排出されるようになっている。これは、袋を破けば中身が出てくるという点で、普通の袋と同じだ。不思議なようだが、よく考えれば当たり前のことである。
セイは中身をいちいち取り出すのが面倒だったため、袋を破壊して調べることにしたのだった。
「さーてと。竜殺剣はどこにあるかな? 折角いろいろと対策していたのに、残念ながら無駄になったからなぁ」
魔力を感知すると、散らばった道具の中に一際密度の高い魔力を発しているものを見つけた。禍々しい魔力は、かつて一度見た竜殺剣そのものであり、散らばった道具の中でもかなりの存在感を放っている。
セイは慎重に近づいていき、竜殺剣を手に取った。
「ふーん。オリハルコンともミスリルとも違う金属か。まぁ、それは後で調べるとして、竜殺剣に刻まれている術式を見せて貰おうかな。混沌属性の術式なんて気になるし」
剣に術式が刻まれていると表現したが、実際に刻み込まれているわけではない。特に魔剣の場合は戦闘による欠けや歪みで術式が機能しなくなるという可能性もあるからだ。実際は、魔剣表面に多少の欠けや歪みがあっても問題なく機能する回路を敷いておき、そこに術式を流すのである。プログラムされた魔力情報体として回路を循環させることで魔剣を機能させているのだ。ただ、この手法は内部に大量の魔力を保有できる特殊素材でなければ使えないので、通常の魔道具では滅多に用いられない。
ともかく、魔剣の術式を読み取るというのは、回路を流れている情報を見るということ。
魔法陣学の基礎である、魔力情報体の読み取りが役に立つということである。
セイは早速、アイテム袋から簡易的な測定装置を取り出して回路に接続し、解析していく。常に変化する生物の魔力を読み取るのは難しいが、既に情報体が確定している魔道具の情報体は、こうした装置で簡単に読み取ることが出来るのだ。
大抵の魔道具には読み取りをブロックする対抗式が付与されているが、セイは無属性魔術でその対抗式を無効化することが出来るので、魔道具に限ってはどんな術式でも解析可能だ。
「…………」
装置が読み取った情報体を眺めているセイは徐々に表情を厳しくしていく。そして右手を顎に当てて目を閉じ、虚空に向かって呟く。
「どういうことだ……?」
セイがそう漏らしてしまったのも当然だろう。
何故なら、読み取り装置の画面に映されていたのは、時空属性をメインとした術式であり、混沌属性など一つも混じっていなかったからである。
勿論、混沌属性の情報体など見たことが無いので断言はできないが、少なくとも見えた術式はセイが良く知るものばかりだった。自由組合が保有する転移陣で見た時空属性や、隷属魔道具の解析で見た虚属性、他にも呪属性や聖属性が混じっており、とても強力な混沌属性を生み出す剣には見えなかったのである。