46話
セイは闇の中で竜王牙の深淵剣を振るい、騎士たちを仕留めていく。襲撃開始から一分で既に十三人の騎士を仕留めており、これで騎士たちは文字通り半壊したことになる。だが、ここまで来れば第四騎士団のエリートたちも体勢を立て直すころだ。さらに第五騎士団から派遣されたマルキス・スウェルティもいるため、彼の指示の元、野営地に明かりが戻り始めたのである。
「襲撃者は少ない! 明かりをつけて迎え撃て!」
マルキスも相棒である低位竜が逃げ去ったからと言って茫然としていたわけではない。勿論、一瞬は呆気に取られて初動が遅れてしまったのは確かだが、すぐにやるべきことを思い出した。偶に聞こえる断末魔から襲撃者がいることを知れたので、まずは視界を確保するところから始めたのである。
今回は夜戦を想定していないため、夜目が利くように出来る魔道具は持ってきていない。聖属性と虚属性の複合効果による魔道具であるため、確実に夜戦をすることになると分かっていなければ、普段から持ち歩くには高価すぎるのだ。
ちなみに、この魔道具は聖属性によって人体の眼を強化保護しつつ、虚属性の暗示によって可視光線領域を拡張し、電磁波など通常は知覚できない光を感知することで視界を確保する高度なものである。作成も難度が高いため、そもそも数を揃えることすら難しい。お金があるからと言って確保できる魔道具でもないのだ。
「明かりを中心にして円陣を組め! 死角を作るな!」
騎士たちは野営地に響くマルキスの言葉に従って近くの者と背中合わせに円陣を組み、それぞれが各方向を警戒する。どうやら第四騎士団の団員たちは綺麗に四人ずつ分かれて円陣を組み、マルキスは三つ出来たグループの内の一つに入ることで、四・四・五の人数に分かれたらしい。
セイはそのことを魔力感知で知った。
十三人目を殺したところで物陰に隠れていたセイは様子を窺いつつ次の行動へと移る。
(粗方の騎士は潰したな。これで第二フェイズ完了だ。第三フェイズでは正面戦闘で真っ向から騎士たちと戦っていく。各アビスたちは倒れている騎士たちの装備を回収して解析しろ。恐らくミスリルとかオリハルコンとかの軍需品が手に入るはずだ。第三フェイズ開始)
『是』
セイの目的の一つとして、希少金属を手に入れるということもある。こうして竜王討伐隊と出くわしたこと自体は偶然だが、最終的に少人数編成でありながらエリートな部隊と戦うことになったのだ。ならば、彼らの装備に含まれている希少金属を手に入れることが出来るはずである。
オリハルコン、ミスリル、アダマス鋼などは希少で高価な金属であるため、軍需用品として国家間の取引でも大きな材料にされることすらあるものだ。当然ながら一般で見かけることはなく、自由組合でも特殊な伝手が無ければ触ることすらできない。
つまり、これを機会に素材を奪い取ってアビスに取り込み、解析しようということだ。他にも欲しい素材は沢山あるが、取りあえずはこの三つが目標である。
セイは物陰から飛び出し、一つ目のグループへ襲いかかった。
「な、何者! っぐ!」
物陰から飛び出してきた影に気付いた騎士の一人が声を上げる。しかし、セイは無言で深淵剣による切り上げを放った。騎士が反射的にセイの斬撃を防ぐことが出来たのは、普段からの訓練の賜物である。
また、セイが自分の戦闘技術を測るために深淵剣の性質を竜王牙から鋼鉄に変化させていたこともあり、防ぐことが出来たのだった。
今回の氷竜王討伐作戦に向けて彼らに配布されたのはミスリル製の剣と鎧だ。強度は鋼鉄と同等レベルだが、魔力への順応度が桁違いな金属である。ミスリル製の鎧は魔法攻撃の殆どを弾き、また剣は魔法ではなく魔力を乗せることが出来る。
これはどういうことかというと、例えば炎属性の魔力情報である『熱』を剣に乗せて、対象を焼き斬ることが出来るということだ。情報体を剣を通じて顕現できるということである。
ミスリル剣を使用する者の力量に左右されるが、簡単に魔法剣として使えるのだ。
「何者か答えぬなら容赦はしないぞ! 凍れ!」
セイの深淵剣を受け止めた騎士がそう言い終えると、彼の持つミスリル剣から冷気が漂い始める。氷属性の魔力を乗せることで、ミスリル剣から強力な冷気が発生したのだ。
そしてこのやり取りで別方向を警戒していた残りの騎士三人もセイの姿に気付き、それぞれがミスリル剣に魔力を流した。
「そいつが襲撃者か!」
「よくも私のワイバーンを!」
「覚悟!」
三者三様に声を上げつつセイに斬りかかる。セイは目の前の騎士が使っているミスリル剣と鍔ぜりあっている上に、氷によって凍結している。鋼鉄化している深淵剣は無事だが、セイ自身は深淵剣を固められたせいで動くことが出来なかった。
しかし、魔王であるセイはこの程度の攻撃で動じる必要はない。
何故なら、万能防御魔法である無属性魔術《障壁》があるからだ。
「甘いよ」
セイの呟きと共にガキンという金属音が鳴り響き、騎士たちのミスリル剣は小さな六角形の青白い壁に止められる。最小限の大きさで展開された《障壁》を使って的確にミスリル剣を受け止めたのだ。まさかそんな小さな魔力壁で止められるとは思わなかった騎士たちは完全に意表を突かれることになる。
そして、この無属性魔術を見たことで、セイの正体にも気づいた。
「まさか……貴様は魔王!」
「正解だよ」
セイは一瞬で深淵剣に高密度の魔力を纏わせ、術式破壊によって凍結を破壊する。それによって深淵剣は、正面の騎士が持っているミスリル剣から離れることが出来た。
自由になった深淵剣は自ら変形して針のように鋭く伸び、正面の騎士の顔面を容易く貫く。今は剣の形をしているが、アビスは本来魔物なのだ。セイの命令によって形態変化で剣の形を取っているに過ぎない。意思一つで形を変え、不意を突くことも出来るのだ。
「何っ!?」
「くっ! 貴様あああああああ!」
「燃え尽きろ魔王!」
無属性魔術《障壁》で止められていた残り三人の騎士たちは、それぞれ違った反応を見せる。一人は驚愕で動きを止め、一人は激昂して剣を振り上げ、最後の一人は熱くなりつつも冷静に炎魔術を発動させる。
だが、彼ら程度では魔王を止めることなど出来なかった。
(深淵鎌に形態変化)
『是』
セイは剣の姿をしたアビスに命令して大鎌へと変化させる。漆黒のフードを被り、巨大な黒い鎌を持った姿は魔王というよりも死神に近い。そして、今のセイは見た目通り、命を刈り取る姿をしていた。
セイはアビスネットワークによる超神速演算でするべきことを纏め上げる。
まず発動しかけの炎魔術を無属性魔術《破魔》で破壊し、振り下ろされようとしているミスリル剣を深淵鎌の柄で受け止める。驚きで動きを止めているもう一人の騎士は完全に無視だ。
そして柄で滑らせるようにして受け止めたミスリル剣を受け流し、体を捻りつつ魔王の身体能力で深淵鎌を振り切った。この瞬間にアビスの性質変化を竜王牙にしていたので、騎士たちのミスリル鎧ごと綺麗に真っ二つとなる。
当然ながら即死だった。
「次」
そのまま騎士の死体を飛び越えて次の魔力反応場所へと向かう。そこでも騎士たちは四人一組になって周囲を警戒しており、走り寄るセイの姿は簡単に感知された。
「構えろ! 敵だ!」
一番にセイを発見した騎士がそう叫んで戦闘態勢を整える。それに続いて他の三人の騎士も周囲を警戒しつつセイへと剣を向けた。しかし、セイは止まることなく深淵鎌を水平に構えて一気に走り寄る。
「ふっ!」
セイは小さく息を吐きながら深淵鎌を振り、一番手前の騎士を切りつけた。当然ながら騎士はミスリル剣でガードするが、竜王牙の性質を持った深淵鎌を受けることなど出来るはずがない。魔力順応性が高いミスリルは、結局のところ鋼と同レベルの硬さしかないのだ。
ガキリと嫌な音がしてミスリル剣が破壊され、セイはアビスの形態変化を大鎌から剣に戻して再び振り下ろす。一度目の大鎌による攻撃では走りつつ切り裂いたので、二度目の攻撃の間合いは剣が適していると判断したのだ。
急激な武器の形態変化に驚いた騎士たちはまともに反応することが出来ず、セイに標的とされた騎士は呆気なく切り裂かれる。左肩から心臓を綺麗に切断された騎士は即死であり、血を噴き上げながら倒れた。
そしてセイは騎士を切り裂いたその場で走るのを止め、右足を軸にしてその場で回転する。その際に深淵剣を少しだけ形態変化させ、刀身を八メートルまで伸ばしたのだった。この水平回転切りによって残りの騎士たちも上下真っ二つになったのである。
「これで残りは五人か。弱いな」
セイの戦闘は高度な演算による攻撃予測と戦術組み立て、更に変幻自在なアビスを武器とした攻撃方法に加えて、魔王特有の無属性魔術だ。特に武器攻撃による手札が豊富であり、一瞬の切り替えで多彩な武装を使用する。
剣、大鎌、槍、鎖、大槌などの全く異なる武器への変更だけでなく、剣の中でも直剣、刀、大剣、大太刀、フランベルジュ、クレイモア、短剣、小太刀など細かい調整すら可能。さらに各地へ放っているアビスが集めた戦闘経験を統合し、最適化することでセイは各種武装を使いこなすことも出来ている。
エリート騎士である第四騎士団を弱いと判断したのも驕りではなかった。
「たぶん最後の五人の中に第五騎士団の奴がいるっぽいね。竜殺剣を持っているから油断はしない」
今回の戦いでセイが畏れているのは竜殺剣の存在だ。アルギル騎士王国にも五本しかない国宝であり、混沌属性による瘴気攻撃であらゆる生命エネルギーを削り取ることが出来る。竜脈の生命エネルギーを管理する竜種に有効な武器の一つだった。
当然ながら精霊種である魔力の精霊王セイにも有効である。
また混沌属性は法則属性の一種であるため《破魔》が通用せず、回避するか、大量の魔力を込めた《障壁》で防ぐしかない。結局のところ、竜殺剣を相手にする場合、正面戦闘を避けるのが一番だった。
「……折角だからアレを試してみるか」
ここでセイが思いついたのは少し前に使えるようになった手札の一つ。今回は自分の戦闘能力を測ることが目的であるため、試しに使ってみるのが良いだろう。そう考えたセイは《障壁》を足場にして空中を駆けあがり、最後の一グループの上空へと接近しつつ超速演算を開始した。
(術式演算……樹属性魔法陣を形成。木の根を成長促進させて相手の足を止める。樹属性は細かい制御が複雑だからミクロ系じゃなくマクロ系の制御方式を取って……統計的に効果を予測して式に当てはめたら完成っと)
セイは頭の中で魔法陣の術式を完成させ、魔力を集めて投影する。イメージした術式を魔力によって直接投影する方式だ。《障壁》を足場として空中から五人の騎士を見下ろし、地面に樹属性魔法陣を展開させたのである。
陣が情報体として働き、魔力をエネルギーとして樹魔術が発動する。大地より木の根が飛び出し、騎士たちの足に絡み付いて動きを止めたのだった。植物というのは意外と頑丈で、こうして絡めとられると身体能力だけで脱出するのは難しい。
エリートと呼ばれる騎士たちを十秒近く拘束することが出来る。
その状態でセイは上空から剣を振り下ろした。
「深淵剣!」
かつて霊峰の戦いで巨大飛空船を破壊した巨大な漆黒の剣。
一撃一刀にて両断した破壊の剣。
それを人間に対して叩き込んだのである。
凄まじい轟音と共に土煙が舞う。ある意味では質量による攻撃であり、下手な小細工や魔法よりも強力な一撃なのだ。鎧などの防御も貫通して強烈な衝撃が肉体を蹂躙し、無様な肉塊へと変えてしまっていることだろう。
セイは深淵剣を元の大きさに戻し、地上に降り立って土煙が晴れるのを待つのだった。
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