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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
44/123

44話


 演習場にて氷竜王討伐パーティの実力を確認したそれぞれは、翌日も更に次の日も連携などを確認し、特殊依頼達成に向けて準備を進めていた。即席のパーティであるが故に入念な準備は必須であり、特に実力の確認は絶対に必要だ。今回の相手はランク11とされている氷竜王だから尚更である。

 セイ、ユウタ、ルーカス、ハーキーは何度も連携の確認を行い、簡単な依頼を受けてから街の外で魔物を相手に練習し、今回の特殊依頼で必要と思われる物資も揃えた。

 二か月以内に依頼達成すれば良いため、それなりにまだ余裕はあるのだ。



「じゃあ、明日は休日にして、明後日から依頼に出発しよう」



 そして準備を始めてから五日目の終わりにユウタがこう言って、ようやく準備を終えたのである。依頼出発の前日に休憩を入れたのは、これまでの連携確認などの疲れを癒すためと、これから町を離れて長期間の調査を行うため、精神的にリラックスしておくためだった。

 長く街を離れるという行為は意外とストレスを溜めてしまうものである。

 だが、その日の夜からセイは街の外へと出ていた。

 しかも身分証明証を兼ねている自由組合員証を使って門から出るのではなく、わざわざ結界を解除して秘密裏にリンデルの街を出たのである。どう見てもまともな目的ではないだろう。

 現に、セイは深淵竜アビスドラゴンに乗って夜空を滑空していた。



深淵竜アビスドラゴン。氷竜王のいる場所までどれくらいだ?)

『計算中……時間にして三十分です』

(了解だ)



 セイがこうして夜中に出かけているのは、アビスたちの捜索によって氷竜王が見つかったからである。街での監視任務に就いているアビス以外を総動員させた結果、捜索開始から三日ほどで見つかったのである。場所としては霊峰から南東に位置する森の中であり、頻繁に移動を繰り返しながら霊峰を目指しているということだった。

 ただ、北へ向かったり南に戻ったりと一直線に霊峰へは向かっていないらしい。色々な場所を飛び回り、何かを確認するようなそぶりを見せながら移動しているのだという。

 セイの予想だが、恐らく竜脈の様子を確認しているのだろう。

 この世界では竜種が大地を流れる生命エネルギーの流れ、竜脈を管理している。そのため、転生したばかりの氷竜王も管理者として竜脈を確認している可能性は非常に高い。さらに霊峰は竜脈が湧き出る特異点であるため、最終目的地が霊峰であることは間違いなかった。

 現在の霊峰は魔王セイ=アストラルの居城と化しているため、挨拶と報告を兼ねて氷竜王を探しているのである。



『王よ。報告があります』

(ん? どうした?)

『ここから西へ十五分の場所に騎士団の姿が見えます。ワイバーンの存在を確認しましたので、恐らくは第四騎士団かと思われまず』

(第四騎士団は国境警備や各地の警備の補佐だろう? なんでこんな場所に?)

『データを検索しました。どうやら氷竜王捜索に派遣されているようです。極秘任務として発行されている模様です。この捜索隊のリーダーとして第五騎士団が一名だけいます。王城に潜んでいるアビスからの連絡です』

(厄介だな。自由組合だけじゃなく、国も氷竜王の存在に気付いていたか)



 氷竜王は各地を飛び回っているため、運が良ければその姿を見ることは容易い。自由組合が容易にその情報を得たように、アルギル騎士王国も既に氷竜王の存在に気付いていた。ただ、やはりワイバーンや低位竜を所持している騎士団の方がフットワークが軽く、先に氷竜王へと近づくことが出来たようである。

 情報速度では自由組合も負けてはいないが、竜を操る騎士団に先を越されてしまったらしい。



『殲滅いたしますか? 既に四体のアビスが包囲しています』

(いや、第五騎士団の奴もいるみたいだし監視続行で。まずは氷竜王を確認しておこう。警告もしておきたいしな。そのあと、戦力を集めて殲滅する)

『是』



 今は日が沈んでからそれほど時間が経っていないため、騎士団の野営地でも殆どが起きているはずだ。殲滅するにしても、寝静まり警戒が弱まる深夜を狙うべきだろう。実際の距離としてはかなりのものだが、深淵竜アビスドラゴンの速度ならそれほどでもない。

 今夜中に片付く案件である。



(試したいこともあるし、俺の戦闘力の計測も兼ねて騎士団と戦ってみるか)



 セイが思い出すのは一年近く前にあった霊峰の戦い。あの時は転生してすぐであり、戦いというものを殆ど理解していなかった。結果としては騎士団を退けることに成功したものの、氷竜王クリスタルは戦死という結果で終わっている。

 騎士団長クラスの相手には歯が立たず、搦め手を使ってどうにか躱した程度だ。

 今回は正面から戦う予定だが、どこまで通用するかは不明である。一応は自由戦士ランク9ということになっているとはいえど、実際はどうなのかよく分かっていない。魔力の精霊王という種族はそれほど強いわけではなく、迷宮を創造し運営することに特化しているからだ。アビスの特性を利用して自身を強化し、魔法陣魔法による手札を増やしてはいるが、全力戦闘でどこまでいけるかは測ったことが無かった。

 そんな風に考え事をしていると、不意にアビスから念話が入る。



『王よ。まもなく氷竜王の感知範囲に入ります』

(何? もうか?)



 セイが伝え終わるか終わらないかと言ったところで強い殺気を感じた。方向から見ると、どうやら氷竜王の方からだと分かる。すぐに殺気が収まったので、高速で迫る何かを感じて咄嗟に殺気を放ってしまっただけだろう。

 これが人の気配ならば氷竜王も問答無用で氷魔術攻撃を放ったのだろうが、セイは人ではなく魔力の精霊王だ。種族的には味方であるため、殺気を収めたのである。



(この魔力……クリスタルと似ているけど微妙に違うな。まだ純度が甘い)



 魔力には属性を司る情報が含まれており、その傾向によって属性が決定される。以前の氷竜王は非常に濃い氷属性魔力をしていたのだが、転生後の氷竜王の魔力は氷属性が少しだけ薄いようだ。また生命属性もそれほど強くないらしく、まさに生まれたばかりといった様子だ。

 霊峰で冷気に晒されつつ、湧き出る竜脈に触れ続ければすぐに魔力の純度も上がるだろう。このことに関しては時間が解決してくれるので、セイもあまり気にしていなかった。

 そして景色は飛ぶように流れていき、あっという間に目的地へと到着する。

 月明りに照らされた氷竜王の竜鱗は淡く輝き、幻想的な光景を見せていた。

 深淵竜アビスドラゴンは速度を緩めて降下し、氷竜王の目の前へと降り立つ。氷竜王はそれほど警戒していないらしく、興味深そうな視線を投げかけるだけだった。



「今代の魔王セイ=アストラルだ」

「私は氷竜王クリスタル」

「先代と同じ名前なのか?」

「知識は引き継がれる故にな。記憶は消えるが、歴代氷竜王の知識だけは持っている。そなたが魔王であることも知っているのだ」

「なるほど」



 セイは納得しつつ頷いた。

 そして深淵竜アビスドラゴンの擬態を解除させ、剣形態にして漆黒ローブの上から腰につける。セイは地面に降り立ち、氷竜王を見上げる形で話しかけた。



「一応報告しておく。北にある霊峰に俺の迷宮があるけど、そこを住処にしてくれて構わない。山頂に魔水晶の宮殿があるから、そこに住んでくれたらいい」

「ふむ。微かに知識があるな。了解した。そなたの好意に甘えさせて貰おう」

「それとお前は人類に捕捉されている。早めに逃げてくれ」

「何?」

「色々と各地を飛び回っていただろう? それで見つかったんだよ」

「そうか……霊峰から流れ出る竜脈を調整していたのだが、それが仇となったようだな。先代は霊峰に篭って中途半端にしか調整していなかったみたいだから、まだ他にも調整しなければならない場所が残っているのだが……」



 先代の氷竜王は霊峰に立てこもり、防御に徹することで人類の脅威から逃げていた。竜脈が湧き出る特異点ということを利用して遠距離から竜脈を調整していたのだが、それでも細かい調整には無理がある。長年の無理が蓄積して、このあたりの竜脈は乱れ始めていた。

 いや、この辺りはマシな方であり、アルギル騎士王国よりも南ではもっと竜脈が乱れ狂っている場所も存在している。既に竜種が狩りつくされているため、竜脈を調整することが出来ないからだ。

 特に竜王は非常に少ない。

 世界には炎竜王、爆竜王、水竜王、氷竜王、風竜王、嵐竜王、土竜王、樹竜王、呪竜王、聖竜王、虚竜王が存在しており、更に王魔竜という特殊な竜王も存在している。王魔竜はかなり特殊なので省くが、基本的にはこれら十一の竜王を頂点として配下の真竜、高位竜、低位竜が各地の竜脈を調整しているのだ。

 しかし、人類が竜を狩り過ぎたせいで、各地の竜脈が乱れている。

 転生を繰り返す竜王は知識を引き継ぐが、人類が自分を殺したという記憶は消去されるため、竜脈を調整するために目立つ場所を飛び回り、発見されて即討伐という流れが出来つつあるのだ。

 今回もそれで人類に捕捉されたのである。



「近くにお前を討伐する部隊が来ている。転生したばかりのお前では恐らく勝てないから、安全が確保できるまでは霊峰に逃げてくれないか?」

「だが、それでは竜脈の調整が……」

「近い内にこの国を滅ぼすつもりだから、そうすれば竜脈の調整も楽にできるようになる。俺が何とかしているところだから、ここは引いてくれ。それに、今回の討伐隊を退けたとしても次の部隊がお前を討伐しに来るはずだ。ほとぼりが冷めるまでは隠れた方がいい」

「む……」



 氷竜王クリスタルは悩む。

 転生しても己の使命は理解しており、竜脈が乱れているのを見ると調整したくなる。しかし、魔力の精霊王が語っている言葉も尤もな話だ。人類が竜の素材を求めているのは知識として知っているため、危ないということは理解できるのである。

 黙り込むクリスタルにセイは言葉を続けた。



「人類と戦うにしても、今のクリスタルの強さでは無理がある。せめて氷属性と生命属性の魔力純度を高めてからにしてくれ。霊峰の冷気と竜脈点の生命エネルギーを浴び続ければ、すぐに魔力が氷属性と生命属性に傾いていくはずだから」

「……了解した」

「分かってくれて良かったよ」

「だが、お主はどうなのだ? 魔王というのはそれほど強くはない。一国を滅ぼせるほどの配下を揃えているというのか?」

「ああ、そちらは問題ない。既に仕込みは終わっている。後は今進めている策が嵌れば一日で国が亡びる手筈になっている。それに俺自身の戦闘力もそれなりにはある」

「分かった。そなたを信じよう」



 氷竜王は大きく翼を広げ、フワリと浮き上がった。竜種は物理学で飛んでいるのではなく、魔法的な効果で飛翔している。大地を流れる竜脈との作用で飛んでいるのだ。そのため、大きく羽ばたくことなく飛翔することが出来る。

 三十メートル近い巨体が浮き上がったことで強い風が吹き荒れたが、セイはその場でよろめくことすらなく氷竜王を見送った。夜空で青白く美しい竜鱗が月光を反射し、キラキラと輝きつつ北の空へと消えていく。

 どうやらセイの言葉通り、真っ直ぐ霊峰を目指したようだった。

 氷竜王の後姿を見送りつつセイは呟く。



「良かった。これで取りあえずの懸念は消えたな。念のためアビスで護衛しておいてくれ。バレないようにコッソリ頼む」

『是』

「後は騎士団だ。こちらは俺が殲滅する。アビスを追加で数体呼び出し、包囲網を構築してくれ。あくまでも逃走者を逃がさないための包囲だ。アビスの二体は俺と共に騎士団と戦う」

『是』



 セイと共に戦う二体とは、漆黒ローブに擬態している一体と剣に擬態しているもう一体である。ローブの方は竜王鱗に性質変化することで鉄壁の防御を再現し、剣の方も状況に応じて形態変化と性質変化することで多様な武器へと化けることが可能だ。

 戦いに備えて様々な素材を解析済みだが、やはり竜王素材の性質変化が最強である。防御は竜王鱗、攻撃は竜王牙を使えば、鋼鉄剣すら弾き返し、全身鎧も貫くことだろう。



「まずは既に包囲済みの四体で状況を観察し、奇襲作戦を立てる。夜中に作戦実行する予定だから、それまでに最低でも三体のアビスを追加で呼べ。今夜中に片付けないと、自由組合からの依頼に響くからな。張り切っていくぞ」

『是。近くのアビスを呼び出しました。一時間以内に二体到着。二時間以内に追加で二体到着する予定となっています』



 セイはそれを聞いて、目を閉じ作戦を練り始める。騎士団の野営地を監視している四体から情報を受け取りつつ詰みの手順を構築し、殲滅戦に備えるのだった。







特殊な王魔竜についてはかなり後で出てきます。

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