43話
特殊依頼の打ち合わせを終え、支部長室を出ると、早速とばかりにユウタがセイへと話しかけた。同じ異世界人と分かってから話したそうにしていたので、セイも応じることにする。
「なぁ、お前って異世界人部門でも噂になってたセイだよな? 日本人だって?」
「まぁね。アヤマ君も日本人だろう?」
「ユウタでいい。いやぁ、同郷の奴に会うのは久しぶりだから良かった」
「俺も少し安心した。まぁ、異世界人が結構いる時点で不安にもなってないけど」
「言えてる」
初対面だが、歳が近いこともあって話が弾む。すると、残りの二人、ルーカスとハーキーも会話に混ぜろとばかりに口を開いた。
「君たちは同郷なのかい? あと、僕もルーカスと呼んでくれ」
「私もハーキーで良い。短い時間だがパーティを組むわけだしな」
ハーキーの発言にセイとユウタも納得する。これから氷竜王討伐パーティとしてしばらく活動することになるため、連携のためにも四人での交流を深めておくべきだろう。異世界人同士という共通点を持った仲も大事だが、それよりも優先するべきはパーティ全体の和だ。
「そうだな。皆も俺のことはユウタと呼んでくれ。折角時間があるから、お互いの実力を確かめるためにも模擬戦でもしないか?」
「俺もセイでいい。模擬戦は……まぁ、いいんじゃないか?」
「分かったよユウタにセイ。それと僕も模擬戦については賛成だ」
「了解だ。私も良いと思うぞ」
「よし、じゃあ地下演習場を借りよう」
こうして初めてのパーティを組む際、模擬戦をして互いの実力を測るという行為は珍しくない。特に知らない関係同士が特殊依頼でパーティになったときは、良く取られる手法だ。今回は格上を四人という少人数で討伐する依頼であるため、連携は必要最低限どころか、必須事項となるだろう。
下準備として実力の確認、連携の練習は不可欠である。
誰も反対するハズが無い。
四人はすぐに受付で演習場の使用許可を申請し、第六演習場の使用許可を得る。ちなみに、この演習場を借りるのは一時間まで無料だ。それ以降はそれなりの金額が必要になっている。今日はお試しということもあって、一時間だけ借りることにしたのだった。
「じゃあ、行くぞ!」
ユウタが先頭に立って地下へと進んで行く。自然と彼が仕切るようになったが、誰も文句は言わない。ルーカスは控えめな性格だし、ハーキーはそもそも自由戦士としての経験が無い魔術部門所属だ。そしてセイはランクこそ高いが、全く経験のない素人である。文句を言うはずがないのだ。
四人はそのまま地下にある第六演習場へと入る。
この第六演習場は小さめであり、大規模な連携よりも個人的な模擬戦をすることに適している。前回セイが試験で使った第一演習場は大きめなのだ。
「じゃあ、適当に決めて模擬戦するぞ。一時間しかないからな。とりあえず俺とセイ。ルーカスとハーキーの組み合わせでやるぞ」
「分かった」
「僕もそれでいいよ」
「構わない」
それぞれ特に否定するべきこともないので、模擬戦の組み合わせは数秒で決まる。尤も、何度か組み合わせを変えて模擬戦する予定なので、こだわっても意味は無いのだが。
そしてルーカスとハーキーが演習場の端に寄り、セイとユウタが中央で構える。お互いの距離は十メートル程であり、どちらかと言えば魔術師有利な間合いだろう。
ただ、模擬戦では初めにこれぐらい離れるのが一般的であるため、ユウタが意図して距離を離したということではない。セイもそれぐらいは知識として知っていたので何も言わなかった。
「ルーカスとハーキーのどちらかが審判をやってくれるか?」
「じゃあ、僕がやるよ」
ユウタの頼みにルーカスが応える。
試合の準備も整い、ユウタは短剣を構え、セイはアイテム袋から鋼の剣を取り出して構えた。後はルーカスが合図を出せば、模擬戦は始まる。
「模擬戦開始!」
ルーカスの声は通りにくいが、小さな演習場なのでしっかり聞こえる。先に動いたのは距離を詰めなくてはならないセイだった。一方のユウタは得意の炎魔術を発動させるため、魔力を練り上げる。ランク10にも劣らない魔術を使えると豪語するだけあって、彼の魔術発動速度は相当なものだった。
セイが距離を詰める前に炎の壁が完成する。
「熱……」
凄まじい熱気がセイへと襲いかかるが、冷静さは失わない。間に合わないことは初めから分かっていたことだし、発動地点も魔力感知で分かっていた。それを踏まえて濃密な魔力を剣に纏わせていたのだから、寧ろ予定通りというべきである。
セイは軽く剣を振り、炎を顕現させている術式を乱した。
「な!?」
高等技術として知られる術式破壊。高等過ぎてマイナーなので、知る人は少ないのだが……
そして残念ながらユウタは術式破壊を知らなかった。つまり、彼には発動した炎魔術を強制的に消されるという理不尽に晒されたのだ。
それでもランク7戦士として活動しているユウタは、咄嗟に打開策を取る。地面を爆破させ、再び距離を離そうとした。
「吹き飛べ」
「甘い」
地面に放たれた爆破という情報を帯びた魔力。これが世界を改変しようとしたところを、セイは再び術式破壊で防ぐ。高密度の魔力を帯びた長剣が地面に突き刺され、発動しかけていた爆魔術が霧散した。
「また!?」
流石に二度も魔術を無効化されれば、元日本人で平和ボケしていたユウタでも気付く。セイが魔術を無効化する方法を持っているということに、ユウタは悔しさを滲ませた。
しかし、分かったこともある。
(けど無効化には法則がある)
セイは魔王としての力を使い、領域干渉することで一定空間の魔法を全て無効化し、無害な魔素へと変換することが出来る。だが、術式破壊は高密度の魔力で、発動しようとしている、もしくは発動中の魔法を維持している魔力を乱さなくてはならない。
魔術を学んでいる者として、このぐらいはすぐに看破出来た。
「種は割れたぜ」
「そーかい」
ユウタは魔力を体内で高速循環させ、活性化の力で身体能力を強化する。これは炎爆属性の魔力が持つ活性の力によるものだ。これを使ってセイの剣技を凌ぐのである。あくまでも少しだけ時間を稼ぎ、次の魔術を発動させるまでの間を作れば良いのだ。技術がなくとも、それぐらいは何とかなる。
それにユウタが短剣を装備しているのは、こういう時に時間稼ぎをするためだ。防御の心得はある。
「ふっ!」
一瞬で振り下ろされたセイの剣は霞むように速い。活性化され、動体視力が向上したユウタでもギリギリ見える程度だった。短剣でセイの剣を逸らすことが出来たのも偶然に近く、これまで積み重ねて来た経験が為した反射行動である。
この一太刀を防いだことで今度はユウタが攻撃する番となった。
(これで防げねぇだろ!)
ユウタが発動させたのは、セイを囲い込むように大量の火の玉を殺到させる魔術だ。一つ一つの火の玉は小さく、野球ボールほどでしかない。しかし、それが避けきれない密度で迫ってくるのだ。総合的な火力は中々なものである。
もはや模擬戦で使用する魔術ではないが、術を無効化できる相手には丁度良いと判断したのだ。
「おいユウタ! 絶対これ殺す気だろ!」
「はっはっは。お前なら大丈夫だって」
「クソ!」
魔力感知でどんな魔術が察したセイは案の定、苛立ちを込めて文句を言う。だがそれでユウタの魔術が止まるはずもなく、セイは思考リンクによる超速演算で最適な防御方法を導き出していた。
(――問題はないな)
高密度の魔力を纏った長剣が振り回され、一度の斬撃で多くの火の玉が消されていく。効率よく、全ての火の玉を術式破壊で消せるようにと導き出された斬撃の軌道は、全てセイの頭にインプットされているのだ。さらに魔王としての身体能力を駆使して神速を思わせる剣技を見せつけ、ユウタの発動させた火の玉を完全に防御したのである。
「嘘だろ!?」
「剣は得意なんだ」
「限度があるんだよ! 限度が!」
もはや超人技。
セイの剣技はそう呼ぶに相応しいものとなっている。アビスネットワークによって演算、最適化された最高の剣技を引き出せるセイは、アルギル騎士王国の粋を集めていると言ってもいい。基本は騎士たちの剣技を参考にしているので間違いではないだろう。
そんな剣技を相手にしているのだから、ユウタは悪くない。寧ろ魔術の腕は良いのだから。
炎爆魔術に補正を受けているだけあって、ユウタの魔術の威力は結構なものだ。これだけ精密にかつ、高威力の魔術を発動できるのだから、ランク10にも引けを取らないという彼の言葉は間違いないものだと思える。
要は、相手が悪かったのだ。
「ほらほら。そんなもんか?」
「ちくしょーっ! 魔術がまともに発動しねぇ!」
「ははは。魔力感知で先読みできるからな」
「チートだろこの野郎!」
「残念。努力だ」
「分かってるよ!」
残念ながら、この世界はチートのようなものは存在しない。勿論、国際法で違法と決められている薬品などを使用すれば、瞬間的なドーピングは可能だ。それらは命を削ったり、頭をおかしくさせるような副作用があるため、全面的に禁止されている。
こんな模擬戦で使うものではない。
だから、強くなるためには努力が必要なのだ。
セイもアビスたちに任せているようだが、それなりの努力はしている。思考リンクは演算能力を高めることが目的であって、代わりに答えを出してくれる便利機能ではないのだ。この超速演算を使いこなしているのは、あくまでもセイ自身なのである。
決してチートではない。
ユウタもこの世界に転移して生きて来たのだから、それは分かっている。
異世界人としての補正を得ている分、自分もそれなりに強いつもりだ。だが、補正で得た力も努力して伸ばさなければ長所にはならない。世の中、都合のいいことは起こらないのだ。
「よっと!」
「あ……」
そして遂にユウタの持つ短剣は弾き飛ばされ、セイがそのままユウタの首筋に剣を添える。ヒュルヒュルと空気を裂く音がして弾き飛ばされた短剣が演習場の地面に刺さり、模擬戦の終わりを告げた。
セイの圧勝である。
「降参」
「どーも」
「勝者セイ」
ルーカスの判定を聞いてセイは剣を戻して鞘に納め、ユウタはその場で崩れるようにして腰を下ろす。極度の緊張下での戦いであったため、一段落して一気に疲れが押し寄せたのだろう。まるで命がけの実戦をしているようであり、ユウタの額には大粒の汗が滲んでいた。
模擬戦をしていた時間は五分ほどだったが、その密度は計り知れないだろう。
「流石ランク9だな……ホントにランク9か?」
「さぁ? まだ自由組合に登録して一か月だし」
「マジかぁ。今まで何処かで修行でもしてた?」
「まぁ、死ぬほど辛い戦いをしてきたと言っておこう」
「なるほど」
セイはこれでも死線を潜り抜けてきている。気迫を見せる攻撃はそういった経験から生み出されるものなので、それに気圧されてしまったユウタに非は無い。
「そう言えば、俺の魔術を消した攻撃は何?」
「僕も気になります」
「私にも教えて。魔術師にとっては死活問題」
ここでユウタは術式破壊についての質問を投げかけた。ついでとばかりにルーカスとハーキーも寄ってきたのでセイは説明することにする。切り札は秘密にしておくのが普通のことだが、これは教えても問題ないことであるためだ。
「あれは術式破壊って言う魔力操作の応用技。高密度の魔力で対象とした魔法の魔力を乱し、発動を停止させる技術だな。滅多に出来る奴は居ないけど」
「初めて聞いたな」
「なるほど、魔力操作にもそんな応用があるんだね」
「魔力を高密度で維持し続けるのか……確かに難度が高そうだな」
「まぁ、戦闘中にこの魔力操作を維持し続けるのは結構難易度が高い。それに俺のように魔力感知が出来ないと、あんまり意味がない技術ではあるかな?」
かなり特殊な技術だと聞いて、魔術師であるユウタとハーキーはホッと胸をなでおろす。あんな技が簡単に出来たならば、魔術師の価値は大きく下がることになる。
世の中そう簡単ではないと分かってはいるが、こういうことを聞くとギクリとしてしまうものだ。
「とりあえず俺とユウタの模擬戦はこんな感じだな」
「はぁ~。ちょっと自信なくしたぜ」
「じゃあ、次は僕たちだね。よろしくハーキー」
「こちらこそ」
そして一時間の演習場使用時間が終わるまで、四人は組み合わせを変えながら模擬戦を続けるのだった。