42話
数日後、久しぶりに自由組合へと訪れたセイに依頼が入った。描き溜めた大迷路の地図を納品するつもりで立ち寄っただけなのだが、組合員証を見せた途端、受付の人が依頼を要請したのである。
「セイさんへ指名の依頼があります」
「指名?」
「はい。特定の能力、実力が必要とされた場合、自由組合から依頼を要請することがあります。これは一般から寄せられている依頼と異なり、組合からの依頼ですね」
「ふーん。自由組合ほどの組織がわざわざ依頼する内容ね……」
「指名依頼は難易度よりも特殊性が高いですね。希少技能が無くては達成できない場合や、強大な魔物の素材を入手するときが殆どです。まぁ、報酬も普段より良いので、損はありませんよ」
自由組合に寄せられる依頼は一般からの依頼が殆どだ。市民などから寄せられたり、国や街や村単位で依頼が寄せられたりする。自由組合はこれらの依頼をジャンル分けし、受付の人が適宜発行していくシステムになっているのだ。組合員側は依頼を選択することは出来ないが、示された依頼を断ることは出来る。大抵、三つほどの依頼を一度に示され、組合員はその中から一つを選ぶのが一般的だ。
しかし自由組合から発行される特殊依頼は違う。希少な素材の収集や、危険地帯の調査、新魔術の研究協力など、組合の利益のために発行される依頼は、大抵の場合、特定の組合員に指名して依頼されることになるのだ。
特殊依頼の場合、基本的には断ることが出来ないと思った方が良い。組合としても実力などを鑑みて人員を選出しているため、実力不足が理由にならないからだ。下手に断ると、組合からの信用が下がることもある。
セイは現在、人に紛れて信用を築いている最中だ。断ることなど有り得ない。
「どんな依頼?」
「ここでは話せませんので、明日の午前十時に来てください。支部長室で支部長から直々に説明をするそうですよ。勿論、セイさんだけで来てくださいね」
「分かりました」
最近はルカとも別行動することが多いため、セイが誰かを伴ってくるということは無い。ルカは、例の如くセラとミラ姉妹と共に実力を伸ばしているところだ。剣の基礎はセイが教えているが、ルカは基本的に魔術師である。セラとミラから魔術師としての立ち回りを勉強しつつ、日々成長を遂げているのだ。
ついでに愛でられているのは言うまでもない。
「何か準備するものは?」
「特にありません。明日は説明だけらしいので、手ぶらで結構です」
「分かりました。それとこれ大迷宮の地図です」
ここでセイは本来の目的を思い出し、アイテム袋から地図を取り出す。かなりの枚数になっているので取り出すだけでも大変だが、それよりも驚いたのは受付の人の方だった。
まるで攻略の目途が立たない大迷路の地図が大量にあるのだから当然だろう。一般の戦士や調査員が創る地図は、まだ数階層分の一部しかないと言われている。だが、セイの持ち込んだ地図は二十階層分の地図であり、価値としては計り知れないものがある。
尤も、魔王城クリスタルパレスの地下迷路はおよそ二千階層もあるのだ。
ハッキリ言って焼け石に水だとしか思えない。
セイ本人ですら面倒になってきたほどである。
「こ、これは! 凄いです!」
「あ、うん。そうですか?」
「そうですよ! これは報酬の計算にも時間がかかりますし、明日でも構いませんか?」
「分かりました。特殊依頼の件で来た時に貰えます?」
「はい!」
受付の人はそう言って、セイの渡した地図を抱え、奥へと駆けていく。忙しそうなので、今日は帰った方がいいだろう。セイはそう判断して、宿に帰ることにしたのだった。
(今日のところは魔法陣の研究の続きでもやるか)
セイにもやることは大量に残っている。
今日もアビス共有してきた情報を整理し、ルカが帰って来るまで魔法陣について考察を深めるのだった。
◆ ◆ ◆
翌日、セイは時間通りよりも少し早めに自由組合へと訪れた。地図の報酬の件もあるので、早めに行くことにしていたのである。結果として金貨を大量に入手した上、組合からの信用も上がったらしい。セイとしては報酬よりも信用が嬉しかった。
結局のところ、セイも元は人間なのだ。
別に人類が嫌いなわけではないため、褒められると嬉しいのは当然である。
そしてそのあとすぐに案内され、自由組合リンデル支部の最上階にある支部長室へと連れていかれることになった。
「ここになります」
「いえ、どうも」
受付の女性は支部長室の扉をノックして「失礼します」と言いながら部屋に入り込む。中からの返事は聞けなかったが、それも十時集合の予定が組まれていたからだろう。入室後も咎められることは無かった。
支部長室に入ってセイがまず見たのは壮年の男だ。
くすんだ金髪を後ろに流し、一本に縛っている。綺麗にひげをそっているからか、かなり若く見えた。しかし、その青い瞳からは老練さを感じさせる鋭さが滲み出ており、油断ならない雰囲気を発していた。
間違いなく彼が支部長だろう。それらしきデスクに座っているのだから。
さらに、支部長室にいたのは支部長本人を除いて三人。それぞれが統一性のない恰好をしていた。
「ふむ。全員があつまったようだ」
支部長がそう口を開くと同時に、セイを案内してきた受付の女性は一礼して部屋を去る。セイはどうすればいいのか分からなかったが、取りあえず支部長の他にいる三人の近くへと寄った。
それを見た支部長は、さらに話を続ける。
「取りあえず自己紹介からしよう。私はブレンダ・クルーエルという。この自由組合リンデル支部で支部長をさせて貰っている者だ。今日は集まってくれて感謝する。では、それぞれの自己紹介をしてくれるかな? 私は君達を把握しているが、君たちはそうではないだろう?」
ブレンダはそういってセイを含めた四人を見渡す。この四人はこれから発行される特殊依頼のために呼んだ組合員であり、特殊依頼のために作成された特別なパーティだ。組合の方で勝手に選抜したため、お互いのことは認知していないだろう。勿論、組合に登録して殆ど顔を出していないセイは、他の三人のことを知らなかった。
ブレンダはセイとは反対側に並んで立っている組合員へと視線を向け、自己紹介を促す。
「僕からですか。僕の名前はルーカス・ライト、24歳です。自由戦士に登録しているランク8ですよ。弓と索敵が得意です。クルーエル支部長、これでいいですか?」
ルーカスは自信なさげにブレンダへと目を向ける。彼は気が弱い性格なのか、声も小さめだった。服装としては軽装であり、索敵が得意ということから、調査系の仕事も得意なのかもしれない。魔法属性は聞けなかったが、使えないことは無いだろう。セイが感知してみると、それなりの魔力量は保有しているようだ。
ランク8戦士ということなので、かなりの使い手である。
ブレンダとしてはもう少し詳しい自己紹介をしてもらうつもりだったのだが、仕方ないとばかりに次へと目を向けた。
視線を感じたのか、ルーカスの隣に立っていた黒髪の少年が口を開く。
「俺はユウタ・アヤマだ。炎・爆魔術が得意だな。異世界人、魔術、自由戦士部門に所属している。ちなみに自由戦士としてはランク7だ。けど魔術の腕だけならランク10にも劣らないぜ!」
セイはユウタの話を聞いてやはり、と考えた。黒髪黒目、さらに日本人に近い顔つきの時点で予想していたので、驚きはない。ただ、彼が異世界人部門でマックスが言っていたユウタなのだと気付いた。
マックスから聞いた話では、ユウタは炎爆魔術に対する補正を持っているらしい。今回のメンバーの中で言えば、間違いなく火力担当だと予想できた。
ユウタが話し終えたところでブレンダは視線を移し、隣にいたローブ姿の人物へと向ける。フードを被って完全に顔を隠しているが、端から見えている長い髪と体型から見て女性なのだろうということだけ分かった。
彼女はブレンダからの視線に気づき、自己紹介を始めた。
「私はハーキー・エリ・サラマンドよ。名前で分かると思うけどエルフ。この国じゃ目立つから普段はフードを被っているわ。魔法の腕は未熟だけど炎精霊を隷属させているから、それなりに強いと思う。一応、魔術部門所属」
ハーキーの言葉に一瞬反応したのは勿論セイだった。セイにとってエルフは最大の敵の一つだからである。エルフ族は人類の中でも長命であり、精霊を捕らえて隷属させていることは有名な話だ。契約ではなく隷属であるため、魔導は使えないだろう。しかし、同じく精霊族のセイにとっては看過していい話ではない。
そしてハーキーはサラマンド族のエルフという話なので、炎属性を得意としていると分かった。エルフには得意とする属性ごとに部族が存在してるのは有名な話であり、セイも本を読んで知っている。
ユウタも炎属性を得意としていたので、今回の特殊依頼では、氷系の魔物でも討伐するのかもしれないとセイは考えた。
だが、そこまで考えてセイはブレンダの視線に気づく。次はセイが自己紹介する番だということだろう。
「あ、俺はセイです。異世界人で、ランク9の自由戦士ですね。武器類は一通り使えますが、剣が得意で『魔力感知』の希少技能をもっています」
セイはさしさわりの無い言葉で自己紹介する。流石に魔王であることを明かすのは論外だし、魔法陣魔法は切り札にもなるので黙っておくつもりだ。剣士ということを前面に押し出す予定なのである。
希少技能――魔王にとっては普通の能力だが――は自由組合にも知らせてある能力なので、教えてしまっても問題は無い。
そして四人全員が自己紹介し終えたところで、支部長であるブレンダが重々しく口を開いた。
「うむ。今回、君たちに集まって貰ったのは他でもない。特殊依頼で発行される討伐依頼のためだ。正確には、討伐予定の存在から得られる素材が欲しいのだよ。集められたメンバーを見れば分かると思うが、今回は炎・爆魔術を得意とする者が二人、そして索敵が得意なものと、魔力感知が出来るものがいる。つまり、標的を見つけるところから始めなくてはならないが、討伐対象は判明しているということだ」
「氷系ですか?」
「そうだ」
ルーカスが難しい顔をして問うと、ブレンダは深く頷いた。セイも予想していたので驚きはないが、氷系の討伐対象と聞くとギクリとするものがある。
自由組合がわざわざ特殊依頼として発行する程の存在であり、素材が優秀だとすれば、ある程度の予想を立てることが出来る。
セイがそんなことを考えていると、ブレンダが答えを出した。
「私たちが狙うターゲットは氷竜王だ。去年、騎士団によって討伐されたが、新たな個体が発見された。自由組合としても竜素材は有用だ。騎士団が勘づく前に手に入れるぞ」
セイは思わず舌打ちしそうになった。氷竜王クリスタルは転生することで新しい個体に生まれ変わると言い残していた。そのため、セイもアビスを使って転生体を探していたのだが、どうやら自由組合の方が先に発見してしまったらしい。
喜ぶべきは、自由組合も新しい氷竜王の居場所を正確に把握していないことだ。恐らく、空を飛んでいるところを偶然見つけただけなのだろう。
ブレンダはセイの予想通り、ほとんど同じことを語り始めた。
「先週、調査部門の定期調査によって氷竜王らしき存在が確認された。今回は君達に氷竜王の発見と討伐をしてもらうことになる。だから索敵要員がパーティにいるのだ」
「質問良い?」
「何だねユウタ君?」
「何で俺たちなんですか? 少し待てば俺たちより強い自由戦士も呼べるでしょ。竜王クラスはランク11だって言われているし、俺たちで討伐できるか分からないけど」
「それは問題ない。氷竜王は生まれたばかりだ。大きさも三十メートル程で、君たちのランクでも十分に討伐できると判断したのだ。それに、この国にはランク10以上の自由戦士が今いない。霊峰に迷宮が出来たことで、初めは高ランク戦士も集まっていたのだが、魔物も出現しない厄介な迷路と分かると、高ランクの戦士たちは国を出ていってしまったのだ」
ブレンダの言葉を聞いて、セイも思い出す。最近は大迷宮の魔力核を通して観察していても、強者と呼べる物も少なくなっていたと。大迷路を作った当初は、魔水晶を破壊して迷宮攻略しようとしている野蛮人もいたのだが、彼らは魔水晶の硬さを体感して次々と諦めていた。大迷路を構成している魔水晶は竜脈に接続しているため、破壊不可能に近いのである。
「そういうわけだ。君達には、氷竜王の発見と討伐、そして素材回収を依頼する。ルーカス君には大まかな索敵をして貰い、セイ君の魔力感知で氷竜王を発見して欲しい。そして実際の戦いでは、ユウタ君とハーキー君の炎爆魔術で戦ってもらうことになる。戦いになれば、ルーカス君とセイ君はサポートだ」
『はい』
セイ以外の三人は元気良く返事をして、依頼は受諾される。まさかこのタイミングで氷竜王が再発見されるとは思わなかったが、これはある意味チャンスだろう。氷竜王が転生していると分かったのだから、先に発見して、対処するべきである。
(最優先命令発行。氷竜王を探せ)
『是』
魔王は密かにアビスを動かし、氷竜王発見を急いだ。