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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
40/123

40話


 セイは適度な緊張感を持ちつつも、全身から力を抜いて思考リンクを強化する。普段は重要な情報だけを収集するようにしているが、今は余計な情報をカットし、全ての演算能力を戦闘に向けていた。セイの中では既に戦いは始まっており、初手から五十手までを予測演算する。

 そして五十手以内に詰みの手順を確立できると判断した。



「ではセイ君、セラは模擬戦を開始してください」



 試験官である禿の男が宣言する。

 あまり覇気のある始まり方ではなかったが、そんなものは二人にとって関係なかった。



「やはり初手は土の弾丸か」



 セラは土魔法を使い、高速で飛ばす。弾数は三十であり、セイに辿り着くまでコンマ二秒。逆算すれば時速百八十キロメートルだった。セイを評価しているのか、初めから本気である。

 当然ながら思考リンクで戦闘モードを使っているセイにとっては牽制にもならず、両手で構えていた剣を振って全て弾き返した。この程度は言葉を呟きながらでも可能である。



「弾いた!?」

「驚く暇はないぞ」



 てっきり回避を選択すると思っていたセラは動揺を隠せない。瞬間的に距離を詰められ、剣の間合いへと入られた。セラは反射的に槍の柄で防御する。

 下から掬い上げるような切り上げをどうにか受け止めたセラは、両腕が痺れる感覚を覚えた。相手は男なのだから、もちろん力の差があるのは分かっている。しかし、ランク8を名乗れるほどに鍛えている自信はあるので、セイのような少年に力負けしたのは衝撃的だった。

 しかしセイの攻撃はこれで止まらない。驚く暇ない、と言った通りだった。

 振り下ろし。

 横なぎ。

 突き。

 また振り下ろし。

 そして切り上げ。

 舞の如き計算され尽くした剣技がセラに襲い掛かる。間合いの関係もあるが、単純な近接戦闘ではセイに敵わないと思わされた。そこでセラは一旦距離をとることにする。



(足元がお留守よ)



 セラは必死な防御を行いつつも、魔力操作で足から地面に土属性魔力を流す。本来は地面を隆起させ、槍のように相手を突き刺す術なのだが、模擬戦用に殺傷力を押さえ、先端は丸くしていた。この土槍がセイの腹部を目指して盛り上がろうとする。

 しかし、セイは一歩下がって剣に魔力を纏わせ、地面付近に向かって軽く振るった。空を斬る無駄な一撃にも思えるが、次の瞬間、セラが発動しかけていた術は消え去った。



「まさか術式破壊!?」

「正解」



 セイが行ったのは高等技術と言われている術式破壊。魔王の使う魔法無効化と違い、誰にでも出来る魔法対抗技術である。

 発動しかけている術、もしくは発動済みの術に対して高密度の魔力をぶつけ、乱してやることで術を無効化するのだ。

 そもそも魔法とは何か。

 このことを説明するためには魔力を知らなくてはならない。

 魔力とは生命エネルギーに意思を乗せたものであり、単純なエネルギーとは言えない。意思に沿って膨大な情報を含んでいるのだ。その情報は遺伝子情報DNAのように個人で固有のモノであり、魔力認証ではこの情報体を利用している。

 そして情報体こそが属性も決定しているのだ。

 これは親からの遺伝、生活環境によってある程度決まるため、氷属性を得意としていたルカの実家、アルコグリアス家のような一族が生まれたりする。

 この魔力の含む情報体こそが属性に対する適性を生むのだ。

 もちろん、この情報体は個人が生活する中で常に変化していく。だから基本属性に近い情報体を持つ上位属性は練習次第で習得できたりするのだ。

 逆に炎属性を得意としていても、事故などによって炎に対する恐怖を覚えると、途端に適性が消失したりすることもある。

 魔力とは意外とデリケートなのだ。

 その上で魔法について説明すると、魔法とは魔力の持つ情報体の顕現。魔力が情報体に沿って現実世界へと物理現象を引き起こしているのだ。

 熱と情報を帯びた魔力なら炎が現れ、一酸化二水素液体生成という情報ならば水が出現する。実際の魔術はもっと複雑な情報を帯びているのだが、大まかに言えばこういうことなのだ。

 だからこそ、この情報体を別の魔力で乱してやれば情報に欠損が生じる。情報に欠損が生じれば魔法は発動しなくなる、もしくは消え去る。魔力で魔力の情報体に干渉するには非常に高密度化する必要があるのだが、理論として術式破壊はそういうことだ。

 ただ、簡単ではないので高等技術になっている。

 もちろん、魔力の精霊王たるセイから言わせてみれば、魔法無効化術《破魔》の下位互換に過ぎない。よって術式破壊など遊びのようなものだった。



(そういえば初めに使った土の弾丸も破片一つ残さずに弾いた……あれも術式破壊で消していたのね)



 セラが初めに使った土の弾丸は情報体に固体出現という要素を与え、魔素を土に変換することで出現させたものだ。よって術式破壊を使われたならば、元の魔力へと戻ってしまうのである。



(だったら術式破壊では消せない、物質を利用した魔術を使うしかない)



 術式破壊にも制限はあり、元から存在している物体は消せないのだ。例えば、岩を持ち上げて相手に落とす術を発動した場合、術式破壊によって岩の操作能力を消し去っても、重力によって落ちてくる岩自体を消すことは不可能なのである。

 突き上げてくる土槍程度ならば、術式破壊で盛り上がる力を消し去り、ただの土に戻す程度は簡単なのだが。

 戦いの方針を結論付けたセラは、セイの攻撃を受けつつ次の魔術の用意をする。しかし、セイの前で余計なことを考えていたのは明らかに悪手だった。

 まるでセラの考えを読んだかのように、セイは濃密な魔力を帯びた剣を地面に勢い良く突き刺し、セラが足を通して流していた土属性魔力に欠損を与える。発動しようとしていた術式は全て破壊され、セラは気の抜けた声を上げることになった。



「へ?」



 セイはセラの気が緩んだのを確認して、地面に刺した剣の柄より手を放し、槍を奪い取る。何度もセイの攻撃を受けて腕が痺れ、さらに気を抜いてしまったセラは為す術もなく槍を奪い取られたのだった。

 ここまで来ればセラに出来ることはもうない。

 演算思考を剣術から槍術に切り替えたセイは見事な槍捌きでセラの足を払い、地面に転がして穂先を首元に突きつける。

 ここまで二十九手であり、セイが想定していた中では二番目に早い勝利だった。



「そこまでですね。セイ君の勝ちです」



 試験官の男は内心で驚きつつも表情に出すことなく判定を告げる。

 ランク8戦士であるセラを圧倒する剣技も驚きだったが、何よりも衝撃的だったのはセイが使った術式破壊だった。これは本当に高等技術であるため、男が知っている限りでも自由戦士で使えるのは数人ほどでしかいない。



(セラを圧倒とはね。幾ら得意の魔法を封じることが出来たと言っても、あまりに一方的だ)



 男の印象通り、セイとセラの戦いは一瞬、そして常にセイが圧倒していた。常に数手先のための動きをしており、セラはそれを必死に追いかけていただけである。

 さらに言えば、最後にセイが見せた槍術。

 模擬戦では初めに剣を選んだが、実際は何種類か使えるのだろうと想像できた。躊躇いなく剣を放して相手の武器を奪ったりした点を見ても、戦い慣れていると考えられる。



(これならばセイ君の魔法も見てみたかったですね。属性も気になりますし)



 まさかセイが魔王であるなどとは思わない男はそんなことを考える。適性検査をすれば一発で正体がバレるので、決してセイはしないだろうが……

 それにセイは人前で魔法を使うつもりはない。無属性魔術しか使えないので、模擬戦で使った術式破壊のような、魔力操作の応用技と武術だけを見せる予定なのだ。つまり、試験官の男の願いは決して叶えられないということである。

 一方で戦いを終えたセイは地面に転がったセラに手を差し伸べ、起き上がらせていた。一応、女性を転ばせたので、相応の態度を取るべきだと判断したのである。



「――よっと」

「ありがとう」



 セラはお礼を言ってからポンポンと服に付いた土を払う。やはり負けたことが悔しかったらしく、模擬戦が始まる前よりもムスッとしていた。また、腕が痺れている不快感もあるのだろう。腕を擦りながら不機嫌そうな顔をしていた。

 攻撃を加えたセイも力だけで腕を痺れさせたわけではないのだから当然だろう。

 セイの攻撃はもっと複雑だったのである。

 まず、セラの持っていた模擬戦用の槍の長さを考え、最も強い振動を起こせるように計算した力、角度、位置で剣を叩き付ける。そして振動の減衰を考えながら連続して的確な攻撃を当て続け、それを両手に持っていたセラの腕を痺れさせたのだ。

 埒外の演算能力を持つセイだからこそ出来る規格外な技術である。

 そう簡単に痺れが収まることはない。

 更に言えば、セラはセイの攻撃を防いでいたのではなく、防がせて貰っていたに過ぎなかったのだ。初めから終わりまでセイの計算通りだったということである。



「君、強すぎる」

「それはどうも」

「なんで今まで自由組合に居なかった?」

「それは秘密」

「……」



 笑顔で答えるセイに対してセラは言葉を呑み込む。本当は詳しく聞きたいが、他者のことを根掘り葉掘りと追及するのはマナー違反だ。仲の良い友達ならばまだしも、セイとセラは今日会ったばかりである。

 そんな二人へルカとミラも近づいて来た。

 勿論、初めに口を開いたのはルカである。



「セイさん流石です」

「まぁね。弟子の仇は取るさ」



 苦笑しながらセイは語るが、単に自分の実力を確かめたかっただけだ。勝利は付随した結果に過ぎない。ランク8を相手にして余裕の勝利を収められたという点では大きな収穫だったが。



(着実に能力は伸ばせている。アビスも増えて来たし、そろそろ思考リンクの演算領域も余裕が生まれてきたな。外国の情報も集めて処理し始めるか?)



 正直、アルギル騎士王国の掌握は完了していると言ってもいい。あとは騎士団長クラスの強者を魔王城クリスタルパレスにおびき出すだけの段階なのだ。魔王にいつでも国を崩壊させられる状態というのもおかしな話だが、今の段階でセイが動くことはない。

 雑魚はともかく、騎士団で上位の相手に対して油断するつもりなど無いからだ。

 そんな思考を繰り広げていると、試験官である禿の男が近づいてくる。



「歓談の所でしょうが、そろそろ結果を言いますよ」



 セイもルカも振り返り、男へと注目した。ついでとばかりにセラとミラも興味深そうな目を向けている。自分たちが相手をしたのだから気になって当然だろう。

 男は少しだけ厳かな雰囲気を出しつつ口を開いた。



「まずはルカ君。強力な魔法には目を見張るものがある。しかし魔法の使い方は力任せで、突発的な事態には弱いようだ。まぁ、その歳なら仕方ない部分もあるがね。判定はランク5だ」

「ありがとうございます」

「うむうむ。そして次はセイ君だ。剣技はもちろんだが、君の魔力操作には驚いた。まさか術式破壊を使えるとは思わなかったよ。是非とも魔法の方も見てみたいね。ランク8のセラに一方的な戦いをしていたから、ランク9でいいだろう」

「そうですか……」



 ルカは少し嬉しそうに返事をしたが、セイとしては苦笑せざるを得ない。いきなり最高クラス一歩手前のランク付けをされたのだから当然だろう。一応、ランク11以上も存在しているが、実質ランク10が最高のようなものだからだ。

 魔王はランク3と言われているがセイには当てはまらなかったらしい。

 そしてルカに与えられたランクも相当なものだ。ランディも言っていたが、ランク5というのは自由戦士の中でも上の方である。技量ではなく、単純な力押しでもランク5相応だと言われたのだ。なかなか衝撃的な判定結果である。

 尤も、ルカも生死問わずの攻撃をするならば、開始一秒で相手を氷漬けに出来る。実際の魔物相手ならばランク5で収まることはないだろう。魔導とはそれだけ強力なのだ。



「ではこれが今回の試験の結果になります。これを受付で渡してくだされば、あなた方の組合員証にランク表示が追加されるはずですよ

 それとセラとミラはこの後もう二人ほどと模擬戦があるので残ってくださいね」

「大丈夫。体力も魔力も十分」

「問題ない」

「それは良かった。ではセイ君とルカ君はお疲れ様です」



 男はそう言ってセイとルカに一枚の紙を手渡す。試験の間に書いていたらしく、模擬戦の内容や考察までもが細かく記されていた。あの短い間にここまで記録できるのは驚きだが、だからこそ試験官として選ばれているのだろう。

 セイとルカそれぞれ紙を受け取り、顔を見合わせた



「じゃあ行くか」

「そうですね」

「セラとミラも相手をありがとう」

「あ、そうでした。ありがとうございます」



 二人がお礼を言うと、セラとミラは同時に首を振って答える。全く同じ動きで流石は双子だとセイは思ったが、ルカを見ながら名残惜しそうにしていたこと以外は無表情だった。

 演習場を出ていく際にルカが軽く手を振ると嬉しそうにしていたので、ルカが気に入ったのだろうとセイも予測できる。十歳のルカでも察せる程の分かりやすさだった。



「気に入られてたなルカ」

「何故かそうみたいですね」



 セイとルカはそんな会話をしつつ受付へと戻り、組合員証を更新する。二人のカードにはそれぞれのランクが刻まれ、正式に自由戦士となったのだった。







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