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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
39/123

39話


 距離にしておよそ十メートル。

 演習場の中央で剣を構えたルカとミラが目を合わせて対峙していた。少し離れたところには試験官である禿の男もいるが、二人の視界には入らない。互いに集中し、向き合っていたのである。

 さらに演習場の端にはセイとセラもいるのだが、二人も試験官と同様だった。ちなみに、小鳥に擬態した絶死氷鳳凰デス・フェニックスアルクはセイの肩に乗っている。一応はペットの小鳥ということにしてあるので、模擬戦に参加させる訳にはいかないのだ。



「さて、準備はよろしいかな?」

「大丈夫」

「いつでも問題ありません」



 男の問いにミラ、ルカが順に答える。確かにいつでも剣を振るえる構えであり、魔法にも対応できるように魔力を巡らせている。空気も程よく緊張しており、確かに準備が完了しているのだと理解できた。

 それで試験官の男は合図を言い放つ。



「では開始」



 その言葉を聞いて初めに動いたのは意外にもルカだった。剣を構えつつも一瞬で魔力を練り上げ、強力な氷属性魔力を放出する。そしてそれは密度の高い冷気となり、ルカの周囲を覆い始めた。気温が下がり、パキパキと音を立てながらルカを中心として氷のフィールドが広がる。

 それを見たミラの行動は早かった。



「捕えて……」



 ミラもルカの放つ冷気は厄介だと感じたのだろう。剣ではなく、魔法を選択した。彼女が持っている土属性、そして上位属性に当たる樹属性は土のあるところでは発動しやすい。演習場は地面に固めた土が敷かれているため、少ない魔力で魔術を使うことが出来た。

 ルカの足元で土が流動し、鎖のような形を成してルカを取り押さえようとする。ある程度の手加減があるとはいえ、戦士ランク8であるミラの魔法だ。十歳の子供でしかないルカは防ぐことが出来ず、そのままとらえられると思われた。

 だが……



「嘘!?」



 珍しく大きな声で驚くミラ。

 それもそのはずで、ルカを捉えようとしていた幾つもの土鎖は体に触れる手前で停止していたのだ。さらには土の鎖を構成していた魔力が効果を失い、鎖は崩れ去る。ミラの驚きぶりから、これはミラの意思による停止ではないと分かる。確かにミラは見た目が可愛らしいルカを気に入ったが、試験となる模擬戦で手心を加えることはしないのだ。

 そんな光景演習場の端からを眺めていたセイは呟く。



「さっそくアレを使ったのか」

「アレ? 一体何?」

「秘密だ。ルカの能力だから、ルカが許可すれば別だけど」



 セイの呟きを聞いたセラは疑問をぶつけてくるが、セイはそれを軽くいなす。

 まるで壁にぶつかったかのように……否、時が止まったかのように魔法が強制停止、更に解除させられるなど、セラでも見たことがない。希少な法則属性である時空間属性ならば可能なのかもしれないが、ルカの周囲に発生しているのは冷気、つまり氷属性であることを示している。

 氷の壁で止めたのなら納得できるが、突如として空中に停止するなど想定外だろう。

 そしてルカは対戦相手であるミラが動揺している隙に魔術を発動させる。



「ん……行けっ!」



 少しだけ集中したルカは周囲に氷の礫を無数に生み出し、ミラに向けて掃射し始めた。これを見たミラは流石に止まっている場合ではないと考え、回避を優先する。面制圧すら可能な大量の礫なのだ。避けるには射線から外れるしかない。



「ちょっと……これ反則」

「反則ではありませんよミラ。正当な魔法です」

「そんなこと分かっている」



 一応とばかりに試験官の男が補足するが、ミラもこの攻撃を反則だと思った訳ではない。ただ、十歳でこのレベルなど反則級だと思っただけだった。普通ならば学院に通うか、家庭教師のもとで勉強している年齢である。こんな強力な魔法を誰から教わったのかと疑問に思わざるを得ない。

 勿論、セイが魔法を教えた。

 正確には魔力操作などの基礎を教えただけなので、この才覚は生まれつきのものである。また、セイのお陰でルカはアルクと精霊契約をしている。そのため、通常の魔法を越えた、一歩先を習得しているのだ。

 それは『魔導』と呼ばれる力。

 魔力の属性を突き詰め、究極まで辿り着いた魔法である。

 ルカの有する属性は氷であり、その極致とは『沈静』と『収束』。この魔力に触れた現象はエネルギーを失い、強制的に鎮められる。氷や冷気は分子運動を停止させたことで生じた副次的現象に過ぎない。

 だからこそミラの放った魔法はルカに触れる前に停止させられたというわけである。

 ルカが纏っている冷気は沈静の魔力による絶対防御。そして分子を収束し、鎮静して生成した氷を飛ばす圧倒的な物量の攻撃。

 魔導の前にはランク8の戦士すら手も足も出なかった。



「近寄れない」



 得意の剣が役に立たないミラは苛立ちを覚える。間合いに入ることさえできれば勝機はあると思っているのだが、絶えず飛来する氷の礫が道を阻む。ミラは仕方なく魔法で土壁を作り出した。

 地面が盛り上がり、それが盾となってルカの攻撃を防ぐ。土属性と言っても岩のように固くすることが出来るため、氷がぶつかった程度では破れない。ミラはこの隙に体勢を立て直そうとした。



(どうしよう。あんなに可愛いのに魔法も凄いなんて……)



 ミラは基本的に剣士である。魔法は相手を拘束したり、牽制するために使うだけだ。こういった純粋な魔法勝負となると姉セラの領分になる。



(何でか知らないけど、私の魔法が止められる。やっぱり近づくしかない)



 歴戦のランク8も魔導のような極致はお目に掛かったことがない。どういうわけかを見抜けなくても仕方が無かった。しかし思いもしない相手に驚いているようでは戦士ランク5を越えることが出来ない。歴戦を切り抜け、多くの経験を積み、心技体を揃えている者がランク6以上の領域へと到達するのだ。

 冷静になったミラの行動は早かった。



「《大地の代行者オルタナティブ・ドール》」



 ミラは演習場の地面に片手を着き、魔法を発動させる。それは土人形を生成する土樹複合魔法。土の体を得た人形たちに植物が巻き付き、さながら全身緑の化け物に見える。

 しかしこの人形はかなり高性能なのだ。

 地に足がついている限り再生可能なため、動く盾として優秀なのである。もちろん修復の度に魔力は消費するが、こういった遠距離から魔法を浴びせられている場合では有効になるのだ。

 そしてミラはこの魔法人形の後ろに隠れるようにしながら飛び出す。



「へっ?」



 死角となる土壁から飛び出してきたのはクールな見た目のミラではなく、蔦や草花に覆われた謎の土人形である。ルカがマヌケな声を漏らしてしまうのも仕方がない。

 強力な魔力を持つルカではあるが、幼さゆえに唐突な変化には弱い。

 集中も切れ、思わず纏っていた冷気を解除してしまった。

 ミラはそこを突いて人形の背後から飛び出し、得意の剣を構える。



「貰った」



 目的はルカの剣を弾き、首筋に刃を当てること。まるで消えたかのように思わせる踏み込みでルカへと襲いかかり、鋭い切り上げを放った。

 魔力を体内で高速循環させることで細胞を活性化させ、身体を強化する術。炎、爆属性が得意とする方法ではあるが、土や樹属性でも不可能ではない。一瞬だけ限界を超えた動きをしたミラがルカの持つ模擬剣を大きく弾き飛ばした。



「あ」

「これで終わり」



 ミラはそのままルカに剣を突きつけ、あっさりと勝負を決める。

 見ればルカの背後にはいつのまにか土人形も回り込んでおり、仮にルカがミラの一撃を防いでいたとしても、勝敗は変わらなかっただろう。数手先を読み、不利な状況下でも勝機を見出す能力。これがランク6以上に求められる力である。

 ミラに身体強化をも使わせたのだからルカも健闘した方だろう。

 試験官の男もここで制止の合図を掛けた。



「終了ですね。ミラの勝ちで決まりでしょう。流石です」

「当然」



 褒められても表情を変えずに答えるミラ。流石にランク8が負けては笑い話にもならないだろう。焦った場面もあったが、落ち着きさえ取り戻せばいつも通りだった。

 そして試合の全体を見たセイとセラはお互いに感想を言い合っていた。



「あー、やっぱり駄目だったか」

「そうね。でも凄い。初めは押してた」

「正面戦闘は結構鍛えたから。でもあんな突発的な対応の訓練をしてなかったなぁ。まぁ、今後の課題も見えたし、十歳って年齢を考えれば充分か」

「経験を積めば自然と対応できるようになる。単純な魔法の力ならランク8も軽く超えているし、術の使い方に慣れればもっと強くなれる」

「将来に期待ってことだな」



 二人が語り合った通り、ルカの将来性は非常に期待できるものだ。一時的とはいえ、ランク8戦士を相手にして防戦を強いたのだから当然の感想である。

 そしてセラは同時にセイに対しても期待を込めた。

 セイが語ったルカを鍛えたという言葉。つまり師弟関係であるということである。例外はあるかもしれないが、師と弟子ならば師が優れているのは必然。弟子が師を越えた時点で弟子ではなくなるからだ。

 そしてセラは魔法が得意なタイプである。ルカほどの魔術師を鍛えたのだから、セイも相当な魔術を行使するのではと思ったのである。



「次は俺たちか」

「そうね」



 しかしセラはその期待を表には出さない。内心では興奮しているが、感情が表出しにくい性格なのだ。セイも心が読める訳ではないため、戦いの前でも冷静なんだな、程度にしか思っていなかったほどだ。

 そしてルカとミラが戻ってきたので、セイの方に停まっていたアルクがルカの方へと飛んでいく。セイはアルクにとって王であるが、契約者はルカなのだ。



「ただいまアルク」

「キュイ!」

「ごめんね。負けちゃったよ」

「キュ~」



 慰めるかのように鳴くアルクを見たセラとミラは興奮のあまり、表情が崩れそうになる。それは伝心して互いの心に伝わってしまったほどだった。



(可愛すぎる!)

(ああ、何この子たち!? 最高よ!)

(この子をパーティに欲しい……)

(それは同感)

(となれば?)

(師匠を倒すしかないわ!)

(頑張るのよセラ!)

(任せなさいミラ!)



 何故かセイを倒し、ルカを貰っていく流れへとなっている二人。そんなことを露と知らないセイはルカに先程気付いたアドバイスをしているのだが、いきなり悪寒を感じて振り返る。

 するとどうにも闘志が滲み出ているセラの姿が見えたのだった。



(あれ? なんか怒らせたっけ?)



 ランク8戦士ともなれば、放たれる闘志も余程のものだ。高位存在である精霊王セイには微風にしか感じない程度ではあるが、一般的に考えれば強烈である。何か機嫌を損ねたのではないかと勘違いしてしまっても仕方がないだろう。

 尤も、可愛いもの好きを拗らせた双子姉妹の暴走でしかないのだが……



「それではセイ君とセラの番だ。来てくれるかな?」



 そんな中に言葉を差し込んだのは試験官である禿の男。

 彼としてもルカの魔法能力には驚かされたが、ならば師であるというセイには更なる期待をしていた。ルカも敗北はしたものの、ランク5の強さがあることは確定的。これからの経験によってはランク10も夢ではないだろうと思える。

 セイに期待するのは当然だった。

 ただ、セイの正体が自由組合にランク3を位置づけられた魔王であるなどと知る由もないが。



「わかりましたよ」

「そうね」



 セイとセラは短く返事をして武器を取り、演習場の中央へと向かう。セイの持つ剣は刃を潰した模擬専用の物ではあるが、達人が使えば人も殺せる。そしてセイは思考リンクによる経験値集積と最適化によって超絶的な剣技を手にしているのだ。適度に手を抜かなくてはならない。



(さっきのでランク8の実力は測れた。演算上のシミュレーションでは問題なく勝てそうだな。様子を見つつだけど頑張るか)



 超神速演算による解析である程度の目途は立っている。ルカの時のような突発的なことにさえ対応できれば勝ちは揺るがないだろう。セイも転生して一年程度ではあるが、経験した戦いの密度は凄まじいと自覚している。

 それもセイの自信となっていた。



(さてと……自由組合は魔王をランク幾つにしてくれるのかな?)



 内心で不敵な笑みを浮かべつつ、セイはセラと対峙したのだった。






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