38話
自由組合の異世界人部門で歓談の時を過ごしたセイは時間が迫っていることに気付いた。噂通り多くの情報が集まっているため、いつまでも話を聞いていたいのだが、自由戦士部門の試験があるので仕方がない。
セイは残念に思いつつ、切り上げることにする。
「――そろそろ時間みたいだ。試験に行かないと」
「ああ、自由戦士の試験だっけ? 頑張ってね」
「ありがとうマックス」
セイと同じ地球出身の異世界人マックスが眼鏡を掛け直しながら応援する。伊達メガネのはずだが、やけに様になっているように見えた。
彼も知的な雰囲気に見合った知識の持ち主であり、自由組合では諜報部門に所属している。これは依頼によって情報収集や、集めた情報のデータベース化をする部門であり、時には自由戦士部門と協力して捜査をすることもある。なので、自由戦士として登録しているセイとは仲良くしておきたかったのだ。
セイとしても情報を提供してくれるマックスは貴重な存在。利用される面があるとしても、問題になるとは思っていなかった。
「じゃあ、行ってくる」
「お疲れ様」
「頑張れよ!」
「結果が分かったらランクを教えてね」
マックス、ランディ、メリアが順に声を掛け、セイは立ちあがって部屋を後にする。そしてここで、セイはルカを待たせていたことを思い出した。彼は異世界人部門の部屋には入れないからである。
(すっかり忘れてたな……まぁ、ルカは賢いし大丈夫か)
本を読んで時間を潰していると言っていたので、寧ろ時間を忘れて集中している可能性もある。しかし十歳の子供を放っておいたのも事実だ。セイは少しだけ罪悪感を感じつつ、急いで一階へと行き、ルカの姿を探した。
(えっと……ああ、居た)
フワリとした白髪が特徴的であるため、セイはすぐにルカの姿を確認する。案の定、集中して本を読んでいたので、セイはルカに近づいて声を掛けた。
「ルカ、待たせた」
「あ、セイさん!」
ルカはセイに気付いて椅子から立ち上がり、本を収納袋に仕舞いつつ近づいてきた。いつもは肩に乗っているアルクがルカの頭で休んでいることから、ほとんど動かずに本を読んでいたのだろうと分かる。ルカが本当に集中して本を読んでいる時、アルクは高確率でルカの頭に乗っているからだ。
「そろそろ試験の時間だ。疲れてないか?」
「ん~。大丈夫です」
「まぁ、無理して高ランクである必要もないだろ。怪我はしないようにな」
「はい」
「キュイ」
ルカが凝り固まった体を伸ばしながら答えると、アルクもバサバサと飛び上がってルカの肩に着地する。ずっと座っていたことで固まってしまったのだろう。ルカの体からはパキパキと気持ちの良い音がしていた。
ちなみにセイも異世界人部門の部屋で座りっぱなしだったのだが、精霊王であるため疲れることはない。魔力体というのはこういう時も非常に便利なのである。
「よし、行くぞ」
「はい」
セイはルカが一通り体をほぐしたのを確認して事務窓口を目指す。指定の時間にそこへ行くようにと言われていたからだ。
(四時までにって話だったから、十五分ほどは余裕があるな)
壁に掛けてある時計は四時前を指しており、時間にはしっかり間に合っていることを示していた。ちなみにこの時計、異世界人が開発した物であり、しっかりと二十四時間制の時計となっている。文字盤の数字は北方言語になっているが、基本的には地球のものと同じ形だった。
このように流れて来た異世界人が開発したものは結構あるため、セイとしても見慣れたものが少なくなかったりするのだ。一方で、地球とは異なる異世界からの漂流者も存在するため、その世界で流通していた物もあったりするのだ。
ともかく、セイは時間内に事務受付へと向かい、作ったばかりの自由組合員証を提示して用件を述べた。
「自由戦士の試験を受けたいのですけど」
「はい、確認しますので少々お待ちください」
「あ、僕もです」
「ありがとうございます。共に確認します」
セイとルカの組合員証を受け取った事務受付の女性は何かの書類と見比べながら何かを確認する。そしてすぐに確認を終え、二人に組合員証を返しつつ口を開いた。
「セイ様とルカ様ですね。自由戦士ランク測定試験で間違いありませんか?」
「はい」
「大丈夫です」
「かしこまりました。受験票はお持ちですか?」
「これですか?」
「はい……二人分を確認しました」
セイが自分とルカの受験票を渡すと、女性は判子のようなものを押して返却した。よくみると、判子には魔力的な印が付いているのが分かる。特に魔力の精霊王であるセイには精密な測定が出来た。
(何かの契約印みたいなものか?)
日本で言う判子であり、この世界では魔力を朱肉として押す魔力印。これは一人一人で微妙に異なる魔力を使って識別するため、実はかなり高性能な魔法道具だったりする。セイも印から感じ取れる魔力と、目の前の女性から感じ取れる魔力が同じであることに気付いた。
少し興味の湧く魔道具ではあったが、今は試験のことが優先だ。
後で調べることにして、セイは印を押された受験票を受け取る。ルカも同様に受け取り、大事そうに胸で抱えた。
女性はそんなルカを見ながら微笑ましそうに説明する。
「これを持って自由組合リンデル支部地下の第一演習室に行ってください。そこに試験官がいますので、受験票を渡すことで試験を受けることが出来ます。第一演習室の場所は分かりますか?」
「いえ、ここは今日が初めてなので」
「では案内しますね」
女性は立ちあがって近くで書類整理をしていた別の事務員に窓口を代わるようにお願いし、こちら側へと出てくる。そして腕を軽く伸ばしてある方を指し示し、
「こちらになります」
といって案内を始めたのだった。
◆ ◆ ◆
「ここが第一演習室です」
女性が立ち止まったのは『第一演習室』と大きく看板が掛けられた扉の前。重そうな鉄の扉であり、付けられている壁もコンクリートのような丈夫に見える素材だった。演習室というだけあって、頑丈なつくりである必要があるのだろう。
奥へ行けば第二、第三の演習室もあるようだが、そちらは誰かが使っているらしく、激しい戦闘音が廊下まで響いている。
「すみません。実は高ランク戦士の方が鍛練のために奥を使用中でして……騒がしくて申し訳ありません」
「いえ別に。案内ありがとうございます」
「それほどでもありません。試験を頑張ってください」
女性は深く一礼して去って行く。
そしてセイはその後姿を見ながらルカに向かって呟いた。
「さて、行くか」
「はい」
「キュキュッ!」
止まっていても仕方ないので、セイは第一演習室と書かれた扉を開けることにする。ギギギと嫌な金属音が廊下に響き、ゆっくりと扉は開かれた。中を覗くと、直径五十メートルほどの円形フィールドが作られており、周囲には観戦スペースも設けられている。
そして中央には三人の男女が待っていたのだった。
その中の一人がセイとルカを見て声を掛ける。
「おお、受験者か? これまた随分と若いな!」
陽気な口調で声を掛けて来た男はペンとノートを持っており、少しばかり太っているように見える。そして頭部は額の部分が残念なことになっているのが特徴的だった。
そして残り二人は女性であり、顔や体格がそっくりであることから、姉妹であると分かる。もしかしたら双子なのかもしれないが、残念ながらセイには判断がつかない。
ともかく、セイとルカは事務受付の女性に言われた通り、受験票を取り出して禿の男へ差し出した。
「受験者セイです」
「僕はルカです」
「うむうむ。魔力印もあるね。では早速やろうか」
禿の男はノートに受験票にある番号を記し、顔を上げて二人に説明を始める。
「やることは簡単だ。こっちにいる二人と順番に戦ってもらい、私がランクを判断する。参考までに言っておくと、二人はセラとミラ。双子の自由戦士でランク8だよ。知っているかい?」
「まぁ、俺は噂程度なら」
「僕は知らなかったです」
「彼女たちが君たちの相手を務めることになる。まぁランク8と聞いて腰が引けるかもしれないが、これは君たちのランクを測る試験だ。別に勝つ必要はないよ」
セイは一瞬だけセラとミラに目を遣り、アビスネットワークによる高速思考と情報検索で二人のことを調べる。各地に放っているアビスや、金貨として撒いているアビスから幾らでも情報を集めることが出来るため、情報の欠片さえわかれば、インターネットの検索エンジンのように調べることが出来た。
(双子のランク8戦士セラとミラ。姉のセラは槍使いで、土属性を操る。上位の樹属性も使えるため、相手を魔術で拘束し、槍でトドメを刺すという戦術が多い。そして妹のミラは剣士。こちらも土と樹の属性持ちだが、姉セラより武術寄りで、魔術は補助的に使う)
見ればセラは両手で槍を持っており、ミラは腰に剣を差している。属性もセイが魔力を調べれば土と樹を持っていることが理解できた。また、体内の魔力の流れを測定すると、姉セラの方が綺麗な流れを見せていた。恐らくセラの方が魔術の扱いが上手なのだろう。情報の通りである。
(しかしランク8ってのはこんな程度なのか? 武器の腕前は知らないけど、魔術的な能力はまぁまぁって感じだな。これならルカの方が魔力制御は上手い)
セイはそう判断したが、それは精霊王基準だからだ。
以前にランク10に相当するとも言われる近衛騎士や騎士団長たちと戦ったことがある上、普段は最上位魔物アルクと契約しているルカを見ているのだ。かなりの強者であるランク8自由戦士の魔力制御を見ても物足りないと感じるのは当然である。
ただ、イコール彼女たちが弱いという認識をしているわけではなかった。
地力が無くとも、戦いでは戦術的な動きや経験則でしか身に付かない強さがある。ランク8なのだから、そういった面を注意しなくてはならないだろう。
(まぁ、折角の機会だし、俺の実力がどこまで通じるか確認してみるか)
セイは短い一瞬の時間でそこまで思考し、現実へと意識を戻す。まさかそんな高速思考をしていたなど夢にも思わない禿の男は更に説明を続けていた。
「セイ君とルカ君だったね。君たちはそれぞれセラとミラのどちらかに相手をしてもらうよ。スタートは十メートル離れた状態からだ。審判は私で、明らかに決着がついたと判断した時点でストップをかける。怪我があれば私が治そう。これでも聖属性の使い手なんでね。何か質問は?」
特に質問もないため、セイとルカは首を横に振る。
すると禿の男は頷いて言葉を続けた。
「ではセイ君はセラ、ルカ君はミラと戦おうか。どちらが先に戦うか希望はあるかい?」
「俺は別にないです」
「えっと……じゃあ、僕が先にしてもいいですか」
「うむ、構わないぞ。ミラもいいか?」
「ええ、問題ないわ」
男の問いかけにミラも頷いて答える。
先程から一言も喋らなかったので初めて声を聞いたのだが、思ったよりも平坦な口調である。実は姉妹揃って寡黙で表情が動きにくい性格であるため、冷たい人物だと誤解されがちだ。しかし本当は極度の可愛いもの好きであり、内心ではフワフワとした見た目のルカに悶えていた。
(何この子! 可愛い! 可愛すぎる! どうしよう! こんな子と戦えないよ)
(あら、それなら私に譲ってくれてもいいのよミラ?)
(ダメよ。いくらセラでもここは譲れない。それに試験官様のご指名よ?)
(いいなぁ。私もルカ君と戦いたかった)
(うふふふ。今日は一日幸せに過ごせそう……)
言葉は無いはずだが、双子の姉妹は目を合わせて無言の会話をする。通じ合えるのは双子ゆえの特殊性だからだろう。二人は気付いていなかったが、実は希少能力として発現していたりするのだ。
これによって、二人の間に限り、言葉がなくともある程度のニュアンスは伝わるのである。
しかし禿の男は裏でそんな会話が行われているなど知る由もない。ミラの返事を聞いて、演習場の端の方を指さしつつ口を開く。
「あそこの箱に刃を潰した武器が一通り入っている。アレを使ってくれ。そして後半組のセイ君とセラはあそこで待機だ」
四人は男の言葉通り行動を開始する。
ルカとミラは武器を選びに、そしてセイとセラは隅へと移動するために。
魔王とその弟子の試験が始まったのだった。