37話
セイがノックすると、中から軽快な声が返ってきた。
「入っていいよー」
思ったよりも軽いノリにセイは戸惑うが、許可は得ているので扉を開く。外開きの戸を引くと、中には二人の男と一人の女がいるのを確認した。声から見て、さきほど返事をしたのは女性なのだろう。
セイはそのまま部屋へと入り、静かに戸を閉める。
すると男の一人が振り返り、不思議そうな顔でセイに尋ねた。
「見ない顔だな。他の支部から来たのか? 最近は新しい迷宮も出来たし」
「へぇ。他所の支部から? 名前は何かな?」
もう一人の男も続いてセイに尋ねるが、セイは首を横に振りながら答えた。
「違います。新しく異世界人部門に登録したから、受付の人にこの部屋まで来いって言われて」
「あぁ、新人ね。なるほど。つまり試験を受けに来たってことか」
「そういうことです」
「ああ、えーっと……マックス頼んだ」
「はいはいっと」
男は苦笑いしながらマックスと呼んだ男に変わり、マックスがセイの前まで歩いてくる。茶髪で眼鏡を掛けた彼は知的な雰囲気であり、年齢はセイよりも上に見えた。そばかすが気になるが、健康そうな顔つきをしている。
「さてと、僕が試験を担当するマックスだよ。まぁ、試験なんて言っても簡単なものだし、気に病む必要はないさ」
「あ、はい」
「それで君の名前は? ああ、それと敬語は不要だよ。異世界人部門のルールだ」
「そうですか? ……じゃなくて分かった。俺はセイ」
「ふんふん。なるほどね」
マックスは紙とペンを取り出して何かを書き記していく。そして顔を上げ、更に質問を続けた。
「Do you know this language?(この言語を知っているかい?)」
しかしセイは唐突な英語に言葉を詰まらせる。一応は日本で有数の進学校に通っていたセイだが、英語は苦手だったのだ。ともかく心を落ち着け、どうにかして答える。苦手と言っても、中学生レベル程度ならギリギリ大丈夫だった。
「Yes. But, I'm not good at English.(知っている。得意じゃないけど)」
「Okay.Well…what's your native language?(良かった。そうだね…君の母国語は?)」
「Japanese.(日本語)」
「Good! Will you speak something Japanese?(いいね! 何か日本語を喋ってよ)」
「Sure.(いいよ)……『こんにちは、セイです』」
「O.K.(オーケーだよ)」
セイはホッと胸を撫で下ろす。おそらくマックスも気を遣ってゆっくり話してくれたのだろうが、慣れない言葉で会話するのは本当に疲れるのだ。これが英語だったから良かったが、中国語や、フランス語、ドイツ語、ロシア語などだった場合は不可能だっただろう。
マックスもサラサラと何かを書き終え、再びセイに視線を向ける。
「いやー、良かったよ。君は僕と同じで地球出身者だね。それも日本人か。クールな見た目だけど丁寧なのは国民性かな?」
「いや、それはどうも」
「異世界人も地球出身者だけじゃないからね。どうやら幾つか種類があるみたいだ。ほら、そこにいるランディとメリアは地球出身じゃないんだよ」
マックスは後ろにいる男と女を指しながらそう言う。
指された時にダルそうな様子で片手を上げた男がランディであり、確かに地球では見かけない青色の髪をしていることに気付いた。ランディと机を挟んで向かいに座っているメリアは金髪であり、地球にもありそうな見た目ではあるが、出身は別の世界であるという。
これにはセイも驚いた。
「そうか……異世界も地球だけじゃないんだ」
「そういうことさ。でも地球出身者は異世界人の中でも多い方だよ。だから僕が先に対応したんだ。それに英語が僕の母国語だからね」
「ちなみに出身国は? アメリカ?」
「そうそう。テキサスだよ。これでもカウボーイだったんだ。馬にも乗れるよ」
「え? 嘘だ」
「それは酷い言い草だね」
マックスは痩せ型の知的なイメージであり、馬に乗って牧場を駆けまわっている光景を想像するのは難しい。しかしセイの言い方も失礼だったと思い出し、素直に謝る。
「いや、ごめん」
「いいよ。よく言われるのさ」
セイの謝罪を苦笑しつつマックスは受け入れ、肩を竦めた。そんな話をしていると、マックスの裏からメリアの声が飛んでくる。
「それでマックス。その子は合格でいいの?」
「ああ、そうだったね。間違いなく合格だろうさ。固有名詞にも付いていけてるし、母国語じゃないのに僕の国の言葉も話せている。異世界人部門に入る資格はあるよ」
「あら良かった。結構可愛い子だし、歓迎よ」
「えっと……どうも?」
セイはメリアのノリについて行けず、中途半端な返事をする。するとメリアは頬を膨らませつつセイの前まで歩いていき、顔を近づけて口を開いた。
「もう! 今夜の相手に誘っているんだから、シャキッとしてよ!」
「はぁっ!? え? 今夜!?」
どこにそんな文句があったのかと聞き返したいセイだったが、そんなことよりも唐突なお誘いに動揺を隠せない。勉強と将棋一筋で、当然ながら未経験者であるセイには刺激が強すぎたのだ。興味があることにはあるのだが、精霊王となってからは性欲も気にならなくなったので、心の奥に封じて来た感覚でもある。
そんな風に動揺しているセイを見てマックスが助け舟を出した。
「ははは。ダメだよメリア。彼の民族はシャイだからね。そんな風にストレートな誘い方をするのは逆効果だよ。彼らは雰囲気づくりを重要視するんだ」
「ふーん。そう言えばユウタもそんなことを言ってたわね。誘う時は『なーすふく』とか『めいどふく』ってのを着るんでしょ?」
「それは一部の特殊な性癖の持ち主だけだよっ!」
セイは激しくツッコミを入れる。
何やらユウタという異世界人のせいで間違った認識をされているようだが、逆にユウタという人物が同郷である可能性は増大した。間違いなくサブカルチャーを嗜んでいる部類だろう。セイも詳しくはないが、多少の知識は持っている。
セイは念のためマックスにユウタの情報を聞くことにした。
「マックス。それでユウタって? もしかして俺と同じ?」
「そうだよ。君とは同郷だね。ただ、彼は英語が使えなくてね。試験の時は苦労したよ。学生だって話だったから使えると思ったんだけどね」
「あー。でもあんまり期待しない方がいいぞ? うちの国は文法メインだから、話せる奴を探す方が難しいしな」
「じゃあ、君は珍しいタイプだったんだね」
「マックスも丁寧に話してくれたからな」
セイは苦笑しながら答える。あまり英語が得意でないのは事実であるため、マックスのように丁寧に話してくれたのは非常に助かったのだ。セイも進学校に通っていたため、ネイティブの先生による英会話の授業も受けている。その際に話される英語はセイでも厳しいことが多いのだ。
少し話がずれかけていたが、マックスは微笑みつつ話を戻す。
「それでユウタの話だったね。彼は熱操作系に補正を持っているらしくてね。炎属性の使い手なんだ。今頃は迷宮に挑んでるんじゃないかな?」
「ああ、希少能力って奴?」
「そうそう。僕は視力が上がったよ。ユウタは僕のスキルを『ホークアイ』って呼んでたね」
「え? でも眼鏡を……」
「これは伊達だよ」
マックスは眼鏡を外してセイに見せる。確かに確認してみると、レンズではなくただのガラスだった。ファッションだったということだろう。
そしてセイが眼鏡を返しつつ、ランディとメリアの方にも目を向けると、二人は頷いてそれぞれのスキルを口にした。
「俺は力が増大した。『フォース』って呼んでる」
「私は誘惑。魅力がアップしたってことよ。『チャーム』って呼んでいるわ」
なるほど、とセイは考える。
異世界から渡ってきた時点で今までになかった能力が芽生えるのは本当らしいと理解できた。スキルの内容は様々だが、役に立つものから微妙なものまで差も見受けられる。
それに性欲を抑えていたにもかかわらず、さきほどメリアに近づかれて興奮しかけたのはスキルが発動していたからだと理解できた。スキルとは意外に厄介だとセイも辟易する。
そんなセイにマックスが笑顔で問いかけた。
「ちなみにセイのスキルは何?」
「ああ、俺は『魔力感知』だな」
「なるほどね。この世界でも偶に発現するスキルだ。確かアルギル騎士王国でも第三騎士団長レイナ・クルギスが持っていたはずだね。相手が魔法を発動させる地点とかも感知できるって聞いたよ」
「そうだな。出来るぞ。効果の割に優秀だと思っている」
「いいね。僕の『ホークアイ』とも相性が良さそうだし、一緒に調査系の依頼に行こうよ。諜報部門か戦士部門には登録しているかい?」
「さっき戦士部門にしたところ。この後試験なんだ」
それを聞いたマックスは首を傾げた後、何かを納得したかのように頷く。
「戦士にはランクがあったんだよね。その試験かな?」
「それそれ」
「へぇ、セイも自由戦士になったのか! 俺もだぞ! ランク5だ」
そこへランディが会話に入ってくる。荒っぽく、体格も良いと思っていたが、ランディも戦士部門に登録している自由戦士だったらしい。力を強化する『フォース』のスキルも有効だろう。
だがセイはそれよりも気になることをランディに問いかけた。
「戦士ランクってどういう基準なんだ?」
「ん? なんだ知らないのか?」
「ああ、ランクを決める試験を受けなきゃいけないって話しか聞いてない」
「そうかぁ。なら仕方ねぇな。俺が説明してやるよ。立ってないでその辺に座れ」
そう言えば立ちっぱなしだったことを思い出したセイは近くの椅子に腰を下ろす。ランディもその辺りにあった椅子に座り、セイに説明を始めた。
「ランクって言っても難しいことはねぇよ。数字が大きい方が強い。ランク1が最弱で、一応は上限が存在しないことになっている。そんだけだ。ただ、ランクは純粋な強さを表しているだけだからな。強いからって人がいいとは限らんぞ」
「ランディみたいにね!」
「うるせぇぞメリア! ……ったく。それで俺のランク5ってのは普通に強い程度だな。騎士団で言えば中隊長レベルってところか? 騎士団長とか近衛騎士団の奴らはランク10とかの化け物だな。だが俺が弱いって訳じゃないぞ? ランク6を超える奴が強すぎるだけだ」
言い訳のように語るランディを見て、セイはマックスにも目を向ける。するとマックスは深く頷いて肯定した。そしてついでに口を開く。
「補足しておくよ。自由戦士の中でもランク6を超えている人は全体の二十パーセント。さらにランク9を超えている人は全体の五パーセント。ランク10を超えている人なんて一パーセントもいないよ。自由戦士最高ランクが15だって噂は聞いたことがあるけど、本当かどうかは知らないね」
「だから言ったろ? ランク5の強さがありゃ……普通に頼られるレベルってことだ。ランク5とランク6の間には壁があるって話も聞くからな。普通に強者を目指せばランク5が最高だよ」
「ちなみにさっきの話で出て来たユウタはランク7だね。彼は炎魔術が強いから」
セイもマックスの言葉を聞いて納得する。やはり同郷の人物の方が信用しやすいという心理的な要素が絡んでいるからだろう。また先程のユウタがランク7という事実にはセイも驚いた。
だが問題は騎士団長たちの強さだろう。
明確に数字で強さの基準が分かったのは良いが、思ったよりも強者であることはセイの想定外である。マックスとランディの話を統合すれば、騎士団長クラスは化け物だ。世界的に見て一パーセント未満に収まる強さなのだから当然かもしれないが、尚更セイは気を引き締めてかからなくてはならない。
迷宮に誘き寄せる作戦でも、全ての騎士団長や近衛騎士団を引き込めるとは思っていないからだ。
「マックス、ちなみに魔王とか竜王はどの辺りのランクなんだ?」
「そうだね。諸説あるけど……」
マックスは顎に手を当てながら少し間を置き―――
「平均すると、魔王がランク3で、竜王はランク11ぐらいかな」
「魔王低っ!?」
そんな答えを出したのである。
この世界での魔王の評価は途方もなく低いのだった。
尤も、ランクは戦闘力で算出されているため、魔物や迷宮に頼りがちな魔王を単体で考えた場合、雑魚として扱われる。ただ、魔物の大軍や迷宮をセットとして考えた場合はランク7程度で考えられるというだけの話だった。
しかし面白い話を聞けたことには変わりない。
セイは自由組合への登録は正解だったと内心で思うのだった。