34話
テストの息抜きに投稿
次も遅くなります
アルギル騎士王国の王都ムーラグリフ。
その象徴とも呼べる王の住まうところ、王城の会議室で、難しい顔をした者たちが席を並べていた。それぞれは老若男女バラバラであり、統一性が無いかのようにも思える。しかし全員がきっちりとした正装を纏っており、不思議と違和感はなかった。
そんな中、一際豪華な衣装の男が口を開く。
「それで……霊峰の攻略はどうなっている? 魔王城クリスタルパレスだったか? あれだ」
それを聞いて眉を顰めてしまった者は数人ではない。
先の発言をしたのが国王ペルロイカだと知って尚、眉を顰めてしまったのは、現段階で一番嫌な話題だったからだ。そして表情を変えたのが武官のみであることを考えれば、何が問題であるのかを理解できるだろう。
武官たちの一秒にも満たない視線によるコンタクトの後、一人が静かに手を挙げる。
「第一騎士団長シギル・ハイドラ殿。発言を許可する」
「はっ!」
司会は手を挙げたシギルを即座に名指し、発言の許可を受けたシギルは椅子を引いて立ち上がる。そして何とも重たそうに口を開いたのだった。
「現在、各地で第一騎士団のドラグーンが暴走する事件が発生しています。規模こそ、王都で発生した一番初めの事件には及びませんが、散発的に発生するドラグーンの暴走を事前に止める術はありません。今は暴走したドラグーンを殺害、捕縛することで収めていますが、住民の不安も高まっているようです。
私たち第一騎士団はその事件に手一杯であり、残念ながら魔王城クリスタルパレスへと兵力を割く余裕はないのです」
「ドラグーン暴走事件は俺も報告書で見た。原因は分かっているのか?」
「いえ、畏れながら陛下。対処法はもちろん、原因すらも不明なままです」
「そうか……特殊な魔道具による他国のテロって可能性は?」
「視野には入れていますが……そこからは諜報室の分野ですので私は何も」
ふむ、とペルロイカは一度頷いて視線を一人の男へと向ける。その男はこの部屋では一番目立たない服装をしており、顔もすぐに忘れてしまいそうな平凡なものだ。しかし、彼こそがアルギル騎士王国の諜報室を指揮する長官であり、ペルロイカは彼に事情説明を求めたのである。
そして諜報室長官クルエーシュはペルロイカの意図を理解し、立ち上がってシギルの話を継いだ。
「では諜報室からの報告です。結論から申しますと、他国によるテロ行為である可能性は限りなくゼロに近いでしょう。また詳しい報告書は後で提出いたしますが、東の帝国も南部の三公国も我らの国を攻め立てる暇はないようです」
「なるほど。言い切るということは根拠もあるのだな?」
「はっ! その通りであります」
「分かった。あとで報告書には目を通しておこう。とりあえず今は事実だけ分かればいい」
ペルロイカはそう言って話を切る。
そして司会者の合図を受けたクルエーシュも席に座ったのだった。
このアルギル騎士王国は大陸の北西部の国家であり、東方には帝国、南方には三公国と呼ばれる国々と隣接している。西部には海があり、そこを船で渡れば別大陸の国とも繋がってるが、そちらは考えなくても良いだろう。北には霊峰や針葉樹林が広がっており、これらはアルギル騎士王国にとって恵みを齎してくれている。魔物という災厄もあるが、それ以上に薬草の存在が大きいのである。
東で隣接している帝国だが、この大陸では最大規模の版図を有する大国家として有名だ。数百年と侵略をしては国を吸収し、現在では大陸の半分を帝国が所持している。そして残された残りの国々は帝国に対して危機感を持っているかと思いきや、実はそれほどでもないのだ。
帝国は大きくなり過ぎた故に、今は内部を安定させることで手一杯となっている。また領土が広いと土地を管理するのも大変であり、これ以上に領土を広げるつもりはないのだ。だからと言って何もしてこないとは言い切れないものの、強く警戒する程ではないということである。
そして南部で接している三公国は、数年前までアウレニカ王国と呼ばれていた。しかし、当時の王が子を成さずして病死してしまったために跡継ぎ騒動となり、結果として三つに分裂してしまったのである。そしてそれぞれがアウレニカ国王の正当な跡継ぎであることを主張しており、現在は内乱で他国へと気を廻している余裕はないハズである。ちなみに、三公国と呼ばれているのは、アウレニカ王国で三大公爵と呼ばれていた王家の血を持つ者たちが、それぞれで正当後継者を主張し、分裂したからだった。
「では他の原因を考えた者はいるか?」
ペルロイカは部屋をグルリと見渡しながらそう告げる。
しかし、こうして見渡す必要などなかったようだ。すぐに別の場所で手が挙がった。それを認めた司会者がすぐに発言を許可する。
「客分魔物学者ルーテン・ハイル殿。発言を許可する」
「はい……」
ルーテンと呼ばれた魔物学者は弱々しい返事を返しつつ立ち上がった。シギルのような軍人らしいキビキビとした動きではなく、むしろ萎縮しているのではないかと思えるほどの弱腰な動き。どう見ても王の前に出すには相応しくないように思えるが、それを言ってはルーテンに酷というものだろう。
彼は今回の国家会議のために参考として呼ばれた一般の学者――とは言っても、アルギル騎士王国内で優秀と評判ではあるが――であり、このような国の未来を左右する大会議に参加するなど夢にも思っていなかったことだろう。彼以外にも客分学者として参加している者はいるが、やはりルーテンと同様に身を小さくしつつ目立たないようにしているのだった。
そんな中で発言するために手を挙げたのだから、ルーテンは意外と度胸がある方なのかもしれない。
国の上層を占める者たちから注目を浴びたルーテンは挙動不審な様子だったが、生唾を飲み込んで、覚悟を決めたかのように語りだす。
「僕……じゃなくて私はやはり魔王がドラグーン暴走の原因だと考えます。その……時期的にも魔王出現と重なりますし、魔王は魔物を操れると古文書にありますから。それに魔術を無効化できるようですので、ドラグーンに使用していた隷属魔道具も魔王が無効化していると考えれば不思議ではありません。……えっと……その……」
「どうした?」
「いえ……何でもありません」
「そうか。では座れ」
「はい……」
最後まで何かを言いたそうにしていたルーテンだが、諦めたかのようにそのまま着席した。本来ならば司会者が着席を促すのだが、王自らが着席を求めたということは、王はルーテンにこれ以上の発言を求めてはいないということだろう。この部屋にいる誰もがそう思った。
そしてそれは事実である。
先程、ペルロイカはドラグーン暴走事件が他国によるテロではないかと聞いた。そしてそれの答えは諜報室長官クルエーシュが答えた通り『否』だ。だが、ペルロイカはこの答えを会議が始まる前から既に知っていたのである。さらに魔物学者ルーテンが発言した魔王が原因である可能性は一番に考えていた。
というよりも、ペルロイカはドラグーン暴走事件を魔王の責任にしたいのである。
それが事実であろうと事実でなかろうと関係はない。
魔王が原因ならば、危険な存在として再び大規模な討伐軍を結成する口実になる。さらにペルロイカはこの討伐軍に参加するつもりだった。王でありながらアルギル騎士王国で最高クラスの戦力でもあるペルロイカは、単純に魔王と戦ってみたいのである。
つまり、この会議も最近の大きな事件を全て魔王アストラルの責任とし、討伐軍結成を可決するための茶番だと言えるのである。
魔物学者ルーテン・ハイルには事件が魔王によるものだと証言してもらうだけで良く、むしろそれ以上を言ってはペルロイカの機嫌を損ねることになっただろう。
(本当は進言するべきなのかもしれない……)
力なく着席したルーテンはそう考える。
魔物学者である彼は、当然ながら魔力の精霊王についても詳しい。過去の文献などを読み漁り、魔王がどのような存在であるかを非常に良く理解している。
しかし、そんなルーテンから見ても魔王アストラルは異常だった。
少なくとも、所詮は魔王などとは言えないと思えるのである。
迷宮の生成速度と複雑さ、謎の黒い魔物、さらにドラグーンの暴走への関与……どれをとっても、過去に出現した魔力の精霊王とは比べ物にならない気がしていたのだ。ドラグーンの暴走に関しては、仮説とは言え確信していると言ってもよい。何故なら、暴走したドラグーンを殺害したのち、魔道具技術者がドラグーンの首輪型隷属魔道具を調べたのだが、魔術回路が見事なまでに破壊されていたのだ。それも無属性の強力な魔力によって……である。機械でなければ検知できない程の僅かな無属性魔力だったが、この僅かな魔力が魔王の関与を肯定しているのだ。
(少なくとも様子見、可能ならば他国に援軍要請をして貰いたかったのだけどね)
ルーテンの内心の考えは共に呼ばれている他の客分学者も理解している。だが、彼らも同様にペルロイカへと進言する勇気はなかった。
彼らはこの会議が茶番劇でしかないことに気付いておらず、真面目に、一国民として危機を感じた上で進言しようとしていた。しかし会議の空気がそれをさせない。
もしもこの時、彼らが進言して、ペルロイカが意見を取り入れていたら未来は変わっていたかもしれない。いや、行きつく先は変わらなかったのだろうが、恐らく寿命は数年ほど伸びたことだろう。
だがアルギル騎士王国は選択してしまったのだ。
再び霊峰を攻めることを。
つまり魔王城クリスタルパレスを攻略し、魔王アストラルを打ち滅ぼすと決定したのである。
会議は予定調和であるかのように討伐軍結成の方向へと進んで行き、最後にペルロイカが覇気のある声で宣言した。
「王都でのドラグーン暴走事件、さらに結界内でのドラゴンの出現、また大結界の崩壊、その後の各地における事件を全て魔王アストラルによるものであると仮定し、特別の管制室を設ける。その室長は後に決定することにしよう。敵はこの時代に復活した魔王だ。俺の国に喧嘩を売ったことを後悔させなければ気が済まん。俺自身も出るぞ!」
ザワリと会議室がどよめくが、否定の意見を出させる前にペルロイカが補足する。
「理由は第五騎士団総員を以て霊峰を攻略するからだ。まず第一騎士団はドラグーン暴走事件で機動力も下がっており、各地の警備や警戒に駆り出されて攻略作戦どころではない。第二騎士団は元から警備や治安維持が専門だからな。これは言わずとも分かるだろう。そして第三騎士団と第四騎士団だが、この二つの部隊は国防の仕事をして貰わなければならん。第三騎士団は魔法能力で第一騎士団を補助してもらう。そして第四騎士団はワイバーンの機動力で定期的に国境を見張るのだ。諜報室長官のクルエーシュが問題ないとは言ったが、警戒を解くわけにはいかんからな。つまり、残った第五騎士団が攻略するしかないということになる。だから俺も行くのだ」
ペルロイカの発言は理に適っており、正面から否定することは出来なかった。出来るとすれば第一騎士団や第三騎士団から幾らかの護衛を付けることぐらいである。ペルロイカが初めからこのような暴挙に出ると分かっていれば、対策として否定材料を用意することが出来ただろう。しかし、ペルロイカはこの会議で自らの出陣を認めさせるために密かな準備をしており、大臣たちでさえ即座に反論できなかった。
その上でペルロイカは更に畳み掛ける。
というよりも大臣たちの胃を気遣っての追加発言をした。
「もちろん、すぐに出陣する訳ではないぞ。まずは徹底的に霊峰を調べる。地図職人たちの手である程度は調べているが、何十年かかるか分からんってことらしいからな。こっちも相応の用意をするべきだ」
白銀の霊峰は麓に迷宮の入り口が誕生し、内部は発光魔水晶、透明魔水晶、反鏡魔水晶の三種類からなる魔水晶迷路になった。内部はその複雑さから地図職人でさえ寿命で死ぬまでに終わるか分からないとまで言わせたので、ペルロイカはこれに対する対策を考えていた。
「異世界からの渡り人……彼らの持つスキルを頼ることにしよう」
ペルロイカはそう締めくくったのだった。
霊峰攻略作戦失敗から一年。
そして魔王セイ=アストラルが王都を恐怖に陥れてから九か月。大量の死者や負傷者を出した大事件の傷跡は既に回復しており、その最中で攫われた第五位階爵貴族家の次男の存在など、地平線の彼方へと忘れ去られていたのだった。
◆ ◆ ◆
闇が濃くなる新月の夜。
北部の城塞都市リンデルの上空から何かが侵入した。
「久しぶりに戻ってきたな。城塞都市リンデル」
「僕は初めて来ましたよ」
「キィ!」
北部の針葉樹林の近くに位置する城塞都市リンデル。この都市を守護する大結界を一部解除して、闇に紛れつつ侵入したのはセイ、ルカ、そして絶死氷鳳凰へと進化したアルクだった。
相変わらず黒いローブに包まれたセイがルカを抱え、アルクは能力で小型化してセイの肩に留まる。そんなことをしつつ、リンデルの上空から侵入したのである。
「よし、今回もバレなかったな。まぁ、前から侵入させているアビスとも連携して警備の薄い所を突いたし当然か。取りあえず適当な宿を探すぞ」
「もう日が沈んで結構立ちますけど、宿って空いているんですか?」
「さあね。まぁ、大丈夫だろ」
「相変わらずですね……僕はセイさんと違って生身なんですよ」
「今は夏だから最悪は野宿でも死なないって」
そんなことを言い合いつつ、セイはルカを地面に降ろす。
裏路地の誰にも見られないような場所であるため、上から落ちて来たセイたちを咎めたりする者は一人としていない。ゴロツキの一人は居そうなものだが、セイはちゃんと人がいない場所を選んで侵入していたので問題は無かった。
「じゃあ行くぞ」
「はい」
「キュイ!」
パンパンと服についた土を軽く払ったルカにアルクが飛び移る。
そしてそれを見たセイは頷いて繁華街の方向へと歩みを進めたのだった。




