33話
「まずはルカを助け出した理由を簡潔に言っておこう―――俺が気に入ったからだ」
「そんな理由ですか……?」
「結構な理由だぞ。何せ魔王に気に入られたんだからな」
「確かにそうですね」
「キィ~」
実際にセイがルカを助けた理由はそんなものだ。戦略的に大きな意味は無いし、本来セイからすればルカは足手まといにしかならない。だがセイはある一点において、ルカに期待していたのだ。
「ルカとアルクが仲良さそうだったからな。騎士共みたいに虚属性魔法でドラグーンを洗脳しているわけでもなく魔物と信頼関係を築いたところを評価したってこと」
「え? ドラグーンって洗脳されているんですか!?」
「あ、そこにツッコむんだ。そうだぞ。洗脳されている」
セイは王都ムーラグリフにあるドラグーンの厩舎で虚属性魔術が込められた魔道具で洗脳されているのを確認してきた。それに魔物のことをよく理解しているセイからすれば、魔物が人に従うはずがないことは当然のことだと知っているのだが、一般的には魔物は動物と同一視されることもある。犬や猫を飼い慣らせるように、魔物でも同じことが可能だと思われているのだ
「さっきも言ったけど、魔物は完全に魔王の配下だ。魔王に対して不利になるようなことは絶対にしない生き物なんだよ……まぁ、普通の生物と言うには怪しい部分もあるけど。従魔は人類が魔力核を利用して創り出したものだから特殊だけど、野生の魔物は絶対に人には従わない」
「絶対ですか……?」
「ああ、例外は魔王が……つまり俺が許可を出した場合だけだ。こいつに従ってやれと許可を出せば野生の魔物でも人に従うようになる」
「じゃあ、アルクもですか?」
「いや、さっきも言ったけど、魔力核で創り出した魔物は俺の制御から半分ほど離れているから、普通に人にも従うな。正確には従魔の主人には従う。アルクもある程度は俺の言うことを聞いてくれると思うけど、基本的にはルカが主人だ」
セイの言葉を聞いてルカが少しホッとしたような表情を浮かべたのは気のせいではないだろう。五歳の時から共に生きていた友人でもあるアルクが魔王に取られるのではないかと心配したのである。
もちろん、セイにその権限があったとしてもアルクを奪う気は無かったのだが……
さらにセイはルカを安心させるために言葉を続ける。
「それに俺はアルクとルカを完全に契約させることも可能だぞ。むしろそうしても良いと思ったから連れ出したんだからな」
「契約ですか?」
「キュイ?」
ルカとアルクは同時に首を傾げて聞き返す。
その様子が兄弟のようでセイは苦笑するが、真面目な顔に戻して説明を続けた。
「ああ、まず前提知識として精霊契約は知っているか? エルフ共の国では有名だけど」
「はい。精霊種と人が契約することで、より大きな魔法力を得ることですよね」
「そうだ。契約することで魔力が共有され、さらに強力な魔術を発動できるようになる。これは人と精霊の意思が二重に込められることで強力な魔力を練り上げることが出来るようになるためだ。ここまでは分かるか?」
「いえ、難しいです。僕はそれほど魔術に詳しくないので」
「そうか……まぁ、精霊契約すると魔法が強くなると覚えてくれ」
「分かりました。でも、精霊契約と僕たちが何か関係あるんですか? アルクは魔物ですよ」
そう言ってルカは不思議そうに尋ねる。確かに契約という点では同じだが、今の話は精霊に関する話であり、氷晶鳥アルクは魔物だ。
一見すると関係の無いように思える。
しかしセイは軽く首を振りながら答えた。
「勘違いしているようだけど、魔物もある意味では精霊だ。何せ魔力の精霊王の配下なんだからな。一般的な精霊とは少し違う部分もあるけど、基本的には同じだ。言うなれば魔物=魔力の精霊ということだな」
「確かに……そうかもしれませんね」
「契約は別に難しくはない。俺が許可を出せばそれで契約完了だ。それに俺としては早めに契約をすることをお勧めするぞ」
「何故ですか?」
「アルクを見てて思ったんだけど、氷晶鳥という魔物の器に対して保有している魔力量が多過ぎる。普通ならば進化しても不思議じゃない量を持っているんだ。多分、従魔という形で不自然に生まれたことが原因になっていると思うんだけど……」
魔力を支配する精霊の王として、セイはあらゆる魔力を感知することが出来る。人類の中では稀有な才能と言われている魔力感知も当然のように行えるのだ。それによって知ったアルクの魔力量は、セイの保有しているアビスの中で、最も成長している個体と比べても数倍は魔力を持っているように思えた。
そして氷晶鳥という魔物は、それほど大きな魔力の器を持っていない。
つまり本来ならば進化によって魔力の器が大きくなるはずが、それが行われていなかったのだ。
「正直言って結構危険な状態だな。魔力過密で崩壊してもおかしくない」
「それって!」
「だから契約することを勧める。俺が契約を仲介し、手を加えることでアルクも進化するハズだ。そうすれば魔力量に見合った姿になり、安定して崩壊しなくなる。ルカと魔力を共有することでアルクの負担を分担することも期待できるな。それに契約すれば魔力が共有されることになるから、ルカも自分の氷属性魔力を取り戻せることになるんだぞ?」
それを聞いたルカはハッとした様子でアルクへと視線を送る。
元はルカが保有していた莫大な氷属性魔力を込めたことで生まれたのが氷晶鳥アルクだ。ルカ自身の魔力の器を明け渡した代わりに、ルカは簡単な魔術すら使えない程の魔力しか残らなかった。今はこのことで後悔しているわけではないが、その魔力が戻ってくるのだとすればルカも嬉しくないはずがない。
何より契約しなくてはアルクが危険な状態なのだ。
ルカの答えは決まっていた。
「契約します」
「キィキュイ!」
ルカに続いてアルクも高らかに鳴く。
二人の意思は一つだった。
それを感じ取ったセイは、二人に応えるべく右手を翳してアルクへと意識を向ける。
「では契約を決行する」
セイは思考リンクを起動させて高速演算を実行した。
まずはアルクの体内を魔力感知してエラーを探し、それを修復する。本来は魔王しか扱えぬ魔力核を利用した従魔作成によって生じた弊害を全て治したのだ。
続けて魔力の精霊王としての権能を発動し、氷晶鳥アルクに契約の許可を与える。これに関してはそのように願うだけで良いため、労力は何一つない。契約は十秒ほどで完了した。
「キュイィ?」
契約の効果はすぐに現れた。
アルクの進化が始まったのである。
ルカとアルクの間に生じた魔力のパスでルカの方にも莫大な魔力が流れ、アルクは安定した進化を見せつける。
「ルカ。進化が始まったぞ。一旦アルクを降ろせ」
「はい!」
ルカはアルクを肩から降ろし、小屋の床において少し離れる。
そして進化が進行しているアルクの周囲は気温が下がり始め、さらに床には霜が付いていた。パキパキと氷の結晶がアルクを繭のように覆い、濃密な魔力によって青白い魔力光が生じている。
このままでは暖房魔道具も意味を成さないかもしれないと判断したセイは、ルカに近寄って《障壁》を張り、冷気を遮断した。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「問題ない。順調に進んでいる。もう少し見ておくといい」
心配そうに尋ねるルカに対してセイは自信ありげにそう答えた。
アルクに生じていたエラーは完全に除去したし、ルカと契約したことで暴走気味だった魔力も完全に安定している。急激な進化が起こったことで一次的に力の制御が不能になっているようだが、これもすぐに落ち着くことだろう。
「《障壁》を張っているから大丈夫だけど……これは凄いな」
「部屋が真っ白です」
強烈な冷気によって空気中の水分が完全に凍り、壁や床中に霜が付いていた。また室内にいた二人は気付いていなかったが、実は小屋の外でも空気や地面が凍り付いていたのである。
そしてそれ程の冷気を放出していた氷の繭はやがて羽化の時を迎える。
パキリ。
「来るぞ。よく見ておけルカ!」
「はい!」
セイは念のため《障壁》を強化しつつ、ルカにそう呼びかける。ルカは強い意思を持って返事をし、アルクが生まれ変わる瞬間を目に焼き付けようとしていた。
パキリ……パキパキ。
青白い魔力光を放つ氷の繭の表面を罅が広がっていき、あっというまに繭全体が覆いつくされる。あともう一息でアルクは完全に姿を顕すことだろう。
ゴクリと息を飲んだルカは瞬きすらせずに見つめ続け、遂にその時は訪れた。
パアァァァアアン!
ガラスが砕け散ったかのような甲高い音が小屋の中で木霊し、白く凍った空気が爆風のように押し寄せる。セイの《障壁》がなければ瞬間冷凍されていたかもしれないほどの冷気であり、これによって《障壁》の外にあった暖房魔道具が一瞬で壊れた。
そしてそれと同時に雄たけびを上げるかのような鳴き声が響き渡る。
「キイィィィィィイイッ!」
「アルク!」
まぎれもない相棒の鳴き声を聞いて、ルカは思わずそう叫んだ。
そして魔法でも発動しているかのように、霜が一気に晴れていく。
「へぇ……凄い」
「これがアルク……?」
霜が晴れて現れたアルクの姿を見て、セイとルカは無意識にそんな言葉を漏らした。
そこにいたのは一メートル程の巨大な鳥。美しい蒼色と白色が混じった幻想的な姿をしており、翼を広げれば二メートルを超えるだろうと思われる。セイが魔力感知した限りでは、限りなく精霊に近くなった存在であると判断できた。身体は冷気の性質を持った生命エネルギーの塊であり、以前とは格が違うのだと分かる。恐らくは身体を欠損しても簡単に再生することが出来るだろう。
魔物としても最上級に値する姿へと進化したのである。
これはセイがエラーの修正を完璧にしすぎたことも原因となっていた。
「これじゃあ氷晶鳥とは呼べないな……まるで格が違う」
「ならどういう種族なんですか?」
「元から氷晶鳥も新種の魔物だから、これも新種だろうさ。名付けるとすれば……氷と冷気を支配する死の魔物、絶死氷鳳凰でどうだ?」
「絶死氷鳳凰アルク……」
「キイィッ!」
アルクは抑揚に頷いてバサリと翼を広げる。どうやら種族名にも文句はないらしい。
こうして、この日、後に伝説となる新たな魔物が誕生したのである。