3話
白い竜の衝撃発言を受け止めきれずに固まる星。しかし現実逃避している場合ではない。竜の言った通り、自分が転生したのだとすればあらゆる前提が変わってくるのだ。
「転生……しかも魔王って何だよ」
ようやく絞り出した言葉。
星の知る転生といえば、仏教における輪廻転生の考え方だ。人はこの世の中に苦しみに囚われており、死後も魂は転生して世を生き続けることになる。そこから解脱して成仏することが救いであるという教えだ。少し前に世界史で勉強した箇所であり、星はよく覚えていた。
しかし白い竜は星の内心など知らないため、淡々と質問に答える。
「お前は自分を人間だと言ったな? しかし私が見る限りは既に人間ではない。今のお前は自然を管理する存在の王……精霊王だ。その中でも魔力を管理するお前は『魔力の精霊王』であり、略して『魔王』と呼ばれることがある」
「魔力、精霊……竜を見た時点で地球じゃないと思ったけど、やっぱりファンタジーだな。しかも俺がいつの間にか人間卒業して魔力の精霊王って……」
「嘘ではない。もしもお前が人間ならば、私は即座にお前を殺していた」
「精霊王になって良かったっ!?」
異常な適応性で自分自身を受け入れる星も、さすがに危うく殺されるところだったと知れば驚いてしまう。
しかし、本当に自分が魔力の精霊王なのだとすれば、このような極寒の山頂でも凍えることなく普通にしていられることも納得できた。さらに転生にもかかわらず自分の容姿は地球の頃と同じ。人間への転生ならば赤子として生まれるところからスタートするはずなので、精霊として自然発生したのだとすれば辻褄は合うのだ。
だがそれはそれとして星は新たな疑問を抱える。
「それで魔力の精霊王って何? 竜のアンタが竜脈を管理しているみたいに何かするのか?」
「ほう、もう気付いたのか。転生者だけあって知能が発達しているではないか。普通は精霊でも生まれたてでは知能が低いのだが……面白い」
「面白がってないで答えてくれよ」
星は溜息を吐きながらそう言う。しかし白い竜は興味深そうな目で星を観察しているだけであり、中々答えようとしてくれない。仕方なく星はもう一度声を掛けたのだった。
「なぁ、答えてくれよ。魔力の精霊王ってなんだ? そもそも魔力って何?」
「ふむ……もう少し見ていたかったのだが。まぁ、答えるとしようか。まず魔力を知らないのだったな。ならばお前は異世界からの転生者ということか。仕方ない、教えよう」
白い竜は横たえていた体を起き上がらせて翼を広げる。広げた翼を測れば五十メートルは超えているだろうと思える巨大さだが、不思議と星には恐怖だと感じなかった。それは白い竜が敵意を持って接しているわけではないからだろう。
そして星が白い竜を見ていると、何やら体の周囲に塊のようなものが生じ始めた。それは見る見るうちに大きさを増していき、遂には軽自動車ほどもある大きさの氷の塊となる。その氷の塊は五つほど竜の周りに浮かんでおり、重力を無視してピタリと静止している。まるで上から糸で吊ってあるかのような光景に星も驚いた。
「―――丁度良い所に的がいるようだ。滅びろ」
その言葉と共に白い竜は氷の塊を高速で発射する。それは霊峰の斜面に沿って急降下し、重力の影響を受けて徐々に加速していく。星も引き付けられるように飛んでいく氷の塊を見つめ、唖然としながらも右手で頬を抓っていた。
そして五つもの巨大な氷の塊は遥か下方の麓で炸裂し、空高くまで雪を舞い上げていた。舞い上がった雪が風に吹かれて消えていく光景はキラキラと美しいものであり、思わず星も見とれる。そしてそれと同時に何かが消失した感覚を覚えた。
「今……何かが消えた? いや、霧散したのか?」
「よく分かったな。私は今の攻撃で人間を三人殺した。お前は霧散した彼らの魔力を感じたのだろう。お前が感じ取ったそれが魔力だ」
「へぇ……って殺した!?」
「私を殺しに来る人間を殺したまでだ」
淡々と当然のようにそう語る白い竜に星は一歩後ずさる。たとえ今は人間でなくとも、元は人間だったのだ。あっさりと元同族を殺害する竜を見て恐怖を覚えないはずがない。
しかし白い竜はそんな星の様子に気付いたのか、安心させるような口調で語り掛けた。
「不安に思う必要はない。私にとって魔力の精霊王であるお前は味方だ。それがたとえ人間の転生者だったとしてもな。それにお前は必ず人間と敵対しなければならなくなる」
「……なんでだ?」
「これが先程の質問に戻る。お前が魔王だからだ」
星は確かに魔力の精霊王とは何かと尋ねた。そしてその答えは『魔王』であること。この世界と地球での魔王に対する認識が同じだとすれば、魔王とは人間に仇を為す天敵。史上最悪の悪魔。ということになる。
人間と敵対することになるとはそういうことだろうと星は考えた。そして白い竜に反論する。
「俺は別に魔王だったとしても人間に敵対するつもりはない。かと言ってお前と敵対するつもりもない。魔王だったとしても行動は俺の意思一つで変えられる」
「そうか……ならば自分の目で人間を見るといいだろう」
「そうさせて貰う」
そう言った星は霊峰を下山する方向に足を向ける。いつも使っていたスニーカーが雪に沈み込んで歩きにくさを覚えるが、それでも足を持ち上げて一歩踏み出した。
しかし途端に目の前に壁のような氷が聳えて星の進路を阻む。さっきの竜の技を見た星は誰の仕業なのかすぐに理解した。
「どういうつもりだ?」
「まぁ待て。人間を見る前にお前は自分の力を把握することから始めるのだ」
「力?」
「お前は武器を振り上げて襲ってくる相手から身を守ることが出来るのか? 精霊王ゆえに簡単には死なぬだろうが、自分を守る力が無くては生きていけない」
「そういえば……そうなのか」
白い竜の言葉を聞いて星は納得する。日本の感覚でいたが、さっきの白い竜の人間に対する対応を見れば、かなり危険が溢れている世界だと認識できる。護身術などの心得が無い星にとって、自衛の手段を所持することは重要なことに思えた。
「俺は……何が出来るんだ? お前みたいに氷を飛ばしたりできるのか?」
「無理だな。お前と私では能力がまるで異なる。それに私も魔王の全てを知っているわけではない。過去の魔王を見たことはあるが、私の主観から知った能力なら教えることが出来る」
「ならそれでいい」
氷を飛ばした白い竜を見た以上、星は魔法のような何かがあるのだと考えている。そうでなければ重力に逆らって空中で氷の塊が静止したりするはずがないのだ。魔王というからには自分にも何かしらの能力はあるはずであり、それを主観でも白い竜が教えてくれるのはありがたかった。
白い竜は再び体を横たえて口を開く。
「魔王……つまり魔力の精霊王は自然界において魔力を管理する。魔力とは世界に流れ、あらゆる生物に流れるエネルギーのことだ。それを支配することができる。私が使った氷の魔術も魔力があって初めて出来ることだ」
「竜脈とは違うのか? あれも大地を流れるエネルギーだろ?」
「魔力と竜脈は少しだけ違う。竜脈とは世界を流れる純粋な生命エネルギーのようなものだ。そして魔力とはその生命エネルギーに感情や意思が乗ったモノ。だからこそ願いを込めることで魔力が事象を引き起こしてくれる。
竜脈によって生命は栄え、その生命から生じた魔力が世界を満たす。世界を満たす魔力は魔王によって管理され、再び純粋な生命エネルギーとして竜脈に戻っていくのだ。つまり竜脈を管理する私と魔力を管理するお前は関係が深いのだよ。だから私はお前を害することはない」
自分の力と役目を説明されて驚く星。もしかすると、こういった関係があるからこそ自分は竜の近くに転生したのかもしれないと思えた。竜脈を流れる生命エネルギーは循環し、生命を誕生させていつかは竜脈へと戻っていく。自然の摂理を知った星は理系の魂が揺さぶられて増々話に聞き入ることになった。
白い竜は頷いて理解している星を見て話を続ける。
「魔力には意思が乗るのだが……その意思を分離するために魔王はある能力を使える。それは魔力を核として生成し、竜脈と接続する能力。通称で迷宮化と呼ばれる力だ」
「迷宮? なんでいきなり迷宮なんだ?」
地球のゲームなどでは、魔王が迷宮の奥にいるというパターンは珍しくない。そして近年ではそういった小説類も数多くあることを星は知っている。だから魔王と迷宮が関係していることには納得できるのだが、それと魔力に込められた意思を分離する力との関係性が解らないのだ。
白い竜は星の反応をみて『そうだろうな』という目をする。そして少しだけ間を置いてから再び星の質問に答えるために口を開いたのだった。
「魔王は魔力核を生成し、竜脈と接続することで一時的に竜脈の力を借りることが出来るようになる。もちろんそれは竜脈から生命エネルギーを取り出せるということではなく、魔力を干渉させて大地に変化を与えることが出来るということだ。またその力を使って大地を改変し、迷宮とすることで魔力核を隠してしまうのだよ」
「何で隠す?」
「人類に奪われてしまわないためだ。彼らにとって魔力核は最上の素材となるらしい。さらに迷宮の領域では魔王が自在に地形を変えることが出来るのだ。危険視するのも当然だろう? 話を戻すが、魔力核は魔力を生命エネルギーと意思に分離する際、それを魔物として生み出す。少量の魔力に意思が圧縮され、それを核として周囲を生命エネルギーが覆い、魔物となるのだ。そして魔物が生命を殺害するとき、殺した対象の魔力を奪って自身を強くすることが出来る。また、周囲に魔力が漂っている場所でも自然吸収によって強くなることが出来るのだ。そうして強くなるたびに核を強化し、生命エネルギーを蓄えていく。この核は迷宮の核の子機でもあるから、魔物が死んだ場合は魔石と呼ばれる核を残して周囲を覆う生命エネルギーが竜脈へと戻っていくのだ」
「なるほど。広範囲に魔力を集めるためだな」
迷宮は魔物を生み出し、魔物は魔力を集めて生命エネルギーに変換する。この役目を考えれば、魔物を生み出す魔王とは人類の敵だと言わざるを得ない。何故なら魔物は自然に流れている魔力だけでなく、生物が所持している魔力も殺して奪うのだ。
元凶である魔王は討伐対象となって当然だろう。
そしてトドメとばかりに白い竜は魔王の能力を語り続ける。
「何より魔王が恐れられているのは、魔王が魔力を支配できるからだ。魔力を管理する魔王にとって、魔力とは体そのものだ。魔力で発動する魔法は吸収されて効果を失い、逆に魔王は魔力を使いたい放題となる。魔力を使ってあらゆることが出来る魔王は恐怖の象徴だ。人類と仲良くすることなど出来ない。
何故なら人類は対等でなければ分かり合うことの出来ない種族だからだ。そこに差があれば、必ず亀裂は生じると歴史が証明している」
「……何となく分かったよ」
この世界の歴史は知らないが、地球でも人種差別を初めとした差別の歴史がある。人は誰かの上に立ちたいと願い、自分とは異なる者を下に引きずり落とそうとする。そして圧倒的上位者が、下位の者と対等でいることはないのだ。
魔王となった星は生まれた瞬間から人類の敵を運命づけられたのである。
「だからこそお前は自分の力を理解してから人類を見てくるがいい。そのために私は協力してやる。魔王だけの最強魔法。無属性魔法を習得することが霊峰を降りる条件だ」
「……そうだな。やってやるさ」
星は右手の拳をギュッと握りしめてそう呟いた。