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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
29/123

29話


 深夜。

 国民の多くが寝静まり、行政を司っている城の中枢機関も一部を除いて仕事を終えていた。アルギル騎士王国のような大国の行政部門はやはり忙しく、二日ほど徹夜をする文官も珍しくない。今日も机に積もっている書類の山を片付けるべく手を動かしている者が数人いた。

 だが殆どが眠りについているというのは間違いのないことだ。

 そんな中で魔王セイは騎士たちが騎乗するドラグーンの厩舎の近くへと来ていた。

 大量のドラグーンを擁するアルギル騎士王国では、さすがにドラグーン全てを一か所で休ませることが出来ないため、都市内部で幾つか場所を分けて配置している。各厩舎は騎士団詰所とも同じ場所にあるので、いざという時はすぐにドラグーンを駆ることが出来るのだ。警察的な役目も負っている騎士にとっては、詰所が都市内部で散らばっていることの方が都合が良かったという理由もある。

 しかし、いくら王都ムーラグリフが大量の騎士を保有しているとはいえ、これだけ分散させてしまえば警備の方も大変になる。それこそちょっとした騒動があれば警備に穴が出来るほどに……

 

 ガアアァァァァァァァァアアアンッ!


 凄まじい爆発音と共に軽い衝撃波が吹き荒れる。

 そしてその衝撃に耐えた後、爆発音がした方を見た警備の騎士たちは驚き慌てふためいた。



「何事だ!」

「不明です。ですがあちらは……」

「貴族区のようだな。一番近い詰所は……ここか。最低限の厩舎警備を残して出動するぞ」

『はっ!』



 貴族区の、それも高位貴族が屋敷を構える地区で起きた爆発。治安が良いとされている王都ムーラグリフではかなりの大事件に分類される。騎士団が出動する理由としては十分だった。

 貴族ならば私兵を有している場合があるのだが、深夜の爆発事件ともなればただ事ではない。緊急事態として大量の戦力が即座に投入された。

 訓練の賜物か、三十人もの騎士が一分と経たずに出動する。

 ―――が、出動して数十歩で足を止めることになった。



「ガアアアアアアアアアアアッ!」



 耳を劈くような咆哮が騎士たちの足を止める。

 それは爆発音の発生地点で漆黒の巨体を顕しており、広げられた翼が竜であることを示している。それもドラグーンやワイバーンなどの魔物亜竜種ではなく、本物の竜種であると断定できる見た目だ。

 深夜でも稼働している貴族区の明るい街灯が漆黒の竜を照らし出しており、その威圧感は熟練の騎士ですら言葉を失うほど。さらに漆黒の竜は今も体を膨張させつつあった。



「馬鹿な……黒いドラゴンだと……そんなもの見たことが―――」



 今晩の騎士詰所を統括していた第一騎士団中隊長の一人がどうにか口を開く。

 だがそれも漆黒竜の威容に掻き消されて誰一人聞いていなかった。

 この闇にも溶けるような漆黒の竜は魔物アビスの擬態の一つ。氷竜王クリスタルの肉体を解析したことで手に入れた氷竜王の特性からアビスは竜王へと擬態できるようになったのである。

 セイがルカへと渡していた短剣アビスは王であるセイの命令のままにルカを守るために戦闘モードへと移行した。それが最強の擬態……深淵竜アビスドラゴンである。

 そしてまだ遠くに見える深淵竜アビスドラゴンに気を取られて周囲の警戒を怠ったのは明らかな失敗だったと言えるだろう。



「ひぎゃっ!?」

「なんだ。どうしげふっ!?」

「うわあああああ!」

「気を付けろ。何かいるぞ」

「コイツは……なんだ?」

「ああああっ!? 俺の腕があああああ!」

「くそ! 総員抜刀だ」



 油断していたところで現れたのは黒い不定形の物体……アビスである。

 中隊長は霊峰攻略作戦の報告書の概要を読んでいたので、すぐにアビスの正体に気付いた。霊峰に現れた魔物が王都ムーラグリフにいることは大いに疑問だが、今はそれよりも魔物を倒すことを優先しなくてはならない。

 何処からともなく現れたアビスは一瞬にして十人もの騎士を葬り、八人以上に怪我を負わせている。つまりこの時点で半分以上の騎士に負傷以上のダメージを与えたということになるのだ。霊峰攻略作戦を除けば、何十年と死者を出すことなく魔物を狩り続けてきた歴史を持つアルギル騎士王国の騎士にとってこれほど屈辱的なことはなかった。



「落ち着け! 敵はたったの五体だ!」



 混戦の中でも中隊長は冷静に騎士たちを落ち着かせる。二百人を率いる第一騎士団中隊長の地位は伊達ではないということだ。すぐに状況判断を下してアビス一体に付き二人以上で対処するようにと命令する。

 深淵竜アビスドラゴンどころではない状況に陥ってしまったが、この程度の魔物如きに後れは取らないと判断したのだ。

 こうして一時的な膠着状態に遷移すると、五体のアビスが一旦下がって一か所に集まる。それを危機に陥った魔物が本能的に判断した集団真理だと中隊長は考えた。



「その魔物を囲め。五人で詰め寄りつつ、他の者は再度の不意打ちがないか注意しろ」

『はっ!』



 仲間の死は彼らの動揺を誘ったが、中隊長のお陰で落ち着きを取り戻している。ならばこそ仲間の敵討ちのためにアビスを確実に仕留めるつもりだった。



「やれ!」



 完全に包囲を成功させた五人の騎士は中隊長の一声を合図にアビスへと切りかかる。一人一殺のつもりで鋭い剣閃を放ち、五人以外の騎士は周囲を警戒する。身を寄せ合うようにして固まっていた五体のアビスはそのまま葬られるかのように見えた。

 だがアビスは不定形の身体を器用に使って瞬間的に飛び跳ねる。

 それによって騎士の剣は空を切ることになった。

 突然のことで驚いたが、それでも中隊長はすぐに命令を変える。



「気を抜くな! 空中に居れば簡単には避けられん。そのまま殺―――」



 その瞬間に中隊長は下半身が冷たくなったような感覚を覚える。何かが自分の身体を通過したような不思議な感覚……

 そしてそれと同時に中隊長は上下に身体が分かれて崩れ落ちた。まだ意識が残っている中隊長は混乱しながらも冷静という矛盾した思考状態になる。



(いつの間に私は斬られたのだ……?)



 よほど綺麗に切られたのか、痛みは全く感じない。それでも大量の血液が流れているのが分かり、自分は死ぬのだと朧気ながら理解した。

 意識が薄れていく中、最後に中隊長が見たのは同じように身体を上下に切り裂かれて地面に崩れ落ちている部下たちと、漆黒の剣を手に持った人物の姿だけだった。







…………

……





「ふぅ。こんなもんか」



 黒いローブを纏い、右手に漆黒の剣を持った魔王セイ=アストラルがそう呟く。

 五体のアビスを囮にして騎士たちを注目させ、アビスが空中に飛び上がった瞬間に隠れていたセイが飛び出して刃を伸ばしつつ深淵剣アビスブレードを横一閃。戦っていた騎士たちを一網打尽にすることが出来た。

 そしてそれを可能としたのが氷竜王クリスタルより得た氷竜王牙の特性だ。

 竜の牙は武器に加工する際に最高クラスの素材として扱われるのだが、その特性を取り込んだアビスは自在にそれを剣へと変質させることが出来る。ダークマター体の性質のお陰だった。

 この氷竜王牙の深淵剣アビスブレードでなければ鋼鉄の全身鎧を着た騎士を一刀両断することは出来なかっただろう。



「これで邪魔者はいないな。ルカのとこで暴れている深淵竜アビスドラゴンも良い陽動になっているし、俺も落ち着いて実験が出来そうだ」



 セイは初めにアビスの奇襲で怪我を負わせていた騎士たちにトドメを刺しながら呟く。怪我をしていた騎士は倒れていたので、深淵剣アビスブレードの一閃では仕留められなかったのだ。



「ぐふ……」



 心臓を一突きして最後の騎士を殺害する。

 すっかり殺しにも慣れたセイだが、今でも生き物を殺すという感覚は好きになれない。いや、もちろん好きになる必要はないが、気分が良くないのは確かだった。

 だがそれと同時にその感覚は理性の象徴であるとも感じている。

 セイが自分を見失わないためにも必要な感覚なのだと割り切っていた。



「よし。さっそくドラグーンで実験をする。アビスたちは周囲の警戒を頼んだ。何かあれば警告アラートしてくれ」

『是』



 セイは深淵竜アビスドラゴンによる初めの爆発の混乱に乗じて厩舎を警備していた騎士たちを皆殺しにしている。すでに夜間を警備する騎士も、騎士団詰所で待機していた騎士たちもゼロという状態になっていた。

 騎士たちは連絡もしていないので、他の騎士団詰所から援軍が来る可能性は低い。いや、時間が経てばここの騎士団詰所に動きがないことを察知され、騎士を派遣されてしまうのだろうが、セイはそれほど時間をかけるつもりがなかった。



「あとでルカも回収しないといけないし急がないと」



 セイはドラグーンの厩舎へと入っていき、近場にいた一体に近寄る。地球の牛舎のように小さな囲いの中をドラグーンがひしめき合っている。そのため狭い厩舎の中にも百体近いドラグーンが収容されているという状況なのである。

 そしてセイは近づいたドラグーンの首元に赤い首輪が付けられているのを見た。手綱を付けるための頑丈な首輪であり、専用の道具でもなければ外せないようになっている。そしてセイは魔力感知によって、その首輪から魔法が発動されている気配を感じ取った。



(これは虚属性魔力。やっぱり精神支配でドラグーンを手懐けていたか)



 セイがドラグーンの目を見ると、その瞳はどこか虚ろなものになっていた。人に対して従順になるように強制されているらしく、セイが近づいても無反応である。魔力の精霊王が近づけば何か反応を起こすと思ったセイだが、よほど強い精神干渉を受けているのか、関心を示した様子が無かった。



「仕方ないか。《破魔》」



 セイは魔力の精霊王としての権能である無属性魔術を使い、魔素の動きを支配する。そしてその力を以て発動中の虚属性魔術を破壊した。



「グルルルゥ……グルゥ?」

「よし、これなら通じるな」



 精神支配が解除され、虚属性魔術を発動していた赤い首輪型魔道具も同時に壊れる。内部で組まれていた魔術回路が滅茶苦茶にされたため、機能を停止したのだ。電化製品で言うところのオーバーヒートを引き起こしたのである。

 そしてこの結果に満足したセイはさらに範囲を広げて《破魔》を発動させた。



魔法演算開始カリキュレーション・スタート……虚属性魔力を感知……魔素を支配……完了。続いて魔素の極大加速で魔術回路を破壊……成功!」



 アビスとの思考リンクを利用した超速演算で魔素を支配し、厩舎にいたドラグーンの首輪型魔道具を一斉に破壊する。効果こそ強力だが、最強の演算能力を持つ今代の魔王からしてみれば大した労力もなく解除可能な程度だったのである。



「グルゥ!」

「ギオオオオッ」

「グルル……グル?」

「グオオオ! グオオオオオオオオオオオオ!」

「ギギャギギャ」

「グル……グルルゥ!」



 百体ものドラグーンが一斉に自らの意思を取り戻し、目に光を宿して唸り声を上げる。中には喜びを雄叫びで表現している個体もいたが、セイは止めることをしない。

 彼らは人類によって操られ、意思を封じられていた被害者であり、解放された喜びを叫ぶのは当然の権利だと考えているからだ。

 だがいつまでも放置しておくわけにはいかない。セイは無属性魔力を放出して魔王としてのオーラを滲ませつつ、ドラグーンへと語り掛けた。



「さて、お前ら」



 セイとしてはそれ程大きな声を出したつもりはない。

 だが確実にセイの言葉に反応して全てのドラグーンがセイの方に注目した。さっきまでの唸り声や雄叫びも綺麗に無くなって静かになり、その場は緊張に包まれる。



「緊張することはない。お前たちに人類に対する復讐のチャンスをやる。全力で暴れて王都ムーラグリフを恐怖に陥れろ。お前たちをペットとして扱ってきたツケを払わせるといいさ」



 知能が低く、成長が望めないドラグーンに言葉を通じさせることは出来ない。それこそアルギル騎士王国のように虚属性魔術で人形に仕立て上げれば話は別だが、普通のドラグーンには言葉が通じないのだ。

 だがセイは魔王である。

 全ての魔族の王であり、魔力を統べる自然界の支配者の一柱。

 その意思は直接の配下である自身の魔物だけでなく、歴代の魔王が作り出した魔物の子孫である魔族にも通じる。

 だからドラグーンたちは奮い立った。



『グルオオオオオオオオオオオオオオオ!』



 自分たちを貶めた人類に復讐するために。



『ギオオオオオ! グオオオオオオオオオオオオ!』



 本能に刻み込まれた魔王の配下としての誇りを思い出して。



『グルルル! グルルルルルルル!』



 真なる王からの命令を実行するために、その本能が解放される。



「行け!」



 精神支配の呪縛から解放された百体以上のドラグーンは王都ムーラグリフを蹂躙するべく鎖を破壊して厩舎を飛び出していく。詰め込まれるようにして厩舎に入れられていたドラグーンたちは、その頑強な肉体性能を発揮して暴れ出す。

 成長が望めない代わりに初期状態からかなりの強さを持っている魔物。

 だが竜としての性質を備えているため、体を覆う竜鱗は鉄製の武器を弾き返す。

 一般的な騎士すらも抑えるだけで精一杯だろう。

 貴族区で暴れる深淵竜アビスドラゴン

 百体を超えるドラグーンの蹂躙。

 暗躍する魔王。

 王都は混乱の夜を迎える。





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[気になる点] アビスを服に変形させられないの?
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