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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
28/123

28話

 アルギル騎士王国は八百年もの歴史を持つ王国だ。そのため文明も十分に発達しており、地方でも治安のいい状態が保たれている。そして王都ムーラグリフならば尚更だ。特に貴族たちが住んでいる一級の住宅地……というよりも邸宅街は常に治安維持が仕事の第二騎士団が目を光らせており、夜になっても不審者は一人として存在することが許されない程である。

 だがそんな厳重警戒の貴族街でも、ごく普通の動物にまで気を遣うことはない。

 夜中の暗闇に紛れて鳥が一羽ぐらい居ても気にすることはないのだ。

 だからこそ鳥型アビスは警戒すらされずに第五位階爵の大貴族アルコグリアス家に侵入することが出来ていた。



「父上。遂にやるのですね?」

「ああ、もう頃合いだろう。これ以上は役立たずに金をかけるつもりはない。それにブルデン家をついでに潰すチャンスでもある」

「ブルデン家と言えば……第二位階爵の家系ですね。最近は勢いのある商会と手を結んで、騎士養成学校に裏から手をまわそうとしていると噂を掴んでいます。まぁ、僕の管轄ではないので第二騎士団に情報を流しておいただけですけどね」

「流石は最強の第五騎士団だ。情報が早い」



 一つしか窓のない小さな部屋で話をしていたのはアルコグリアス家当主のロメリオ、そして彼の自慢の息子であるジュリアスだった。二人は魔力によって点灯する明かりを一つだけ灯して互いに向き合いつつ話し合っている。

 この部屋は秘密裏に会話をするための部屋であり防音の処置がされている。壁越しに耳を澄ましても会話を聞くことは出来ず、天井裏や床下にも人が入れるスペースはない。

 強いて言うならばネズミ一匹程度しか侵入は許されないのだ。

 だがこの小部屋はネズミ一匹すらも侵入できないように設計するべきだっただろう。そうすれば鳥型からネズミ型へと変化したアビスに話を盗み聞きされることも無かったのだ。そしてアビスを通して情報共有している魔王セイまで情報が伝わることも無かったのである。

 しかしそんなことにはロメリオもジュリアスも気づかない。

 絶対に誰にも聞かれていないという謎の自信があったからだ。



「しかしブルデン家はやりすぎだ。騎士養成学校を裏で支配し、多くの子飼い騎士を輩出させて位階を上げようとしていたのだろうが……そんな杜撰な手回しがバレないはずがない。ブルデン家は高位貴族家を侮っていると言えるだろう」

「とは言っても裁判に持ち込めるほどの証拠はありません。騎士養成学校に送っている大金も寄付だと言えば言い逃れ可能ですからね。あからさま過ぎる手回しでしたが、思ったほど杜撰ではありませんよ。お陰で第二騎士団も動くに動けないようです」

「はははは。だからこそブルデン家はここで消えて貰う。これはアルコグリアス家だけでなく他の高位貴族家も納得していることだ。すでに王家への手回しも済んでいる」

「流石は父上ですね。その辺りはまだまだ敵いません」



 ジュリアスはロメリオの政治手腕に肩を竦めつつそう言った。

 剣の腕前や魔法技能に関しては父すらも超えているとジュリアスは自負しているし、ロメリオ自身もそう考えている。ロメリオも若かりし頃はジュリアスと同じく騎士団に所属していたものの、最盛期ですら第三騎士団で中隊長を務めるのが限界だった。氷属性を得意とする一家ではあるが、その全てがジュリアスのような天才ではないのである。

 しかしロメリオは政治的な面では群を抜いていた。

 彼の本領が発揮されたのは当主の座を継いで、アルコグリアス家を動かし始めてからだろう。腐敗した下級貴族を取り締まることで貴族内の警察のような地位を手に入れたのである。

 今回の事案もその役目の一環なのであった。



「ルカは……いや、アルコグリアス家の次男ルキウスは卑劣なブルデン家の手の者によって無残にも暗殺されてしまった。そして私は貴族として、父としてブルデン家を糾弾し、あの家を没落させる。ルカの従魔は生き残り、ルキウスも慕っていた兄ジュリアスのために一生を尽くす。

 このシナリオもかなり無理はあるが……問題は無い。理由など幾らでも後付けできるし、そもそも高位貴族家ならば茶番であることぐらい察している。つまり、今回は如何にこの茶番劇を民衆に体良く演じるかが問題なのだ」

「ルカの従魔は氷晶鳥という新種でしたね。氷属性ですから丁度いい」

「ああ。お前は氷属性には恵まれなかったが、天才的な嵐属性の才能がある。そして外付けでも氷属性を手に入れたことになるのだから対外的にも当主として相応しくなるというわけだ。あの従魔はルカ以外の言うことは聞かぬから、この隷属首輪で枷をかけろ」



 ロメリオはそう言いつつ小さな首輪を取り出してジュリアスに差し出した。首輪の正面には小さな魔宝珠が取り付けられており、内部には虚属性の魔力が込められている。これによって対象の精神を侵し、主人には絶対に逆らえない隷属の効果を発揮するのである。

 過去には奴隷に対して使用されていた魔道具ではあるが、今は奴隷制が禁止されているので魔物用のものへと需要が変化している。

 ジュリアスは掌に収まってしまうような小さな首輪を受け取り、ハンカチに包んで懐へと仕舞った。そして更に口を開く。



「雇った者はいつごろにルカの部屋へ侵入する予定ですか?」

「そろそろのはずだ。ルカが寝静まった頃を見計らって殺すように言ってある。その後はわざと我が家の警備隊に捕まらせ、形式的にブルデン家に雇われたと吐いて貰う。その後は釈放させるつもりだ」

「口封じに殺さなくても良いのですか?」

「雇ったのは裏ギルドの者だ。顧客情報は絶対に割らない。特に貴族の情報はな。三流の暗殺者を演じてもらうつもりで雇ったから裏ギルドの者だとバレることも無かろう。それに裏ギルドとしても貴族を敵に回すのは拙い。奴らにとって我らは良い客だからな。信用を失わぬように情報は死守するハズだ」

「なら安心ですね。アルコグリアス家の恥を消し、さらにキナ臭いブルデン家を没落させることが出来る。確かこういうのを一石二鳥と言ったとか」

「古代の勇者の逸話か? なかなか洒落ているではないか」

「いえ、それほどでも」



 ルカが自分の魔力の器を与えて創造してしまった氷晶鳥という魔物。強い氷属性を持っていることが分かっているため、氷属性を持っていないジュリアスが手に入れれば対外的にもアルコグリアス家の面子を保つことが出来る。

 氷属性を得意とする一家で嵐属性の天才だったジュリアスは肩身の狭い思いをしてきたことに違いない。だがそれも今日で終わりだとジュリアスは美しい笑みを浮かべたのだった。

 ふとジュリアスが窓の外を見れば、今日は月一つない夜。

 暗殺には打ってつけである。

 自分の休暇日の暗殺日が上手く重なったのは非常に都合が良かった。ジュリアスはルカが暗殺された後に氷晶鳥アルクを隷属させるため魔道具の起動準備を始める……







 ◆ ◆ ◆






 足音すらも立てず、気配も断って外から一つの部屋へと忍び寄るのは二人の影。暗闇で目立たないように黒一色を纏い、顔も目以外を隠した暗殺者だった。裏ギルドに所属している二人にとって九歳の子供を暗殺するなど簡単すぎて欠伸も出るような仕事だ。

 今回は雇用主の要望によって三流暗殺者を装い、わざと掴まって嘘の証言をするように依頼されている。貴族間のドロドロとした情勢に巻き込まれた状態だが、裏ギルドだけあってこんな仕事も少なくない。

 仕事が仕事だけに気分は良くないが、彼らはそれを割り切れるだけの精神力と経験を積んでいた。



(この窓か?)

(間違いない。この窓の奥から子供の気配がする)



 手話によって音もなく会話をする二人。

 夜目が利くように訓練されているので、暗い中でも問題ない。むしろ月一つない今夜は暗殺者にとって非常に都合の良い日だと言えた。

 さすがに貴族の邸宅に侵入するのは憚られるので、一応外から窓を破って仕事をする予定なのである。



(窓を破る。警戒を頼んだ)

(任せろ)



 暗殺者の一人がガラスを切る道具を取り出して窓に小さな切れ込みを入れる。このまま腕が通る程度の穴を開けて、それを使って内側から鍵を開けるのだ。

 そしてもう一人は警戒をする。

 今回はターゲットの家が雇い主の家というややこしい状況ではあるが、屋敷の警備にまで二人の情報が及んでいるわけではない。あくまでも裏ギルドへの依頼は内密のことであり、警戒しておかないとウッカリ見つかって通報されることも考えられる。

 わざと捕まるのも依頼の一部だが、それは暗殺を成功させてからの話だ。



(開いた。殺るぞ)

(ああ)



 簡単に手話で意思疎通をしてから二人はルカの部屋へと侵入する。

 プロである二人は気配を感じ取ることも容易く、ターゲットの子供がベッドで熟睡している事はすぐに感知できた。そしてその隣には従魔の氷晶鳥がいることも確認できる。

 たとえ相手が子供でも必ず二人一組以上で暗殺に挑むのが二人の所属する裏ギルドのルールだ。そこには油断も隙もない。



(情報通りだ。従魔は殺すなよ)

(分かっているさ。魔物は気配に敏感だから気を付けろ)

(言われなくても大丈夫だ)



 窓を開錠した暗殺者の男は油断なくルカのベッドへと近づいていく。隣で眠っている従魔を起こさないように最大限の努力で気配を断ち、音もなく黒塗りのナイフを取り出した。

 確殺できるように毒を塗っているため、自分も取り扱いに気を付けなければならない。だがプロである彼がそんな初歩的なミスをするはずもない。

 男は優しい寝顔の少年の心臓の位置を見極め、小さくナイフを振り上げた。



(悪いがこれも仕事だ。生まれ変わったら幸せになるんだな)



 殺しておきながら勝手だとは思うが、これは自分に対する免罪符。

 最後に相手の幸せを小さく祈ることで自分の精神の安定を図ってきた彼のルーティーンだった。

 そして彼は躊躇いなくナイフを振り下ろす。

 彼の相方も背後で周囲を警戒しつつもその様子を眺めていた。



(これで今日の仕事は半分終わりだ。後は適当に捕まって―――へっ?)



 呑気な思考をしていたもう一人はナイフを振り下ろそうとしていた相棒が視界から消えたことに驚く。一瞬のことであり、慌てて何が起こったのかと周囲を確認した。

 そしてその状況に言葉を失う。



「嘘……だろ……」



 声を出すなど暗殺者として失格だ。

 だがそんなミスをしてしまうぐらいに彼は動揺していたのである。

 ナイフを振り下ろしてターゲットを殺す寸前だった相方は黒い何かに貫かれて宙に浮き、大量の血を滴らせていた。無駄な音を立てないように身体に張り付くような服を一枚来ているだけなので防御力などない。だが不意打ちの攻撃にも対処できるような訓練は積んでいる。それにもかかわらず、相方は一瞬の隙で黒い何かに心臓を貫かれ、即死していた。

 そしてその黒い何かの根元を追って見ると……



(ターゲットのベッドだと? まさか自動迎撃の魔道具か!)

「んぅ……んん」

(拙い。ターゲットが目を覚ます!)



 ベッドから声が聞こえたため暗殺者の男は咄嗟に毒ナイフを投げる。

 相方を殺した謎の攻撃のことがあったので、迂闊に近寄りたくなかったのだ。だがそのナイフは漆黒の物体に弾かれてしまった。まるで触手のように器用に動いてナイフを叩き落したのである。

 その際に相方を貫いていた部分が引き抜かれ、支えを失った死体はそれなりの音を立てて床に落下してしまう。

 ドサリッ!

 そんな音が水面に雫を落としたかのように響いた。



「う……うーん。え?」



 流石の九歳児も大きな音を立てられては目を覚ましてしまう。それに慣れない血の匂いがルカの鼻を刺激して、一気に目が覚めてしまった。

 そして咄嗟に枕もとの明かり魔道具を点けて状況を確認する。

 訓練など受けていないルカには暗すぎたからだ。



「これは……なに?」



 ルカは黒装束の男と、血を流して地面に倒れているもう一人の黒装束を見てそう呟く。そして賢い彼はすぐに昼間のセイの言葉を思い出した。



「まさか暗殺者?」

「チィ!」



 暗殺者の男は拙いと判断してターゲットを即座に殺すことにする。相方が死んだのは痛いが、所詮は裏ギルドなのだ。こういったことも少なくない。任務の地で仲間の死を嘆いていては自分も殺される。謎の黒い物体のことは不明だったが、今はその姿を消しているためチャンスだと思ったのである。

 男はナイフを投げてしまったので武器を失っている。そこで首を折ることを決断した。

 だがそんな風に気配を荒立ててはもう一体の守りを起こしてしまう。



「キイィィィィイッ!」

「アルク?」



 ルカの従魔である氷晶鳥アルクも起きて迫ってくる暗殺者に冷気を放った。高密度の氷属性魔力から放たれた冷気であり、暗殺者は一瞬だけ足を止める。しかし暗殺者という職業は自分の命に代えても仕事を全うする訓練すらしているのだ。この程度は本当に足止めにしかならない。男はすぐにルカの方へと再び走り出そうとしていた。

 だがその一瞬の隙さえあれば十分。

 ルカはセイの言葉を思い返し、ベッドに置いていた例の短剣を両手に持って叫んだ。



「助けて!」

『是。王の命令により少年の要請を実行します』



 アビスの声。

 それは思考リンクネットワークを通してのみ聞くことの出来る機械的な声だ。そのためこの声は全てのアビスと、主である魔力の精霊王セイ=アストラルにだけ聞こえていた。

 そして別の場所―――

 大量のドラグーンが眠っている厩舎の近くへと侵入していたセイは、その連絡を受け取ってアビスへと小さく答えた。



「頼んだ。王都の外で落ち合おう」

『是』



 そして魔王は動き出す。





主人公が活躍しない……

そろそろ裏の動きとかも明かしていきたいです

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[一言] 助けて!って言われて「是」なの?
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