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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
27/123

27話


 魔王認定されて早くも数か月経つセイは呑気にも王都ムーラグリフの公園で読書をしていた。とても魔王とは思えないセイの所業だが、こうして紛れてしまえば意外とバレないものである。変に考えずに堂々としていれば王都の警備をしている第二騎士団に目撃されても職務質問さえされない。

 黒いローブという恰好ではあるが、北方の地域では珍しくも無いからだ。これでフードを被って顔を隠していたら多少の尋問はされたかもしれないが、セイは大胆にも顔を晒していたので逆に問題にされなかったのである。



「あ、セイさん」

「ルカか。今日も来たんだな」

「はい」



 このセイとルカの組み合わせも今では珍しくない光景となっていた。毎日のように同じ公園で同じ二人が出会っているのだから目立っても仕方ないだろう。尤も、その光景を見ている住民は、まさか黒ローブの少年が魔王だとは思わない。単に微笑ましい一幕だと認識していつも通りの生活を送るのだ。



「今日は何の本を読んでいるんですか?」

「これか? これは数学の専門書だ。結構面白いぞ」

「数学ですか。僕も得意です……って何ですかこれ? こんなの学者の領分じゃないですか」

「趣味みたいなものだからな……」

「昨日は魔素学の最新研究に関する本を読んでましたよね」

「趣味だ」



 セイは以前に買った本以外にも多数の本を購入して学を深めている。より正確にはこの世界の技術レベルや科学レベルを知るためだ。その他にもこの世界での数学記号や物理用語などを理解するにも役立っていることに違いない。

 数学記号では積分を示す『∫』や微分を示す『dy/dx』、和を示す『Σ』など様々なものが存在している。そういった記号がこの世界ではどのように記されているのかを知るという意味で、専門書は非常に役立っていた。

 また地球にはなかった魔法に関する学術書というのもセイにとっては興味深い内容だった。特に自分の体を構成している魔素の性質に関する研究は有意義なものだったといえるだろう。自分で検証する必要が無い分だけ楽なのである。

 他にも精霊に関する研究もあったのだが、これは精霊を如何に効率的にエネルギー転換するかという内容だったので、途中で読むのを止めた。さすがに同族の殺し方やエネルギーの抽出法を詳しく学びたいとは思えなかったのである。



「セイさんって何者なのか未だに謎ですね……」

「しがない魔宝珠職人ということにしておけ」

「凄く適当な返し方です」

「ピィィ!」



 同意! というニュアンスで氷晶鳥のアルクも鳴く。

 こういった特に何でもない会話をするだけなのだが、ルカはアルクを伴って毎日のようにセイに会いに来ているのだ。



(やっぱり寂しいって気持ちがあるのかもな。家では会話してくれる人がいないみたいだし)



 セイはそんなことを思いつつルカとの会話に応じていた。

 ルカ……本名ルキウス・アルコグリアスは第五位階爵の貴族位の次男だ。普通ならば不自由な生活を送ることもなく、こういった公園に来る場合でも護衛が必須となる。しかし、氷晶鳥アルクを従魔として生み出した際にルカは魔力の最大値を殆ど消費してしまった。魔力だけを与えれば良かったはずなのだが、ルカは魔力の器ごと与えてしまったのである。

 結果としてルカは魔力の大部分を消失し、家族や使用人から疎まれるようになった。九歳でしかないルカにとって、普通に話してくれるセイは無くてはならない相手になりつつあった。



(ルカに関して色々とキナ臭い動きもある。注意するに越したことはないか)



 セイとしてもルカと接する内に情のようなものが湧いて来たらしい。この国は滅ぼすと決めているが、ルカのことは助けてやりたいと思っていた。自分でも甘いと感じてはいるが、セイは人を殺し尽くしたいと思っているわけではない。要はバランスを取ることが出来れば良いのだ。

 人類が世界を支配して好きなようにしている状態をどうにかできれば良いのである。具体的な目標としては、精霊を助け、竜たちを保護していくことだ。また世界の各地で迷宮を生成して適度に魔力を生命エネルギーとして竜脈に戻していく必要もある。

 その過程として、このアルギル騎士王国は滅ぼすことにしたのだ。

 一度国を滅ぼしてリセットする。

 人は皆殺しにせずに、それなりの数を生かしてもう一度正常な建国をさせるのだ。



(そのためにはルカを王にするのもアリかもな)



 九歳の子供に何をさせようとしているのかと呆れられるような考えだが、生憎それを注意してくれるような人物はいない。アビスに集めさせている情報から王都ムーラグリフで起こすべき行動を考え、さらに国を陥落させる作戦を進めていた。

 誰にも気づかれることなく実行されている水面下での動き。

 霊峰に出現させた魔王城クリスタルパレスを攻略させているうちにセイの方でも国を落とすために色々と種をまいているのだ。



「セイさん?」



 少し考え事に没頭していたセイにルカは首を傾げながら名前を呼ぶ。それに気づいたセイはパタリと本を閉じて懐から何かを取りだし、ルカへと突き出した。



「これを持っておけ」

「これは……ナイフですか?」



 唐突にセイが差し出したのはどこにでもあるようなナイフだった。装飾はあるが、それでも実戦を考慮した扱いやすい形状をしている。少なくとも貴族たちが儀礼用などで使用するナイフではない。

 もしもそういった儀礼用ナイフを手渡したならば、ルカは自分の身分がバレているのではないかと疑っていたことだろう。そうすれば何か裏があると疑って後ずさっていたかもしれない。。

 だが差し出されたのは実践でも使えるナイフ。

 セイがそれを真面目な顔つきで渡すということの意味を理解しかねていた。



「ルカの身を守ってくれるナイフだよ」

「僕は戦う技術を身に付けていないのですが……」

「持っておけ。アルクのためでもあるから」

「アルクの?」

「キィ?」



 ルカはセイの言っている意味が分からずに首を傾げる。アルクも自身の名前が呼ばれたことには気づいたが、ルカと同じく首を傾げてセイを見つめていた。そんな兄弟のような反応が面白くてセイも思わず苦笑してしまう。

 だが再び真面目な顔に戻って口を開いた。



「今夜はアルクを近くに寄せて眠るといい。それと必要な荷物もまとめて近くに置いておけ」

「それって……」

「俺の勘だ」



 ルカはハッと息を飲む。

 九歳の子供ではあるが、ルカは高度な教育を受けている貴族の一員だ。セイが言わんとしていることは十分に理解できる。

 セイが言っているのは即ち『ルカの襲撃、暗殺』だった。

 逃げることの出来る用意をしておけと言われればそういうことである。

 そしてルカには自身が暗殺される理由に心当たりもあった。



(まさか父上が? でも……)



 アルコグリアス家で氷属性魔力を失ったルカは役立たずだと認識されている。貴族としての体裁で次男としての扱いは受けているが、それは教育や生活に関することだ。実態としては邪魔者を見るようにして扱われている。

 そして同様の理由で他の貴族一家などから狙われることも有り得ない。

 優秀すぎるゆえに、家の力を下落させる目的でルカを殺害するならば他家にも容疑はかかるが、役立たずの次男となればアルコグリアス家当主であるロメリオ・アルコグリアスしか有り得ないだろう。そしてルカを暗殺したとしても、第五位階爵の地位を使えばどうとでもなる。それこそ全く無関係な貴族に容疑を押し付けて没落させることすら可能だ。一応はアルギル騎士王国内で三番目に地位のある貴族位なのである。

 優秀ゆえにその答えに行きついたのだが、やはりルカはまだ子供でしかない。動揺して、セイがルカの家の事情について何か知っている風だったことには気づいていなかった。



「ルカ。お前は家族とアルクならどっちを取る? どちらと共に生きていきたい?」



 悩んでいる様子のルカにセイはそう問いかける。

 差し出されたナイフを受け取るかという問題もあるが、それ以前に自らの命の危機の可能性について語られているのだ。悩まないはずがない。

 そんな時に唐突に与えられた質問はルカを一瞬戸惑わせたが、ルカはすぐに答えた。



「アルクです」

「キュイピィ!」



 アルクもバサバサと羽を広げながらルカの肩の上で嬉しそうに鳴く。ルカもそんなアルクを撫でながら微笑んでいた。

 そんなルカにセイはもう一度ナイフを強く差し出してこう言った。



「ならばこれを持っておけ。いざという時に役立つ」

「……はい」



 ルカは恐る恐ると言った様子でナイフを受け取る。鞘に入れられたナイフは九歳の手には重く感じる。ルカは試しにナイフを抜いてみようとしてマヌケな声を上げた。



「あれ? 抜けない?」

「キュイン?」



 力を込めてみるが、やはりナイフは鞘から抜ける様子が無い。頑張ってナイフを抜こうと力を込めているルカを見るのは中々に微笑ましい光景だが、セイもこれ以上は意地悪だと判断してネタをばらすことにしたのだった。



「それは初めから抜けないようになっているぞ」

「え? ええぇ……そうだったんですか。それってナイフの意味があるんですか?」

「そもそもルカはナイフなんか使えないだろう? それはまぁ……魔術的な意味での道具だから、それを振り回す必要はない」

「それは初めに言ってくださいよ」



 恥ずかしそうにルカは抗議するが、セイは軽く受け流す。

 ルカには魔術的なナイフだと説明したが、これは完全な嘘だ。このナイフはアビスの擬態なのである。そのため鞘から抜けるという構造が存在しないのだ。

 アビスは擬態の際に色までは再現できないのだが、全く動かないものについては例外となる。セイが使っていた巨大化する深淵剣アビス・ブレードや生物擬態のように動く擬態については黒一色となるが、全く動かないナイフ程度ならば色まで再現できるのである。



「そのナイフが使われればお前は命を狙われても死ぬことがない。その代わりにこの国に帰ることも出来なくなるかもしれないけどいいか?」

「アルクさえいれば僕は構いません。僕に居場所はありませんから……」

「キュイイ!」

「ホントに九歳とは思えないぐらいしっかりしているなぁ」



 五歳の頃、氷晶鳥アルクを生み出してからずっと疎まれ続けてきたルカは精神的に大きな成長をしていたのだろう。また信頼できたのがアルクだけだったという部分もある。

 意外にもあっさりとセイの言葉を受け入れたのだった。

 それにルカとしても何かを予感していたのだろう。

 いずれは処分されてしまう可能性も頭の片隅にはあったのだ。



「じゃあ日も沈みそうだし、今日はこれぐらいにするか」

「はい。今日もありがとうございますセイさん!」

「ピィッ!」

「ああ、今夜は特に気を付けろよ」



 最後にそう言葉を交わして別れる。

 ルカはアルクを伴いつつアルコグリアス家の屋敷の方へと帰っていったのだった。そしてセイはもう一度本を開きつつ今夜の予定を考える。



(今夜で王都生活も一旦切り上げかな。まずはルカを味方に引き入れる)



 そんなことを考えつつ、セイは『偏微分と二次曲面』に関する書物を読み進めるのだった。







意外と科学レベルの進んでいる世界設定。

いずれは量子学の分野も出していくつもりです。

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― 新着の感想 ―
[一言] マンガから入って原作読み始めました。 今一気読み中です。 めちゃ面白いです。
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