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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
穴熊囲い~アルギル騎士王国編~
25/123

25話


「それで君の名前は?」



 白髪の少年が少し落ち着いたところでセイが訪ねてみる。いつもなら名前を聞くなんてことはしないはずだが、従魔を友達と呼ぶ彼に少し興味が湧いたのである。

 すると少年はセイの質問に答えるために向きなおり、従魔を両腕に抱いて自己紹介を始めた。



「僕はルカです。この子は氷晶鳥のアルクといいます」

「そうか。家名はあるのか? 結構いい身分なんだろ?」



 セイはルカの服装が非常に良いのを見てそう質問したのだが、それを聞いたルカは途端に表情を曇らせてギュッとアルクを抱きしめた。地雷を踏んだと察したセイは慌てて取り消す。



「あー、答えたくないならいい。単なる興味本位だから」

「す、すみません」



 申し訳なさそうにするルカを見てセイは苦笑する。セイもアルギル騎士王国の様々な都市に潜入していく中で身分の高い人物を何人か目にしてきた。低く見られないように見栄を張るという意味もあるのかもしれないが、そう言った高貴な人物はやはり傲慢な態度の者が多く、子供であったとしても使用人に対して偉そうに命令をしていた。

 だがルカはどうみても身分が高いとは思えない恰好のセイに対しても礼儀正しく接している。黒いローブで身を包んだセイの恰好は珍しいということはなくとも、高貴な服装ではない。北方の寒い国ゆえにローブを外套として纏うことは普通のことなのだが、貴族などの身分が高い人物は装飾の施された白ベースのローブを着用するからだ。黒一色のセイとは正反対である。

 だがセイはルカのそんな態度に更なる好感を懐いていた。



「ルカ……と呼んでいいか? それともルカ様とでも呼ぼうか?」

「いえそんなっ! ルカで構いません」

「わかったよ。ルカはいつもこの公園で遊んでいるのか?」

「いつもではありません。ですが天気がいい日は来ていることが多いです」

「へぇ。今みたいにアルクと遊ぶのか?」

「はい」



 見た目は十歳にも満たないようなルカ少年だが、その受け答えはしっかりとしている。やはり結構な身分であり、幼い時から教育を受けていたのだろうと分かる。

 だがそんな年齢から高度な教育を受けさせることが出来るとすれば、やはり貴族位の中でもかなり位の高い部類になってくる。余程の大商会の子息ならば可能かもしれないが、どちらにせよ十歳に満たない子供を一人で遊ばせるわけがないのだ。必ず護衛が付いているハズである。

 セイは試しに魔力の感知範囲を広げてみたが、こちらを窺っている人物はいない。たまにチラチラと視線を向けてくる者ならいるが、彼らは監視しているわけではないだろう。すぐに興味を失ったかのように視線を戻すからだ。

 そんなちぐはぐな印象を受けるルカに対し、セイは質問を続ける。



「アルクとはいつからの付き合いなんだ?」

「えっと……僕が五歳のときからなので四年です」

「結構長いんだ」

「はい。ずっと友達です。僕の言うことは聞いてくれるので普段は他人に体当たりなんかしないはずなんですけどね。今日はちょっと驚きました」



 腕に抱えたアルクを撫でながらルカはそう語る。撫でられたアルクは気持ちよさそうに喉を鳴らし、モゾモゾと身動ぎしていた。

 そんな光景を眺めつつセイは少し思案する。



(アルクは氷晶鳥っていう魔物だったか。魔物目録インデックスには乗ってなかったから新種だな。多分だけど俺が魔力の精霊王だって感じて近づいてきたんだろ)



 本来ならば魔物は魔王によって生み出される存在だ。魔力核ダンジョンコアを制御し、莫大なコストを支払うことで従魔を生み出す技術が確立され、氷晶鳥アルクもそうして生み出された。だが魔物だけあって魔王を感じ取ることは出来るのだろう。それでセイの体に飛び込んできたのである。



「そういえば……あなたの名前は何なのですか?」

「ん? 俺か?」

「はい」



 突然質問を返してきたルカのおかげでセイは思考の海から引き上げられる。そしてまだ名乗ってなかったことを思い出して口を開いた。



「俺はセイだ」

「セイさんですね。どんなお仕事をされているんですか?」

「仕事?」

「え……? でもベンチに座って本を読んでましたよね。それに道具袋に本を仕舞っているみたいでしたから、それらを買えるってことは結構稼いでいるということですよね」



 どうやらルカはセイが本を読んでいたところも、本を道具袋に仕舞ったところも見ていいたらしい。それに九歳にしてはかなり頭の良い考察をするものだとセイは感心した。

 だが悠長に感心している暇はない。

 セイが買った本や道具袋は金を稼いで手に入れたわけではないのだ。少し特殊な細工をした金貨を作り、それをばら撒く目的のついでに本や道具袋を買ったに過ぎない。しかしそんなことを正直に言えるはずもないため、セイは一瞬だけ思考リンクを使った高速思考会議を起動させた。



(金を稼ぐ手段に情報求む)

『一般的には商売が挙げられます。店舗を持つ規模の商人ならば道具袋を個人で所持しても不思議ではありません』

『また騎士も安定的に給料を得られる職業のようです』

『鍛冶や錬金術などの特殊な技能所持者ならが高給取りも存在します』

『薬草採りは貧困者が多いようですが、大規模薬草農場を経営して儲けることも可能なようです』

『傭兵も有名な一団ならば稼げます』

『宝石などを加工する嗜好品産業もあります』

(取りあえずその辺で。騎士と傭兵と農場主は取りあえず却下で。調べられたらすぐにばれる。商人が良さそうだけど、商会を持つのに規定とかある?)

『商会はそう名乗ることで商会なります。税のために、商会を開いて商売をしたいと国に申請する必要があるようです。もしも申請をしなければ脱税とみなされて重罰を受けます。ただし、自分の持ちものなどを個人的に売る程度ならば問題ないようです』

(よし、それならあの魔術が使える。流れ旅人で珍しい宝石を売り歩いている線でいく。アビスたちも情報収集を続けてくれ)

『是』



 時間にしておよそゼロコンマ五秒。

 アビスを鳥や都市に馴染む動物へと擬態させて情報収集させておいたのが役に立った。初めて城塞都市リンデルへと侵入したときから様々な都市を巡り歩いてアビスを撒いてきたため、大抵の情報は集まってくるのである。

 情報は思考リンクネットワークで管理しているので忘れたりすることがないし、情報を集めていたアビスが殺されても情報は残るのである。演算領域を一部割いて記憶用の領域を作っておいた成果だった。ますますコンピューターネットワークに近くなっているが、便利なのでセイは自重するつもりがない。

 そしてセイはアビスとの高速思考会議を終えると、前開きになっている漆黒のローブの内側に手を入れて何かを探すふり・・・・をし、その何かを取りだしてルカに見せた。



「俺はこれを売って生活している。特に決まった仕事がある訳じゃない」

「これは……凄い!」



 セイが見せたのは直径五センチほどの球状物体だった。

 だがただの物体ではなく、それは淡い光を帯びて青白い色を発している。内部には星が散りばめられたかのように結晶が模様を見せており、小さな夜空を見ているような宝珠だった。



「魔宝珠ですね。こんな大きなものは見たことがありません!」

「そうなのか?」

「当然です。売れば十年は暮らせますよ」



 セイは困ったような表情をしていたが、その手にある魔宝珠を見たルカは興奮気味でそうまくし立てる。魔宝珠とは魔物の核である魔石を研磨し、特殊な加工を施すことで得られる魔法材料だ。魔術師が杖の先端などに付けているのも魔宝珠であり、魔力の伝導率や魔法の生成速度が上昇する。

 魔石とは少量の魔力と意思を圧縮したモノなので、魔力を通じて意思のままに現象を顕現させる魔法と相性がいいのだ。

 そして研磨してから特殊加工する際に、魔宝珠は著しく小さくなる。平均的な魔石の大きさは直径十センチほどなのだが、加工することで直径三センチ以下になってしまうのである。

 だからこそセイが取り出した魔宝珠の大きさにルカが驚いたのだ。



(まぁ、本当は魔宝珠じゃないんだけどな)



 セイが取り出したのは魔宝珠ではなく、無属性魔法《魔晶》で生成した謎物質である。実は構造としては魔宝珠と同じなのだが、こちらは初めからセイが制作したモノなので大きさが桁違いとなるのだ。それに魔力を使えば使うほど大きく出来るので、直径五センチでもまだ余裕がある。

 この魔晶珠は魔素に一定の結晶構造を持たせて配置させることで生成され、規則正しい結晶構造など無い魔石を加工することで結晶構造を持たせる魔宝珠よりも性能が上なのだ。

 そしてこの魔晶珠は失敗作でもある。

 元々、セイは無属性魔法を使って武器を作れないかと考えていた。《障壁》の魔法は物理・魔法の両面で防御性能を持っているため、物質的な要素を含んでいることが分かる。つまり《障壁》の要領で武器の形に整えれば作成可能ではないと思ったのである。

 そうして試しに簡単な球状の物質を作成した結果が魔晶珠だった。

 しかしこの魔晶珠は非常にコストパフォーマンスが悪かったのだ。魔力の精霊王であるセイが三割以上の魔力を消費して初めてバスケットボールサイズになる。剣などを作成するとすればもっと大きな体積を必要とするので、それならばアビスを武器として使った方が遥かに良い。何もない所から武器を出せるというのはアドバンテージだが、これほど燃費が悪いならば使えない。

 そうして出来た失敗作の魔法《魔晶》は、こうして綺麗な宝石を出す魔法となったのである。

 だがそんな失敗魔法がこんな場所で役に立つとは思わなかったセイは自分でも少し驚いていたのだった。



「まぁ、こいつのおかげでお金には困らないよ」

「凄いです。こんな大きな魔宝珠を作る技術はどこで勉強したんですか?」

「俺のオリジナルだよ。これ秘密な」



 魔晶珠を魔宝珠として見せたことでルカは尊敬の目でセイを見つめる。どうやら超絶的な秘術を持っている凄腕の魔宝珠職人だと認識されたらしく、セイは選択をミスしたのではないかと思い始めた。

 ルカが高貴な身分だとすれば、恐らくセイの魔晶珠の情報は親、つまりそれなりの有力者へと伝わる可能性が非常に高い。そうすると魔晶珠のためにセイが大捜索されることだろう。

 一応は魔王であるセイが目立つのはかなり拙い。特にセイの顔を見ている一部の騎士にバレるのはどうしても避けなければならないのだ。

 無駄かもしれないと思いつつ、話題を逸らすためにセイはルカに質問した。



「ルカは魔宝珠に興味があるのか? それとも魔法に?」

「え……? あ……その……」



 ルカは唐突に振られた質問に対して暗い顔をしつつ口籠る。どうやらまた地雷を踏んでしまったとセイは反省し、また取り消そうとした。

 しかし意外にもルカは少し遅れて質問に答える。



「僕はその……魔法が使えないので」

「あー、そっか。そういえばルカは魔力量が少ないな」

「はい……え? 魔力を感知できるのですか?」

「あっ……」



 思わずルカの魔力について感想を漏らしてしまったが、そういえば魔力を感知できる能力者は非常に稀だったと思い出す。油断していたとセイは気を引き締め直した。そして再び密かに思考リンクの高速思考で適当な言い訳を考える。



「えっとな。この魔宝珠を作るには魔力感知が必須なんだ。これも秘密な」

「そうなんですか?」

「まあね。ともかく他の人には言わないでくれ。口止め料にこれをやるから」



 セイはそう言って手に持っていた魔晶珠をルカに差し出す。ルカは目を見開いて驚き、左手でアルクを抱えつつ、そっと右手を伸ばして触れようとして再び引っ込めた。



「やっぱりダメです。こんな高価なものは貰えません!」

「まぁまぁ。貰っとけって」

「ダメですって」



 遠慮深い性格だとセイは思っていたが、この場合はルカの反応が正しい。セイが差し出している魔晶珠は売れば十年は暮らせる代物であり、そんなものをポンと渡そうとされれば遠慮してしまうのが普通である。自分の魔力をコストにしているので、セイにはその辺りの実感が沸かなかったのだ。

 セイはそんなルカの気持ちに気付くことなく、なら仕方ないとばかりに漆黒ローブの懐に手を入れて密かに無属性魔法《魔晶》を発動させた。そして直径二センチほどの魔晶珠を作成し、そちらをルカの方に差し出す。



「それならこれでどうだ?」

「魔宝珠そのものが高価なのですけど……わかりました。これ以上断るのも失礼ですし」

「じゃあ契約成立ってことで。口止めよろしくな」

「はい。もちろんです」

「キュインッ!」



 ルカだけでなく氷晶鳥アルクまでもが高く鳴いて返事をする。

 そうして打ち解けたセイとルカ、そしてアルクは日が傾くまで他愛のない話をするのだった。








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