23話
後半にグロ表現アリ。
アルギル騎士王国の王都ムーラグリフにある王城では、連日会議が行われていた。しかもただの会議ではなく、国の幹部を集めた最上級の会議である。そこには当然ながら国王ペルロイカ・アルギルも参加しており、その議題の重要さを語らずして語っているように思えた。
「だから俺が出陣すると言っているだろう。魔王など俺の剣で切り裂いてくれる」
「ダメです王よ。所詮は魔王と言っても、すでに五千人近い騎士を葬っています。奴の魔物の能力や正体も掴めておりませんから危険です」
「そんなものはどうとでもなる。俺の強さを忘れたか?」
しかし実際の内容は、国王ペルロイカが魔王を倒しに行くと言っているのを諫める会に過ぎない。既に被害を算出したり、騎士を再編したりする会議は終了していたからだ。
この数日の間で行われている内容は、魔王城クリスタルパレスの攻略と銘打ちつつも、実態としては我儘な国王を説得するための話し合いなのである。
「王よ。かの魔王城は暖房の魔道具すらも通用しない極寒の地となっています。唯一、霊峰の内部にある巨大迷路から侵入できると考えられていますが、その大迷路も現在は地図を制作している途中です」
「ならば俺が行って攻略してやるさ」
「だからお止め下さい。ご子息も幼いのですから、もしものことがあれば困ります」
「俺の実力を疑うのか?」
「そうではありません。私はこの国の大臣として僅かな可能性も見過ごすことが出来ないと言っているのですよ。王ならば魔王の一匹や二匹を葬ることは容易いと思っていますから」
そう言って溜息を吐いたのはアルギル騎士王国で内政を担当している大臣だ。国の内部についての政治的な事柄に対応すると同時に、暴走しがちな王を諫める役目もある。
多くの騎士を失ったことで、その遺族に対する金銭などの支払いや、それに伴う不満などを解決したばかりであり、その上で出陣すると言って聞かない王を諫めるのは心労の溜まることである。
「内務大臣ミハイル・ブランドンよ。お前は俺を信用できないのか?」
ペルロイカにそう言われて言葉に詰まるミハイル。アルギル騎士王国の国王であり、それと同時に国の最高戦力の一人でもある目の前の王は実力に関して信頼に値する。魔王どころか竜王すらも相手に出来る実力者だと知っているからだ。
だが魔王を倒すことと魔王の創り出した迷宮を攻略することでは意味が違ってくる。
内部で迷って脱出できなくなり、食料が尽きてしまえば餓死してしまう。戦闘力よりもそちらの方が遥かに心配だった。
「……せめて迷宮の地図が出来るまでお待ちください」
まさか国王ペルロイカに向かって言うことなど出来るはずもないのだ。
『あなたは方向音痴なので控えていてください!』
などと言えるはずがない。
そんなことは絶対に口が裂けても言えないのである。
不満そうな表情のペルロイカを必死に説得するミハイルの苦労が分かっているだけに誰一人として口を挟むことはない。
結局、ミハイルの涙ぐましい努力があってペルロイカの出陣を一旦思いとどまらせることが出来たのであった。
◆ ◆ ◆
「ふぅ……これもハズレでしたね」
そう言いながら書物を机に置いて背を伸ばす銀髪の青年。爽やかな見た目の彼が読書をしている風景は中々絵になるのだが、本人の表情には疲れが見て取れる。知性を感じさせる眼鏡を外し、彼は窓の外へと目を向けた。
「もう夜になっていましたか」
窓に映る自分の顔を見つけてそう呟く。
だがその顔は数か月前に比べると格段に痩せているように思えた。彼、リオル・ジェイフォードは参謀として霊峰攻略作戦に従事し、見事なまでに敗北して逃げ帰ってきた。そのことで多くの民衆や貴族から非難と嫌味の嵐を受け、さらに処罰として半年の謹慎を命じられている。
五千人近い犠牲者を出したにしては軽い処罰だが、これに関しては共に作戦に参加していた第五騎士団副長のジュリアス・アルコグリアスが庇ったためにこの程度となったのである。多くの犠牲者を出した件についてはジュリアスたちが魔王の《連装障壁》を破ることが出来なかったことに大きな責任があるのだと主張したのだ。
しかし事情を知らない一般民衆はそうもいかない。犠牲者の家族を中心としてリオルを非難する声は今も王城に届けられている。
さらに若くして軍事局第一参謀室室長の座についていることを妬んだ貴族たちからの嫌味は思わず眉を顰めてしまうような物ばかりだ。
この前も、
『おや、リオル殿。まだ王城におられたのですか?』
『ははは。私も既に責任を取って辞職されたものだと思っておりました。それで辞表はいつ頃に提出する予定なのですかな? そうそう。私の部下で第一参謀室の室長に相応しい頭脳を持った者がいるのですが、あなたの後釜にどうです?』
『おやおや。気が早いですぞ』
『これは失礼。ですが、その部下は多くの経験を積んだ英明な人物ですからな。彼ならば魔王など意に介さずに討伐する作戦を立ててくれますぞ』
などと言われたばかりなのだ。
このような頭の悪い嫌味を言っているのは権力の乏しい下級の貴族ばかりなのだが、こうしてあからさまに言われ続けると精神的に疲れが溜まってくる。
そもそも魔王の出現すら予想だにしない事態だったのだが、貴族という生き物は都合のいい攻撃材料を都合よく利用する生き物だ。そんな言い訳は通用しない。『魔王程度なら突如として出現しても倒せるでしょう?』などと言われるだけである。
そしてリオル自身もそんな言い訳をするつもりはない。
だからこそ、可能な限り魔王に関する文献を調べていたのだった。先程机に置いた本もその一冊である。
「やはり魔王アストラルは異常ですね。どの資料を調べても、あれほどの迷宮をいきなり創造したという話はありません。それに迷宮は徐々に成長していくという研究結果もあります。どうなっているのでしょうか」
リオルは魔王を直接は知らなかった。
せいぜいが物語に登場する程度であり、最低限の知識しか知らない。本来ならばエルフの国であるシルフィン共和国で捕らえられているため、これ以上の魔王は出現しないハズだった。それにもかかわらず霊峰に現れたのは本物の魔力の精霊王である。
後になって飛行船の旗艦に搭載されていた計器を調べ直しても、あの黒髪の少年の正体は魔王であると判断せざるを得なかった。
だからこそ古い文献を漁って魔王を調べ続けたのだが、やはり二百年以上も前の古い存在である故に情報が少ない。それに多くは魔王がどんな魔物を生み出したかしか記述されておらず、肝心の魔王の能力に関する詳しい記述は限られていたのである。
リオルが『ハズレ』と言ったのはこのことだった。
「そもそも一つの時代に魔王が二人いるというのが不思議な話です。まさか魔王が現れたぐらいで世界が滅びるとは思いませんが……嫌な予感はしますね」
だがリオルはすぐに首を振って自分の言葉を否定する。
「……少し弱気になっていたようです。問題はないでしょう。この国の戦力を考えれば竜王すらも容易に討伐できるのです。魔王を恐れる必要など有りませんね」
それは逃げ帰ってしまった自分に対する強がりなのだが、精神的に色々と追い詰められているリオルは全く気付かない。弱気になったのも疲れているからだと判断して立ち上がる。
「この時間は……城の食堂も閉まっていますね。今日はもう寝ることにしましょう」
リオルはそう言って部屋に備え付けられているベッドに横たわった。
謹慎のために用意された城の一室には大抵の設備が揃っている。さすがに浴槽は無いのだが、シャワー室は普通にあるし、トイレもベッドもある。食事は城の召使を呼んで食堂の食事を持ってきてもらうことになっているのだが、基本的にこの部屋に居れば一通りの生活は出来るのだ。
書物に関しては持ち込んだものであり、こうして謹慎処分を受けていることを利用して魔王のことを調べ続けていたのである。それが参謀として出来るリオルの罪滅ぼしだと考えたからだ。
だがそれも限界である。
初めての大失敗はリオルに大きなダメージを与えていたのだ。
「う……あぁ。ぐ……」
横たわって数時間後に部屋に響いていたのはリオルの呻き声。
数か月前の……魔王アストラルとの戦いを今でも夢で見ているのだ。画面の向こうで為す術もなく切り裂かれていく第一騎士団の者たちの叫び声がフラッシュバックする。黒い大剣を持った魔王が騎士たちを切り裂いて高笑いしている光景が映される。魔王は肉片を浴び、切り飛ばした騎士の首を持ち上げて血を啜る。そして首を切断されて死んでいるハズの騎士の首が画面の向こう側からリオルを睨みつけ、絶望の表情で口を開くのだ。
お前のせいで死んだんだ……
夢だと自覚のないリオルは必死で指示を出し続ける。あの時の戦いよりも遥かに必死で参謀としての役目を果たそうとするのだが、一つ指示を出していくにつれて画面の向こうで戦っている騎士が虐殺されていくのだ。周りも次第にリオルを責めるような目になっていき、次の瞬間には場面が変わって国王ペルロイカの御前で座らされている状態になる。
腕は後ろで縛られており、両脇からは槍を持った騎士に抑えられているという場面だ。さらに見渡せばリオルを囲い込むようにして国の重鎮も立っている。突然変化した光景だが、リオルにはこれが裁判の様子だと理解できていた。
全ては参謀リオル・ジェイフォードの責任だ。
彼が騎士団五千名を殺害したに等しい。
魔王如きに負けた愚かなる参謀。
この国には必要ない。
この世から消えるべき。
処刑だ。
死刑だ。
極刑だ。
誰がそういっているのかは分からないが、彼らの前に座らされているリオルにはそのような声が聞こえていた。誰一人としてリオルを庇う者は居らず、裁判は着々と死刑の方向へ進んで行く。
そして再び場面は変わり、リオルは処刑台で押さえつけられているのを自覚した。まったく物語の繋がりは無いのだが、夢の中ゆえに疑問に思うことなく状況を理解する。
そんな理解をしたと同時にリオルに近づいてきたのは一人の騎士。押さえつけられて地面の方を見ていたリオルはガチャガチャと鎧が鳴らす音でそれを知覚した。それと同時に、その騎士が自分の首を切り落とすのだと理解した。
リオルは自分を処刑する騎士の顔を見ようとして視線を上げる。頭も押さえられているハズなのに、なぜだか都合よく上を見上げることが出来ることについては疑問に思わない。
だがリオルは処刑のために近づいてきた騎士の顔を見ようとしたことを後悔した。
それは戦争の場面で魔王に首を切り落とされていた騎士の顔。首だけになって『お前のせいで死んだんだ』と口にした騎士の顔だったのだ。リオルはすぐに逃げようと体に力を込めるが、まるで全身に錘がついているかのように体が動かない。そして動かぬ体をどうにか動かそうとしている間にも、その騎士はリオルの首を狙って騎士剣を振り上げる。
一ミリたりとも動くことの出来ないまま目を上げると、騎士は剣を振り下ろす直前だった。
お前のせいで俺は死んだ。
ドロリと騎士の顔から眼球が零れ落ち、口や鼻や耳からも大量の血が流れ出る。そして騎士はリオルに悲鳴を上げさせる間もなく騎士剣を振り下ろしたのだった。
「うわあああああああああっ!」
ベッドから飛び起きて、そのままの勢いで転がり落ちるリオル。王城の一室だけあって敷かれている絨毯はリオルの体を優しく受け止めたのだが、リオルは転がったまま起き上がることが出来なかった。
そして首を少し傾けて日が差し込んでいる窓に目を遣る。
「朝ですか……」
酷い夢を見た気がしたが、リオルはその内容を忘れてしまっていた。
いや、忘れた方が良かったのかもしれない。
胸に残るモヤモヤとした何かは消えないが、あの悪夢の内容を覚えているよりかは随分とマシだろう。リオルも所詮は夢のことだと諦めて思い出すことを止めたのだった。
そして今日もリオルの後悔の一日が始まる。




