表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
受けの居飛車~霊峰の戦い編~
17/123

17話


 せいは騎士たちが思ったよりしぶとく生き残っていることを不審に思っていた。強い騎士によってアビスは数十体と葬られているが、それ以上の騎士たちを殺している。如何に十倍もの戦力差だと言っても、状況はすぐに有利となる計算だった。

 しかしせいの予想に反して未だに騎士たちは抵抗し続けていたのである。



(結構な致命傷ばかり与えているハズだけど……もしや回復できるのか?)



 地球の考え方で言えば、戦場では掠り傷を直すことも出来ない。相応の治療をして自然治癒を待つ他はないのだ。この世界では聖属性の魔法が治癒の効果を持っているため、戦場でも回復されることぐらいは予想していた。

 しかしそれはある程度の傷までだ。

 致命傷まで治癒できるとは考えていなかったのである。

 そしてせいは試しに隊長と思しき人物に苛烈な攻めを与えてみた。



「強いな……四体のアビスでようやく押し始めたか」



 せいが隊長と思ってアビスに攻撃を命じたのは第一騎士団副長のアレイルであった。あまり騎士団の位階に興味がなかったため、周囲に指示を出していることから偉そうな人物だと判断したのだ。

 もっともアレイルを隊長だと勘違いしたことはせいにとって何の意味もない。

 アビスはアレイルの隙を突いて左足を貫いた。

 そして痛みで動きが止まったところを四体のアビスがアレイルに切りかかる。だが、それを止めたのは別の四人の騎士だった。その隙にアレイルは何かの小瓶を取り出して一気に飲み干す。

 すると驚いたことにアレイルの傷が回復したのだ。



「なるほど。あれか。異世界製の薬ってところか? そういえば氷竜王がこの辺りに効果の高い薬草が生えているって言ってた気がするな」



 再びアビスに切りかかっていくアレイルを見ながらそう呟く。

 そしてあのような常識はずれな薬があるならば、騎士団が瓦解しない理由にも納得が出来た。



「さっきからやたら強かった三人が《障壁》を壊そうとしているし、時間はかけられないな。竜王の方も早く助けた方がいいだろうし。それに結界の外で抑えている騎士の方も限界みたいだな」



 せいは少しだけ見上げて極大多重魔法アルティメットスペルによって開けられた大穴の付近を観察する。そこでは第一騎士団団長のシギル・ハイドラを始めとした有能な騎士たちがアビスの殆どを葬り去っていた。

 オリハルコン製の剣を振るうシギルにとっては鋼鉄へと変質したアビスを切り裂くことも容易く、彼一人だけでも五十以上は討伐していたのである。彼以外の騎士も鋼鉄すら切り裂ける技量の持ち主ばかりであり、アビスを相手に引くことなく戦っていた。

 その分だけアビスも成長するのだが、いかに成長率極振りでも急に達人クラスの技へと到達することはあり得ない。精々が十数秒ほど耐える程度だったのである。

 


「もう少し時間稼ぎが出来ればいいんだけど……贅沢を言っても仕方ないか。幾らか例の・・作戦の方にも演算力をまわしておくか」



 せいは戦場を観察することで騎士団の中でも強者と呼ばれる者たちに目途を付けている。それはジュリアスたち第五騎士団の三名を含め、第一騎士団団長シギルやその他の者たちだ。

 そしてせいは彼らにはまだ勝てない。アビスを強化しても勝てる可能性は低いと考えている。そもそも団長クラスや近衛騎士クラスともなれば竜王とも戦えるほどの強さなのだ。せいやアビスに勝てる道理はない。

 それに、今回の戦いはせいに何の準備もなく始まったもの。

 戦いが始まってから戦力を用意した程度で勝てるほど戦争は甘くないとせいは思っている。

 だからこそせいは相手に勝つための戦いは初めからしてない。

 この戦いは長い一局の中での場面の一つであり、今回は相手の攻勢を断ち切ればよいのだ。本当の勝利はその後で掴むのである。



(今は受けの態勢。騎士団を出来るだけ殺して手駒を確保し、来るべき本当の詰みの瞬間のために戦力を整えるのが先決だ。焦るなよせい



 そう自分に言い聞かせて落ち着けようとする。

 人を殺すという覚悟はしたが、不安が取り除かれたわけではない。思考リンクで築き上げた演算領域の一部を使って未だに悩んでいるほどだ。

 しかしこの戦いはゲームではなく、今ある現実だ。

 対価は自分の命。

 得るモノも自分の命。

 一秒たりとも油断は許されない。



「砕けろ!」

「はああぁっ!」

「《障壁》を解きなさい! 卑劣な魔王め!」



 第五騎士団であるジュリアス、ヘンリー、アンジュリーは絶え間なく竜殺剣ドラゴンスレイヤーを振るってドーム状に展開された《障壁》を破壊し続けている。

 破壊した瞬間に内側から新しい魔力壁が再生されるため、魔力消費は凄まじいが効果的な足止めをすることが出来ている。だが膨大な消費魔力も精霊王であるせいからすれば苦痛になる量ではない。



「殺られると知って《障壁》を解くかよ」



 せいは聞こえるはずもない音量で第五騎士団の三人へと言葉を向ける。そしてその言葉と同時に深淵剣アビス・ブレードを振り下ろし、最後の飛行船を両断した。

 やはり人数が多すぎたのか、最後に切り裂いた飛行船でさえ中に人が残っていたらしい。飛行船の残骸からは赤い液体が漏れ出し、白い霊峰の斜面を染めていた。

 いや、そんなことは今更である。

 何千という騎士が流した血は霊峰に積もった万年雪を紅く染め上げ、すでに不気味な死の山へと変貌させていた。そこに新たな屍の血が混じっただけなのである。



「死ぬまであきらめるな! 魔王を殺せ!」



 《障壁》に囚われている副長アレイルは喉が張り裂けそうな程の大声で全体を鼓舞する。

 全ての飛行船を破壊された瞬間を目にしてしまった騎士たちの士気は限りなく低い。なぜなら飛行船なしでは霊峰の麓から中腹にかけて荒れ狂う吹雪を通り抜けることが出来ないからだ。

 そして地面には死体が大量に転がっており、その数は生きている者よりも多いことを自覚している。

 軍事的な意味では壊滅だと理解しているのだ。

 壊滅……

 この言葉は騎士たちの士気を限りなく下げる。

 そしてこれ以上士気が下がれば覆せる状況も覆せない。



「立ち上がれ勇敢な騎士たちよ! 邪悪なる魔王を許すな!」



 アレイルは必死に声を出しつつ剣を振るい、魔法を発動する。しかし混乱する多くの騎士がアビスの不規則な攻撃に貫かれて絶命することになっていた。

 アビスも騎士の動きを学習して最適化を繰り返し、徐々に力を付けている。

 そしてアビスは総勢数百体もいるのだ。学習速度も数百倍となる。実力の低い騎士は既に相手にもならず、それなりの実力者でさえ勝てなくなり始めた。

 もはやアビスを倒せるのはアレイルの中隊に所属する少数の高位実力者のみだ。

 せいとアレイル。

 二人は声を重ねてそれぞれの部下に向かって叫ぶ。



「騎士を殺し尽くせ!」

「魔王を滅ぼせ!」



 せいとアレイルの思いは一致している。

 お互いに殺意を持って相手に挑んでいるのだ。

 敵を殺すという感情で二人は完全に一致していたのである。



「《蒼華爆炎アウターフレア》」



 アレイルは炎属性と爆属性を混ぜた複合魔法を放つ。

 炎の温度を極限まで上昇させ、青白い炎にまで極めたアレイルの切り札の一つ。魔法師団とも呼ばれる第三騎士団の団員にすら劣らない高レベルの魔法だった。

 しかしそれを向けられたせいは冷静に対処する。



「無駄だ」



 数千発と魔法を向けられたせいには既に魔法に対する恐れなどない。飛来してくる蒼色の火球に右手を向け、圧倒的な演算力で魔素の制御を奪い取った。

 そして一瞬にしてアレイルの《蒼華爆炎アウターフレア》を消し去ってしまったのだった。



「そろそろ魔力が溜まってきたかな? 《魔物創造アビス・クリエイト》」



 更なる絶望がアレイルに襲い掛かる。

 一体一体を着実に倒していた彼らの努力を嘲笑うかのように出現する百体以上のアビス。既に生き残っている騎士は千と少しだけ。今回の《魔物創造アビス・クリエイト》でアビスの合計は六百体を越えようとしていた。

 アレイルたちの奮闘で百体以上のアビスを葬っているのだが、増える速度の方が早い。せいによる詰みの手順は完全に機能していたのである。



「……これまでか」



 ギリリと歯軋りしながら悔しそうに呟くアレイル。

 数多の魔物を倒し、騎士として努力を続け、才能のままに第一騎士団副長にまで上り詰めたアレイルも、この状況には心が折れてしまっていた。

 いや、アレイルは最後まで耐えた方だ。

 剣の届かない場所にいる魔王。

 魔法の効かない魔王。

 殺戮の魔王。

 漆黒の魔物を召喚し、仲間の騎士を殺し尽くそうとしている魔王に対して畏れを抱かないハズはない。アレイルは指揮をとる立場としての責任とプライドで辛うじて奮い立っていたに過ぎない。



(くっ……魔王如きに無様なっ!)



 アレイルは少年のような風貌の魔王を睨みつけて強く剣を握る。

 剣を握る手からは血が滲み、彼の悔しさがどれほどかを表しているが、そんなアレイルに向かってせいは無慈悲な一撃を繰り出そうとしていた。



(あの隊長っぽい奴に全方向から一斉攻撃。確実に仕留めろ)

『是』



 四体のアビスはせいの要請に応えるべくアレイルを取り囲む。そんなアレイルを守るために彼の部下が立ち塞がり、一斉に盾を構えた。



「副長を守れ」

「絶対に攻撃を通すなよ」

「あの針みたいな攻撃は盾で防げる。よく見るんだ」

「分かっているさ」



 そう言いつつ騎士盾を構えてアビスの攻撃である黒い針に備える。ダークマター体を変形させ、鋭い針のように身体を伸ばして相手を貫く不意打ちの技は多くの騎士を屠ってきた。予備動作が無いゆえに回避が難しく、実力のある騎士でなくては生き残れない。

 しかしアレイルを守るべく盾を構えた四人の騎士は熟練の騎士たち。アレイルが特に可愛がっている部下たちだった。盾でアビスの攻撃を防ぐ程度は訳ない。

 それが例え周囲を取り囲む大量のアビスによる一斉攻撃だったとしても、四人の連携ならば全てを防ぎきる自信が彼らにはあった。

 だがアレイルは目を見開いてそれを止める。



「馬鹿者! よせ!」



 しかしもう遅い。

 せいは思考リンクによって確立した超絶的演算能力で即座に判断を降し、四人の騎士による防御を打ち砕くための解を導き出した。



(指定座標点を指定時間で攻撃)

『是』



 せいは圧倒的演算力で最適な攻撃を指示し、アビスはそれに従った。

 ただそれだけである。

 しかしそれだけの行動がどれほど高度で有り得ないことなのかは攻撃を受けた当事者たちにしか分からなかっただろう。



「くっ! ぎゃあ!?」

「この……ぐふ、ごぼっ!? がはぁっ!?」

「そんなっ! うわああっ」

「何で!? 魔物の癖に……こんなっ」



 彼ら四人の連携は長年の付き合いによって築かれたもの。余程のことがない限りは打ち破ることは難しいだろう。それこそ団長クラスの絶対的な実力の持ち主や、数の差でもない限りは負けないぐらいに連携の自信があった。

 しかし連携という点においてはアビスは更に上を行く。

 思考リンクによるタイムラグも齟齬もない100%一致した最高の連携。それが最強の演算で導き出された解にそって正確に攻撃を繰り出してくるのだ。

 正面からの初撃は簡単に防いだ。しかし周囲を取り囲むアビスは右、左、上、下……と自由自在に計算され尽くした攻撃を繰り出し続ける。確実に力の入りにくい場所を攻撃し、盾を動かしたりお互いをフォローしなければならない状況を無理やり作り出し、ペースを一瞬にして奪っていく。

 あっという間に連携は乱され、鎧の隙間を穿たれて連携は崩れた。



「ゼンフィス! ヘイク! ジェス! グリッツ! ちくしょうおおおおおおおっ!」



 最愛の部下を目の前で殺された。

 漆黒の針で何度も突き刺され、苦しませながら殺された。

 世界の害悪たる魔王の配下の手によって無残にも殺されてしまった。

 そんな思いに支配され、折れてしまっていたアレイルの心は復活する。怒りという絶大な燃料を糧としてアレイルは決死の一撃を四体のアビスに向かって放った。



「しねえええええええええっ!」



 上空にいるせいにまで聞こえる声。

 怨念のような怒りを乗せたアレイルの剣は蒼い炎を纏い、四体のアビスを消滅させた。

 鋼すら蒸発させてしまう炎属性の魔法剣。

 魔力で保護されたアレイルの剣と彼自身は無事だったが、鋼の性質を持っているアビスたちは焼き尽くされてしまったのだった。



「ああああああっ! ……あああ……っ!」



 アレイルは言葉にならない声を上げて周囲を怒りの炎で焼き付くす。

 単純な炎の温度で換算すれば魔法師団の放った極大多重炎風複合魔法《蒼白龍炎砲アウトブルー・バースト》にも匹敵する。

 霊峰の万年雪を半径数十メートルに渡って蒸発させ、水蒸気爆発が生じたほどだった。

 ドゴンッ!

 そんな破裂音が響いて爆風が《障壁》で囲まれたドーム状の空間全体に広がる。

 そのほとんどはすぐに減衰していたが、真上に向かって生じた衝撃波だけは違った。

 凄まじい爆風による衝撃波はせいの無属性魔法《障壁》にぶつかり、その威力で《障壁》が完全に崩壊してしまったのである。



「ちっ! もしや気づかれたか?」



 せいは眉を顰めながら爆発の中心に立っているアレイルに向かって呟いた。魔力で身体を保護していたことであの水蒸気爆発を受けても生きているようだが、もはや虫の息だ。フラフラと数歩だけ歩いてついには倒れる。

 その口元はニヤリと笑っているように見えた。



(内側から再生し続けることによって余程の大魔法でもない限り外からの攻撃を防ぐ《連装障壁》。内側からだと簡単に破られることに気付かれていたか……)



 実際はただの偶然であり、アレイルは偶然にもせいに一矢報いれたことで口元を歪めていたのであるが、せいはそのことには気づかない。

 そしてそのことを考察している暇もない。



「ようやくだね魔王」

「第一騎士団をこれほど……なんて残虐な!」

「許せないわ。絶対に私たちで討伐してみせる!」



 低位竜に跨った三人の騎士。

 希少高位金属オリハルコンの鎧を纏い、混沌の魔剣である竜殺剣ドラゴンスレイヤーを手にしているアルギル騎士王国最強の騎士たち。

 その三人が空中で障壁を張って立っているせいを取り囲んでいた。



「魔王オオオオオオオオオオッ! よくも私の部下たちをオオオオオオオオオオッ!」



 続いて大地が揺れるような叫び声が響き、せいはビクリと反応する。驚いたのも確かだが、凄まじいまでの殺気を浴びせられてせいは少しだけ恐怖を感じてしまったのである。

 絶叫を上げて魔力と気配を荒ぶらせているのはアビスを駆除しつくした第一騎士団の団長シギル・ハイドラである。四千近い部下はせい、そしてアビスの手によって殺し尽くされており、魔王の結界が張られていた場所は彼らの血で真っ赤に染まっていた。

 シギルがこれに怒りを燃やさないはずがない。



(ははは……魔王よ。これで終わりだ)



 頼もしい。

 最強の上司である第一騎士団団長の姿を認めたアレイルはそう呟いて息を引き取った。

 生命エネルギーを燃やし尽くした最後の攻撃。

 彼の怒りが引き出した最期の一撃は確かにせいへと届いていたのである。

 せいが正面戦闘では絶対に勝てないと判断した相手が一度に四人。アレイルの足掻きはせいをこの上なく追い詰めることが出来たのだった。






霊峰の戦いも大詰めです

不定期更新なので次がいつになるのかは不明ですが……

更新されるまでは投稿している他の小説も是非!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ