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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
受けの居飛車~霊峰の戦い編~
16/123

16話


 常識外の魔物を生み出した魔王が第一騎士団を殲滅している中、その光景を最も悔しそうに見ていたのは参謀リオル・ジェイフォードである。魔王の《障壁》は光を通す。つまり半球状に展開されている大障壁の中の様子をはっきりと見ることが出来るのだ。

 そして自分には第一騎士団を虐殺する魔王と魔物を止めることは出来ないと理解している故に、リオルは両の拳を握りしめていた。



(あの魔物はやはり新種でした……今までに目撃証言もなかったということは、本当に今しがた生み出されたばかりの、そうでなくとも最近になって生み出されたばかりの魔物だったはずです。ですがあの戦闘能力は異常ですね。それに魔王の武器も厄介です)



 心は煮えたぎるような熱さであっても、思考だけは常に冷静を保たなくてはならない。騎士団は正式に統率されており、さらに参謀の指示で全てが決まる『作戦コードF』が発動中であるため、リオルが心を乱せば軍全体が乱れることになる。それだけは避けなくてはならないのだ。

 リオルは自分だけでは手に余ると判断し、同じ一級参謀室の部下にも相談を持ち掛けた。



「魔王の脅威は想定以上です。このままでは第一騎士団が一部を除いて全滅という可能性もありえます。皆さんの意見も聞かせてください」

「室長。やはり魔法師団に攻撃を要請し、あの《障壁》を破るべきでは?」

「だが下手をすれば中にいる第一騎士団にまで被害が……」

「そんなことを言っている場合ではないだろう。このままではどちらにせよ全滅する」

「なるほど。私も魔法師団による攻撃は賛成したくありませんが……このまま手をこまねいているだけでは全滅しますからね。問題は魔法師団にもあの《障壁》を破壊する余裕があるかどうかです」



 リオルの言葉に一級参謀室の部下たちは黙り込む。

 現時点で魔法師団こと第三騎士団のは氷竜王への対処で精一杯だ。何故なら、氷竜王は最期の足掻きとばかりに命を削る勢いで冷気を放っている。この冷気自体は《真空結界》で防ぐことが出来るのだが、同時に生み出されている暴風の如きブリザードは防げない。《真空結界》は非常に脆いという弱点があるため、魔法師団は風を中和することに精一杯なのだ。

 三名の近衛騎士も近づくことが出来ずに自らが氷漬けにならないように対処するだけに留まっている。さすがに《瘴覇竜滅斬オーバーキル・スラッシュ》のような竜脈の力を借りた一撃は放てないからだ。

 あれは騎獣としている低位竜の能力を借りているのだが、低位の竜であるために竜脈から借りられる生命エネルギーは限られている。竜王クラスなら凄まじい量を引き出すことも可能だが、所詮は低位竜なので仕方がない。



「無いモノに期待しても仕方ありません。今あるモノを有効に使いこなすのが私たちの仕事です。ですからここは氷竜王を一旦無視することにしましょう」

「無視ですか?」

「はい。氷竜王は自らの命を……生命エネルギーを削って魔力に変換し、あの災害のようなブリザードを放っています。それによって近衛騎士と第三騎士団は動くことが出来ず、現在のような状況になっているわけです。ですが考えてみてください。そもそも近衛騎士団を要請したのは氷竜王が空を自在に飛ぶからです。飛行船を簡単に撃墜させる訳にはいきませんから、近衛騎士団に抑えを頼んだのです。そして今の氷竜王には空を飛ぶほどの力は残されていません。ならば氷竜王は第三騎士団に任せて近衛騎士団を魔王の対処へと当たらせるべきでしょう」



 元から氷竜王は近衛騎士団と第三騎士団で仕留める予定だった。第一騎士団は氷竜王以外の魔物や竜種がいた場合の保険の面が強い。今回は氷竜王以外に竜種は存在しなかったが、代わりに魔王と魔物が出現したため役に立った。

 しかしその第一騎士団すら窮地に陥るとは予想も出来ない事態だが……

 それはともかく、氷竜王が動けないならば近衛騎士団が出張る必要はない。竜種には竜殺しという安直だが堅実な思考を元に、近衛騎士団と氷竜王をぶつけたのだ。ある程度の役目を果たした以上、機動力の高い近衛騎士を別の戦いに放り込むのは正当なものだと言える。

 故にリオルの提案には誰もが納得していた。



「それでいきましょう」

「そうですな」

「第一騎士団団長にも早急に魔物を仕留めるように連絡しましょう。第五騎士団副長のジュリアス殿、第三騎士団団長のレイナ殿にも同様に連絡をお願いします」

『はっ!』



 リオルから指示を受けた通信兵はすぐさま通信魔道具を使って作戦変更を伝える。すぐに了承したのか、ジュリアス率いる三人の近衛騎士は戦闘空域を離脱して例の大障壁へと向かい、第三騎士団を乗せた第十九艦と第二十艦は氷竜王のブリザードを相殺する術式を連発し始めた。



「これで魔王はどうにかなるでしょうね……」



 ホッと安堵の息を吐いたリオル。

 予想通り第三騎士団だけで氷竜王を押させることが出来ていることに安心したのだ。あとは近衛騎士が魔王を仕留めるのを待つのみ。

 しかしそれについては心配などしていない。

 何故なら第五騎士団である近衛騎士たちはアルギル騎士王国最強の部隊だ。僅かに三名だと言えど、その戦力は計り知れない。魔王を一体葬り去る程度は訳ないと考えていたからである。

 そしてリオルの期待通り、ジュリアス、ヘンリー、アンジュリーは低位竜と共に半球状に展開されている大障壁へと竜殺剣ドラゴンスレイヤーを振り下ろし、《障壁》を破壊した。







 ◆ ◆ ◆






 甲高い音を立てて魔王の無属性魔法《障壁》が壊れる。

 しかし驚きの声を上げたのはせいではなくジュリアスの方だった。



「馬鹿な! まさか二重障壁だったのか!?」



 破られたはずの《障壁》の下にもう一枚出現した《障壁》。先程と同じく半球状に戦場を取り囲み、中からの逃走と、外部からの干渉を妨害している。

 ならばと三人の近衛騎士は頷き合ってタイミングを合わせ、もう一度攻撃を叩き込んだ。



『《瘴覇斬カオス・スラッシュ》』



 《瘴覇竜滅斬オーバーキル・スラッシュ》には及ばないが、瘴気を纏った一撃が繰り出される。生命力を削り取る攻撃自体は《障壁》に大した影響を与えることは出来ないが、その物理的な威力は驚嘆に値する。

 大障壁は再び音を立てて壊れてしまった。

 だが……



「三重!? これは……!」

「違いますね。どうやら割れた端から新しい《障壁》が形成されているようです」



 またしても割れた《障壁》の下にはもう一枚の《障壁》。

 ヘンリーとアンジュリーが眉を顰めながら考察を述べる。

 これにはジュリアスも同意見だった。

 《障壁》のすぐ内側に無属性魔力を充填させ、割れた途端に新しい《障壁》が形成されるように魔法が組まれている。堅さではなく、何度破られても即座に再生することに重点を置いた《障壁》。

 せいは大障壁の内部という戦場ですでに勝利が確定している。そしてその確定した勝利を揺るがすものは外部からの干渉に他ならない。その可能性を潰すのはせいにとって当然だった。



「ただの《障壁》も使い方次第ってことだ。この戦場には踏み込ませない」



 せいもジュリアスたちが《障壁》を突破しようとしていることに気付いている。バランスブレイカーにも等しい近衛騎士をこの戦場に介入させる訳にはいかず、せいは全力で足止め策を講じていた。

 そして近衛騎士が足止めを喰らっている隙に漆黒の巨剣を振り回す。



『ぎゃあああああああああああっ!?』



 飛行船が崩壊する轟音と共に赤色の液体が飛び散り、騎士たちも叫び声を上げる。三千人以上の騎士が収容されていた飛行船から容易に脱出できるはずもなく、多くは飛行船と共に生涯を終え、どうにか逃げ出した者たちもアビスに仕留められていた。

 すでに十三隻もの飛行船が深淵剣アビス・ブレードによって切り裂かれており、騎士たちに関しては生存者が半数を切っている。軍事的な解釈では壊滅と言ってもおかしくなかった。

 しかしだからといって彼らに撤退をする術はない。



「自分の身を守ることを優先しろ。《障壁》を破壊して脱出する!」



 乱戦の中で第一騎士団副長のアレイル・バーンだけは必死に指揮を執り続ける。もはやその声すらも届かない程に戦場は混乱し、喧騒に包まれていたが、それでもアレイルは声を出し続けた。

 しかしそんな風に指示を出し続けては当然目立ってしまう。

 アレイルはアビスたちの標的とされていた。



「くっ! はぁっ!」

『副長!』

「私に構うな! 自分の身を守れ! っぐ!?」

『副長!?』



 アビスは針で突き刺すような攻撃を繰り出してアレイルを翻弄する。手足の数に依存しない変幻自在の攻撃は確実にアレイルを追い詰めていた。次第に防御が中心となり、その隙を突くようにしてもう一体のアビスも参戦する。

 二対一、三対一、四対一……となる内に攻撃を裁き切れなくなり、遂にアレイルは左足を貫かれた。



「ぐあっ!」



 一瞬だけ止まった隙をアビスは逃さない。

 四体のアビスが体に一部を剣の形に変化させ、鋼鉄へと変質させて振り下ろした。鎧の隙間を突いた確殺の斬撃が四つも迫る。アレイルは自分が死ぬことを理解した。

 だが霊峰の白がアレイルの血で染められることはなかった。



「副長はやらせない!」

「く……重た……」

「まだ諦めないでくださいよ副長!」

「危機一髪ですね」



 アレイルと四体のアビスの間に入り込んだのは四人の騎士。それもアレイルの率いていた中隊に属している気心の知れた仲間たちだった。

 彼ら……騎士たちは非常に厳しい訓練を共に乗り越え、同じ死線を乗り越えることで強い結束力を持っている。集団行動による大きな力こそが騎士の本領であり、個人の実力は他者によって補われる。

 当然ながら自分のミスをフォローしてくれるのも仲間たちだ。

 その信念に従って四人は副長アレイルを助けたのである。



「恩に着る!」



 アレイルはすぐに腰元の小さなポーチから小瓶を取り出し、片手で蓋を開けて一気に飲み干す。独特の風味が口に広がり、左足の痛みが引いていくのが分かった。

 これがアルギル騎士王国が世界に誇る回復薬であり、この薬にかかれば多少の欠損すらも治癒することが出来てしまう。そしてこの薬のお陰で第一騎士団は未だに全滅を免れているとも言えた。各騎士に五本ずつ配られているため、かなりの負傷も五回までは無かったことに出来る。彼らは即死でない限り戦闘に復帰することが可能なのだ。

 そしてアレイルもあっという間に傷を回復させ、再びアビスへと切りかかったのだった。





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