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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
受けの居飛車~霊峰の戦い編~
14/123

14話

 突如として強くなったアビスから逃げるようにして第一騎士団の殆どが飛行船へと走っていた。騎士として背を向け逃亡するのはこの上なく情けないことだが、無謀な戦いに向かって突撃するようなことも野蛮だと受け取られる。今回に限っては戦略的撤退という認識だった。

 未だに騎士団の中でも上位の実力者はアビスを相手に戦闘を続けている。変幻自在の肉体流動で攻撃を繰り出し、硬化された漆黒の物体が剣を弾く。それでもどうにかして一体ずつ仕留めることに成功はしていた。

 



(流石は団長だ)



 そう考えながら撤退する騎士たちを指揮しているのは第一騎士団の副長であるアレイル・バーンだ。団長自らが足止め役として残った以上、団長の次の上官である副長が騎士団を指揮しなくてはならない。そのため、アレイルは団長シギルと共に戦いたい気持ちを抑えて少し下方に見える飛行船へと目を向けつつ叫んだ。



「各員は速やかに飛行船へと乗り込め! 慌てず速やかにだ!」



 ドラグーンを駆る陸上戦力として最も数の多い第一騎士団は、その団結力と統制に定評がある。国中で見れば総勢五万もの人数になるのだ。きっちりと舵取りをするためには連携の訓練も必須となる。そのため騎士団全体で考えても第一騎士団は集団行動を得意としている。

 そのためアレイルに言われるまでもなく彼らは秩序を保って行動をしていた。それぞれが来た時に乗っていた飛行船に関係なく、状況を見て速やかに整列しながら進んで行く。

 第一騎士団を乗せていたのは第二艦から第十八艦までの十七隻であり、それが霊峰の斜面に沿ってぎりぎり並んでいる状態だ。慌てて発進すれば互いに衝突してしまう可能性もある。だからこそいざという時のために冷静な準備を整えなくてはならなかったのだ。



「連絡は受けている! 順に乗り込んでくれ!」

「負傷者はこっちに! すぐに治療します」

「飛行船の発進は第二艦からだ。最後の第十八艦は団長たちを迎えるために残っているから少しだけ他の艦に詰めてくれ」

「上空は冷気が吹き荒れている。《真空結界》を忘れるなよ」



 騎士だけでなく飛行船の船員も一致団結してこの場を動かす。少し前に旗艦から撤退用意の指示を受けていたため彼らも問題なく行動することが出来たのだ。

 こうして撤退は順調になされているように思われたが、撤退してきた騎士の約半分が飛行船に乗り込んだあたりで異変が起こる。



「逃げろーっ! 黒い魔物がいるぞーっ!」



 何者かが叫んで多くの者がそちらへと注目する。

 すでに飛行船へと乗り込んでいる者たちは分からなかったが、未だに外で待っていた者たちにはハッキリと黒い物体の姿が見えていた。グニャグニャと不定形に揺れているそれは黒い霧を纏っており、白い霊峰の斜面と対比されてよく見える。

 それが飛行船の背後から……つまり霊峰の下方から登ってきたのだ。



「馬鹿な! 挟み撃ちだと!?」



 そう言って驚いた副長アレイル。

 霊峰の上と下。

 いままで影も形もなかった魔物が挟み撃ちするように統制された動きで迫ってきているのだ。見た限りではその数およそ百体。飛行船に搭載されている魔力観測装置では観測できていなかったイレギュラーである。アレイルが驚いてしまうのも無理はないだろう。まして他の騎士たちが混乱してしまっても仕方が無い。



「は、はやく乗り込むぞ!」

「急げ急げ!」

「第二艦を発進させろ! すでに搭乗完了している」

「怪我人が優先だ」

「ダメだ。間に合わない。誰か足止めをしないと!」



 混乱はしているが喚き叫ぶことはない。さすがは訓練された騎士と言ったところだろう。口々に叫びながらもどうにか対処しようとはしている。

 そして既に搭乗している第二艦を発進させようとした時、何処からともなく聞こえてきた声と共に、さらなる変化が起きた。



「《障壁》!」



 途端に青白いドーム状の何かが周囲を包み込み、まるで結界のように現れる。その大きさは霊峰に着陸している十七隻の飛行船と搭乗していない騎士たち、霊峰の下方から迫るアビスを全て包むほどの規模だ。これ程の大規模な結界を張れるとすれば、この場には一人しかいない。



「気を付けろ! 魔王の無属性魔法だ!」



 これが魔王の《障壁》だといち早く気付いたアレイルは力の限り叫んで警告する。この辺り一体を包み込んでしまうような大魔力なのだ。思わず叫んでしまったのも仕方のないことである。

 しかし本当の意味での魔王は二百年も現れていないため、アレイルも書物でしか知らない。書物においては魔力の精霊王……つまり魔王は簡単に討伐されるような存在だった。古代には勇者でなくては倒せなかった魔王もいたと知っているが、アレイル自身はそれほど警戒しているわけではない。

 なぜなら魔王はそれなりの強さがあれば簡単に討伐できると信じられているからだ。一般の騎士程度では難しいかもしれないが、アレイルほどの強さならば十分だと書物が示していたのである。



「私が魔王を討伐する! 搭乗を続けつつも周囲を警戒しろ! 背後の魔物は私の中隊で対応する」

『はっ!』



 アレイル率いる中隊の騎士たちが返事をする。それ以外に騎士もアレイルの言葉を聞いて周囲への警戒を強め始めた。

 アルギル騎士王国の第一騎士団においては五人編成の班、十の班が集まって五十人編成の小隊、四つの小隊が集まって二百人編成の中隊、五つの中隊が集まって千人編成の大隊、五つの大隊が集まって五千人編成の連隊、連隊が二つ以上集まって師団、という風に統制されている。

 今回は五千人規模の連隊で出陣した訳だが、その内の千人である大隊は小隊規模になって各飛行船の警備についている。よって霊峰に降り立ったのは大隊四つ分の四千人だ。

 しかしアビスの襲撃によって五百人ほどが殺され、足止めのために上官三百名が残っている。そんな状況でも、アレイル率いる中隊の二百名はアビスを倒すことは出来ないが、死なないように時間稼ぎは出来る程度の者たちで構成されていた。

 つまりこの場では殿軍として最も最適だったのである。

 アレイル率いる中隊の騎士は霊峰の斜面を走って下り、飛行船を通り過ぎてアビスに切りかかる。



「はぁっ!」

「滅びろ」

「危な……くそっ」

「気を付けろ! 背後を取られるな!」

「ぐあっ」

「下がれ! 自重した行動を心がけるんだ」

「誰か聖魔法を使えるか!?」

「こっちだ。怪我人はこっちに連れてこい!」

「数はこちらが上だ。出来るだけ多対一の状況を作れ」



 騎士が二百名に対してアビスはおよそ百体だ。騎士は数の利を生かしながら出来るだけ怪我をしないように立ち回ることが出来ていた。

 そしてアレイルは全体指揮をしつつも周囲を警戒して魔王を探し続ける。こうしてドーム状の《障壁》が張られている以上は飛行船が飛び立つことは不可能だ。《障壁》の外にいる第三騎士団……つまり第十九艦と二十艦に魔法攻撃してもらうことも考えられるが、魔王の無属性魔法《障壁》を破壊できるほどの魔法威力ならば内部への被害も大きくなるだろうと思われる。

 だからこそアレイルは自分が魔王を倒さなければならないと考えていた。



「魔王……どこにいる……」



 魔力を感知する才能があれば膨大な魔力の持ち主である魔王を見つけることは容易いだろう。だが自分の魔力を把握することはともかく、他人や周囲の魔力を感知することが出来るのは一部の才能ある人物だけだ。かなり珍しい才能であるため少なくともアレイルは騎士の中にそういった才能の持ち主がいることを知らなかった。

 しかし魔王を探す必要などなく、見つけたときには既に手遅れだったと思い知らされる。


 ズガアアアァァァアアァァアアァアアンッ!


 十七隻ある飛行船の内の一つが真っ二つに引き裂かれその音に驚いてアレイルは振り返った。するとそこにあったのは真ん中でポッキリと折れた飛行船と、その割れ目に突き刺さっている巨大な漆黒のつるぎ。全長にして三十メートルはあるような巨大剣の刃には赤く滴る液体が付着しており、白い霊峰の斜面を染めているのが見える。



「なん……だと……?」



 呆気にとられたのはアレイルだけではない。アビスと戦闘中だった騎士の半分近くがこの光景に動きを止めてしまった。

 そしてそのような隙を晒すのは致命的である。アビスはダークマター体を変化させて鋭い棘のように突き出させ、隙を晒した騎士を葬り去っていく。しかも鎧の隙間を突いた鋭い一撃であり、この攻撃によって八十四名が死亡し、十一名が重傷を負った。

 さらに味方の騎士が一気に殺されて血が飛び散り、それに動揺してしまった他の騎士にもアビスは襲い掛かっていく。



「ぐああっ」

「ごふっ……がはっ!?」

「くそ。よくも化け物め!」

「ジャック! ジャーック! この野郎よくmげぼっ!?」

「動揺するな! 訓練を思い出せ」

「急に力が強く……ぐっ!」

「絶対にこれ以上死ぬな! 魔物を強化させるな!」



 荒事にも慣れていそうな騎士団だが、意外と仲間の死には慣れていない。何故なら普段の魔物退治もかなり安全策をとって対処しているため、怪我人は日常茶飯事だが、死人は滅多に出ないのだ。回復薬になる薬草の産出地ということもあって戦争を仕掛けられることもなく、彼らはこれほどまでに死に満ちた戦場で戦ったことがなかったのである。

 事実としてアレイルも戦場で仲間が死んだというのは余り経験していない。動きを止めても死ななかったのは近くにアビスがいなかったからに過ぎないのだ。

 だが驚きはそれでは終わらない。



「剣が浮いているだと……」



 飛行船を真っ二つにした漆黒の巨大剣はゆっくりと浮かび上がり……いや、浮かび上がっているのではなく剣自体が縮んでいるのだと分かった。

 そして縮んでいく先にいたのは黒髪の少年。少しだけ茶色が混じっているような気もするが、分類としては黒髪だろう。巨大剣はどんどん小さくなっていき、最終的には少年の右手に収まる大きさになって収縮を止めた。

 濃紺のスーツのような服装は一見すると正装にも見えるが、所々が正装から外れているスタイル。異世界の制服など知らないアレイルだからこその感想だが、今はそんな感想を言っている場合ではなかった。

 少年が立っているのは空中である。それも青白い板のような物体の上に乗っているため、嫌でも無属性魔法《障壁》と結びつけてしまったのだった。



「まさか……魔王!」



 語尾を強く叫んでアレイルは剣の切先を少年の姿の魔王へ向ける。アレイルの声が聞こえていたのか、魔王の方もチラリと目を向けてアレイルの姿を確認した。

 だが魔王……魔力の精霊王はアレイルを無視して右手の剣を振り上げる。

 その姿を見たアレイルは目を見開いて叫んだ。



「止め―――ッ!」


深淵剣アビス・ブレード!」



 せいは容赦なく剣を振り下ろし、それと同時に漆黒の剣が巨大化する。

 それは破壊をもたらす一撃となって二つ目の飛行船を真っ二つに切り裂いたのだった。

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