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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
王手飛車取り~最古の迷宮編~
120/123

120話

 エスタ王国はアドラメレク社の社長マスター代理エリオットの起こしたクーデターにより、王の座が空位となってしまった。本来であればそのままエリオットが王となり、王国の復興を指揮するはずだったのだ。しかしクーデター時には協力的だった王宮内の勢力は、クーデター成功と同時にエリオットに対して反旗を翻した。

 王位継承権を持つ者たちは、自分こそが王になると言い始め、後ろ盾となってくれる貴族を集めている。国政においてはやはり貴族の役割は大きく、エリオットはその内側に入ることができなくなってしまった。結果としてすぐに埋まるはずだった王位は宙に浮いたまま、王国は分裂の危機すら抱えている。

 だから王宮の中で誰も気に留めることはなかった。

 新しい、エスタリオ王家の血筋が生まれたことなど。



「さぁシェバ妃。あなたの希望のろいの子よ」



 デビッド前王の子を産んだのはシェバ妃。

 前王は彼女に狂い、過ちを犯し、罪を重ね、信頼を失い、そして王座を追いやられた。その経緯からシェバ妃の扱いには困る者も多い。ある者は嫌悪し、ある者は哀れみ、ある者は怒りを向ける。

 大抵の人物は関りを避け、少しでも味方が欲しい王族たちも、シェバの存在はマイナスだと断じて近寄ろうとしなかった。

 もしも誰か一人でもシェバ妃を気にかけていれば、運命は変わったかもしれないのに。



「わた、し……ぃ……ぉ」

「あなたの憎悪を吸い上げ、生命を学び取った混沌の仔。さぁ名前を付けてあげなさい」



 シェバの子を取り上げたのは大悪魔マリティアであった。

 彼女に真実を与え、恨みを晴らすための手段を与え、そして呪いの苗床とした。腹の子供を介して血に呪いを授け、デビッド前王を熾灰病で犯した。しかしそれはただの前座でしかない。マリティアの求める目的からすれば、ついでのようなものだ。

 混沌の仔を孕む母体となったシェバに対する、褒美なのである。

 熾灰病に全身を蝕まれ、出産によって体力を失ったシェバの息は小さい。もう間もなく死んでしまうのではないかと思うほどだが、まだ意識はあった。

 彼女のすぐそこに生まれた子供を近づけてやる。

 その子供は決して泣かず、しかし確かに生きていた。母たるシェバのそばで寝かされると、不意に小さな手を伸ばして彼女の顔に触れる。熾灰病で崩れかけた肌は痛々しく、まるで焼け爛れたかのようだ。だが赤子がその手で触れた瞬間、黒い靄のようなものがシェバから吸い込まれ、彼女を蝕む呪いが引いていく。



「私の望んだ、私の子……あなたは……ソルムス」



 赤子はシェバの中にある熾灰病を全て吸い取り、力とした。

 それこそが混沌の仔。

 大悪魔マリティアが臨んだ最大の儀式により生まれた怪物である。熾灰病、すなわち灰疫の呪いに愛された子供であり、極めて純粋な魔力に愛されている。つまり熾灰病を発生させる混沌の魔力に特化しているのだ。

 ソルムスと名付けられた王子は人工的に混沌魔力を与えられたということである。

 そのうちに宿る魔力が毒であるはずがない。

 人を苦しめ、末端から灰のように崩れていく恐ろしい呪いも、ソルムスからすれば食事同然。歪ではあるが、母より母乳を与えられたに等しい。



「ああ、ソルムス。こんなに大きくなって」



 シェバは歓喜した。

 呪いを吸い取り、血肉として成長した我が息子を喜んだ。

 まだ生まれたばかりのソルムスはシェバを蝕んでいた熾灰病を吸収し、十三歳程度の体に成長している。ソルムスは立ち上がり、自らの肉体を見て悍ましい笑みを浮かべた。

 生まれたままの彼は当然だが衣服など来ていない。すぐに翠鹿宮の侍女がガウンを持ってきて、ソルムスに着せる。悪魔たちに操られているので、侍女たちは何の疑問もない。明らかに普通ではないソルムスを、自らの主として扱っていた。



「混沌の仔ソルムス。私はあなたの祝福者。あなたに一つ、権利を与えましょう。このマリティアがあなたの望むものを何でも与えるわ」

「私に……知恵を。混沌の王に相応しい最大の知恵を」



 生まれたばかりのソルムスはそのように返した。

 すでに彼は見た目通りの……いや、それ以上の理知を得ていた。それは儀式の影響か、シェバの呪いを吸収した影響か、定かではない。

 ソルムスは大いなる力も、山のような財も、絶大な権威も求めなかった。



「私は混沌から生まれた王の血脈。そして母なるシェバの願いそのもの。私は母の願いのため、あらゆる敵を疫災に沈め、王位を継がなければならない。ゆえに知恵を求める」



 そう語り、まっすぐとマリティアを見つめる彼の眼は、右側だけが真っ黒に染まっていた。

 まるで人ではない何かのように。







 ◆◆◆






 ソルムスがこの世に生を受けてから三日。

 僅か三日の間に、王宮の勢力を塗り替わっていた。王位継承権を持つ王子たちが次々と熾灰病に罹り、またバックについている有力貴族たちも同じく熾灰病に倒れてしまったからだ。

 人為的とも思えるほど、的確に重要人物だけが侵されていく。

 その代わりとして、ソルムスの名が王宮内で広く囁かれるようになった。



「ソルムス様!」

「あれは?」

「知らないのですか。ソルムス様です。翠鹿宮のシェバ妃が生んだ王子ですよ」

「は? シェバ妃といえば少し前にご懐妊されていた御方のはず。あのような歳の大きな子がいるなど」

「さぁ。かの噂は誤りだったのか……」

「本当に王の子なのか?」

「いやいや、あの面影は確かにデビッド前王のものですよ」



 王宮の侍従たち、貴族たちはソルムスという王子について何も把握していない。

 だが確かにデビッド王の面影を残し、翠鹿宮の侍女たちによってシェバ妃との間の子であることは証言されている。明らかに生まれた時期と、青年となったソルムスの姿は年齢が一致しない。にもかかわらず、それは有耶無耶にされていた。

 ソルムスが王宮内で力を得た理由は単純なものだ。

 この国で唯一、熾灰病を治せるのである。熾灰病患者に手を触れるだけで治癒する能力のため、誰もがソルムスを頼った。



「ソルムス殿下、どうか私の願いを聞いていただけますでしょうか」

「貴殿は何者か」

「私は第一王子殿下を支持するグロリオース家が当主、カリストです」

「グロリオースといえば第一王子殿下の母君の実家であったか」

「ええ。殿下の母は我が姉でございます」

「して、願いとは何か」

「王子殿下の熾灰病を治していただきたいのです。我が家が支払えるものであれば、どのようなものでも……」

「くどいな」



 ソルムスはカリストの言葉を遮る。

 このやり取りは以前から行われていることであった。それにソルムスにこのような願いを奏上しているのは彼だけではない。王位継承権を持つ他の王子たちも、同じように使いを出してソルムスを頼っていたのだ。

 だがソルムスとて簡単には首を縦に振らない。



「王位継承を諦め、私に王位を渡すこと。それを認めることが条件だと言ったはずだ」

「……それは、その、ソルムス殿下は大公殿下として……」

「ならぬ。私はどちらでも構わぬのだぞ。熾灰病を治癒せずとも、いずれ死に、王位は私の手の内に入ってくるのだからな」

「……明日、もう一度来ます。失礼いたしました」



 熾灰病の治療という唯一無二の価値を持っているからこそ、王妃を輩出するほどのグロリオース家ですら下手に出るほかない。

 王都中に熾灰病が広まっている今、ソルムスの能力を求める国民は多いだろう。また貴族の中にも熾灰病に侵された者が現れ始めている。ソルムスの元に民意が集まるのは時間の問題だ。



「マリティアの言った通りだな。私の持つ力の価値は黄金にすら勝る。もはや王宮内で私に縋らぬ者はいない。縋らぬなら、そうせざるを得ないようにするまでのことだ。それこそが力と知恵。母上、間もなく願いは叶います」



 一連の事件に陰謀を感じている貴族たちは少なくない。

 すべて、ソルムスにとって都合の良い流れになっているからだ。しかしそこに証拠もなく、結局は熾灰病を治すためにソルムスの力が必要となる。危険と分かっていても、ソルムスを頼りにするしかない状況になっていた。







 ◆◆◆






 熾灰病を治してもらえる。

 その噂は王都で少しずつ広がっていった。治療方法はなく、症状を遅らせるだけで精一杯だったところにこの噂だ。縋る者、どうせ嘘だと諦める者、真偽を確かめようとする者など、反応はさまざまであった。

 王都に潜むセイも、当然だがその噂は耳にする。



(悪魔たちはどういうつもりかな。本来の作戦からは随分と外れているみたいだけど)



 元々は王都付近に存在する最古の迷宮内で、マリティアが呪いを散布し、冒険者たちを通して感染させることでパンデミックを引き起こすという作戦であった。その中で治療薬を提示し、その数を限定することによって内戦を引き起こし、国を割るの計画だったのだ。

 人類による迷宮の支配から脱却するための弱体化作戦は見事に成功したと言える。

 しかし、その結末はセイの想定とは変わり始めていた。



『王よ。悪魔の思惑は大帝国との戦争だと推測されます』

『東部国境の緊張度は高まっています』

『警告。大帝国との戦争は時期尚早であると進言』

(俺としてもその通りだと思うよ。大帝国は大陸の大半を支配しているだけあって、軍事力が桁違いだ。エスタ王国だけで正面戦争して勝てる相手じゃない。たとえ悪魔たちがいたとしてもね)



 自由組合が設定している戦士ランクという指標を用いた場合、高位悪魔はランク十以上と言われている。五百年前に封印されて以降の情報がないので諸説あるものの、最低ランク十はあるというのが共通認識であった。

 逆に言えば、ランク十という指標は国家において、軍事力の目指すべき地点ともされている。

 所謂、大国では必ずランク十に対応できる軍事力を保有していた。これまでセイが落としてきた国でも、たとえばアルギル騎士王国には竜殺剣ドラゴンスレイヤーの他、強力な魔剣の類が多くあった。三公国は神剣の他、ランク十にも対応可能な将軍たちが各公国軍の中にいた。



(東の大帝国は多くの竜王を捕らえ、竜脈を制御する術を手に入れているらしいからね。突出した個の存在は当然警戒するけれど、軍隊としての総合力も決して侮れない。エネルギーの多さは国力の強さに繋がる)

『是、しかし魔素が還元されないことによる循環不順の懸念』

(できる限り早く対応しなければならないけれど、どうにかしてこっそり侵略を進めたいと思っているよ。とにかく東部国境の監視は強化。付近アビスは小動物に擬態して情報を取得しておいて)

『是』



 思わず溜息が吐いてしまう。

 今回、セイは政治的な働きかけを特にしなかった。アルギル騎士王国の時は自由組合理事を利用したし、三公国の時は神子一族へと取り入ったり各公国の上層部に悪魔を忍ばせた。今回はそういったことに注力していないので、どうしても後手に回ってしまう。

 三公国での功績を信用し、悪魔たちに任せきりにしたのが良くなかった。



(大帝国の動きを制限するなら……ネイエス・フランドールを利用するか? 自由組合理事の立場なら、大帝国上層部にも顔が利くはず。自由組合は大帝国に本部を置く組織だし。だとすると何かしらの手土産が必要になるよね。それなら自由組合に迷宮の探索権利をあげるとか? 戦争が起こると大帝国が迷宮を手に入れてしまうから、自由組合の利権を逃してしまうとか言えば……もう少し詰めてみるかな)



 迷宮はあくまで、魔力の残りカスたる魔素を生命エネルギーへと還元するための装置だ。魔物を使えばある程度は遠くまで効果を及ばせることも叶うが、やはり迷宮の周囲に人間が住んでくれた方が効率的となる。

 エスタ王国から取り戻し、作り替えた大迷宮も、今は前線基地としての役割が大きい。しかしいずれは迷宮本来の役目を、最も強く果たすようにしたい。

 セイはそんなことを考えていた。







 ◆◆◆





 アドラメレク社の社長マスター代理ことエリオットは、王宮へと召喚されていた。その呼び出し主はエスタリオ王族であり、断るという選択肢はない。忙しい中でも予定を調整し、秘書を伴って王宮へ参じたのだった。



「よく来た。調子はどうだ。体調は崩していないか」

「お心遣い痛み入ります。多忙ではありますが、優秀な部下も多くおります。私も充分な休息をいただき、王国復興のため尽力しております。本日は如何なる御用でございますか。ソルムス殿下」



 彼を呼び出したのは最も王座に近いと言われるソルムスであった。翠鹿宮のシェバ妃が生んだ子であり、奇跡の王子とも呼ばれている。



(この御方がソルムス殿下。情報によれば生まれてから一年と経っていないはず。ウィリアム・ウルズ卿の妻であったシェバ殿と前王の間に生まれた不義の子という話だったが。どうにも時系列が合わない。しかしソルムス殿下は前王と似すぎている)



 ソルムスには様々な黒い噂がある。

 ただ前王に似ているだけの平民である。前王の隠し子がシェバ妃の子を名乗っている。悪魔が人の皮を被っている。そのような不遜な疑惑はエリオットの耳に入ってきていた。

 勿論、大半は信じるに値しない妄言だと分かっている。突然現れた奇跡の王子を疎ましく思う者も少なくはないはずだ。こういった世界では、人を貶める心無い噂などありふれている。



「今日、貴殿を呼び出したのは他でもない。頼みがあるのだ」

「頼みでございますか」

「貴殿の……いやアドラメレク社で保有する竜殺剣ドラゴンスレイヤーを私に譲渡していただきたい」

「それはッ!」



 竜殺剣ドラゴンスレイヤーはまさしく国宝級の兵器だ。一振りで戦争の在り方を変えるほどの威力を誇り、ただ存在するだけで抑止力となる。

 国家で管理するのが通常であり、アドラメレク社が保有している現状がおかしいとも言える。そういう意味では正当な要求と言えるだろう。しかしながらエリオットは素直に頷くことなどできない。

 拒否の言葉を継げようとしたとき、エリオットは全身に痛みを感じた。



「がっ!? ああああッ!?」



 全身に焼けるような痛み。

 特に手先足先は感覚がなくなるほどであった。

 思わず目を向けると、黒く変色し、ひび割れてぼろぼろと崩れかけている。



(熾灰病!? なぜ!?)



 ソルムスは悶え苦しむ醜態を嘲笑い、ただ一言告げた。



「我が名によって命じる。灰疫の呪いよ、治れ」



 するとエリオットの身体からはすぐに痛みが引いていき、手先や足先から始まっていた崩壊も止まった。少しばかり進行してしまったことで裂傷や火傷のような跡は残っているが、ほとんど元通りとなったのだ。

 それを認識したとき、エリオットは強い恐れを感じた。

 今すぐにでもこの場を離れ、帰らなければならないと思わされた。



竜殺剣ドラゴンスレイヤーは献上いたします! 必ず、持ってこさせます!」

「そうかそうか。君はとても物分かりがいい。賢い男は好ましいな」

「きょ、恐縮です」



 逃げるように王宮を出たエリオットは、すぐに竜殺剣ドラゴンスレイヤーの譲渡手続きを行う。しかも先にソルムスへと竜殺剣ドラゴンスレイヤーを引き渡したのち、後付けで書類処理を行ったほどの迅速さであった。

 更には竜殺剣ドラゴンスレイヤーの譲渡を公表し、アドラメレク社としてソルムス王子の後見を務めるとまで正式に発表した。表向きには王家とアドラメレク社がしっかりと手を取り、国家の復興に努めるためとなっている。しかし実情は少し異なっていた。







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