12話
少しだけ時を遡る。
狭い場所で英雄クラスの魔法攻撃を直撃させられた星だったが、正面に《障壁》を張ることで防いでいた。魔法の無効化では対応しきれないかもしれないと学習していたからである。
魔力自体を遮断することが出来る《障壁》ならば基本的に全ての魔法を完全に防御することが出来る。これを破るには《障壁》に使用された以上の魔力を込めた魔法か、《障壁》の耐久力を上回る物理攻撃を使うしかない。当然ながら、魔王として膨大な魔力を所持している星は英雄クラスの魔法でも問題なく防ぐことが出来るのだ。
「危なかった……」
星は氷漬けにされて白くなっている《障壁》の向こう側を見ながらそう呟いた。炎に続いて氷の魔法と、まるで容赦のない攻撃を受けても無事であったことには星自身も驚きだ。しかし、このまま攻撃を受け続けても無事でいられる保証はどこにもない。《障壁》にも魔力は消費するし、もしも集中攻撃を受ければ魔力の消費速度が回復速度を上回ることだろう。
魔力の精霊王として、魔力回復速度は尋常ではない。しかし無限に魔力を持っているわけではないため、油断していると取り返しのつかないことになる。
だからこそ星は覚悟を決めた。
「現在の構えは手駒なしの守り。想定は守備の居飛車。一定の防衛ラインを守護することに長けた状態だ。でも竜王の奴は瀕死に近かったから長くはもたない」
将棋において飛車は上下左右に好きなだけ移動できる最強格の駒だ。成り上がることで竜王となり、一マスだけ斜め移動も出来るようになる。謂わずと知れた切り札ともなる駒だ。
そして飛車が横方向に好きなだけ動けることを利用して、自陣に配置することでかなり強固な守りになる。一定ラインへと侵入した途端に飛車が仕留めるからだ。
実際はもう少し手を加えて守備陣形とするのだが、今の状態は飛車の横移動だけで霊峰が守られているに過ぎない。当然ながら数で攻め込まれたら対処ができなくなるだろう。現に低位竜を騎獣としている三人の第五騎士団が氷竜王を抑えている間に第一騎士団四千名が霊峰に降り立っている。
「俺の役目は守護ラインが残っているうちに守りを固めることだ。迷宮を創造して魔物を解き放つ。手札がなければ作ればいいんだよ」
自らへと言い聞かせるように呟いた星は体内の魔力を操作して右手に集めていく。初めてのことだが、魔力核の作り方は何となく理解している。それは恐らく魔力の精霊王としての本能から来るものなのだろう。
星は右手の掌を上向きにして、そこへ一気に魔力を凝縮した。魔力は形を成していき、球状になって安定する。
「これが魔力核か……」
右手の上に出現したのは野球ボールサイズの黒い球体。見ていると吸い込まれそうになるような漆黒だが、自然と不気味とは感じなかった。むしろ血を分けた兄弟のような親近感すら覚えたほどである。やはり自分の魔力から創造されたモノだからだろう。
「氷竜王の奴が言ったとおりだ。俺の総魔力量が一割ほど減っている」
迷宮は魔王が体を分けた分身ともいえる存在。魔王の役目である魔力の回収と生命エネルギーへの変換をするためのキーアイテムだ。
星は初めての魔力核を今いる大穴の一番奥……即ち蒼い炎の魔法によって星が叩き付けられた壁へと押し込む。
(竜脈に接続……)
魔力核を霊峰の竜脈へと接続し、迷宮創造の準備を整える。すると、霊峰が竜脈の湧き出る特異な場所だからか、魔力核が強い反応を示した。
ドクンッ!
そんな音を立てて一回り大きく膨張する。
それと同時に星の頭の中に様々な情報が流れ込んできた。
(これはっ……魔力核の使い方か!)
知らないことを一気に叩き込まれたことで一瞬眩暈に襲われるが、星は倒れることなく踏みとどまって作業を実行する。
「地形の迷宮化……こんなのは後でいい! まずは魔物だ」
星は既に壁と一体化している魔力核に触れながら自らの魔物を創造していく。
一人の魔王が創造できる魔物は一種類までだ。それは魔王が力を持ちすぎて、魔力の管理という仕事から外れないようにするためのバランス調整である。だからこそ自分の魔物をどのようにするかは非常に大事なことだ。
「魔物の創造……初期戦闘力、成長率、初期知能、初期肉体性能、見た目、そして最後が特殊能力の設定か」
初期戦闘力というのは戦闘の技術だ。これが高いと成長率を低く設定しなければならないが、生まれた瞬間から戦力になる。逆に成長率が高いと、初期では即戦力にならないが、何度も魔力を吸収して成長することで強くなれる。最終的には初期戦闘力を高く設定するよりも強くなれるのだ。
そして初期知能は賢さのパラメータであり、初期肉体性能のパラメータと対をなしている。要はインテリか脳筋かを定めるパラメータだ。普通はバランスよく配分するのだが……
そして見た目はそのまま見た目であり、能力自体には大きな影響が出ないことが多い。ただし、触手が多いなどの複雑な見た目の場合は、初期知能が高くないと自らの体を使いこなせないなどはある。
最後の特殊能力はそのままだ。固有の特別な能力を付与することが出来る。もちろん属性の付与もできるが、付与できる属性は特殊属性までだ。さすがに法則属性は組み込めないし、不死のような性質も無理である。具体的な例を挙げれば、ゴブリンの持つ繁殖能力も特殊能力に相当している。
(特殊能力か……これを上手く使えば……)
星は考える。
即戦力は欲しいが、それでは一定の強さまでにしかならない。初期戦闘力をゼロにして、成長率を最大にすれば、最終的に竜すらも超えるような恐ろしい魔物になるらしいが、初期戦闘力がゼロでは戦えないだろう。運よく成長しても、死んでしまえば一から鍛えなおしだ。逆に成長率をゼロにして、初期戦闘力を最大にすれば成長しない代わりに初めからワイバーンぐらいの強さの魔物にはなる。それこそワイバーンは過去の魔王がそうやって創造した魔物の子孫なのだ。
そして初期知能と初期肉体性能は戦いを繰り返すうちに成長するパラメータだ。これは成長率と連動しているため、成長率がゼロならば必然的に初期値に固定されることになる。また初期戦闘力を高く設定しておけば、初期値としてこれらに振れる値が大きくなるのだ。
「特殊能力はアレにするとして……だとすると成長率に極振りでも十分だな。初期戦闘力はなくても問題ないだろう。そして肉体は……」
魔力核に触れながら魔物の肉体について調べる。肉体にも様々な種類があるらしく、まるでキャラクターメイキングのリストでも見ているような気分だった。
「普通の皮膚、岩肌、金属肌、筋肉鎧……粘液の肌もあるのか。体表だけでも結構な種類だな。筋力は初期戦闘力をゼロにしたから貧弱なパラメータになりそうな感じか。もっと時間があれば楽しい作業なのに……おっ、これは?」
星が目を引かれたのは体を構成する物質を選択する箇所だ。ゴブリンなどは普通の皮膚だったり、ガーゴイルなどは岩や金属の体を持っている。オーガのように筋肉質な肉体もここで選べるし、竜の鱗までもリストに入っていた。
そしてその中で星が注目したのはリストの最後にあった物質である。
「ダークマター。あらゆる性質に変化できる未知物質。魔物が知能と知識を得れば、鉄でもミスリルでもオリハルコンでも、どんな物質にも変化できる。しかも変化は解除もできるため、状況によって様々な形態をとれる……か。これはチートみたいな性質だな」
しかしダークマターを肉体として選ぶには欠点がある。それはこの肉体を選ぶと必ず初期知能がゼロになるのだ。ダークマターは知能がなければ扱えないにも関わらず初期知能がゼロになる。しかも性質変化していないダークマターはかなり脆い肉体なのだ。どうやら性質を確定させることで安定するらしく、それまでは何にでもなれる代わりに不安定な状態ということらしい。
加えてダークマターの肉体は繁殖能力を失い、迷宮が新しく作り出す以外には増える方法が無い。その代わり寿命もないのだが……
これらの欠点が大きい余り、歴代の魔王はこの肉体を使用しなかったのである。最弱スタートな上に繁殖も不可能となれば、さすがに魔物として欠陥が大き過ぎる。
「でも俺が想定している魔物にはこの肉体がピッタリだ。特殊能力との相性もいいし、これは選択するしかないな。見た目は時間がないからどうでもいい。スライムみたいな不定形でもいいだろ。むしろその方が成長極大とダークマターの特性を生かせるしな」
そうして魔物の創造を終えた星。かなり時間がかかったかのように思えるが、実は一分も経っていなかった。将棋で鍛えた集中力がこんな場所で生かされていたのである。
しかしそんなことには気づいていない当の星は早速とばかりに創造した魔物を顕現させる。
「迷宮の領域は霊峰全体に設定済みだ。周辺には魔力も豊富にある。これなら初めからでも五百体以上は出せるな。出てこい『アビス』」
すると星の目の前に漆黒の物体が現れる。ダークマターという謎物質で構成された迷宮の分身体。謂わば星の分身体とも言える新しい味方だ。光すらも呑み込むような色合いから名付けた『アビス』はグニャグニャと地面の上で絶えず形を変えている。とはいっても球状になったり卵型になったりといった変化程度だが……
「よし、行け!」
星はアビスに命令を出して穴の外へと向かわせる。魔力核は星の命令に従って次々とアビスを生み出し、アビスは星の命令に従って次々と穴の外へと向かっていく。
戦闘力ゼロ、成長極大。
初期知能ゼロ、肉体はまだ性質変化の出来ないダークマター。
ピーキー過ぎるアビスは星が与えた特殊能力を携えて穴の外へと飛び出していったのだった。