118話
アドラメレク社は現在、国盗りを画策している。
しかしながらそれは欲望ゆえのことではない。エスタ王国の安定を考え、最善の手段が国盗りであると判断したのだ。デビッド王はウルズ卿のことで貴族からの信頼を失った。社長代理エリオットは自分が王となり、独裁によって早急な回復を目指すことこそ最善手であると考えた。
そんな王宮事情は別として、アドラメレク社は同時並行で王国経済の回復も目指している。その一環として、暴走した迷宮の奪還は最重要事項であった。
「まさか短期間で内部構造まで変化しているとは……消耗させられましたね」
「迷宮の暴走って話は間違いじゃないな。早く魔力核を確保して安定化させねぇと」
「ゴブリン共も進化種が増えているみたいッス。これも悪魔の仕業ッスかね?」
「たまたまだろ。今回は北に現れた巨大トレントのせいで迷宮を管理する戦力が減っていた。不運が重なったのさ」
冒険者部門と呼ばれる迷宮攻略者たちは、城の迷宮下層を目指して移動していた。
主にゴブリン種と呼ばれる魔物が出現する迷宮で、魔石資源の採取場として利用されている。魔石は魔道具の燃料や魔法触媒など、用途が広いため採取が滞ると経済的な打撃が大きい。手早く魔力核を管理下に収める必要があった。
「この辺りは見覚えがある。その階段を下れば魔力核の保管されていた空間に出るはずだ」
「となると。例の魔物との闘いッスね」
「魔物目録未登録の新種だ。気を付けろよ」
「うへぇ。まだ未発見の魔物とかいたんですねぇ」
「今回の暴走で偶然誕生した可能性もあると、上は話していたけどな」
そんな雑談も、階段を降りるあたりから消える。
冒険者として多くの実績を残す彼らだからこそ、戦いの直前で気を抜いたりはしない。特に今は迷宮内で異変が起こっている状況だ。慎重に、盾持ちのメンバーを前に立てて下へと降りた。
特に罠もなく、無事に最後の階段を降りる。
少しばかり広い地下空間があって、その奥側に三つの通路があった。
「先日の調査では魔力核に続いていたのは左側だった。このまま進むぞ」
今回のリーダーがそう声をかける。
皆、黙って頷き、指示された左側の通路を進んだ。城の迷宮は壁も床もレンガで舗装されており、比較的歩きやすい。しかし一方で明かりはなく、魔道具でしっかり照らしながら進まなければならない。
こういった通路にもこっそりと窪みがあって、そこにゴブリン種が隠れ潜んでいることもある。注意しながら彼らは通路を抜けた。
緊張した彼らが、開けた空間を明かりで照らす。
そこは円形の空間であり、その中心には立方体の黒い何かが浮かんでいる。それは各辺に四つずつの立方体が組み合わさることで構成されており、ルービックキューブのような形状であった。
「展開!」
リーダーが叫ぶと同時に冒険者たちは素早く陣形を作る。
盾持ちが横並びとなって前に進み、槍使い、魔法使いと隊列を作った。そして遊撃を担う身軽な戦士たちが飛び出した。彼らは円形の空間を外周に沿って移動しつつ、魔道具を設置していく。それらは壁に張り付き、淡く優しい光を放ち始めた。
「よし、まずは視界の確保だ。邪魔されないように魔法攻撃!」
後衛の魔法使いたちが一斉に雷撃の魔法を放つ。今回の迷宮奪還のため、嵐属性の使い手が優先的に集められた。それは攻撃速度を優先した結果である。
『新種』は宙に浮きながらゆっくりと回転するのみであったが、すぐに反応を示した。立方体が組み合わさったこの新種は瞬時に分解し、そのうちの六つが平たく変形して横に繋がる。まるで新種を守る盾のように展開したそれは、嵐属性魔法の雷撃を防いだのだ。
「雷の魔法すら防ぐのか!」
「こいつが速いのは分かり切っていることだ! こちらに注意を引き付けろ!」
冒険者たちはこの新種と戦い、何度も撤退している。
その理由は防衛力の高さであった。今回の雷撃も、黒い立方体が変形した盾が地面へと細く針のようなものを伸ばし、電流を地面へと逃がすことで防いでいる。このように攻撃に対して瞬間的に有効な対処を行ってくるため、致命打を与えるのが難しい。
斬撃に対しては固く、打撃に対しては柔軟に変質までしてくる。
『再演算』
『推奨、照明魔道具の破壊による人類勢力の行動阻害』
『新規の術式を観測。雷の放射と推定。ダークマター体を金属変質』
『陣形の破壊方法の検索。決定、優先度を三とする』
『優先度二の行動。余剰アビスを剣形態へ変形。竜王牙へ変質。射出目標は照明魔道具』
『補助行動に入ります』
城の迷宮の守護者、七星ゴーレム・アリオトは演算を続ける。
その正体は六十四体のアビスが集合した姿だ。一体のアビスを核としてアビスネットワークで接続し、群体として行動することができる。司令塔としての役割を持つ核アビスは、他の六十三体のアビスを活用することで高い対応力を保有するのだ。
剣形態となったアビスたちは飛翔して照明魔道具を貫き、盾形態となったアビスは電撃の魔法を防ぐ。また剣や槍による物理攻撃も盾で受け止めつつ、ギロチンの刃へと変形したアビスが落下攻撃を仕掛ける。
高速で変形と変質を行い、あらゆる攻撃に対応できるよう設計されたのが魔力核の守護者たる七星ゴーレムだった。
「明かりを守れ! 守りながら奴の分裂体を引き付けろ!」
冒険者たちは設置した明かりが破壊されないよう、守りを置く。そのお陰で七星ゴーレムの深淵剣射出攻撃による破壊工作を防ぐことが叶った。
七星ゴーレムは常に予測演算を行い、冒険者たちの行動に介入してくる。それは射出攻撃だったり、盾化したアビスによる邪魔だったり、ギロチン化アビスによる不意打ちだったり、さまざまだ。そのどれもが優秀な冒険者たちであれば問題なく対応できる程度であるとしても、嫌がらせとしては充分以上に機能する。
「くそ! 忌々しいや奴め!」
「大きな魔法を使う! 少し時間を稼いでくれ!」
「了解だ。ぶち抜いてやれ!」
七星ゴーレム・アリオトは常に後手を取る。
行動原理は防御に傾倒しており、積極的な攻撃は見せない。それはつまり、攻めにくいということだ。なおかつ手数を生かして不意打ちも挟んでくるため油断ならない。まるでミスをするまで待っているような、そんな厭らしさを感じさせる。
とはいえ冒険者たちも迷宮攻略で飯を食っているプロばかり。その中でも上澄みがここに揃っている。簡単には連携も崩れないし、決定的なミスもない。司令塔となっている冒険者の命令に従い、有機的に行動し、時には臨機応変な対応すら見せ、順調に時間を稼ぐ。
後衛で待機している魔法使いたちを邪魔しようと七星ゴーレム・アリオトも射出攻撃を行うが、それらは全て前衛の盾持ちが弾き返した。
『竜王牙でも貫通が認められず』
『推測。強靭な魔法金属の盾』
『否定。推測される筋力量では頑丈な魔法金属の盾をあのようには扱えない』
『推測。炎属性魔力の活性効果が筋力を増強している』
『技量による防御の可能性を提案。仮説に基づく観測を推奨』
『是。観測、演算、修正……再演算』
『深淵剣形態での回転射出を提案。盾使いの技量を観測し、再演算を』
『是』
ゴーレムを形成するアビスの一つが変形し、漆黒の剣となる。それは空中で静止し、その刃を回転させ始めた。危険な攻撃が来る、ということは人類側も察したのだろう。邪魔をするべく余力のある者が前に出た。しかしそれに対しては盾形態となったアビスたちが横一列となり、突撃を仕掛ける。壁のような大楯のシールドバッシュは前に出た冒険者を弾き飛ばした。
しかしその冒険者は吹き飛ばされる直前、小さな球体を投げ込む。
それは弧を描いて盾アビスを越え、炸裂して爆炎を解き放った。
「やったか!?」
彼が投げ込んだのは弱い魔物ならば一撃で滅することが可能な高威力の爆弾だ。閉鎖空間では使用に注意が必要だが、一発で状況を逆転できるほどの性能である。
七星ゴーレム・アリオトは彼の行動を観測した途端、アビスネットワーク内の検索により爆裂魔道具の危険性を察知していた。防御のためアビスの数体を盾として配置し、核アビスを守るようにしていたのだ。当然ながらその材質は竜王鱗なので、核アビスは無事である。
『機能低下』
『深淵剣の回転射出中止』
『高威力の爆魔術を確認。ダメージコントロール開始。機能停止した個体の検索』
『検索終了。アビス二体の機能低下。機能停止はゼロ』
十六体のアビスが深淵剣形態となり、核アビスの周囲に並んで配置する。刃を外向きとして並んだ深淵剣は、高速で回転して冒険者たちを牽制した。こんな分かりやすい攻撃を食らう冒険者はおらず、一斉に飛び下がって距離を取った。
「効いているぞ! 今だ! 投げ込め!」
冒険者たちは一斉に爆属性魔法の込められた魔道具を投げつける。
熱と爆風は広範囲に広がり、これにはダメージが期待できると冒険者たちも喜色を浮かべる。爆発後もしばらくは炎が残り続け、灼熱が七星ゴーレム・アリオトを焼いた。核アビスを守るために二十体以上のアビスが犠牲となり、七星ゴーレムは大きく機能を欠く。
この瞬間を逃さないわけがなく、魔法使いたちは準備していた嵐属性魔法を放った。落雷にも匹敵する閃光が暗闇を貫く。アビスが盾に変形して核アビスを守るべく配置するが、この大電流は容易く貫通してしまった。盾アビスは消滅し、その代わりに雷撃は僅かに逸れて核アビスのすぐ傍を通り抜けていく。
『魔素の大規模散布を確認』
『提案、還元を優先』
『是』
魔法の使用後に残る魔素という残りかす。それは生命エネルギーの果てであった。この魔素に干渉し、生命エネルギーへと還元するのが無属性魔術の本来の使い方となる。魔物たちは魔素を吸収して自己強化が可能という特性を保有しているため、七星ゴーレム・アリオトもこの場の魔素を使って強化することはできた。
しかしその手段は選択しない。
魔素は迷宮に取り込み、生命エネルギーへと還元して竜脈に戻した。
『推奨、再誕』
『是、申請開始……承諾を確認』
残っているアビスは核のもとへと集合し、結合し、一つに混ざる。
またその状態でアビスネットワーク内から記録を検索して、ある姿を模倣した。それはアルギル騎士王国で学習した騎士の姿だ。三十体以上のアビスが集合し、人型を為しているため、その擬態は巨人の騎士となる。内部を構成するアビスは柔軟さを維持し、外殻となる鎧は竜王鱗へと変質する。これによって柔と剛を兼ね備えた巨大騎士が誕生した。
黒い巨大騎士は右手を蠢かさせる。すると鎧の一部が流動し、斧槍へと変形した。力強く斧槍は振るわれ、この戦場を撫でる。
「がぁっ!? ぁおおおおおおおおお!」
それを防ぐのは大楯を持った前衛の冒険者たち。
全身が痺れるほどの衝撃を何とか耐えて、押し込まれようとしている斧槍を受け止める。斧槍は瞬間的に延伸しており、もしも彼らが防がなければ後衛の魔法使いたちは殺されていたことだろう。
「今だ!」
掛け声と同時に遊撃担当たちが飛び掛かり、巨大騎士の関節部を狙って刃を刺し込もうとする。だがその瞬間、鎧の一部が切り離され、深淵剣となって射出された。慌てて冒険者たちは防御しようとするが、攻撃態勢から無理に切り替えたために幾人かは負傷してしまう。中には防ぎきれず、腕を切り落とされてしまった者までいた。
すぐに近場の者がフォローに入り、回復薬を使用してやる。この戦いのために欠損回復すら可能な最上クラスの薬まで持ち込んだのだ。そのお陰で誰一人として死ぬことはなかった。
「正念場だぞ! 気を引き締めろ!」
巨大な黒騎士の出現によって崩されかけたが、持ち直しは叶った。
冒険者たちは残る力を尽くし、城の迷宮を解放するべく黒騎士に挑む。その戦いは熾烈を極めた。時間にすれば三十分程度だったが、その密度を考えれば半日にも匹敵したことだろう。盾はほとんど原型を失うまで酷使され、剣は打ち直しを必要とするほど摩耗し、生命エネルギーの限界まで魔力を絞り出した。
暴走するように斧槍を振り回す巨大な黒騎士も、徐々に外殻を剝がされていく。その度に内側にいたアビスが変質して外殻となり補填するが、その分だけ動きは鈍く膂力も低下してしまう。
「来るぞ! 剣を飛ばす攻撃だ!」
「打ち落とせ!」
「面倒だ……なっ!」
「まったくだぜ」
最後の足搔きか、黒騎士はその一部を分裂させて剣へと形を変え射出してくる。そのタイミングは実に厭らしく、最大の嫌がらせとなるよう計算されていた。
しかしこれも冒険者たちは対応し、誰一人として殺すことはできない。それどころか弾いた深淵剣に対して的確な魔法攻撃を刺し込み、破壊してくるほどだ。
遂には黒騎士を構成する鎧部分が欠け、そこが明確な弱点となった。振り回される斧槍は盾が受け止め、放たれる魔法が足を崩し、そこに鋭い槍の一撃が迫る。
『緊急回避』
集合体となったアビスは、即座に分裂して槍の一撃を回避した。このまま受けていれば確実に核アビスは貫かれ、終わっていたからだ。
無事に槍の一撃は透かすことに成功するも、瞬間的にアビスは無防備となってしまう。
冒険者たちは誰に命令されるでもなく、各々の判断で一斉攻撃を行った。分裂したアビスを的確に狙い、剣で、槍で、魔法で、次々と仕留めていく。
そして遂には槍の穂先が閃き、核アビスを刺し貫いたのだった。




