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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
王手飛車取り~最古の迷宮編~
116/123

116話


 エスタ王国は北部に出現した巨大トレントから始まった災害の連続により、息継ぎの間もなく対応に尽力してきた。続く各地の迷宮で発生した大氾濫や災害、そして人型悪魔の出現、アンデッド騒ぎと、これ以上にないほど不幸に見舞われてきたと言える。

 しかしながら人間たちは協力して一つずつ解決に導き、エスタ王国は完全崩壊を未然に防いで見せた。

 巨大トレント討伐の戦利品として魔力核ダンジョンコアを手に入れたし、各地の迷宮で発生した騒ぎも収束の兆しを見せている。またアンデッドも武官貴族とアドラメレク社の尽力により討伐を完了させた。

 だが、ここでついに息切れしてしまったのだ。

 熾灰病という脅威が、ここで新たな厄災を芽吹かせてしまった。



『我が王へ報告。大迷宮を守護する七星ゴーレムは所定の機能を示しました。フェクダ、メグレズ、アリオトが人類との戦闘を記録。メグレズが二度討伐されましたが、バックアップ機能による高速再生が発動。不意を突き、撤退させることに成功しました』

「良かった。想定通りの機能になったみたいで」

『迷宮奪還に失敗した人類は効率的なドロップアイテム収集、また魔法植物、魔法鉱石の採取が叶わなくなりました。各地で物価の上昇を確認しております』

「熾灰病のせいで流通を制限しているのも物価上昇を加速させているだろうね。上手く重なってよかった。それに王宮とアドラメレク社の仲も悪くなっているし、このままいけば勝手に崩壊してくれる。もう放置しても大丈夫そうだね」



 アビスの報告を聞いたセイはほっと胸を撫でおろした。

 強固な結束を持っていたエスタ王国を潰すのは、非常に困難だとセイも考えた。そこで迷宮が踏破されず残されていることに目を付け、王国による迷宮管理状態からの脱却を最終目標としたのである。またこれらの迷宮群は新拠点としての役割にも期待していた。

 東大陸における竜種、精霊種、また悪魔や魔力核ダンジョンコアの解放のため、ネックとなるのは大帝国である。軍事力の面では圧倒的であり、大陸の半分以上を手中に収めているほどだ。いずれは必ず敵対しなければならない。その際に、エスタ王国に残されていた迷宮群は必ず役に立つのだ。



(エスタ王国を弱らせて、大帝国を誘引……迷宮を使って始末していき疲弊させるってのが最善なんだけど)



 調べた限り、東の大帝国は軍事力により版図を拡大させすぎたあまり、内政による安定化が追い付いていない。そこに美味しい餌をぶら下げ、食いつかせ、疲弊させ、内部から不満を高めていく。上手くいけば内戦を誘発し、自滅も狙えるだろう。

 すべてが上手くいった場合の理想論に過ぎないが、一応は第二第三のプランも用意している。

 抜かりはないはずだった。



「マリティアたちにもそろそろ引き上げるよう言いに行こう。アビス、悪魔たちはどこにいる?」

『検索……発見。民衆を煽り、クーデターを起こしています』

「なんで!?」



 セイの目的は自然の管理者たちの解放である。

 人に囚われ、利用されている管理者たちを摂理へと引き戻すために戦っている。しかし悪魔たちは自分たちの存在意義に従い、人の世と文明を破壊する。封印から解放してくれた借りを返すため、ある程度はセイの計画に従ってくれていた。だが力を取り戻しつつ悪魔たちは、やがてその存在理由へと身を委ね始めた。

 つまり、やりすぎてしまったのだった。






 ◆◆◆






 エスタ王国民の不満は段階的に蓄積されてきた。それに伴い、王家に対する不信感も募らせてきた。必ずしも王家が悪いわけでもなかったはずだ。ただ、運が悪かったようにしか見えないだろう。しかしそれでも、国民はどこかに責任を求める。そして国家の責任は統治者にある。

 何も対応できない統治者に対して、国民は新たな王を求めるのだ。



「城門が開いた! 中に攻め込め!」



 そんな掛け声とともに武装集団が王城へと雪崩れ込む。

 現在、王都サウルの王城は二代目国王の時代に建設されたものを原型としている。増築や改築こそされているが、所詮は大昔の建造物だ。本来の用途であった防衛拠点としての機能はほぼ失われており、容易く突破されてしまう。

 また簡単に事が進んだのは、何もそれだけが理由ではなかった。



「ご協力に感謝いたしますボールス卿」

「何を言う。全ては国を思ってのこと。エスタリオ王家では王国を立て直せぬ。そう決断したまでよ」

「必ず国を良くしましょう」

「私の他の貴族も手引きのため動いている。さぁ、早く」

「はっ! ではこれにて!」



 クーデターには一部の貴族も協力していた。

 彼らはその権威を使って王城の警備に穴を空け、あるいは城門を開くための手引きを行った。またクーデター成功後の正当性を担保するため、王家の不備不正に関する証拠書類などもまとめられている。

 加担した貴族たちも、あくまで国家を思って行動を起こした。

 氾濫を起こした迷宮の奪還もできず、熾灰病の治療方法を解明するどころか現王すらも病に伏せる始末。これでは現状の国に未来がないとみなされてしまっても仕方ない。相応しい統治者によって再興されるべきだと判断することは、決して間違いではなかった。



「忠義に反することは承知……しかしデビッド陛下には王を降りてもらわねばならないのです。もしもシェバ妃のことが事実でなければ、私もこんなことはしなかったというのに」



 反乱を支援する貴族はボールス卿だけではない。

 その理由はデビッド王に対する信頼が完全に消滅したからであった。原因はただ一つ。忠臣として知られていたウィリアム・ウルズ卿と彼の妻であったシェバのことである。



「本当に残念です。王よ。ただの噂であれば良かったのに」








 ◆◆◆







 エスタ王国で起こったクーデターの首謀者は、エリオット・アドラーという人物であった。彼は社長マスター代理として、アドラメレク社を取りまとめている。しかしながら王位継承権こそないものの、王家の血を引く人物でもあった。

 エリオットの母は王家の血筋であり、彼自身も王家の親戚から娘を娶っている。そのため血統という意味では正当性を有していたのだ。



「流石に王族の居住区は守りが固いか」

「エリオット社長マスター代理、離宮の一つを制圧成功しました。孔雀宮です」

「ハウリィ妃の離宮か。彼女は私の伯母上だ。丁重に扱い、説得するのだ」

「勿論です」



 アドラー家とエスタリオ王家の関係は深い。

 エスタ王国はそれぞれが経済と権威を担い、二つの柱としてきたからである。お互いに均衡を維持したまま発展し、王国は巨大化した。その中で二つの家は血を混ぜ合わせ、親戚となり、アドラー家は王家に準ずる血筋として認識されるまでに至っている。

 つまり経済力だけだったアドラー家は、権威を手に入れたのだ。



「我々アドラー家の立場は微妙だ。明確に貴族というわけでもなく、しかしながら貴族に近い特権を得ている。また王家の血も取り入れている」

「貴族という立場を与えてしまっては、アドラー家が一つ頭抜けた貴族になってしまうからですね。社長マスター代理のご先祖様が王家と取り交わした契約だとか」

「その通りだ。他の貴族たちもそのように認識し、我々とは距離感を保ってきた」

「しかしそうではなくなった」

「ああ」



 これまで王家に傾いていた貴族たちの心が、アドラー家へと向かい始めた。

 きっかけは一つの噂であった。

 デビッド・エスタリオ王は一人の女を欲するがあまり、忠臣を死地へ送り込み、殺したという。普通ならば即座に噂の出所が調査され、王を侮辱したとして処刑が実行されたことだろう。しかしそうはならなかった。これは噂ではなく、事実だったのだから。

 王の秘密を固く守る侍従は知っていた。

 かつてデビッド王はウィリアム・ウルズの妻シェバを気に入り、王宮に呼び寄せ、食事を共にし、同じ床で寝た。本来ならばこの不祥事は秘め事として、侍従たちの口から洩れることはなかった。王の秘密を墓場まで持っていくことも、彼らの義務だからだ。



「まさかアダマス鋼よりお堅い侍従たちが口を割るとはな」

社長マスター代理、彼ら侍従は国家のために秘すべきことは決して口にしません。ですがデビッド王は愚かな私情により貴族の忠誠を裏切りました。熾灰病に倒れたこともあり、現王は見限られたのです。おそらくは国のためにならないと判断されたのでしょう」

「まぁ理由は何でもよい。側室に迎え入れたシェバ妃は妊娠していたという。もしもあれがウルズ卿の子であれば、王宮に迎え入れられるはずもない。つまり、そういうことだろう」

「ただ単に隠し切れないから見限ったと?」

「理由は何でもよいといっただろう? 我々にとって重要なことは、エスタ王国が滅びかけているということだ。今すぐに国は生まれ変わる必要がある。それには我が父の影響力がいる。王宮が確保したという熾灰病の治療魔道具もこちらが手に入れなければな」

「あくまで噂なのでは?」



 熾灰病の治療方法については情報が錯綜している。実際に治ったという人物がいることは確かで、何かの魔道具を使ったということだけ分かっている。

 ただ、治療された人物はスラムの住人や子供であり、証言は要領を得ない。

 まるで愉快犯の仕業だった。

 アドラメレク社と王宮はその魔道具の情報を巡って水面下の争いを繰り広げ、溝を深めてしまっている。それがこのクーデターに繋がったという部分も否めない。



「神聖ミレニアとの交渉で本当に治療魔道具を手に入れたのだと、その噂に縋るしかあるまい」

「ええ。噂が出た時期から見て、まだ魔道具の安全確認段階でしょうから、使われていないはずです」



 防備を固めた王宮側はしばらく抵抗を続ける。デビッド王の嫡子と王妃が抵抗の意思を見せ、いまだ忠誠を示す武官貴族たちと共に籠城戦を行ったのだ。

 幾つかの離宮は数日を置いて陥落し、やがてエスタリオ王家も降伏する。

 エスタ王国は混乱のままに急激な変化を迎えたのだった。






 ◆◆◆






「や、やってくれる……流石は悪魔というべきか、結局は悪魔というべきか」



 今回ばかりはセイにとっても予定通りとはいかなかった。計画に近い過程こそ通っているが、あまりにも性急過ぎたのだ。そのため情報は錯綜し、真偽すらも不明な状況となっている。セイの情報網となっているアビスネットワークも、結局は人々の会話を拾っている。情報源ソースが不安定では強力な情報網とて役に立たない。

 王都サウルの治安は急激に悪化し、セイも安全に潜伏するのが難しくなったほどだ。

 そこで最古の迷宮に引き篭もり、隠れ潜むしかなかった。



「その辺のゴロツキを警戒しなきゃいけない魔王ってなんだよ……」

『下手に反撃して衛兵に詰められると危険です。目立たぬためには騒ぎに巻き込まれないことが一番であると愚考します』

「分かっているよ」



 セイは最古の迷宮の未踏区域にて小さな部屋を作り、柔らかい素材に変身したアビスへと体を預けている。もっともリラックスできる状態で頭を働かせることに集中しても、膨大な情報処理は追いつかない。

 裏取りのため直接動くことを控えている今、フェイクニュースだらけのネットワークから正しい情報を拾うのは困難を極めた。

 しばらくは身動ぎせず情報精査に意識を注いでいたが、やがてセイは勢いよく起き上がった。



「やーめた!」

『王よ』

「分かっているよ。でも今は効率が悪すぎるから、地上が落ち着いてからの方がいい。それより大迷宮の構造調整を先にしておこう。俺たちが奪還した魔力核ダンジョンコアを奪い返そうと躍起になっているみたいだから、早めに備えないと。悪魔たちと連絡は取れる?」

『否』

「そうか」



 考えを巡らせながら何もない部屋を歩き回る。

 情報を整理するためだ。



「エスタ王国で活動していたのは大悪魔マリティア、憤怒の悪魔イーラの二体だけ。そのつもりだった。だけどいつの間にか他の高位悪魔たちもこちらに来ている。マリティアが呼んだのか……? 熾灰病も悪魔の呪いという噂が広がっているし、とにかく悪魔に注目が集まっている。そこは俺にとっても都合がいい」

『検索……魔力の精霊王に該当する会話はゼロ件です』

「悪魔たちは最高の結果を出してくれた。だけどやりすぎてしまうと、今度は悪魔を討伐するために人類が力を合わせてしまう。そうなると俺たちは勝てない。竜王みたいな味方を増やすか、人間を油断させて内部分裂を生むか……」



 ここからエスタ王国に対してセイが出せる手はない。もう流れるがままに状況は進んでいく。手段を選ばなければ時間稼ぎも叶うかもしれないが、正体を晒すリスク、手札を晒すリスク、悪魔と対立するリスクなど、様々な悪影響が想像できる。

 エスタ王国の抱える七つの迷宮は手に入れ、接続し、大迷宮として再臨させた。

 この大陸における重要拠点を準備できたとして満足すべきかと考え始めた。



「優先順位を変えよう。七つの魔力核ダンジョンコアを連結させた最古の大迷宮が今回の成果。これを最大限活かすためには、防衛力を高める必要がある。迷宮の大規模変遷は……魔王の存在を疑われかねないから、迷宮の地図を壊すか」

『迷宮地図の原本はアドラメレク社が厳重管理しております。所在地……不明』

「それを探すところからとなると、時間がかかりそうだね」

『小動物に擬態させ、捜索しますか』

「いや、こちらから探す必要はない。向こうから出させる。迷宮の一部を崩落なんかに見せかけて大きく変える。そうすれば地図の書き換えのため、出さざるを得なくなるからね。だから捜索じゃなく、できる限り均一に配置して、アドラメレクの動きを早く察知できるようにしてほしい」

『是』



 これが最低保証ラインであって、目標値はもっと高い。

 再計算した手順の多さには、セイも辟易した。






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