105話
待たせたなぁ(震え声)
エスタ王国北部に突如として誕生した超巨大魔物への攻勢計画が準備完了となり、王国やアドラメレクは最前線に向けて最大限のバックアップを始めた。医療器具、自由組合から仕入れた魔力回復薬、予備の武具に追加の兵士など、大量の支援物資及び援軍が送られる。
そしてこれらを最前線まで運び込むようデビッド王より命じられたのは、ウィリアム・ウルズであった。
彼は王命と共に王の手紙を抱え、本陣へと入る。
「おお、久しいなウルズ卿」
「今日までの本陣指揮をありがとうございます。陛下への報告を済ませ、また王命を携えて戻って参りました。遂に攻勢を始められます」
「こちらも準備は整っておる。やはり指揮はウルズ卿が?」
ウィリアムを出迎えたのは本陣指揮を代理していたリカルドであった。
彼は早速とばかりに指揮権を返還するべく、引き継ぎ資料を部下に持ってこさせようとする。しかしウィリアムは彼を止めた。
「いえ、私は陛下の勅令により、精鋭を引き連れて魔物を討ちに行きます。アドラメレクの方々と共に最前線で戦う役目を預かりました」
「なんと……確かに貴公の武勇ならば納得だが、しかし」
「陛下にもお考えがあるのでしょう。それに全てをアドラメレクに任せるというのも、国家の体裁上よろしくはないですから」
「ふむ。陛下のお考えということなら仕方あるまい。武運を祈ろう。ということは、指揮はやはり私が担当するのかね?」
「はい。代理ではなく正式な任命書も預かっています。これをどうぞ」
ウィリアムが封書を手渡す。
受け取ったリカルドはすぐに開封し、任命書を確認した。ウィリアムが言った通り、リカルドを新しい指揮官として任命する旨が記されている。また添付されていた手紙にもウィリアムに超巨大トレントへの道を切り開く特攻部隊を率いさせるよう命令が記されていた。
「確認した。指揮官の立場を承った」
「はっ! よろしくお願いしますリカルド卿」
「うむ。同じく部隊を率いるグリゴリ・アドラー殿とも話し合ってくれたまえ」
「はい。陛下からアドラー殿への手紙も預かっております故、すぐに」
無数のトレント系魔物を生み出し、侵攻を続ける超巨大魔物の討伐。
エスタ王国に被害をもたらし続けるそれを消し去る術に、ようやく目途がついたのだ。これより、本来の討伐作戦が始まる。
醜い謀略の場として。
◆◆◆
魔王にとって迷宮とは非常に居心地の良い場所だ。
万全な守りに加えて、迷宮内の自由な転移が保証されている。つまり敵対勢力と遭遇したとして、すぐに逃げることが可能なのだ。魔力核を守る必要はあるものの、このエスタ王国に至っては迷宮を資源の宝庫として扱っているため、攻略される心配はない。
ただ、問題はエスタ王国が六つの迷宮を制圧していることである。最古の迷宮を含め、この国が保有する迷宮は全部で七つ。そして最古の迷宮以外は魔力核の保管されている最下層まで制圧されてしまっている。
(こいつは厄介だな)
王都サウルより北東に位置する迷宮の底で、セイは呟いた。
ここは灰の迷宮と呼ばれる場所であり、火山と融合するように洞窟型迷宮が広がっている。内部ではマグマの動きなどが制御され、川のように流れている。出現する魔物は主にファントムラット系だ。進化すればグラトニーと呼ばれる魔物になるこれは、ドロップアイテムとして胃袋を落とす。これは時空属性を帯びており、アイテム袋の材料となるものだ。
アイテム袋は容積を超えて収納できる貴重な物資だ。
つまりエスタ王国にとって灰の迷宮は絶対に死守するべきもの。仮に魔力核を破壊でもされてしまえば目も当てられない。
故にコアが保管されている最下層にはエスタ王国軍兵舎が立てられ、中には騎士が常駐していた。また騎士だけでなく冒険者も何人か雇われている。
(どうやって確保したものか……)
セイの目的はこの国に存在する七つの迷宮を接続した大迷宮を作ることである。しかしそのためにはコアを確保する必要があり、そこで躓いていた。
最古の迷宮を除く六つを回った結果、全てのコアが人類によって確保されていた。
だがこれでも王異種ユグドラシルが暴れているお蔭でかなり防衛戦力が減っている。普段ならばもっと防衛戦力は多いハズだ。国家の生命線である迷宮を守る任務に戦力が割かれていない方がおかしい。
(やはりもう少し混乱を強めた方がいいか。アビス、戦力調査に時間をかけろ。マリティアの仕込みで国が割れた瞬間が狙いだ。それまでは身を潜めろ)
『是』
◆◆◆
ウィリアムは王からの手紙を携え、戦の準備を整えるグリゴリ・アドラーの元へと訪れていた。グリゴリは作戦に向けた冒険者の配置換えなどを行っている所であった。
「失礼、アドラー殿」
「あなたはウルズ卿ですね。いつお戻りに?」
「つい先ほどです。アドラー殿に陛下から手紙も預かっております。これをどうぞ」
「わざわざ申し訳ありません」
手紙を受け取ったアドラーは封を開けて中身を確認する。
王族からの正式な手紙であるため、時候の挨拶などから始まっている。他にもアドラメレクに対する配慮や、契約に関する事項などが長々と記され、最後にようやく本題があった。
「なるほど。ウルズ卿も我らと共に討伐作戦に参加すると」
「はい。王命です。私と精鋭数名で微力ながらお力添えいたします」
「分かりました。隊列に組み込みましょう。後に冒険者精鋭の隊列を本陣に提出する予定だったのですが、よろしければウルズ卿も会議に参加していただけますか?」
「喜んで」
エスタ王国として超巨大トレントに対処している以上、討伐隊に騎士を組み込みたいという王の思惑はグリゴリにも理解できた。
(しかしまさかウルズ卿を最も危険な一番前に配置して欲しいとは……)
王の手紙に書いてあった内容はグリゴリを以てしても驚きであった。この巨大魔物討伐の功績に王家が深くかかわっていることを示すための体裁的な意味なら、最も安全な隊列の後方にウルズ卿たちを配置すれば良い。しかし隊列の最前列ともなれば、死の危険が付きまとう。
とはいえ王の命令は絶対だ。
「さて、ウルズ卿には現在の状況から説明しましょう。まずこれが戦況となります」
グリゴリはテーブルに広げられた地図と、そこに並べられた駒を指し示す。
「相変わらず魔王種のトレントは無数のトレント種を召喚し、壁を作っています。上位種も多く、突破にはかなりの戦力が必要となるでしょう。こちらも私を含め、多くの上級冒険者を揃えています。トドメは私の持つ竜殺剣として、突破のために百人を選別しました。それがこのリストになります」
「百名……よくぞ集めたものですね」
「我が社が誇る冒険者たちですから。基本的には私が竜殺剣で道を開き、冒険者たちでその道を維持。そうして突破口を開く作戦となっています。ウルズ卿には私と共に魔王種の元へと向かっていただけますか?」
「是非もない。王の命令とあらば、命を賭けましょう」
忠義の騎士ウィリアム・ウルズは躊躇いなく頷く。
彼の仕える王が裏切っているとも知らずに。
◆◆◆
冒険者として戦場に潜り込んでいる憤怒の悪魔イーラは、今日も今日とてトレントを燃やしていた。彼女の操る炎爆属性魔術は非常に有効だ。延焼によって広範囲のトレント種が燃やし尽くされ、戦線の維持に役立っていた。
「やぁイーラ。相変わらずだね」
メルド・アドラーが彼女の隣に立つ。
そんな彼に対し、イーラは侮蔑の視線を向けるだけであった。しつこくアプローチを駆けるメルドにいい加減、辟易していた。彼女が怒りのままに殴っても喜ばせてしまうだけなのだから、それも当然かもしれないが。
「邪魔だ。私の隣に立つな」
「僕の配置がここだから仕方ないのさ。命令に違反するわけにはいかないからね」
「ちっ……」
あまりにも鬱陶しいのでほぼ無意識に殴る。
高位悪魔の膂力は凄まじく、常人ならば肉体が爆散しても不思議ではない威力だ。だが、メルドは自動回復のスキルと聖魔力による回復で耐えきってしまうのだ。更にはマゾヒズムという性癖まである。彼にとってイーラの殴打は快感以外のなにものでもない。
「うぅ……もっと、もっとだ!」
「くそ」
「僕は君が結婚に了承してくれるまで離れないよ」
「死ね」
イーラは思わず魔術で彼を燃やしてしまう。
だがやはり彼の能力によって火傷一つ残らない。本来は仲間への攻撃など反逆罪に問われかねないものだが、メルド自身も喜んでいるということでもはや日常と化していた。今やほかの冒険者たちですら微笑ましく見守るほどである。
火傷から完全回復したメルドは、ふとイーラに尋ねた。
「そういえば知っているかい? そろそろあれを討伐するようだ」
「ふん。ようやくか」
「戦線維持の戦力と、トレントの壁を突破して魔王種を倒すための戦力を選別し終わったらしくてね。早ければ五日後には決行されるはずさ。どうやら、アドラメレクの兵器部門が色々と新兵器を持ち込んだらしいからね。戦線維持はそれに任せるんじゃないかな?」
「新兵器?」
「東から流れてきた武器でね。火薬で金属の塊を飛ばすというものらしい。魔術なしで一定の威力が保証されている上に、大量生産も可能。戦線維持には丁度いいと聞いたよ」
それはイーラも初めて聞く兵器であった。
長らく剣の中に封じられていたということもあり、また元の性格もあってイーラは人間の技術に詳しくない。メルドのざっくりとした説明でも大した兵器には思えなかった。
高位悪魔とは人知を超越した存在だ。肉体に依存せず、存在そのものが概念である。故によほどのことがなければ死を迎えず、仮に死んだとしてもすぐに転生してしまう。だから五百年前は封印という手段によってこの世から追放された。
そんな理由もあり、イーラは人間の技術を脅威と考えていなかった。
「興味なさそうだね」
メルドは笑いながら問いかける。
事実、イーラは全く興味がなかった。
「せっかく興味があるかと思って一つ作ってもらったのに」
メルドは腰に手をやり、何かを取り出す。黒塗りのそれはいわゆる拳銃であった。トリガーを引くだけで子供ですら人を殺せる機械である。
だがイーラからすれば刃すら付いていないただの鈍器にしか見えなかった。
好意を寄せる人物に自慢して気を引こうと考えていたメルドからすればがっかりといった様子である。
「イーラは知りたくないかい?」
「興味ない」
「残念だよ。せっかくの特注品なんだけどなぁ。仕方ないか。だったらこれはどうだい?」
彼は燃やされているトレントに銃口を向け、引き金を引く。
パンッと鋭く弾ける音が耳をつんざき、イーラは不快そうにした。だが次の瞬間、それは驚きの表情に変化する。銃口から飛び出した弾丸は燃えるトレントに直撃し、そしてトレントは一瞬にして氷結してしまったのだ。
イーラを驚かせたことで気をよくしたメルドは気前よく説明する。
「どうだい? とっておきの魔術弾だよ。氷魔力を込めたミスリルの弾丸でね。ああやって誰でも魔術の効力を引き出せるのさ。聖魔力しかない僕でもこの通り。弾丸が高価なことが玉に瑕だけどね」
「黙れ死ね」
「ご褒美ですっ!?」
人間如きの技術で驚かされてしまったことに苛立ちつつ、彼女は理不尽をぶつけた。




