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最近の人類は魔王をナメている  作者: 木口なん
王手飛車取り~最古の迷宮編~
102/123

102話


 生命龍王は生命エネルギーを生み出す、大地の母だ。あらゆる生命体は生命龍王より生まれ、生命龍王へと還っていく。

 竜脈は辿ると、全て生命龍王へと帰着する。



「意識は、あるのか?」



 セイは問いかけた。

 しかし生命龍王は眠ったかのように反応がない。本当に眠っているのかもしれない。ただ、蛇のような長い胴を横たえ、ピクリとも動かなかった。



「取りあえずマリティアを迎えに行くか……」



 竜王と龍王は似て非なる存在。

 この世界を管理するのが竜王の役目だとすれば、世界という土台を維持するのが龍王である。まさに格が違う。魔力の精霊王であるセイからしても規格外の相手が龍王だ。戦ったり、支配しようとは思わない。ここはそっとしておくのが正解だ。

 セイは転移で迷宮の外に出た。






 ◆◆◆






 深淵竜アビスドラゴンの上で待っていたマリティアは暇を持て余していた。セイが迷宮の中に入ってからそれほど時間が経っていないにもかかわらず。



「適当に人間ゴミ掃除でもしようかしら?」



 そんな物騒なことを呟く。

 正直な話、マリティア一人で今のエスタ王国を滅ぼすことは可能だ。王異種ユグドラシルの討伐にほとんどの強者が向かっているため、主要都市の守りは薄い。マリティアと戦えるほどの者は残っていないのだ。

 しかし、それはセイが禁止した。

 このエスタ王国には役目がある。完全に滅ぼすのは避けたい。そんな要請により、マリティアは暴れることを意図的に止めていた。



「早く楽しいことがしたいわね……」



 そこにセイが戻ってくる。

 マリティアの言葉を聞いたのか、少し申し訳なさそうだった。



「我慢させて悪い。でも仕事だ。これから迷宮を改造するから、ついてきて欲しい」

「いいわ。私は何をすればいいのかしら?」

「この最古の迷宮を含め、周辺にある合計七つの迷宮を接続する。七つの魔力核ダンジョンコアを並列起動した大迷宮を完成させたい。それでマリティアには迷宮に入ってくる奴らに混沌魔術で呪いをかけてほしいんだが……できる?」

「簡単なことね。どんな呪いがいいかしら」

「病気だな。潜伏期間が一週間ほど。それと感染するタイプがいい」

「分かったわ。面白そうね。任せて」



 ペロリと唇を舐めて妖艶な笑みを浮かべるマリティア。実に悪魔的な笑みである。

 セイとしては頼もしい限りだ。



「じゃあ、迷宮内部に行こう。そこからは別行動になる。手を」

「エスコート、お願いね」



 転移魔術陣を展開し、セイ、マリティア、深淵竜アビスドラゴンの姿が消える。

 北部から王異種ユグドラシルの脅威が迫る中、内側にも新たな脅威が生じていることを、まだ誰も知らない。





 ◆◆◆





 北の戦線は非常に厳しいものだった。

 王異種ユグドラシルの力は圧倒的で、まるで攻撃が通用しない。何より厄介なのが、トレント種を無制限に生み出してくることである。少しずつ戦線は押しているが、本当に微々たるもの。何か突破口が必要だった。



「ウルズ卿、左翼を押し返しました。しかし補給が追い付きません。アドラメレクの方々に大量の物資を運搬して頂いていますが……」

「限界、ということか。少し戦線を広げ過ぎたな」



 指揮官として地図と睨み合うウィリアム・ウルズ。彼は今回の戦いが長期戦になることも承知しているが、こうも戦線を押し返せないと苛立ちが募ってくる。

 愛する妻と会えないことも原因の一つだ。



「……やはり盾としての役目が精々か。どう考えるグリゴリ・アドラー殿?」

「やはり我々が矛となる他ないでしょう。こちらも本社に連絡し、実力者の選定を終えました。今は招集を続けております」

「補給が追い付かないのだが、どうにか増やして貰えないだろうか」

「頭が痛い話です。こちらもギリギリですので……民需を削ることになります」

「それで構わない。私の方から王に手紙を書き、民への対応をして頂く」

「では、手配しましょう」



 アドラメレク社長マスターグリゴリは早速とばかりに控えさせていた秘書と相談を始める。

 一方でウィリアムは座っていた椅子に背中を預け、大きく息を吐きだした。王の許可があって初めてアドラメレクの運輸部門も動き出す。ゆえに物資の困窮が改善されるのは少なく見積もっても十日は後である。



(今のまま戦線を維持するとなると……今夜は寝れんな)



 現存する物資の配分、戦力の配分、それらを話し合うだけでも時間が足りそうにない。そしてこの戦いにおいて決定的に戦争と異なる部分がある。それは夜間であろうと問答無用で魔物が攻めてくるということだ。一日中、決して気を抜くことができない。



(そろそろ、部隊を丸ごと変えることも考えねばならんか)



 人間は何か月も戦える強い生き物ではない。

 ローテーションで部隊に休暇を与え、家に帰さなければならない。自分もその内、帰宅できるだろう。とはいえ、代わりになれる指揮官は少ない。休暇替わりに王へと報告するだけで、すぐに戦場へと舞い戻ることになるはずだ。

 やることが多く、こうしている間にも増え続ける。



(どうしてあんな魔物が。もっと戦力のある大帝国側に行ってくれたら良いものを)



 そう思わずにはいられなかった。





 ◆◆◆





 戦場は凄惨だ。

 どこまでも非生産的で、何一つ生み出さない。平和への通過点だという者もいるが、それは戦争を知らないから言える楽観的な言葉に過ぎない。戦いは怨みを増幅させ、憎悪を生み出す。

 そして戦場において何よりも最悪で、最上級に非生産的なのは魔物との戦いである。

 魔物の大規模侵攻はまさに災害。

 百害あって一利なしだ。いや、魔石やドロップアイテムがあるので一利ぐらいはあるかもしれないが、基本的に害しかない。



「怪我人を下げろ! もうここは持たない!」



 津波の如く押し寄せるトレント種を前に、冒険者たちは引き下がるしかない。迷宮攻略を生業とする彼らは、必ずしも戦闘が得意なわけではない。中には魔物が蔓延る迷宮内で上手く隠れ進む者もいる。



「東にもっと人数を割り振ってくれ! ヤバいのがいる!」

「あ、あれはカラミティウッドじゃないか! 本でしか見たことがないぞ!」

「俺たちじゃ無理だ! あんなの勝てるかあああ!」



 戦線は東西に長く伸びている。

 一か所でも突破されると、そのまま迂回して包囲されかねない。迂闊な後退は味方への被害を生む。しかしカラミティウッドを前には下がらざるを得ない。



「仕方ない! 下がれ!」



 戦闘指揮をする騎士の命令で冒険者たちは下がる。



「充分に引き付けてから包囲せよ。誰か正面から受け止められる奴はいないか!」



 カラミティウッドは国が軍を出動して倒す必要のある魔物だ。断じて、雑魚のように湧いて出る魔物ではない。戦線の一角で大量のトレントを引き連れたカラミティウッドを倒す方法など、彼らにはなかった。

 巨大なトレントという単純な質量の強さがカラミティウッドを凶悪なものとしている。

 僅か数名から数十名では進撃を止めることすらできない。



「うわあああああ!」

「ぎゃああああああああ!」

「クソ! もうだめだ!」



 そして質量の化け物だけに、一度戦線が崩れたらもう戻せない。そのまま押し潰される。

 もう突破される。

 そのように思われた。



「ふん。雑魚め! 《大爆裂エクスプロージョン》」



 そんな声と共に、大爆発が引き起こされる。空気を揺らすその爆発により、皆が耳を塞いだ。近くにいたトレントは爆風で薙ぎ倒され、冒険者たちも踏ん張り切れずに倒れる。

 爆音と爆風が通り過ぎた時、上半分が吹き飛んだカラミティウッドがいた。勿論、そこまで破壊されたら魔物といえど死ぬ。カラミティウッドは魔石と木の実を残して消え去った。



「邪魔だ! どいてろ」



 腰を抜かした冒険者の一人が襟首を掴まれ、投げ飛ばされる。そのぞんざいな扱いに猛抗議しようとしたが、彼は驚いて口を噤んでしまった。

 そこにいたのが年端もいかない赤髪の少女だったからである。



「《墜火滅却カタストロフィ》」



 少女にして憤怒の高位悪魔イーラが左手を掲げる。

 すると天から燃える硫黄が雨のように降り注ぎ、迫るトレント種を次々と打ち砕き始めた。その熱と毒性により都市すら滅ぼすのが《墜火滅却カタストロフィ》という魔術である。木材としての性質を有するトレント種も例外ではなく、次々と霧散して魔石やドロップアイテムを落とした。

 この圧倒的な魔術に冒険者たちは手を止める。

 その間にもイーラは飛び出し、ハルバードを片手で振るってトレント種を切断し始めた。

 ようやく正気に戻った指揮官が、やっとのことで指示を出す。



「い、今だ! 押し込め!」



 上位種ならともかく、通常種のトレント種ならば冒険者でも余裕である。数は多いが、魔術攻撃をメインとしてすぐに押し返せた。



「あの少女、何ということだ。あれが英雄クラスの人物か……」



 前線の一番前で暴れまわるイーラを見ると、そう思わざるを得ない。冒険者の中には確かに英雄と言える人物が幾人もいるが、イーラほどの人物はそうそういないのだ。

 天からは次々と炎が降り注ぎ、大地は隆起してマグマが湧き出る。指揮官が担当する戦域だけに留まらず、広範囲のトレント種を殲滅していた。

 もうイーラだけでいいんじゃないかと思うほどの戦果だ。

 この日、大きく戦線を押し上げたのは言うまでもない。






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