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ママの星  作者: ホモはメンヘルちゃん
8/21

脳憑き:ママ

たとえ人が全世界をもうけても、自分の命を損じたら、何の得になろうか


マタイによる福音書 16:16

 ・・・何者かが、(ほし)のうちに入ってくる。



 宙を超えて、磁場と灼熱の結界を超えて。


 飢望、羨望、嫉妬そして憎悪、尋常ならざる帰依の欲求者が、再び。


 古代、砂の国で人々に知恵と力を授け、神と崇められた者たち。


 


 太平洋に赤さび色の暁が訪れるころ、私は星女の力が降り注ぐ場所へと飛んだ。感じた力から推測するに彼女たちが下りてくるポイントはこの付近であり、迎撃のためには待ち伏せておく必要があった。この力の持ち主を、私は知っている。狡猾な狩人として、人間に狩猟の知恵を授けたかつての神である。





 「・・・アセトッ!」


 私は雲よりもはるかに高い位置で、迫りくる侵入者の名前を叫んだ。

 それは星女がかつて人につけられた名前だった。



 姿は見えない。



 しかし、雲海から旧支配者と亡霊部隊の高射砲が何もない空間に向けて数発撃たれた。雲で遮られても旧支配者はセンサーの支援を受けて星女を正確に撃ち抜くことができる。だが、超高圧のプラズマ電荷水弾は何にも命中せず、宙へ一直線に伸びていった。


 時を移さずして、数百発の細い水弾と2発の太い水弾が見えない彼女を追いかけるようにして撃たれた。


 「・・・捉えているが・・・早いな・・・」


 女性の機械音声が私の胸元から発声された。


 「・・・充装填・・・潜・・・る・・・」



 音声はとぎれとぎれになりながら、フェードアウトした。旧支配者は3発の射撃を行うと10分程度のチャージタイムが必要らしい。その間は、少々威力の劣る部隊高射の援護のもとで戦わねばならない。だが部隊は日が完全に出てしまうと隠密性の確保のために撤退しなければならないため、長い間の活躍は期待できない。



 しかし、すでに太陽は5分の2ほど昇っていた。


 

 私も彼らの射撃に倣い、また空気の揺らぎを鋭敏に察知してプラズマ弾を放った。感覚をすませることで彼女の行方を察することは可能だ。だが、確信をもって狙えているわけではなかった。



 なぜならば、ここまでの流れで、彼女の姿を私は一度も目撃していないからだ。



 そう、彼女の姿はまったくの不可視なのであった。



 彼女は、光線と体内の原子配列を操ることで自身を透明化する技能を最も得意としていた。加えて、優れたハンターであるために、気配を殺した暗殺も必然的に得意としていた。姿を消し、気流に紛れ、かまいたちのように一瞬で命を奪い去る。


 

 

 突如、彼女の気配が消え失せた。



 なぜだ、先ほど感じていた彼女の発する揺らぎと気配が、感じられない。


 

 不気味な平穏が、雲海より上の空を支配する。


 私は静止していてはいけないと考え、とにかく大きくレヴォリューション(旋回機動)を行いつづけた。見えない刃がいつどこから襲ってくるかわからないという恐怖は、精神的な消耗をもたらし、集中力を奪う。そういう類のダメージが蓄積すると、どれだけ身体が屈強であっても生物を確実に戦闘不能へとおいこむのだ。


 彼女は好んでいたし、楽しんでもいた。一方的な狩猟を。



 ・・・ふ・・・



 ジィッ・・・!!!



 !!!!!!!!!



 不意に私の目の前が、橙色にひかる縦の熱線によってさえぎられた。

 

 私は反射的に右腕を大きく薙ぎ、自身を守るガスの防護膜を爆散させた。


 膜の破片はプラズマを伴わせた鋭く熱いガラス様の破片となり、四方八方の空気を貫き、眼下の雲海をハチの巣にせしめた。




 真ッ正面から切り付けられたのだ!




 彼女は私をからかっているのだろうか。以前の戦いで受けた屈辱を晴らすために。


 本当に私を殺すのならば、彼女は迷うことなく飛行中に防護膜の薄くなる背後から攻撃するだろう。にもかかわらず、彼女は正面を切り付けた。その彼女の意図はなんだ?



 しかしはっきりとしていることは、彼女はおのれの弱点を克服していることだ。


 以前の彼女のクローキングは、斬撃の際のプラズマ光、風切り音と空気の揺らぎ、などそれらにおいて完成度は高かったものの、完全ではなかった。


 今は・・・今は、全くわからない。



 先の斬撃のときも見えたプラズマはほんの一瞬だった。それはまるで居合のような、無駄のない動き。


 

 私のかつて知っていた手ごわい狩人ではなく、より洗練された忍者のような動きをしている。


 それに防護膜の爆散から回避できる素早さは、まさしくそれなのである。



 ・・・早く・・・洗練されている・・・!


 

 ・・・こんなことはありえない進歩だ!




 私はとっさに下の雲海へと飛び込んだ。雲の中ならば、雲の揺れが彼女のふるまいを教えてくれる。私は彼女の動きがつかめるよう全方位に集中した。


・・・だが彼女は狩人だ。狩りの大原則、待ち続けることもできるはずだ。



 しかし、それはそれでこちらに有利な状況だ。もう少しすると、旧支配者が浮上し、掩護射撃をしてくれるだろう。彼のセンサーには、彼女が映っている。明確な姿かたちは見えなくとも、位置さえわかればそれだけでも戦況は変わり得る。



 「再浮上」


 旧支配者の機械音声が胸から発せられた。


 「・・・敵の位置はIRにて捕捉・・・射撃再開・・・」



 音声が終わると、間髪入れずに一筋の太い水弾が雲を切り、私の頭上右ななめ45度の空に打ち上げられた。すぐさま打たれた2発目は私よりもかなり離れた場所へと放たれた。やはり、かなり敵の飛行速度が速いようだ。すかさず、三発目が準備された。

 

 だが、三発目は撃たれなかった。



 「・・・危ないッ・・・!」



 「え・・・?」


 

 機械音声が焦りをにじませていった。



 「・・・クソッ・・・!!」



 にわかに頭上から日光のような光を感じた。

 だが、それは太陽のようにやさしく温かなものでは決してない。



 それは狩人の刃が発するプラズマ。



 復讐と悲願の一撃。




 私の身体はやはり反射的に振り向いた。非常にその動きは素早かったはずだ。


 だが、世界は音を失い、白と黒に塗り替えられ、とてもゆっくりに感じた。



 しずかに、ゆっくりと、ゆぅっくりと・・・視界の端から徐々に、刃の持ち主が姿をあらわした。



視界はモノクロームに染まっていたが、一本に長く編み上げられた黒髪にアオサギの羽飾り、右瞼に深々と覆いかぶさる切創の跡、誇り高さを体現する鷲鼻・・・がはっきりとわかった。


 それは懐かしいわが宿敵の姿を間違いなく残していた。




 あぁ・・・アセト・・・!



 だがそれは似て非なるものであることに、私は驚いた。


 点のような遠くの獲物でもはっきりと捕らえる大きくて丸い翡翠色の瞳はすでに抜け落ち、かわりに白くてぬらぬらとした人魂のようなものが眼窩からあふれているのだ。



 そいつは、思念寄生体と呼ばれる存在である。 



 寄生体はあらゆる方法で宇宙をさまよいながら生物の体内、とくに神経細胞の活発な脳部分に憑りつく。やつの主なエネルギー源は、微小な電気である。特に脳の中に幾重にも存在するランビエ絞輪や樹状突起を信号として走る電気を好物としているのだ。


 そのために、やつのエネルギー摂取の過程で、被寄生体は神経細胞を走る電気信号を奪われ、あるいは寄生体の都合の良いように捻じ曲げられ、ブレイン・ジャックの状態にされてしまう。



 アセトは私に対する憤怒の感情を持ち合わせているが、これは奴にとって好都合なのだ。



 憤怒によって神経細胞間の電気信号を活性化させた脳は、寄生体にとっての絶好のえさ場となっているからだ。さらに寄生体は彼女の脳を乗っ取り、うまみを求めて憤怒の感情を昂らせようとしている。



 では彼女の脳が乗っ取られているのにもかかわらず、なぜここまでテクニカルな強さを持ち合わせているのだろうか。




 寄生体は被寄生体の記憶をあさり、はるか遠い過去から現在までの出来事を学ぶことができる知性を持っていると聞いたことがある・・・。


 主に戦いに関する記憶をあさり、被寄生体の身体を使って敵対者との戦闘で勝利を収めることで分泌されるドーパミン等の脳内物質を得るためだ。やつの積極的生存に必要な学習能力はこの脳内物質と密接な関係があるらしい。


 したがって、長らくの戦闘を経て、新しい戦術を生み出すことができるほど知性を持った個体が現れることも十分にありえる。彼女についているのは恐らくそれである。



 過去の彼女と似た点は見られるものの、強さの質は格段に向上しているからだ!




 やってきたのは彼女ではなく、彼女を模したそれ以上の何かだったというわけだ。


  




 ・・・彼女の土気色をした身体から憤怒の刃が振り下ろされ、私の防護膜は橙色に熱せられ始めた。膜は致命的なダメージを受け、もう数秒ももたないほどひび割れてもいた。



 君よ、地球ほしから追放してから幾度も刃を交えたが、こんな姿で会いまみえるとは思ってもみなかった・・・。



 だが、私にはもうひとつ思うところがある。



 ・・・君がそんなものに乗っ取られるはずがない。


 ・・・君はひょっとして・・・


 ・・・私を倒したいがために、わざとそんなものを取り込んだんじゃあ・・・?





 私は反撃もしないまま彼女のようなものを見ていた。



 私は正直のところ、彼女に対して愛と憎しみの感情を両方持ち合わせていた。彼女もまた、この地球ほしのことを愛し、想い、その結果私たち他の存在と対立したに過ぎなかったのだから。


 しかし、彼女が己の身体を得体のしれないものに明け渡してでも、この地球ほしとともに寄り添いたいと考えているのならば、この地球ほしを愛しているというのならば、私の管理者としての資格はどうだろうか・・・?




 ・・・本当に私はこの地球ほしに君よりも高く戦う価値を感じているのだろうか?



 ・・・本当に私はこの地球ほしに必要とされているのだろうか?



 ・・・君の正義感と愛は、私よりもはるかに勝っているものではないのだろうか?






 バチンッ!!!!



 何かが弾けるような鈍い音とたたきつけるような衝撃を感じ、私の視界は真っ暗になった。

  

 

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