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ママの星  作者: ホモはメンヘルちゃん
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星女のねがい1

 (……なんと……われが、我が、つくりだした白煙が、こうも利用されようとは……)




 我は濁り切った右目の視界の奥で、自らの浅はかさと彼女イシスの意志の強さを痛感した。


 我の体を突き抜けた稲妻は、内臓をことごとく焦がし、わずかに生焼けで済んだ嗅覚細胞がその気味の悪いにおいをつたえている。


 どれだけ体が黒焦げになったのかはわからないが、もう助からない。そんなことを理解させるにおいであった。



 我にはもう飛ぶための力が残っていなかった。それを掘り起こす意志さえも。


 ユラユラときりもみしながら落下していく。我の先には同じく落下しつつある彼女の体があった。




 (あぁ……そなたも限界だったのだな)


 


 ザブリッと彼女の体が海へと沈む。


 我の体も後を追って頭から海へと突っ込んだ。



 

 ……


 

 冷たい。


 

 まだ私に感覚が残っていたのは驚きであった。


 脱力した体は自然と浮き上がり、かろうじて海面へと顔を出すことができた。



 (死にぞこ、なったな……)



 しかしハァハァと呼吸が浅くなっているのが分かる。海中から顔を出したからではない。それは己の死期が近いことを示していた。



 (けっきょく、なにも、できなかった……)



 我がこの星にやってきた理由は、わが子たる人類たちを育成し、この星と共にすえながく発展をさせるためであった。



 彼女の体も無気力に海面に浮いている。幸いにも顔は上を向き、息ができるようだ。


 視界が濁りはっきりとはしないが、恐らく彼女は我よりも助かる見込みが大であるようにみえた。


 出血よりも力を使い果たし、一時的な仮死状態に陥っているのだろう。だが、いくら星女であってもこのままでは彼女の命が危険な状態である。




 (でも、でも……)



 かつてこの星に定住していた時も、多くの試練を人類に課した。しかしそれはこの星の住人が将来的に幸福になればよしと、我は、そう考えていた。




 (まだ……なにかしてあげられるかも……しれない)



 この星を追放される前から統率のための手段は、択ばなかった。



 (……この星のために……)



 今の星の管理者であるイシスを倒し、多少の混乱はあるとしてもこの星の住人を統率することこそ、その手段の第一歩であるはずだった。人類発展のために手段は、そう、択んでこなかった。



 今もそう。この星のために手段を選ぶことは、決してない。 




 (……かろうじて手首だけは動くようだな)




 我はバシャバシャと小刻みに水をかき、なんとか彼女のそばへと近づいた。そして独り言をつぶやいた。




 「われは……もう助からん。だから、だから……」


 

 うまく息ができない。海水が口に入ってガラガラとしゃべるのを邪魔する。



 「そなた、に、この星のみらいを、託す」

 

 

 我は彼女の手を取り自分の胸に当てると、最後の力を振り絞って生命の電流回路を発動させた。


 これは、ある一定の電気パルスを体内に流すことで、体の回復を急加速させる星女特有の治癒方法である。様々な創傷における治癒速度は早ければ早いほど良い。


 なぜならば、体を構成する細胞一つ一つが体全体のイメージを記憶しているため、完全治癒を目指すならばその記憶がまだ確かなうちに治療を可及的速やかにおわらせることがきわめて重要だからだ。


 細胞たちは体のイメージを常に更新しているため、治癒が遅ければ傷跡が残りかねない。




 「っく、……うぅっ!……ぐうぅ……ッ」



 パルスの制御は普段であれば造作もないことだ。


 だが瀕死の体で行うには辛すぎる。



 彼女の左腕に変化が表れた。小さな左手のようなものが生え始めているのだ。


 己が傷つけた相手だが、その回復模様に私の心には希望の灯がともった。不思議な気持ちであった。




 (さすが、我が宿敵! なんという生命力)



 実際、彼女の回復速度は驚くべきはやさであった。


 しかし、我の意識も同じような速さで急速に薄れていくのが分かった。先ほどの驚きも遠い過去の如く、様々な感覚が失われていく。




 (うふふ……我のいのちが、この星の中で、いのちの一部として環る……)



 いつしか我は失われつつある意識の中で得も言われぬ多幸感をかんじていた。 


 それは長い間、復讐の炎の中に潜んでいたひそかな帰属への渇望。


 自らを犠牲にしてやっと気が付いた、本当のきもち。



 

 (これで……これでいいの……この星のママの一部として、いきる、わ……)



 






 ……


 …………


 ………………




 

 「って、それでどうなったのよー!んもー!」


 

 あきらがガバっと私の胸から顔を上げた。頬が赤く染まっている。



 「最近こういうのばっかりよぉ、ママ!」


 「あはは、まぁまぁ。でも、わかるでしょう? ママは彼女ウラエウスのおかげで生きながらえてるってワケ。五体満足でね」


 「んー、でも不思議だよね。ママを倒しに来たのに、結果的にママを助けることになっちゃうなんて」


 「そうねぇ」


 「この星のことを考えて自分を犠牲にするって、なんだか私の想像してる星女のイメージとはかけ離れてるなぁ……」


 「うふふ、まぁいろいろな星女がいるものよ。その中にはこの星やあなたたち人類が大好きでたまらないから私に闘いを挑んでくる者もいるし、他の理由で攻め入ってくる者も当然いるわね」


 「なんだか愛されてるって言われても複雑だねぇ」


 「この星に対する私の愛が、引力となってあらゆるものを宇宙へ逃がさないのよ。知ってた?」


 「えっ!? うそ! マジ!?」


 「うっそぴょん」


 「ふぅ、ほんとかとおもった……」



 私はあきらのあたまをわしわしと撫でた。


 ……こうして過去を振り返ると私の教育方針はきわめて経験的なところからくるものであることがわかる。


 この子はいずれ星女と対峙する、だがかつての私のように危ない目に合わせてはならない。


 

 複雑な気持であった。わが娘を戦場に駆り出すのに無事でいろと。



 

 「ねぇ、ママは気にならないの?」


 「ん?なにが?」


 「どうして自分に命を託したのかって。それにママのお話から察するに、今でも生きてるんでしょう? ウラエウス」


 「うふふ、あきらちゃん、とても勘がいいわね? その通り、彼女はまだ生きてる。まぁ今の話はあらかた本人から聞いたんだけど、久しぶりに世間話でもしにいこうかしら」


 「えっ、ほんとに生きてるっていうか……結構軽いのりで会いに行けちゃうのね」


 「あきらちゃん、実は一回くらいあったことあるかもよ? 彼女は星女としてではなく、ひとりの人間として余生をおくっているのよ」


 「えっ、えっ」


 「まぁまぁ、一回会いに行ってみましょ」




 私はとまどうあきらの腕をいつものようにグイっと引っ張り、部屋の扉を勢いよく開けた。


 眼下には青い星の光が広がる。それは私と彼女の星。 




 「ど、どこへいくのーー!?」


 「行き先はぁ、あきらちゃんの住んでる市の市役所に、ね」




 私たちは一歩、空に踏み出し、そしてこの星の引力に身をゆだねた。





 「う? うえぇえええええええ!?」




 あきらの断末魔をおきざりに、私たちは垂直方向に加速していった。

 

 どこまでも青い星の光を、群青の瞳に焼き付けながら。


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