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ママの星  作者: ホモはメンヘルちゃん
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煉獄の星女2

 ウラエウスの剣がブーメランのように曲線を描きながら空を斬る。


 なんということはない、動かなければ危険はないはずだった。しかし、私の予想は間違っていた。



 私の放った矢がグンと鋭く向きを変えたかと思うと、なんと私自身に向けてそれはまっすぐ飛んでくるのであった。数十本の矢は束ねられて一本の太矢となり、私のすでに回復を果たした防護膜を砕いた。



 「うそっ!?」



 本来は膜に防がれて伝播しないはずの衝撃が私を大きく吹き飛ばした。ぐるぐると天と海面が猛烈に入れ替わる。


 一瞬のうちに私の身体は海面にたたきつけられたが、体の回転の勢いは弱まり体勢を回復するのに役立った。制御可能になった勢いを利用して大きく宙返りを打つと視界の端に上段に構える彼女の姿が映った。




 「今日がそなたの安息日だ」




 彼女はそうつぶやくと、蛇のような目をさらに赤く輝かせて大きく一歩を踏み出した。私の片つま先が海面に触れるのと同時に。



 その瞬間は非常にゆっくりに感じられた。ゆっくりに感じたからと言って素早く動けるものではないのだが。


 私の片足がかかとまで付き終わらないうちに、白い巨大な衝撃刃が水の刃を引き連れて目前まで迫ってきているのであった。無音の、だが圧倒的な威圧感を持ったそれは大気を震わせながらくるのであった。


 

 ……まだ回避行動をとりきれない。


 いくら星女とはいえ当たれば即死は免れられない威力だ。防御を張る間はない。打ち消すような攻撃を行うにも私の力では遅すぎる。


 ではこうするしか……!



 私は左腕で体を守るように構えた。そして衝撃に耐えられるように歯を食いしばり、全身をこわばらせた。



 覚悟が決まった瞬間、時は再び元の速度を取り戻し、衝撃刃は待っていたといわんばかりに私の左腕に喰らいついた。全身に走るその衝撃は体のそこまで響き、細い左腕からはバキバキやらミシミシやらと石が割れるような固い音がしている。


 それでも衝撃を必死にこらえようとするが、大気さえも激しく振動させるそれは私を喰らい潰さんとして一向に勢いを弱めなかった。腕を構える。それはとっさにとった行動であったが、助かるという可能性は未知であった。




 「うああ、あああああああああッ!!!!」



 何の力になるのかはわからないが、体が、本能が、生命がすべての力と運を振り絞るべく私に叫び声を上げさせた。



 

 バァーーーンッ!!



 大きな破裂音と共に私は、再び水平方向に体を激しく吹き飛ばされ、海面に投げ込まれた。


 ゴポンゴポンと数多の水泡が私の視界を泳ぎ、太陽の光が青い水中で水玉模様に揺れる。とっさに左腕を眼前にかざすと袖の部分は破れていたが、無事であった。


 私は戦闘時にあるまじき安ど感を胸中に覚えた。



 なぜ、私の左腕が無事であったのか。それは左腕に装備された術器タリスマンのおかげであった。


 この術器は私の力を増幅する特別な効果を封じ込めているものであり、ルビーのように見える術器の装飾は地球の核から作られた云わば莫大なエネルギーのタンクなのである。

 

 このエネルギーを保護するために極めて高い硬度を持つ複合鉱石が術器には使われており、私はとっさにその硬度に頼って盾として使ったわけである。


 命は助かった。


 だが、タリスマンが威力に耐えられず破壊されてしまい、エネルギーの補助を失った私の力は半分近くまで制限されることになった。相手が力を増した状況の中、自分の力が半減することは”最悪”を意味していた。


 


 「技ではまだ分があるかもしれない、でもそれがいつまで保てる? 力で押し切られるのは時間の問題……」



 冷たい海中で私は冷静さを取り戻したが、考は未だ悲観的であった。冷静だからと言って事態が好転することはない。おまけに防護膜の酸素供給がないので息が苦しい。



 海中に居られる時間はわずかであった。


 しかし、とりあえず海中から出ねばならないだろう。このままでは息は長く続かないし、海中では動きは制限される。単調な動きが多い彼女にとっては海中は有利な戦場になるだろう。逆に私は多様な動きで彼女を翻弄しなければならない。


 しかもそれは近遠距離を複合させた動きでなければならない。近くても遠くても彼女は私を先ほどのように追い詰めることができるのだ。とにかくも機動が生死を分かつ。



 それに彼女は直線的な攻撃を好む性格である。左右に機動することが鍵となるだろう。


 でもどれくらい左右に動けばいい?細かな機動ではだめだ。ぎりぎりまで引き付けなければ効果は薄い……。




 私は、いつの間にか息をするのも忘れるくらいに踊る水泡をぼんやりと見つめながら思案を巡らせていた。しかし太陽の光がちらちらと時折目に突き刺さり、それが彼女の剣の切っ先を思い浮かばせた。


 瞬きをした刹那、猛烈な息苦しさがよみがえってきた。



 

 「……彼女が迫ってきている……!」



 

 太陽の光と息苦しさが現状を思い出させてくれたようだ。


 私は、かろうじて思考の迷路から這いだすと背中の複翼をばたつかせて勢いよく海中から飛び出した。




 彼女は目前まで来ている、と覚悟を決めていた。


 が、意外にも彼女は私と距離をとり冷静にこちらをにらみつけていた。まるで何かを言うために私を待っていたかのように。




 「……そなたが左腕のタリスマンを犠牲にして自分の身を守ることはわかっていた。もう今までの力をふるうことはできまいよ。……感情的に斬りかかったとはいえ、我はそなたの命が本望ではないのだ」


 「……何が言いたいのかしら……?」


 「降参せよ、降参して異星へと流されよ。そなたの能力をもってすれば、第二の地球建設も可能であろう」


 「あら? それはあなたがそうした方がいいんじゃないの? うふふ」


 「我はこの星を愛している。この星に住まうわが子たちも。我にとって、それは唯一無二……それを取り上げられた憤怒、悲哀を……そなたも背負えいッ!!」




 彼女は自らの怒りのボルテージと共に剣の表面温度を爆発的に上げた。あたりには剣に触れて熱せられた海水の蒸気が立ち込め、視界をみるみる遮っていく。その範囲は小型の海底火山が爆発し島一つができあがった際のものと匹敵する程度であった。


 プラエテウス製の武具は持ち主の感情に呼応するが、その性質は感情をエネルギー源として温度に変換される場合がある。




 「……白色の煉獄をみたことはあるか……」


 


 怒りに満ち溢れていながらも、冷たく彼女は尋ねた。その意外性に私は自分の額から汗が流れるのを感じ、思わず唾をのんだ。


 蒸発はますます勢いを増していった。



 

 「いいえ、単なる目くらましをそんなことに例えるのはあなたが初めてだもの」



 私は濃密な水蒸気に包まれながらも彼女を挑発した。


 すでに視界はゼロであったし、いつ襲い掛かられてもおかしくはなかった。だからこそ、彼女に冷静になってもらっては困る。より彼女の動きを単純化させるために怒らせる必要があったのだ。




 「……いくぞッ!」





 多くを語られないまま広がる白い煉獄、それは単なる目くらましではなかったのだ。



 


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