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ママの星  作者: ホモはメンヘルちゃん
17/21

攻防一体

 「うふふ……そうは言ってもあなたたち人間にかつて授けられていた能力は攻防一体なの」



 「それは一体どういうこと……?」



 私はママの言うことをそのまま理解しようとしたが、具体的なイメージが持てなかった。



 「ふふ、それは矛盾することじゃないわ。きっと想像が難しいのね? 見せてあげる」



 ママは戸惑う私の手をぐいっと引っ張りながら、ドアを開け、ためらうことなく青い空と暗い宇宙の狭間に私たちの身を投じた。


あれからいくら飛行訓練を積んでいるからといっても空と宇宙そらの境界、ウン万メートルの高さから落ちることには慣れない。そしてそれはただ落ちるだけではない。体を宇宙のほうにもわずかに引っ張られるような感覚が、私にとっては得体のしれない恐怖であった。



 二人は、みるみるうちに落ちていく。ときに縦横無尽と。


 

 弾丸のように雲を突き抜け、黄と赤に熱せられた防護膜によって流れ星のようにきらめきながら。


 その大胆な飛び方はいつものひっそりとした臆病なほどのママのものではなかった。



 しばらくすると私たちが向かっていたであろう大陸が眼下に広がった。そこはあまりにも広大で不毛な大地で、わずかな緑が弱弱しく身を寄せ合ってまだらに群生していた。


 どこの地域なのかはわからないが、ともかくも広く暑く乾燥したところであったのは間違いないのであった。



 私たちが地表に近づくにつれて、小さな土色の点々が地上に点在していることに気が付いた。それは何らかの建物で、いや建物と呼ぶにはあまりにも貧弱な人々の住処テントだった。


 それらの集まりはいわば村だった。




 「あきらちゃん、あっちを見てごらんなさい」



 ママが指をさす方向をみると、大地の砂色と同化していて見分けがつきにくいがこの村に向けてまっすぐに移動する車両が数十台みえた。もうもうと砂と油の混ざった煙をあげている。


 それらの車両は明らかに隊列を組んでおり、進行の勢いから察して村に対し友好的な存在とは見難かった。



 ますます地表に近づくと、それらの車群が戦車や軍用車、装甲車で構成されていることがわかった。私はいよいよそれらが敵対的な存在であることの確信を深めた。そしておそらくこの後に起こるであろう出来事を察した。


 




 「ママ……急がなきゃ!」


 「大丈夫よ」




 ママは落ち着いた氷のような雰囲気でつぶやくと、飛行の勢いを弱め、私をお姫様抱っこの形で抱えながら地表に滑り降りた。


 降りた先は村の近端。迫りくる車群を真正面に迎え撃つ位置。


 それは言葉はなくとも村を背後に抱えた圧倒的かつ明確な守護の意志のあらわれであった。



 空から見た時から村には人影が見当たらなかったが、住居の中からはいくつかの視線や慌てて隠れるような物音を感じる。この村は無人ではなく、人の営みがある。




 「あっ、すみません。すんません……」


 

 一瞬私たちの存在が彼らを恐れさせているのかと思い、独り言のように謝ってしまったが、真犯人はすぐにこの村にたどり着き、進路に立ちふさがる奇妙な私たちをみて進行をとめた。




 30を超えるような戦車と装甲車、軍用車。そのどれもが映画やアニメでみたものよりも2倍は大きく、分厚い重厚感をまとっている。


 戦車の砲台だけが眼のように私たちを凝視しており、機関銃は光を反射することなくこうべをたれ沈黙している。




 ふと旗の掲げられた戦車の正面ハッチが開き、中から黒いマスクとヘルメットをかぶった男性が顔をのぞかせ、こちらにむかって叫んだ。

英語ではない、なにかほかの言語。だがママはそれに対してにっこりと微笑み言葉を返す。




 「ママ、あの人なんて言ってるの……?」


 「『我々はこの国の政府にやとわれた警備企業であり、この地域の反乱分子の掃討に当たっている。外国人がなぜこんなところにいるのだ』って言ってるの」


 「へぇえ!? そんなの誤解だよ! ママ、さっきの言葉は弁解なんだよね!?」


 「ううん、『あなたたちに懲罰を下しに来た』って言っ……」




 そうママが言い終わらないうちに大きな衝撃が背中から私の体を突き飛ばした。思わず膝をつき、ママの細い腰にしがみついた。


 そして間髪入れず、あたりに胃腸を突き刺すような破裂音が響き渡るのであった。身体が、細胞が、瞬時に委縮して生命の危機であることを伝えた。その恐怖が一発の戦車砲弾によってもたらされたものであることはすぐに理解できたことであったが、理解できないこともあった。



 ……なぜ砲弾で撃たれながらも生きている……?


 外すことなんてありえないだろう。ではこれは威嚇射撃なのだろうか?


 はっとママを見上げると、ママはにこにこと鼻歌を歌いながら、五寸釘のような金属の棒をくるくると指の中で回しもてあそんでいた。


 それは一体……と思った瞬間、先ほどとは違う射撃音が私たちに浴びせられた。



 春先に雨が一粒、地面をたたいたとおもったら、じきに通り雨になるがごとくそれは増えた。


 大口径の機関銃の発砲音は私たちの耳を傷めつけるが、その弾丸が身体を傷つけることはなかった。


 恐怖で震えながらもママが守ってくれているのだと信じて、周りを見渡してみると私たちに向けられた弾丸の数は想像以上だった。砲撃という砲撃、銃撃という銃撃が私たちに浴びせられていたのだった。



 不思議なのはさらにこれからだった。


 私たちに近づいた弾丸は、私たちを取り巻く球状の防護膜にあたって粉々となりママの右手にへと砂嵐のように吸い込まれていくのであった。


 そして撃たれる数が増えるにつれ、妙なものがママの右手に生成されていくのであった。


 

 それは赤銅色をした剣であった。


 

 剣は撃たれるごとに大きくなり、みるみるうちにママの身長を超える大きさに育った。ママはそれを易々と地面に突き刺すと、今度は両手に元弾丸でできた砂嵐を吸い込み始めた。


 しばらくのうちにそれらの一方は大きな斧となり、もう一方は短剣となった。



 その後も銃撃や砲撃は休まることがなかったが、ママも様々な武器をつくりだすことを止めようとはしなかった。


 いつしか私たちの周りには、単純かつ多様な外見をした大小さまざまな武器たちが刺し盛られ、赤銅色の山が出来上がっていた。


 

 無限とも思われた軍隊たちの攻撃が弾切れにより止むや否や、私は尋ねた。



 「ねぇ、ママ。この武器の山は一体何?」


 「……彼らの罪なの……」



 そういうとママはおもむろに掌を地面に向け、青い稲妻を地面に流し込み、それから手を拳銃の形に作り、真正面に鎮座する戦車に向けてバンと撃つ仕草をした。


 その瞬間、山の中で一番大きな大剣が切っ先を戦車に指向させながら、ロケットのように突っ込んだ。


 剣が衝突した戦車は数m後方へ吹き飛んだかと思うと、真っ二つに裂け猛烈な爆炎と黒煙につつまれた。



 このような威力の源泉である大剣の速さは、剣がくっきりとした真白の衝撃波を描いたところから、音速をかなり上回っていると察することができるのであった。さらに剣の軌道上の地面には、剣が触れていないにもかかわらず深々とした30cmほどの鋭利な溝がひかれていた。



 まるで神話上の化け物の爪を思わせる非現実的なこの攻撃に、軍隊たちは一瞬身を凍らせたが、すぐに自分たちが置かれている状況を理解した。


 そして、相手が得体のしれない化け物であれ現時点で取れうる最良の選択肢をとろうとし、軍隊は車群をもと来た方向へと撤退すべく転回させようとした。しかし、一旦パニックに陥った車群が易々と転回できるはずがない。



 車群は砂嵐とパニックによって前後不覚に陥り、お互いをぶつけあい、横転し、阿鼻叫喚の吹き溜まりと化した。




 「これは懲罰の火、あなたたちに示される行いの報酬」



 ママは装甲車から出てくる数人の兵士たちのほうへ向き、歩み寄った。


 ママの姿を見ておびえ逃げ惑う兵士たちであったが、それでもそのうちの一人はナイフを持ってママに襲い掛かった。


 しかし、ママはするりと斬撃をかわしバランスを崩した兵士の尻をパシンと叩くと、彼の関節は異様な方向に曲がりくねるのであった。さらに彼は白目をむき、口からは泡と言葉にならない泣き声を吐き、激しい痙攣を伴って悶絶し始めたのだった。




 「あなたたち、自分の犯した罪を自分の体をもって痛感なさい。同胞たちの死と、不治の苦悶を目の当たりにすることによって」



 ママは冷たく続ける。



 「このような私のおしおきは、あなたたちにたびたび示されよう。だけど、それはあなたたちだけに限らない。弱者に対する不義、不正、破壊を行うものにはだれでも痛ましい懲罰が下ることを覚え、悪友たちに伝えなさい」



 ママは激しくのたうち回る兵士の背中を片足で踏みおさえ、むんずと彼の首根っこをつかむとその仲間の足元へ軽々と投げ飛ばした。



 「私が下す懲罰の中で肉体的な死は最も軽いもの。最も重いものは心身を地獄の業火で焼かれるがごとくの苦痛を生ある限り味わうことになるでしょう……その片鱗をわずかに味わった不幸なものを連れて去りなさい」



 ママが言い終わらないうちに、生き残りの兵士たちはあわただしく車両を180度ターンさせ、もと来た道に向けて走り去っていった。彼らは、黒煙とともに燃え盛るつぶれた戦車と幾人かの仲間の遺体を残していった。



 「ママ……どうして……? こ、こんなのっていくらなんでもやりすぎだよぉ!?」


 「いいえ、あきらちゃん。彼らの行いはずいぶんと長い間目に余っていたのよ」


 「でもママが争いに干渉するって、こんなことってあるの?」


 「……長い時の中でそれはたびたびあったし、これからもあり得るのよ」



 そういうとママは赤銅色の武器の山から細身の剣を引き抜き、私の前に差し出した。


 

 「さて、ここにやってきた本題に入りましょ? これが一体何からできているかわかるかしら?」


 「えぇ……強引ね、もう! で、これは……えーと、もしかして鉄砲の弾からできているの?」


 「さすがあきらちゃんね、ご名答。砲弾や銃弾をアルゴンの防護膜で瞬時に分解して再形成したものよ。そして防護膜を支える電磁力が剣をロケットのごとく推進させたの。攻防一体の意味がなんとなくわかったかしら?」


 「う、うーん……つまり攻防はいずれにしても希ガスと電磁力で成り立っているというわけね? でも相手の攻撃を利用するのはこれまで学んできたこととはずいぶん違うみたいだね」


 「そうよ、攻防一体とはいっても利用の仕方一つで取り扱い方が全然違うの。だからまずはどちらかに慣れていったほうがいいと考えるわ。そうした意味であきらちゃんには道を選んでほしかったの。」


 「な、なるほどぉ……」




 私は自分の道についてしばらく考えたが、先ほどの出来事とその光景から答えを出すにはそう時間を必要としなかった。




 「……わかったよ、ママ。私、まだだれかを傷つける覚悟がないから……守ることについて教えてほしいの」


 「そうね、そうやってゆっくりといろんなことを飲み込んでいってちょうだい。これからきっと向き不向きも見つかるわ。でもそれを乗り越えるすべはある。肩の力を抜いて挑んでね、うふふ」



 相変わらず人の心を乱すママの笑顔に私の心は複雑な心境に置かれた。この美少女の笑顔を見るとよいことも悪いこともその境目を失ってしまうように思える。


 かつて人から取り上げられたこの力。守る力でさえもその可能性に私は内心恐れをなしていたのだから。




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