基礎魔法戦力化課程その2
「さてさて、今日はいわゆる人々の言葉でいうところの”電荷”と”プラズマ”を使った遠距離魔法について少し触れてみましょうね」
「はーい、ママ」
彼女と共に学ぶ魔法のレッスンは次なるステップを迎える。それは遠距離魔法に属するプラズマ飛翔体の生成と標的への当て方についてである。(遠距離)魔法は私たちが飛ぶ速度よりもさらに早く標的へ接近することができる。いわゆるプラズマ・ミサイルといっても良い。
「では、あきらちゃん。早速ママからの質問です」
「はい、ママ」
「この世のあらゆる物質は、どのような力でつなぎ留められているでしょうか?」
「電磁力だと思いまーす」
「うふふ、ちょっと正解。正しくは電磁気力といいます。あきらちゃん。2つの電荷をもつ物質の間で働く力全部を電磁気力とよぶの。例えば、引力とは逆の作用をする斥力も仲間なのよ」
「???? えーと……荷電を持つもの? 陽子と中性子? 電子? があらゆる物体を構成しているのはわかってるんだけど……あああ、もう! ゲロゲロ……」
「うふふ、物の最小単位を”原子”というのは多くの人間も知ってることね。それを構成する陽子と中性子。さらにその周りをまわる電子。あきらちゃんは、恐らくそれぞれが持ってるプラスマイナスの電荷によってお互いが密接にくっついていると言いたいのね?」
「うん、まぁ、そうですね……(白目)」
「あははは、あきらちゃん、そういう顔も好きよ? じゃあママもっと苦しめちゃう。なぜ、さっきの粒子たちは力を与え合うことができるの?」
「えっ? えっ? おっ……ゲロゲロ……(吐)」
「うふふ、実はそれらよりももっと小さな小さな力があるの。それは光子というもので、電磁気力を実際に伝えている正体よ。さらにほかにもいろいろな力を伝えている粒子があるのだけども、今回はこのフォトンが遠距離魔法にとって非常に大切だということを教えたいの」
「ど、どう大切なの……?」 私の頭からは知恵熱ですでにもうもうと白い湯気が立ち上っている。
「私達の領域、つまり空を素早く飛行する対象に確実に魔法を当てるためには、獲物を追尾できるということが必要ね。ロックオンよ。この振る舞い、何かに似ていると思わないかしら?」
「せ、戦闘機ィ……」
「はい、正解。実は人間の戦闘機も私たち星女も戦闘行動においては共通点があるわ。以前戦ったアセトは接近戦のプロだったから遠距離攻撃の出番がなかったけど、恐らく次の戦いでは遠距離魔法を使うでしょう」
「対抗するためには一生懸命学ばないといけないね。でもママ、正直意外よ。だって星女って物凄い力を持ってるんでしょう? 私、魔法の力で大爆発起こして攻撃するのかと思ってた。それならわざわざ狙う必要はないでしょ?」
「あきらちゃんの言うとおりそうした攻撃をしかけてくる星女もいるわ。でもそれにはとても大きく力を消費するのよ。それに力を爆発させることは分散させることと同じ。見た目は派手でも実際の威力は大きく減衰するの。」
「ははぁん? 対象にねらいを絞って濃縮した魔力をぶち込んだ方が確実というわけですか、先生」
「うふふ、そうよ。あきらちゃん偉い偉い。では話を戻します。狙いそして魔法を追尾させるにはさっき説明したフォトンを対象に向けて照射し続けることが大切よ。それによって魔力を獲物に磁石に吸着させるように誘導できるの」
「ど、どうやって……?」
「額や手のひらからフォトンを照射するの。額を使う方が簡単だからそちらから練習しましょ。だけどその前にあきらちゃんの延髄にフォトンの制御中枢を芽生えさせるわ」
「ええッ、突然すぎない!? しかもなんかまた痛そうなんですけど!?」
「大丈夫、うふふ。でも3日間は胸や心臓が苦しく感じるし、その他にも色んな気持ち悪さを感じるはずよ。新しい制御中枢が周囲の神経を圧迫するから」
「だ、大丈夫……? ホント……?」この時点で私の額からはフォトンではなく脂汗が滲み出ていた。
カッコ悪いと思われるかもしれないが、今度の解放もめちゃくちゃキツいものに違いないのだ。身体がその絶対的な可能性に畏怖している。
ママはすっかり血の気が引いた私の頭をわしっと掴むと、顔を近づけた。まさしくそれは満面の笑みであった。子供の成長が楽しくて仕方がないと言わんばかりの。
「うふふ、大丈夫大丈夫。終わるまで目を閉じてて? リラックスよ」
ママはそう言うと私の耳に人差し指を差し入れた。慣れないその感覚に身が硬くなったが、しばらくして温かく柔らかい指の感触とゴウゴウという血液の流れる音が不思議と私の緊張を解きほぐした。
しばらくしてやや落ち着くとドクドクという鼓動を彼女の指から感じられるようになった。しかしそれはどうにも普通のものではないように思われた。鼓動は脈のように一定ではなく、まるで音楽のようにテンポが変動したからだ。
鼓動をきくうちに、脳みそがテンポにあわせて極わずかに振動しているように感じた。それに併せて何ともいえない心地よさも感じるようになっていた。しばらくするとそれは背中がゾクゾクするような多幸感に代わり、いつの間にか私は完全にその中に堕ちてしまっていたのだった。
…………
……………………
私が気を失っていたことに気づいたのは、目を覚ましてからであった。私の体はいつの間にかベッドの上に横たわっており、長い時間気絶していたのだとわかる。
ママが言っていたとおりではないが、やや頭が重い。呼吸などの乱れは感じないが、視界がまだはっきりしない不具合がある。でも、まぁいい。翼織遺伝子の解放に比べると痛みがない分非常に気が楽である。
「何か身体に問題はないかしら?」
ベッドの後ろからぬっと私の横に顔を差し出しながらママが尋ねた。
「おはよー、今はなんの問題もないよ。でもちょっと目が霞むかな。」
「なるほど、でもそれくらいなら時間が癒すわ。ところであきらちゃん、勘が良いって言われたことない?フォトンの制御中枢と勘を感じる中枢は元々同じなの。勘がよく働く子は解放時のショックも少なくてすむと思うわ。幸運ね?」
「良かったぁ。また翼のときみたいな痛みがあったらどうなるかと……」
「人によってはあるわよ? しばらくして偏頭痛とか起きたら教えてちょうだい。他の中枢を圧迫しないよう配列を調整してあげる。ちょっと私は用事ができたから部屋をあけるけど、このまま安静にしてていいわよ。」
ママは言い終わると、早足気味でドアに向かい、いっさいの躊躇なくその向こう、恐らくとてつもない高さの空へと飛び込んでいった。
何があったのだろうか。安静にしててと言われたら生粋のあまのじゃくが騒ぐ。しかし、ママがどこに行ったのかは分からない。頭もまだ重い。ここにいるべき理由はある。
そう言えば、竜輝はまだ帰ってきていない。今日は一日、ママと二人きりだったのだ。こうしたことは珍しい。何かあったに違いない。だからママも駆けていったのだ。
そう思うとお腹が不安と何かをしないといけないという義務感でぐるぐるし始めた。そうだ、私は行かないといけない。何かをしないといけないはずだ。
私はベッドから降りると軍隊払い下げの深緑色をしたパイロット用航空服を着用した。沖縄からネット通販で適当に買ったものだが、存外温かくてよい。最初は高高度からの落下にかかる風速冷却を耐えられれば何でも良かったのだが、こちらの方が気分が乗る。
ママによって開け放たれたドアは、彼女と最も近いところへと導いてくれるはずだ。敷居をふみ、ドアの外をのぞき込むと眼下には雲の絨毯がどこまでも広がっていた。しかし、一カ所だけポッカリと穴が開けられているところがあり、恐らくママが通ったのだろう。あそこを通れば、一つの道筋を掴めるはずだ。
私は目標を決めると、意を決して灰色の雲へと身を落とした。