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ママの星  作者: ホモはメンヘルちゃん
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基礎魔法戦力化課程その1

 テスタメントに事実上の宣戦布告を突きつけた私は、あの日以来さらに苛烈な体力錬成に励んでいた。それには彼女に私を必ず認めさせてやろうという気持ちが、唯一のモチベーションとなっていた。


 しかし、相手は私よりも数倍長く生きている伝説的な存在だということが、若干私を弱気にさせることもままある。そう簡単には追い付けない。体力、知能は人類種を超越したものであることに疑いの余地はなく、知能や知識については、取り付く島もない状態だ。


 それゆえに、私は何はともあれ体力錬成に努めることにしたのだ。しかし、ママとのレッスンはガス魔法の制御が主眼となっていた。


(ガス)魔法をうまく制御することができれば、それまでの振る舞いを一変することができる。つまり、武器や防具を自由自在に作り出し、それをもって戦うことができるということだ。


 翼での飛行は苦労した一つの試練だったが、それ単体の達成には何の意味も持たない。星女との戦いには、蝶のように舞い蜂のように刺すことが求められる。レッスンの内容からテスタメントだけでなく、ママもまたそれを急ぎ求めているのは明らかだ。






「見て、ママ!おっとっと……セイバーができたよ」


「あらあら、ちょっと小さいけども……うん、芯はしっかりと作られているわね」


 

 ある日の夕方、私はママから魔法のレッスンを受けている真っ最中だった。すでに3日間同じレッスン内容を繰り返している。なかなか上達しない自分にやきもきしていたが、今日ようやく進歩を見せたのだった。


 レッスンはガスと放電によって”セイバー”とよばれる刀状の武器を生成することが目標だ。セイバーは基本的な武器の一つとされるが、様々な場面で応用が利き、威力も申し分ないことから使いこなせば強力な武器となり得る。


 そして基本的であるがゆえに、ガスの種類によって様々なタイプのものを作ることができる。中でもアルゴンはママも愛用するガスである。地球の大気にふんだんに含まれているから凝集しやすいのだ。


 しかし、ずぶの素人がアルゴンを凝集するのは簡単ではない。眼には見えない大気の成分を集めるために、手のひらを放電させて内輪のようにあおることが、まず最初のステップとなる。


 私も何度も試してはいるが、ママのようにかっこよくその場でセイバーを展開させるには、まだまだ時間が必要なようだ。




「うひぃ、セイバーを持つとどうしても手のひらがビリビリしびれちゃうよ。ママはどうして平気でいられるの?」


「うふふ、最初はみんなそうよ。でも慣れてしまえばもっと長い時間、強いセイバーを保持することができるわ」


「場数を踏むしかないんだねぇ……」


「そうよ。最初からビリビリが大丈夫だったり魔法が得意な人もいるけど、ほとんどの者はあきらちゃんと同じように練習して上手く操るようになってきたの。私もそうよ」


「ママがぁ? えぇ、信じられないよ」


「長く生きているとね、なんでも得意になるの。それは場数をたくさん踏むから。場数を踏んでたくさん経験を積めば、最後には才能の差異はないに等しくなるものよ」


「うーん、でも何年も何年もかかるなぁ……」


「それでいいの。その過程の中でたくさん寄り道をして、たくさん新しいことを見つけながら上達してちょうだい」


「んふ、ありがとう。ママ、私頑張るよ」


「うふふ、良い子ね。じゃあもう一回やってみせてちょうだい」




 私はしびれる両手を水を切るように振ると、再び意識をそこに集中させた。


 手指に血が集まり、だんだんと温かい感覚が感じられるようになる。それがあるところまで極まると手指から静電気としてあらわれるようになるのだ。


 魔法においては血の流れがもっとも重要だ。古来から”気”と呼ばれてきたものは金属イオンの豊富な血流に伴って発生する静電気のことを指す。魔法とは気とガスでできた生成物なのだ。



 現代において魔法を扱えるものと、そうでないものの差異は些細であるといえる。例をあげれば、血中の金属系イオンの割合や種類が少々異なるほか、皮膚に含まれるコラーゲンの質などが異なるといえる。これらは遺伝子解放を受けていない、つまり生まれつき魔法を扱えない者でも日頃の食生活の変更や訓練の実施などによって後天的に魔法が扱える可能性があることを示唆する。


 しかし、金属中毒などの恐れから急進的な体質変異を求めることは推奨されない。私は遺伝子解放を受けたので、急激な体質変異を受け止めることができたのだ。




 手の温かさが熱さへと変わるころ、私は指先を内輪のように仰ぎながら大気(それに含まれるガス)を集めた。しかし指先で少しずつ集めるのだから、なかなか集まらない。


 2分、3分と気長に集める。手指のしびれにより動作が緩慢になりがちだが、そこは踏ん張って動かし続けていかねばならない。じっと耐えて大気凝集を続けると、手指の内側に青白い人魂のような丸い球がぼぅっと浮かび上がってくる。これは理科の実験で見たことのある人は多いだろう。


 アルゴンが放電管の中で魅せる色だ。球状にアルゴンとプラズマが凝集され、それは今か今かと変形を待っている。しかし、焦ってはいけない。さらにこれを大きくすることが本レッスンの主眼なのだ。


 6分、7分……自分が発する熱さのために額から汗が流れでるのを感じる。(プラズマ)球はさきほどよりも2倍の大きさとなり、より強い光を発している。


 まぶしさのあまり目を開けていられない、瞳が焼き付きそうだ。



「うふふ、あきらちゃん。いいころ合いよ、(剣を)つくってごらんなさい」 とうとうママからのお許しが出た。しかし、ここからがまた一段と難しい。



 私は2、3度深呼吸をすると目をみひらいた。バスケットボールよりもやや大きいサイズに育った球を両手で上下左右、360度撫でまわし、両掌でぐっとフットボールの様な形に押しつぶした。そして細くなり、あらわれた両端を掴むと一気にそれを抜刀のように引いた。


 すると球は青白い鮮やかな線を空中に描き、長さ1mほどの木刀のような姿へと形を変えたのだった。


 つばもない、色以外はただの木刀としかいいようのないものではあるが、それは確かに私が作り出してきたセイバーの中で最も大きなものであった。



「おぉ……おぉお……」 私は自分のなしたことが自分自身で信じられないといったように声を失っていた。


「うふふ、良い剣ね。武骨、というべきかしら? あきらちゃん、今なら形を整えられるわ。左手親指とその他の4本のゆびで剣の柄にあたる部分を挟み込んでみて」


「う、うん……こう?」 私は緊張でのどがカラカラだった。これからやるセイバーの整形は簡単ながらも、私にとっては未知の世界だったからだ。


「そうそう。すぅっと切先に向けて左の手指をスライドさせてみて。そうすると刃にあたる部分がもっと明確に作れるわ」




 ママのアドバイス通りに、左手を動かすと確かに刀身はより薄く剃刀のようになり刀らしさが明確になるのであった。




「うわぁ……刀だ」 私は再度自分のなしたことに驚嘆した。


「ガス剣であっても形を整えることでその特性が大きく異なってくるわ。刃が薄ければ切断力に優れるし、逆に厚ければ身を守る盾にもなり得るの。でも気を付けて。いくら大きくて分厚くても重さはガスだから大したことないけど、それを制御維持するためにはより高電圧のプラズマを発生させる力が必要なのよ」


「う、うん……なんだかすごく手がしんどいよ」


「でも大丈夫、これも特訓と慣れで克服できるわ。それに心肺機能を鍛えて豊富な鉄分をもった血液をより早く循環できるようにすることでも、魔法を制御維持する力、すなわち魔力を大きくすることができるの」


「うぅむ……なんだかゲームでは魔法には精神力が大切って感じだったけど違うんだね」


「うふふ、間違ってないわ。結局、体力と”根性”が重要だもの」


「えぇ……根性論……」


「うふふ……剣を収めてもいいわ、あきらちゃん。よくできました、3日間ほんとうに頑張ったわね。一つ自分の壁を越えたことだし、今日はこれでおしまいでいいわ。」


「え? やったぁ!」 私はママのお許しを得ると、セイバーをぽんと放り投げた。すると電力の供給源を失ったプラズマの剣はしばらく空中にとどまったのち、ゆっくりと自壊して消え去った。


「今日のお料理は、牛肉にしてもらいましょう。牛肉は筋力だけじゃなくて魔力も強くするのよ」


「わぁい、でも竜ちゃんの料理ならなんでもいいや」


「うふふ、たくさん食べてね。鍛えて食べる、良い女の条件よ。」




 ママはいつものように私にやさしく微笑むと、買い出し中の竜輝に料理のオーダーをいれるべく筆を執り手紙を書いた。手紙に3行の幾何学的な文章が書かれると文字はきらきらと光りながら手紙を飛び出し、宙に溶けていった。不思議なEメールだ。


 今日の夕飯も魅力的な内容になるだろう。明日も、明後日も、明々後日も。


 今日また一つ自分ができることが増えて思うことがある。


 思いがけずに人外の道を歩むことになったが、毎日の楽しみは以前と何も変わらないなということだ。ママも人間とはおおよそいえない存在であるにも関わらず私たちと何ら変わらない食事をしている。


 では本当に人であることをやめる時とは何が変わるときなのだろう。


 それは恐らく寿命でも姿でもない。


 きっと毎日の食事なのだろう。


 竜輝の料理が美味しいと思える限り、私は人間として明日を生きながらえることができる。


 変わりつつある自分に不安を覚えつつも、確かな一本の人間らしさを胸に自覚し、私は竜輝の帰りをママとともに楽しみに待つのだった。

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