いじめ
彼らいじめる側は一人でいじめることは絶対にない。
これは僕の経験に基づく事実だ。
いじめを行う際は必ず複数人で行動し、互いが一つの目標を持って行動しているという満足感を得ながら、一人、または特定のグループに対して嫌がらせをする。
一人でいじめようとも、いじめた後の達成感は共有できないし、何より悪いことをしてるという自覚があるからこそ、共犯者という心の支えが欲しいものなのだ。
でもそれは仕方がないことだ。人間なんて、何歳になっても、突き詰めればみんな一緒なのだ。
ある日、僕は靴の中に画鋲を入れられていた。
いかにもよく聞くいじめの手口だが、これには理由がある。
まず、特別大きな準備はいらない。
画鋲なんて、どの学校にも置いてあるし簡単に手に入れることができる。
そして、画鋲は小さい。意識してないと基本的には気づかないものだ。
それに、こういう直接的手法の方が、反応がわかりやすいからだ。
当然、痛みが伴わされる。そうしたら、苦痛に悶える姿が見られるだろう。すると彼らは、自分らがとてもすごいことをしたという感覚に囚われる。
もちろん、勘違いも甚だしい。すごいことをした、だなんて思ってるのは、そのグループだけで、傍から見れば馬鹿馬鹿しい、もしくは心疾しい、と思われるような行為だろう。
だが、自らを客観視できるような人間であれば、そもそもいじめなんてしないだろう。
だから仕方がない。
足裏に画鋲が刺さった僕は、拳を握りしめ、爪を掌に食い込ませ、歯を食いしばる。
決して苦い表情を表に出してはいけない。彼らは僕の反応を見て、愉しむのだ。
見渡せば遠目からこちらを観察し、笑いを堪えてる複数人のグループが見える。きっといつもの奴らだろう。
僕は拳を握ったまま、画鋲を足裏から抜き、靴を履く。そしてできるだけ、いつものように歩き出す。
そう、彼らが求めてるのは僕の反応。だから僕は決して、こんな痛みには負けない。
ある日、僕は学内の一室で、例のグループに絡まれていた。
周りにいる者は、机に向かい、紙に筆を走らせている者、窓の外を眺めている者、誰かと会話している者、など、様々だ。
そんな中、彼らが、僕に絡んでくる理由なんてどうでもいい。僕を使って、持て余している暇を解消したいのだろう。
そんなところに、一室で僕らを眺めていた一人の女性が、こちらに向かってきて、グループを制しようと、彼らを叱咤する。
しかし、そんな彼女の振る舞いも、僕には不愉快でしかなかった。
なにが、こういうことはよくないよ、だ。なにが、困ってるからやめてあげなよ、だ。
そもそも彼女のような人間は、口だけで、決して、本質的な解決のために、深く入り込まない。
ただ、目の前で行われている悪行を食い止めた、という、結果だけを求めてるのだ。
決して、僕のためでも、学校のためでもない。ただ自分のためだけの行動なのだ。
目の前で叱咤されたグループは、わかったわかった、と、適当な対応で彼女をいなす。
それを聞いた彼女は、それ以上追求せず、満足したように元の場所へ戻っていく。
どうせ彼らはまたすぐ、僕に同じことをするだろう。こんな程度で、反省するわけがないのだ。
ある日、僕は放課後の屋上で、一人の生徒を発見した。
屋上には、落ちることがないように、網が設置されてある。
もちろん、こんな網は、ただ事故を防ぐためだけに置いているため、よじ登ろうと思えば、簡単に、越えることができる。
彼は、うつろな目で、網目から、なにか遠くを見つめていた。
実を言うと、僕は、この生徒がいるクラスとはあまり関わることがないのだが、彼のことは知っている。
彼は、この学校で、いじめを受けているのではないか、と、まことしやかに噂されている生徒だ。彼の表情を見る限り、その噂は事実なのだろう。
僕にすらその噂が届くのだから、きっと、教師たちも把握しているのだろう。しかし、彼らは黙認している。
誰ひとりとしてその事実を認めようとはせず、もちろん対策も講じない。
僕は彼に問う、まずは確認のために、何かあったのか、と。
彼は、僕の方を振り向く。するとその顔は鬼のような形相に変化する。
そして、お前たちはいつもそうだ、優しそうに助けるふりだけをしていつも何もしない、偽善者だ。と、僕を糾弾した。
きっと彼は知らないのだろう。僕だって彼と、似たような境遇に追い込まれているということを。
だから僕はすぐに本題に入る。彼の耳に確実に言葉が届くように、簡潔に、わかりやすく、説明してやる。
いいか、お前は自分が死ねば、嫌なあいつらが変わるかもしれないと思っている、だがそれは間違いだ。
ああいう奴らは何歳になっても変わらないんだ。大人になろうがじじいになろうが、また同じことを繰り返すんだ。
それに、例えあいつらが変わったとしても、そこにお前がいなければ、何の意味も無いだろう。と。
僕の言葉を、彼がどう受け取ったのかはわからない。ただ彼は、地と空を隔てている網から手を離し、そのまま屋上から立ち去った。
こんな僕でも、彼の役に立てたのだろうか。ただひとつわかったのは、彼がこの場では思い留まってくれたこと、それだけだ。
もし僕が彼を助けることができたならば、同じ境遇に追い込まれている者として、そして何より教師として、誇りに思うべきなのだろう。
僕は、先ほどの彼と同じように、網目から遠くを眺めながら、そんなこと考えていた。
生徒間だけでなく、教師間でもいじめがある。ということです。