序
「こんな日に遅刻なんて!どうしよう…殺されるっ」
今日はとっっっても大事なプレゼンの日なのに!
会社のプロジェクトのチーフに大抜擢された絵里加は、チームを上げて企画に力を注いできた。何度もディスカッションを繰り返して、満足のいく出来まで練り上げるのは容易なことではなかった。昨日はみなの思いを背に、会議に出るとあっては緊張して眠れなかった。眠れなかったのはしょうがない。
だけど、朝方になってうとうとしていたら、まさか、まさか!会議まで30分なんて!
「城島ビルまで飛ばして!」
半ば叫ぶような口調でタクシーに乗り込むといらいらと腕時計を見る。自業自得とはまさにこのこと、うとうとなんてするんじゃなかった。はやる気持ちで窓の外に気をやった瞬間、
ドーン!!!
物凄い衝撃とともに地面に叩きつけられた。凄まじい痛みに気を失いたくても失えない。短くも永遠とも感じられる時間の中で、やがてサイレンの鳴る音がきこえたとき…
ああ…事故なら遅刻しても許されるかな…
と場違いにも思ってしまった。
寒いなぁ、と次に思うと辺りは段々と暗くなってゆき…絵里加の意識はゆっくりと闇に溶けて行った。
*****
お寝坊さん
柔らかな優しい声に意識が呼び戻された。
可愛い子 早く出ておいで
そう言われると、どうにもこの暖かい場所から出て行かなくては、と思ってしまう。
あなたに 早く会いたいわ
ああ、わたしもあいたい。……おかあさん。
答えるようにそう思うと、濁流のような暖かな流れに巻き込まれ、悲鳴を上げる間も無くそこから押し出される。
「ナイルさま、元気なお嬢様ですよ!」
「「「おめでとうございます!!」」」
「無事に産まれたのも、そなたらの働きあってのことじゃ。感謝するぞ。」
うまれた?
わたし、うまれたの?ここはどこ?まわりひとたちはどうしておいわいしているの?
「ほほ、そなたは賢いのう。産まれたばかりなのによく考えておるわ。 目を開けてみよ、そなたの母じゃ。よろしゅうの。」
わたしの おかあさん
重いまぶたを開けると、真っ白な美しい女性が覗き込んでいた。白銀の髪、真っ白な肌、黄金の瞳、姿かたちは人であっても、人ならざるもの。
おかあさん ひと?
人と言うにはあまりにも恐れおおい気がして、首を傾げる。
「わたしはひとならざるもの、古から神に連なる龍、といっても幼いそなたには難しいかの?そなたとてひとではないぞ、エリカ。」
「どうして、わたしのなまえをしっているの?」
目の前の麗人は龍で、どうやら自分も龍で、
「それは、そなたがエリカだからじゃ。」
エリカ、と言う名前であると言うこと。
それは確かに空気が見えないけれど存在していることが確かなように、すとんと納得出来た。
産まれたばかりなのに、どうして思考がはっきりしているのか、やら
どうしてすぐ喋れるのか、やら
そもそも何故母は自分と話せるのか、やら
そう思うより前に、優しく頭を撫ぜる手にうっとりしてしまって、そのまま眠りに落ちてしまったのだった。
序.
見切り発車万歳。
ゆっくり進んでいけたらいいなぁ…