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こんな夢を観た

こんな夢を観た「大きなブルドッグ」

作者: 夢野彼方
掲載日:2014/08/17

 川向こうにあるセメント工場の施設の中に、高さが10メートルほどの囲いがある。窓1つない、打ちっ放しのコンクリートだ。

 唯一の出入り口には、頑丈そうな大きな南京錠が掛かっていて、どこかものものしい。

 たぶん、資材置き場だとは思うが、イヌも一緒に閉じこめられているらしく、前を通る度に、ワンワンと大声で吠える立てる。

 イヌがそこにいる以上、ご飯を与えたり、散歩をさせたりするはずだが、その様子を見た者は誰もいなかった。

 そうなると、当然のように、色々な噂が立つ。


「セメント工場というのは表の顔で、実は化学薬品の実験をしているのかもしれないぞ」桑田孝夫が真顔で言う。

「化学薬品って、たとえばどんな?」わたしは何だか、不安になった。同じ町内に危険な工場があるのだとすれば、心穏やかではいられない。

「まあ、生物兵器だろうな」ずばっと、恐ろしい事を言ってのける。「動物を、生きたままゾンビに変えちまうんだ。ゲームや映画でもあったろ、そういうの。絵空事だと思ったら間違いだぞ。案外、現実の方が先を行ってることだってあるんだからなっ」

「じゃあ、囲いの中にいるのは、実験にされたイヌってこと?」

「そういうことだ」

 なるほど、厳重に戸締まりされているわけだ。


「なあ、むぅにぃ。あのさ――」桑田が言いかけるのを、わたしは制した。

「だめだめっ。忍び込んで、鍵を盗み出すって言うんでしょ? ばれたら、まずいって。それに、本当に実験動物で、危険なやつだったらどうすんの?」

「なんだ、そこまでわかってるんだったら話は早い。今夜、セメント工場の前で待ち合わせな」

「な、ちょっと。行かないよ、そんなところ。行かないからね?」わたしはくどいくらいに念を押した。


 その晩、わたしはセメント工場の門に寄り掛かって、桑田が来るのを待っていた。もう、かれこれ30分も。

「わりい、わりいっ」悪びれるふうも見せず、のんびりとやって来る。「結局、来たんじゃねえか。しかも、待たされてやがんの」

「誰が待たせたのさ。それに、ほっとくと何をしでかすか心配なんだよ」

「よし、じゃあ、行くぞっ」桑田は門をよじ登ると、ひらりと向こう側へ飛び下りた。わたしも渋々、あとに続く。

 夜遅いというのに、2階の事務所の灯りだけがついていて、人影が行き来している。夜間は、守衛の詰め所として利用されているのだろう。


「鍵があるとすれば、あそこだな。陰に隠れて、しばらく見てようぜ。そのうち、工場の巡回に出るはずだから、隙をついて探そう」桑田は言った。こういう事に関しては、妙に頭が働く。

 わたし達は、砂利山のそばで身を低くして待った。


 果たして、人影の動きに変化が現れる。懐中電灯の光が何度か窓を照らし、ドアの開け閉めする音が聞こえた。靴音はやがて、廊下に響き、そして外のプラントへと向かう。

「今のうちだ」桑田とわたしはこっそりと2階へ上がり、事務所に入る。

 ドアの脇の板に、たくさんの鍵がぶら下がっていた。打ちつけてある釘のすぐ上には、各室の名前が書き込まれている。

「この『ちはやブル』って、もしかしたらイヌの名前かも」わたしは思いつきで言った。

「なるほど、他のは『設備室』だとか『資材置き場』とかだもんな。その鍵を試してみるとしよう」

 わたしは、「ちはやブル」と名札の貼られた鍵をポケットに入れる。


 例のコンクリート製の囲いの前までやってきた。イヌは寝ているらしく、これだけ近づいているのに、うんともすんとも反応しない。

「鍵を挿してみるね」ごくん、と唾を飲み、南京錠に鍵を挿入した。カチャリ、と小気味のいい音がし、いとも簡単に開いてしまう。

「開いたな……」桑田も興奮を隠せないようだ。「そっと開けるぞ。やばそうだったら、すぐに閉めちまうから、用意しとけよ」

 厚いコンクリートの壁は、ごりごりと音を立てて開いた。天井がないため、工場の夜間灯が差し込んで、周囲をぼんやりと照らす。

「何かあるね。柱かな?」わたしは目を凝らした。大人がようやく抱きかかえられる太さの柱が、1本、2本……全部で4本立っている。

「それだけじゃないぞ。船の係留に使えそうな、でっかい鎖。何に使うんだろう」


 その鎖がじゃらっと鳴った。続いて、4本の柱もぶるっと震える。

「何だっ?」桑田とわたしは、同時に上を見た。爛々と光る大きな目が、こちらをじっと見すえている。

 ブルドッグだった。とほうもなく大きい! 鼻の穴に、人間の大人の頭がすっぽりとはまってしまうほどだった。

 ブルドッグは小首を傾げて、吠えようか、どうしようかと考えあぐねているらしかった。

「今すぐ走って逃げる? それとも、そっと後ずさりしてドアを閉めちゃう?」パニックになりそうなのをどうにか押さえつけ、わたしはささやいた。

「そ、そうだな。そっと逃げてみるか」桑田は後者の案に賛成した。

 ゆっくり出口の方へと下がっていくわたし達。ブルドッグはその様子を目で追っていたが、興味を惹くことではないと判断したのか、フワアッと大きなあくびをし、前足を枕に寝息を立ててしまった。


「あれれ、眠っちゃったね」わたしはほっと胸をなで下ろす。

「この距離で吠えられたら、耳がどうにかなっちまうところだったな」桑田も緊張を解いた。「さ、鍵を掛けて帰るとしようか」

 できるだけ音を立てないよう、ドアを静かに閉め、元通り、南京錠を掛けた。

 懐中電灯の光が、遠くの方でちらちらと動いている。守衛は当分、戻りそうもない。鍵も事務所の壁に戻しておいた。


「それにしても、まるで怪物だったね」わたしは今見てきたことが、まだ信じられなかった。

「うん、ゾンビイヌのほうが、まだましだった。正直、今回ばかりはびびっちまったぜ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちはやブル可愛い名前ですね。 大きな犬とは思えない可愛い名前、そして描写の細かさ。 さすがとしか言いようが有りません。
2014/11/20 22:30 退会済み
管理
[一言] そうか
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