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【08】[無限の中の孤影]

 久しぶりのラージュ皇族の呪い ―― それ以降の小国訪問は過剰な歓迎にベニートですらやや閉口気味になったが、問題は起こることなく終わった。


「申し訳ありません、陛下」


 帰国したベニートは報告と共に、呪ってしまった王子を紹介した。ヨアキムとベニートのように同じ呪いを共有している者同士であれば呪われても簡単に戻るのだが、まったく関係のない他国の者はそうはいかない。

 この王子も小国とはいえ王族であり、建国の際には『師』が関係しているので即死からは逃れられたが ―― 逆に言えば、王族であったが為に『師』が施した術により生き延び、呪いを己の血族にまき散らし、死ぬことすらできない状態になっていた。


 『呪い』はつながる。

 リュディガーがラージュ皇族にかけた呪いは血縁を辿ってゆくので、王子が呪いを受けたためにその国の王族全体が呪われた。

 そして『呪い』というものは、呪い殺すために呪いから逃れるための自殺を排除するので、どれほど苦しくとも呪い殺されるまで死ぬことはできない。


「ベニートが謝る必要はない。毒を盛るように命じた者が悪いのだ」


 話は戻るがベニートは呪ったはいいが、呪いを解くことはできず。王は息子を殺して謝罪したくとも、呪われた息子は殺すことができず、そうしている間に王妃が呪いに蝕まれ、自分自身も呪詛が体に表れる。

 王族と婚姻を結んでいた貴族たちも次々と肌に呪詛が浮かび上がり、血を吐き、悪夢にうなされるようになった。

 助かるためには呪われた息子を”どうにかする”しかないのだが、国内では手の打ちようがなかった。

 ちなみに呪いを解かせようと呪術に携わる者たちを捜したが、王子が呪われた時点で彼らは国外に逃走した。―― ラージュ皇族がかけた呪いを解くなど不可能。近寄っただけで殺される ―― とばかりに。


 生き残るためには呪いを解いてもらうしかない。小国は財宝と国内の切れ者を数名つけて息子である王子をベニートと同行させた。生きた呪いを見て驚く国あり、王子の国と婚姻を結んでいた国は自分たちに類が及ぶのを恐れ、王子の軽率さを責める。国内外で愚かさを晒した王子は、ラージュ皇国へと辿り着いた。

 ベニートは「軽い冗談のつもりだったんだ。お前もそうだろうけどね」笑いながら王子の耳元で囁いてから、皇帝に無事の報告をする。すでに皇帝の元には”甥に冗談で毒を盛った国があった”届いており、それは姉でありベニートの母である皇姉リザにも届いていた。

「久しぶりに諸国にラージュの呪いを喧伝できました。その功を持って許してやってください」

 毒を盛られた本人が許して欲しいと願ったので、皇帝はそれを聞き入れてやった。もちろん無条件ではない。

 持参した財宝の数々は収められ、その上に重税をかけられることとなったが、王子や部下たちはそれを受け入れた。

「ベニートが許すというのなら……」

 呪いを解く条件が「それ」であったのだ。

 交換条件なしに呪いを解けるのは呪解師だけである。仕事として彼らは金銭を受け取るが、それは解呪の媒体にはならない。彼らは呪われない自らを媒体として呪いを解く。

 媒体を用意して解呪できる者は呪解師とは違い、それなりに存在する。

「バルトロにも心配をかけてしまって。本当に反省している」

「無茶はしないでくれると嬉しいよ」

 だがラージュ皇族の呪いを解くのはやはりラージュ皇族でなくては不可能。解呪はエストロク教団で【  】に近い場所にいるバルトロに任された。ベニートとはそれこそ兄弟のように育ったバルトロは呪われた王子を解呪せねばならない己の立場に腹を立てるも、自分が望んだことなのだからと言い聞かせ呪いを解く。

 ただ【  】を媒体にする呪いの解き方は独特で、ベニートがかけた呪いを一時的に【  】が支配する領域に預け、その預けた呪いをベースに王子たちの国が条件を飲むことを王族全てが受け入れるという新たな呪いと連動させた。

 この呪いはかけられているがまだその姿を見せてはいない。彼らが条件を守り続ける間は新たな呪いが顔を覗かせることはない。


 新たな呪いが顔を覗かせたとき、それはベニートがかけた呪いとともに彼らの国を覆い尽くす。


 呪いが解けた王子はバルトロに感謝をし、ベニートに謝罪して、皇帝マティアスへ挨拶をして故国へと帰り王となった。誰も呪われた王に近付くことはなく独身のまま、長きを生きて、ふと周りを見回したとき、彼の国には跡を継ぐ者は残っておらず、呪いが姿を現すことはなかったが、彼が呪われた時点でその国は終わりを迎えており ―― ラージュ皇国へと併合された。その頃のラージュ皇国の皇帝はヨアキムの孫『ユスティカ王国を滅ぼした男』の代となっていた。



「リザ伯母さま、とても心配していたよ」

 名目上首都の守りについているバルトロから母親の「相手王子に対する」怒りと、

「陛下にご迷惑をおかけしてしまったな」

 それを必死にマティアスが宥めていたと聞かされて、ベニートは少しばかり心の中で詫びた。父であるミケーレが妻である皇姉リザを宥めなかったのは、呪わんばかりに怒っている彼女を下手に宥めたらミケーレ自身が呪われてしまうのでなにも言わない……どころか、彼女の怒りをあおり立てていた。

 そうしなければミケーレ”だけが”死んでしまう。

 そこらは皇帝マティアスも重々承知しているので「もっと煽れ、ミケーレ」と命じつつ、必死に皇姉リザを宥めていた。


 呪われた王子の呪いの三割くらいは、怒り狂った皇姉リザの呪いである。ベニートが呪ったため、血縁である母である皇姉リザの呪いも届いてしまったのだ。


「リザ伯母さま、二人とも戦場に赴いたから、心配も私の母の二倍だろうし」

 ベニートは皇族として折衝に、弟のグラーノはエドゥアルドと共に前線へと向かっていた。

「私は小国を脅しただけだし、グラーノは宿営地の管理で戦いはしないのだから、それほど心配しなくとも」

 グラーノも武人として心得はあるのだが、彼は名門ディッカーノ家の跡を継ぐことが決まっている。軍には家を継げない貴族の子弟が自分の未来を切り開くために入隊し、手柄を立てることに腐心している。大貴族であり人の上に立てるグラーノは、そんな彼らを押しのけてまで手柄をたてるような真似はしない。

 貴族としての体面を保てるような働き、目立つことをせず、だが重要な部分を請け負った。

 ただ前線で剣を振るうだけが戦いではない。

 小国ホロストープ王国が相手だからこそ、逆転を狙っての後方の支援部隊が狙われる可能性もある。

「心配して当然だ」

 まして敵の国に攻め入るのだ、地の利は向こう側にある。だから危険であることに変わりはない。

「……ところでバルトロ。初めてみたけれども、エストロク教団の呪い解きは独特だね」

「そうかも知れない」

「ところでさ、最初に私がかけた呪いはどこに消えたの? どこかに放り投げたように見えたけど」

「放り投げたというよりは、押し出したといったほうが正しいかな。そして押し出された呪いは、エストロクの神の元へとゆく」

「私たちは名を知らぬ神か……呪いを集めてどうするんだろう」


**********


「お待たせしました」

 ファーストフード店で一人スマートフォンを触っているローゼンクロイツのところへ、テオドラが手には注文した品が乗ったトレイを持ちやってきた。

「よお」

 二人はここで待ち合わせなどはしていない。会えば取り敢えず”お待たせしました”や”待たせたな”と声をかける。一種の業界用語とも言える。

 テーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰を下ろし、Lサイズのウーロン茶にストローを突き刺して一口含む。

 ローゼンクロイツはテオドラが運んできたこれもまたLサイズのフライドポテトに手を伸ばした。

「いやあ、私は最初に料金支払うこのシステム大好きです。”つけ”だらけで出歩く貴方には厄介なシステムでしょうが」

 テオドラはタブレットPCを取り出し触れる。

「まあな……で、俺、金無くなってこまってるんだ」

 ローゼンクロイツの前にはお代わり自由なコーヒーだけ。

「貸しませんよ。稼ぐのなら協力しますけれども……。あ、電話だ。もしもーし、なんですか?」

 テオドラは突然タブレットPCを顔の側面にあてて話はじめた。

「テオドラ」

「なんですか? いま通話中なのですけれど」

「そのタブレットPCは通話できないぞ」

「……」

 店内の客が全て見た……などということはないが、両側のテーブルに座っている客は、驚きと笑いと呆気を足したような、まったく違うような表情を作り、ローゼンクロイツの言葉に急いで顔を背けた。

 テオドラは、

「あとでかけなおします」

 そう言って切り、空になったフライドポテトのケースを立てておき、


「フライドポテトが出てきます!」


 タブレットPCを振る。画面に映しだされていたフライドポテトの画像が揺れ、そして現実のテーブルに降り注ぐ。

 両側の客は今度は素直に驚き、

「通話と手品のアプリ、開発中です」

 納得した顔で手を叩き、驚きを昇華してくれた。


 タブレットPCから落ちてきたフライドポテト、今度はテーブルにタブレットPCを置きフライドポテトを上から降らせ――フライドポテトは画面の中へと消えていった。


 この手品を見た店内の客たちは”凄い手品を見た”ことは覚えていたが、どんな人が行ったのか? については言える人はいなかった。


「相変わらず無茶苦茶だな、テオドラ」

 何ごともなかったかのように店外へと出た二人は、人混みから逃れて、人気のない路地へと入り会話を再開した。

「あなたほどではありませんよ、ローゼンクロイツ。そうそう、ラージュ皇族の呪いが悪夢に紛れたそうです。良かったら私が解きますが」 

「いや、いい。悪夢の世界に落ちた呪いなんて、ほっとけよ」

「あなたが要らないというのならいいのですけれども。ラージュ皇族と言えば、いつオリアーナ皇后に父と義母の不義を伝えたのですか?」

「自殺をはかったあと、夢の中で」

「相変わらず、夢の中では無敵ですね、ローゼンクロイツ」

 悪夢師が支配する夢。その世界は隔てられていない。”誰かが別の世界に喚ばれる”などと表現されるように、特殊な儀式を行わない限り異質な世界はつながることはない。だが夢の世界に隔たりはない、生きている全ての生物の夢は同じ場所に在る。

「夢の中くらい無敵じゃなけりゃ、やってられないな」

 ローゼンクロイツはどこに居ても夢に触れることができる。よって好きな場所で好きな世界に触れることができるのだ。

「あなたの無敵ぶりは卑怯ですよ」

 対するテオドラはどこにでも存在することはできるが、自らが存在しない場所には力を及ぼすことができない。

「お前に言われたくないぞ、テオドラ」

 もっともローゼンクロイツもどこにでも存在することができる。彼の場合はその世界に足を運んで力を行使するより遠い異世界から夢を操ったほうが安全なので、滅多なことでは力を及ぼそうとしている世界に存在して力を使うことはない。

「そうですか? ……あ、金の補給はまた今度。ちょっと用事ができま……」

「当たり車券の番号教えろ!」

 ローゼンクロイツは近付いた競輪場を指さす。

 まともな戸籍を持たない者たちにとって、その場で現金で渡してくれる公営賭博は強い味方だ。

「仕方ありませんね。第六レース……耳貸してください。……2-3で。配当金は18万2641円。ホドホドにしておいてくださいね。で、その手はなんですか?」

「金貸して。車券買う金もない」

「はあ……次に会った時に返してもらいますからね」

 

 テオドラはそう言い残し、おかしいが”予定通り”でもある動きをしているリュシアンの元へと向かった。



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