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行夢来人  作者: 福谷莇生
8/16

≪7≫


食事は美味しかったが、量的には物足りない気分だったので、部屋に帰ってから、釧路のコンビニで買ったスナック菓子を食べながら、何となくテレビを見ていた。


コンコン。

またノックの音。しかも、ベランダ側から。

カーテンを開くと、そこにはビールを抱えた涼子が立っていた。ガラスサッシを開ける。

「乾杯しましょ」

しかたなく、進路を開けて招き入れた。

涼子は、缶ビールをテーブルに置くと、ウェストポーチから名刺を取りだした。肩書きはルポライターとだけ書かれている。

仕方なく、財布に入れてあった、もうすぐ使えなくなる名刺を取りだして渡す。

「いい会社に勤めているんだ。…名前は字が違うんだね」

「涼子さんは、出版社には所属してないの?」

涼子は、一本目の缶ビールを開けながら、

「一応、フリー。小さな連載貰っている所もあるけど」

「僕は、その会社ともうすぐサヨナラ」

「へぇ」涼子は、名刺をあらためて眺めた。


僕は、荷物から他のスナック菓子を取りだしながら聞いた。

「さっき、記事にして売り込むって言ってたよね。ということは、取材費は自腹?」

「そう。取材費付きの仕事も受けるけど、お金が貯まると、こうして自分で企画した取材をして売り込む。頼まれてた仕事じゃないから、相手も断りやすいでしょ。自分の力が試せるってわけ。このネタは、今年はもう遅いから、来年の春まで寝かせておく」

涼子は、「ね、もし雑誌に載る時は連絡するから、メルアドか何か教えて」そう言って、僕の渡した名刺を差し出した。

自分の名刺を受け取り、名前以外は全部線で消して、メルアドを書き足した。

「会社辞めるって、この先のことは決まっている?」

「何も。これから…」

「ふうん。ねえ、飲まないの?」

缶ビールを差し出され、しぶしぶ受け取る。

実は、アルコールには弱いのだ。超下戸と言って良い。

「まぁ、そういうのも良いと思うよ。私も家を出たときは何のあてもなかったし。で、いろいろなバイトしながら、今の仕事に出会った」

「どんなきっかけで、今の仕事を?」

「ウエイトレスしてるときに取材を受けてね、その時、自分に出来る仕事はないかって、逆に聞いてみた」

「モデルとか?」

「それは断った。実力で勝負できる仕事がしたかったから」

涼子の表情が、一瞬曇った気がした。


「君は、何かしたいことはあるの?」

「それが…、思いつかない。自分に何が出来るか…」

「大抵のことはできるよ、古いプライドを捨てればね。いろいろ経験するのは悪い事じゃないと思う。でも、犯罪行為はダメだからね」

小首を傾げて、スマイル。明らかに年下なんだけど、何だか姉に諭されている気分になる。

「古いプライド?」

「今までの自分のプライド。過去の経歴とかね。大会社に勤めていたのに、こんな小さな所で働けるかー、とか」

なるほど。

「プライドかぁ、まだ残っているかな?」

「残っているよ。さっきからビール全然飲んでない。酔うのが恐いんでしょ」

確かに、酔って我を忘れたり、醜態を見せる姿は、恥さらし以外の何ものでもないと思っている。でも、それって関係あるか?古いプライドというより、人としての最低限のプライドだと思うぞ。

「酔って、犯罪行為するかもしれない」

「私なら大丈夫。ボクシングジムに通ってるから」

そう言うと、涼子は缶ビールを持ったままファイティングポーズをとった。


「私ね、意外と霊感強いの」

話が在らぬ方向に跳んだ。

「洋一君、これから良いことが待ってる。ベランダで会ったときに感じたの」

「ありがとう。心強いよ」

もう酔いが回ってきたようだ。まだ、一本目も空けていない。涼子はすでに三本目に…。

「霊感とか、信じてないでしょ」

「そんなことないよ。積極的に信じる訳じゃないけど、科学的に肯定も否定も出来ない物は、とりあえず保留して、観察する姿勢でいたい」

「理系の人は、否定すると思った」

「そんな事ないよ。だいたい、科学で証明できないものは"存在しない"だなんて、一番非科学的だからね。頭ごなしに全否定する人は、本当は怖いんじゃないかな。無意識に"科学"に縋っているだけ。…でも、霊感ってどんなものなの?」

「直感…なのかな?自分でもよく分からない。突拍子もない事が、ふっと頭に浮かんで、それが当たることがたまにある。学生の時、教室を出ていく同級生の背中を見たら"交通事故"のイメージがふっと浮かんだり、とかね」

「それも困るね。説明のしようがない」

その時、半年前の夢のことが頭に浮かんだ。

「夢とかは?」

「夢?予知夢みたいな?そういうのは、あまり経験ない」

「半年前に変な夢を見て、…夢だから、変なのは当たり前なんだけど、妙に気になる夢」

涼子に簡単に夢の内容を話してみた。

「現実の記憶並に明確に覚えているんだけど、続きがまるで思い出せない」

「そうね、まったく判らないけど、何かの啓示だとしたら、電車で移動しないといけないんじゃない?」

それは、まったく考えなかった…。


はっきりと覚えているのは、この辺まで…。

あとは、かなり酔いが回って、支離滅裂で、断片的な記憶しか残っていなかった。


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