≪5≫
登別から、支笏湖に立ち寄り、道南の海岸線を東に向かってひた走っていた。
代わり映えのない風景が、どこまでも続く。こうして走っていると、北海道の広さを実感する。そろそろガソリンを入れなきゃな、と考えた。
都市部ならガソリンスタンドは腐るほどあるが、こういう所では、一つ見逃すのが致命的になることがあるかもしれない。(大袈裟か?)
学生時代に、夜中にドライブに出かけたことがある。友人が、長野の戸隠がモチーフの小説を読んだとかで、急に誘われた。カーナビも一般的でない時代、ナビゲータ代わりに誘われたのだった。
名古屋から、高速道路は使わず延々と下道を走って、夜明け前に戸隠に着いたものの、ガソリン警告ランプは、もう何十kmも点きっぱなし。いつ止まっても不思議じゃない状態。
仕方なく道端にクルマを止めて、朝になって通りかかる人に、この先にガソリンスタンドはあるのか、聞くのが一番だろうという話になった。僕は「何でこうなる前に言ってくれないんだ」と怒ってしまい、観光前から険悪なムードになってしまった。
結局、何とか給油はできたものの、あの時の気まずい車内の空気は今でも、軽いトラウマになっている。メーターが半分を切ると不安で仕方ない。
目前に小さなガソリンスタンドを発見。その手前にはコンビニもある。
先に、コンビニに立ち寄り、やや遅い昼食を済ませることにした。
コンビニで弁当を買って、クルマの中で弁当を開いた。そのとき、助手席側の窓から、隣のガソリンスタンドの店員が手を振っているのが見えた。
僕がそれに気付くと、今度はこっちに来いと手招きの合図。
僕は、自分を指さし、僕ですか?というジェスチャ。店員は大きく頷く。
後で行くのに。そう思いながらも、弁当を置いてガソリンスタンドの店員に駆け寄る。
「こっちで食べな」
コンビニの駐車場に居ては、迷惑がかかるということだろうか?
「お茶出してあげるから」
「すみません。よろしいですか」
クルマを動かすと、ガソリンスタンドの隅へと誘導してくれた。
僕は、弁当を持って降りて「ありがとうございます」
「いいよいいよ、事務所に来な」
事務所についていくと「そこに座りな」とソファを薦めてくれた。
「失礼します」と、腰を下ろす。
「俺、旅行者好きだから」
そう言って、笑った店員(店長だろうか?他に従業員はいない)の歯は所々が欠けていた。
まだ40代半ばくらいだろうか、純朴で、いかにも人の良さそうな顔だった。
JAのコマーシャルにうってつけな感じ。
なんで、旅行者と判ったのだろう?ふと考えたが、レンタカーのナンバーを見れば、レンタカーで函館から来ていることは判るわけだ。さすがはプロだな。
「どっから来たの」
「名古屋です」
へぇー。という表情をしながら、
「学生さんじゃないよね」
「はい。35歳です」
「仕事…のカッコじゃないよね」
服装のことだろう。「レジャーです」と答える。
「独身?」
「そうです」
「独身貴族かぁ」
「いえ、そんな、貴族どころか、明日なき身です」
店長は目を丸くする。
僕は、仕事を辞めることになった経緯を簡単に話した。
そこまで話すことはないのかもしれないが、店長の人柄に、つい話してしまった。
「こっちで仕事を探すのかい」
「そこまでは考えていませんでした。気分転換のつもりで来ました」
「ふーん、俺は千葉から来たんだ。昔のことだけど…」
店長は少し間を置いて、「俺さ、若い頃、千葉で"族"やってて…、"族"ってわかる?」
僕はうなずく。
「いちおー、"頭"だったんだ。小さなチームだったけどな」
「でもよ、チームの一人が揉め事起こしてさ、相手が"連合"。人数で言ったら数十倍は違う。このままじゃヤバイと思って、大洗からフェリーで、仲間とこっちに逃げてきた」
そう言って、店長はにやりと笑う。
どう見ても、暴走族という風貌ではなかった。暴走族と言えば、つり上がった、あるかないか判らないような眉毛のイメージ。
だが、店長のそれは見事に両下がりの"ハの字"になっていて、暴力的なイメージからは程遠い。若い頃はどうだったのだろうと、思わず想像してしまった。
「そんで、着の身着のままで逃げてきたから、何もない。必死で、なんとか、この近くの小さな鉄工所に住み込みの働き口を見つけたわけさ」「そこの社長と、ここのスタンドのオーナーが友達で、いまはここにいるっちゅーわけ」
「へぇ」
「人生、行き当たりばったりも悪くない」
「そうかもしれませんね」
そう答えたとき、事務所の外で人影が動くのを感じた。
お客かと思ったら、年配の女性が事務所に入って来て、
「とうちゃん、弁当」「あ、こんにちは」「また旅人さんかい」
店長と僕を交互に見ながら、矢継ぎ早に喋った。
店長は「てへへ」と頭を掻いて、「そのオーナーの娘が、かーちゃん」と笑う。
奥さんは「そんなことも喋ったのかい」と呆れながらも、怒っている感じではない。
「あー、ごめんね、弁当を食べて貰おうと呼んだのに、話し込んじゃって。一緒に食べようか」
ここで、ようやくお茶を出して貰えた。
店長と奥さんの夫婦漫才を聞きながら、弁当を食べる。
食事を終え、ガソリンを満タンにし、店長夫婦に見送られながら、再び走り出した。
こういった、のんびりした土地で暮らすのも悪くないと思えた。
◇
そろそろ今夜の宿を考えなくてはならない。
カーナビの地図を広域表示にしても、まだまだこの風景は続きそうだ…。
歌で有名な襟裳岬に到着した頃には、かなり陽は傾いていた。
夕焼けに染まる襟裳岬は、…確かに、何もなかった。
ここから大きな街と言えば、帯広か、釧路になる。
外周ばかり回るのも面白くないので、帯広に向かって進むことにした。