≪4≫
北海道上陸最初の夜に、ベッドに寝ころんで考えている。
美晴に別行動を提案されたことはショックだった。
でも、本当のショックは、"そんなことでショック"を受けていた、自分だった。
つまり、自分は北海道に何をしに来たのか、ということだ。明確な目標を掲げたわけではなかったが…、かっこつけて言えば、"一人で考えてみる時間"を得るため。自分を見つめ直してみよう。くらいの意気込みはあった。
なのに、北海道に上陸する前から、目標を見失って、浮かれてたバカがここにいる。
それを美晴に教えられた気がした。
美晴は、電車を乗り継いで、時計回りに回ると言っていた。
僕は、レンタカーを借りて反対回りだ。
これは、最初に考えていたプランで特に支障はない。
◇
翌朝、ホテルで市電の乗り方を聞いて、美晴と元町公園から赤レンガ倉庫群までを散策してみた。
その後、函館駅に戻り、ここでお別れとなる。
美晴は札幌に向かうという。
「一人で本当に大丈夫?」
「がんばります。一人で出来なきゃ、来た意味がありませんから」
つい、目が潤んでしまった。美晴に気付かれただろうか…。
「もしね、万が一、何かあったら、ここに連絡して」
そう言って、携帯電話の番号とメールアドレスを書いた紙をしつこく四回も折り畳んだメモ用紙を美晴に手渡すと、美晴は心臓のあたりでメモをぎゅっと握りしめた。
「無事に帰ったら、捨てていいから」
「ありがとうございます」
「じゃ、元気で。良い旅を」
そう言って、僕は右手を差し出した。美晴はメモを左に持ち替える。
「北海道の反対側で。忘れないでくださいよ」
握手を交わした。
手が離れると、美晴は大きな荷物を肩にかけ、少しよたよたしながら改札を抜けて、一度だけ振り返って、手を振った。
◇
ぼくは、そのまま駅前のレンタカー店を探しに向かった。
借りたのは、トヨタのヴィッツ。
そのまま一気に、洞爺湖まで走った。
正直、途中に何があったのかさえよく覚えていない。
頭では考えていても、心は着いて来てくれてないようだ。
洞爺湖で、余った時間をボーッと過ごし、そのまま近くのホテルに一泊した。
このままじゃ、ただ一周するだけになってしまうな…。
翌朝、洞爺湖を発ち、しばらく走ると登別の看板が目についた。
「登別温泉かぁ」と、思わず、一人呟いてしまった。
職場に独り言を言う人がいる。正直、気味が悪いと思っていたが、ついに、自分にもその兆候か?
こっちに泊まれば良かったかな、と思いつつ、日帰り温泉(なるべくなら露天風呂)に入れるところを探すことにし、訊ねた一軒目の宿で、あっけなく「できますよ」の返事が貰えた。
露天風呂は、確かに空は見える"露天"だったが、柵で囲まれ景色は良くない。
まぁ、観光地ならこんなもんか…。
そう考えているとき、ふと、左側からの視線を感じた。
視線の方向を向いてみると、明らかにこちらを見ながら、にこにこしている男がいる。
痩せ気味で、顔の濃い男。大阪のくいだおれ人形を連想する顔立ちだ。
目が合うと、男はにやけた顔のまま、こちらにやってくる。そのまま、ちゃっかり僕の隣に座った。
「こんにちはー」
セールスマンのような愛想の良さで挨拶してきた。
さすがに気味が悪く、返事をしたものか迷っていると、愛想も崩さず、
「おひとりですかー」
ますます怪しい。
「はぁ、そうですけど…」仕方なく応える。
「だいたい判るんですよ、一人旅の人って。何日目ですかー」
「え?」
「今日で何日目?」
「ああ、家を出て四日目。北海道に入って、実質二日かな…」
一人旅同士と言うことで声をかけてきたのか…?
でも、この先、ご一緒は嫌だなと思った。
「あまり一人旅の経験はないでしょ、だいたい判るんですよー」
「そうですね」
「ぼくは、今回で北海道五回目。全部一人旅。この後、千歳まで行って帰るんですよ。毎回、旅の締めくくりにここの温泉に浸かりに来るんです」
帰るというのを聞いて、少し安心。
「でね、一人で延々と回るのって意外と苦しいんですよ。最初は、自由気ままな開放感を味わえるんですが、だんだん孤立感を感じるようになります」
黙って頷いた。まだ、一人きりになって24時間以内だが、孤立した感覚はむしろ強い。
意外とまともな人のようだ。怪しんでしまって申し訳なく思った。
「それで、声をかけさせて貰いました。なんか思い詰めた顔してたから。危ないなと思ったら、とにかく誰かに声をかけてみるといいですよ。一人旅同士なら盛り上がって、気分も晴れます」
「ありがとう」
「じゃ、よい旅を!」
そう言って、男はガバッと立ち上がる。男の股間が目の前に登場した。(それは勘弁してほしかった)
男は、中途半端な敬礼のような合図をして、温泉から出ると、そそくさと更衣室へと歩いていった。
とにかく誰かに声をかけてみる、…か。
それが気楽に出来る性格なら、苦労はないのだが…。