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行夢来人  作者: 福谷莇生
4/16

≪3≫


朝、部屋の内線電話で目が醒めた。

「おはようございまーす」

美晴の元気な声。

ベッドの時計を見ると、まだ、7時6分だった。約束の時間は7時半だったはず、アラームは7時10分にセットしていた。

「おはよう。早いね」

「バイキング行きましょう」

このホテルの朝食はバイキングだというので、朝食だけ頼んでおいた。

「すぐに準備するよ」

旅に出て、最初の朝食。普段の朝食は、コンビニのサンドウィッチに野菜ジュースが主で、ひとパックのサンドウィッチでさえ、半分残すほどの小食。

バイキングは勿体ないかとも思ったけど、自分でも信じられないくらいに食べた。

小食なんじゃなくて、毎日、似たり寄ったりのものばかりで、食欲が出なかっただけなのかも。


10時過ぎに酒田を出発。

もっと早い時間でもよかったんだけど、どうにも乗り継ぎが悪い。今日中に北海道に上陸できればいいということで、この時間にした。

「昨日、思ったことを聞いてもいいかな?」

「なんですか?」

美晴は真顔で応えた。

「肉がダメだっていったよね。昨日食べたのは、ミートソースパスタじゃない?」

「あー、それを言わないでくださいよぉ。連想しちゃう。形がはっきりしてるとダメなんです。カレーライスでも、とろとろに溶けていれば大丈夫で、ブロック状で歯ごたえがあると、噛めなくなるんです」

「なるほどね」

ミートという名称は平気だったのかな、と思ったが、これ以上はつっこむのは止めた。


「美晴さんは、北海道に行くのに、どうしてこのルートを選んだの?」

「それはですね、気分は日本海だったからです。演歌の世界、みたいな」

どちらかと言うと、この娘なら飛行機でひとっ飛びで行きそうなイメージなのに、やっぱり複雑なんだな。

「なるほど。似た者同士というわけか」

「似た者同士ですか?」

「昨日のカタルシスの話…。僕もちょっと毒を吐き出してもいいかな」

「いいですよぉ、そういう話、大好きなんです」

そう言って、美晴はいたずらっぽく微笑んだ。


「実は、僕も二年前にふられたんだ。それ以来ずっと低空飛行していた気がしてた。そこに早期退職の話で、これはもしかしたら上昇気流かもしれないと思って、それで手を挙げたんだ」

「男の人って引きずるっていうけど、二年は大変ですねぇ」

「二年間ずっとってわけじゃないんだけどね。数ヶ月くらい思い出さないことは、ざらにあった。でも、気がついたら二年経ってた。この間、何かをした記憶がないんだよね。会社との往復以外は…」

「ふられる前は長かったんですか?」

「数ヶ月で、何回かデートしたくらい」

「私なんか、片思いで、ふられてばっかり…」

美晴は大袈裟にため息をつく。

「きっと美晴さんのこと、好きな男はいるよ。でも、そういうところに目が行かないんじゃない?」

「いますかねぇ。でも、追いかけるのが好きなのは正解かもです」

いつの間にか、話を持って行かれてしまった。

「私のことを好きな人がいるとしたら、どうやって見つければいいんです?」

「うーん、シャイな男もいろいろだけどね。でも、そういう男から見ると、美晴さんは好きな相手ばっかり見ていると思うから、すぐそれに気付いちゃうと思うよ。だから、男からは告白できない」

これは中学の時の実体験だったりする。

「図星かもしれない。好きな人しか見てない」

「ブリンカーを外さないとね」

「ブリンカー?」

両手で自分の顔を左右から挟むようにして、

「競走馬がここに付けてるやつ。前しか見えないようにしている」

美晴もそれを真似して、両手で顔を挟んだ。

「でも、ここを邪魔しても、視界は変わりませんね」

「馬は目が横に点いてるからね。視野が恐ろしく広いんだ」

「なるほどー。でも、やっぱり好きな人を追いかけるのがいいなぁ」



秋田で、今日一回目の乗り換え。

この頃から、美晴は一人で何かを考え込む時間が増えた。

会話はたまにあるけど、話が弾まない。

「秋田って聞くと、あと一歩って感じがするね」と言っても、

「そんな感じですね」という調子だ。

僕との会話に飽きたのか、ここまで来たことを後悔しはじめたのか…。


青森駅に降り立った。最後の乗り換え。次は北海道だ。

ここで、思い切って聞いてみた。

「もしかして、後悔している?…ここまで来たこと」

「そんなことないですよ」

力強さがまったく感じられない。

今日の予定は函館まで。ここまで来る途中で、昨日と同じ要領で、ビジネスホテルを予約していた。

「函館に着いたら、夜景を見に行かない?」

「どうやって行くんですか?」

「タクシーで登れるみたい」

「タクシー、ですかぁ…」

料金のことを心配しているのだろうか。

「僕は、一人でも行くつもりだから、便乗するならタダ」

「それじゃー、悪いですよ」

美晴は、ここまでも、一切奢らせてくれなかった。頑なに、自分の分は自分で払っている。

「たまには、社会人の財力を見てくれよ。それに、一人で使う方が勿体ない」

美晴は、ほんの少し間を置いて、

「わかりました。お言葉に甘えます」

そう言って、数時間ぶりに笑顔を見せたが、表情はまだ暗かった。



しかし、ホテルに着いてみると、函館山は意外と近かった。もっと、街外れから見下ろすものだと思いこんでいた。

結局タクシーは使わずに、函館の街を見ながら歩いていくことにした。完全なリサーチ不足だったが、美晴は函館の街を見ながら、ライバル心を燃やしたのか、長崎の良さを熱弁しはじめた。機嫌は上向きのようだ。


麓からは、ロープウェイで山頂まで登れる。

「うわー、綺麗。長崎の夜景もすごいけど、函館も格別ですね。ウエストの所のくびれがセクシィです」

展望台の人垣の空いてるところを見つけて、美晴は柵を握りしめながら、

「やっぱり、来て良かった…」

美晴は、夜景を見ながら、そう呟く。

「私、北海道に着いたら、そのまま飛行機で帰ろうかな、なんて考えてたんです」

やっぱりか…。

「でも、この景色見たら、そんなの吹っ飛びました。バイキングはこれからですね」


「洋一さんは、北海道はどこを回るんですか?」

「まだ、はっきりとは決めてないんだけど…」

今が誘うチャンスだと思い、一緒に回らないか、そう言おうとした。

「私、考えたんです。お互いに反対回りして、北海道の反対側で出会えたら、それは運命って感じしません?」


言葉が出なかった。


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