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行夢来人  作者: 福谷莇生
2/16

≪1≫


日本海に向かう電車の中で、僕は、半年前に見た夢のことを考えていた。


「ここは貴方の図書館ですよ」


背後から声がしたところで、夢の記憶はバッサリ途切れている。

ここで目が覚めたわけでもない。

そこで終わった気がしない。

そこまでの"夢"は、今でも鮮明に記憶に残っている。きっと続きがあったはずなのに、まったく思い出せない。印象的で不思議な夢だった。


夢の中の、新幹線のホームで待っていた真奈美との出会いのきっかけは、三年ほど前になる。


当時の僕はブログを作っていた。何も面白いことなどは書いてない。淡々と日常を綴っただけの、他人が読んでも何も面白くないであろう事は、百も承知で続けていた『日記』だった。

なぜ、そんなものを書くのか、書く意味があるのかなんてことはどうでもよかった。

僕は幼い頃から"記録魔"だったのだ。バインダーノートが好きで、何でもバインダーノートに記録していた。


なぜ、ブログを始めたのか。知人などには誰にもブログをやっていることは教えてない。けれど、ネット上に置くことで、もしかしたら見られるかもしれないという、ちょっとした緊張感のようなものに魅力を感じたのかもしれない。


そのブログで、ちょっとこだわっていたのは、毎日、空の写真を載せていたこと。これも別段きれいな風景写真というわけではない。日記の内容と関係もない。

毎朝、家を出たところで、携帯電話で空の風景を撮影していた。これは、携帯電話を忘れないための習慣として始めたこと。文章だけではあまりに地味すぎるので、毎回、この写真を添えて投稿することにした。夏休みの宿題の日記帳には、その日の天気を記入する欄があったが、その代用みたいなつもりだった。そのうち、毎日同じ場所ではつまらなくなって、いろんな場所で撮影するようにはなった。


そして、初めてブログにコメントをくれたのが真奈美だった。

真奈美は、インターネットを始めたばかりの京都在住大学生だと自己紹介してきた。こんなブログに関心を持たれることが、まず不思議だった。それくらい、他人が読んでも面白くないことは自負していたのだ。

もしかしたら、出会い系詐欺の手口なのかとも思った。


僕は興味本位で、"真奈美"とメール交換を始めた。

退屈な毎日への刺激になるかもしれない。やばいと思ったところで、手を切ればいい。どうせ、メルアドもフリーのものだ。

しかし、一向に詐欺を仕掛けてくる気配がない。


ここで、もう一つの可能性に気付く。

知り合いが偶然、ぼくのブログを見つけて、からかっているのかも知れないと。写真を見れば、近所に住んでいれば場所に気付くだろうし、ブログの内容も、特別、個人を特定できないような配慮をしていたわけでもない。よく行く店。仕事の帰りに横切る公園。そのまま書いていた。どうせ、誰も"関心を示さない"ことを前提にしていたからだ。


三ヶ月以上のメール交換が続き「会ってみたいです。名古屋を紹介してくだい」というメールが届いた。

鬼が出るか蛇が出るか、そろそろ決着を着けたい気分でもあった。待ち合わせ場所で、知人だったら、こっちから先に気付いて、手を振ってやろうと待ちかまえていた。「騙されたふりをしてたんだぜ」と…。


しかし、そこにやってきた"真奈美"は、知人ではなかった。

ロングヘアーの黒髪が、"昭和のお嬢様"を連想させる美少女。テレビの"懐かし秘蔵映像"の中から出てきたアイドルという感じ。

最初のオフ会(?)は名古屋港水族館という定番中の定番になった。本物だったときのことを何も考えてなかったのだ。どうせ、待ち合わせ場所付近で、お茶を飲んで終わるものだと思っていた。

真奈美は、ある時は小さな魚の群れに見入り、またある時は大きな魚に喜び、本当に小さな事にもいちいち感動してみせた。

まるで子供だ。だか、"品"は感じる。本物のお嬢様、箱入り娘かも知れないと感じた。


そして、これが続くことになる。真奈美は、必ず名古屋で会うことを提案してきた。

東山動植物園、明治村、リトルワールド、名古屋では手駒が少ない。今度は僕が京都に行くよ、と提案したが、真奈美はそれを拒んだ。何か秘密があるのは感じていたが、結局、もう会えないという終焉のメールが届いて、交流は止まった。


ダメージは想像以上に大きかった。

おそらく住む世界が違う女性、というのは覚悟していた。

が、あらゆる気力が体から抜けていく感じがした。


ブログの更新も止めた。



僕は地元国立大を卒業し、地元有名企業に就職した。本社勤務だけでも二千人はいるようなところだ。順風満帆な人生に思えるかも知れないが、配属先が悪かった。この会社は、バブル期の好景気に浮かれ、異業種に手を出した。八百屋が『魚はじめました』みたいな事をしたわけだ。やがてバブルが弾け、新規に始めた部門は、規模縮小となり、顧客へのアフターケアだけが残った。本職の魚屋に顧客ごと譲渡することもしなかった。

入社して、いきなり、通称『バブル後始末課』に配属されてしまったのだ。

会社の方針として、これ以上の発展は望んでいない。このまま何事もなく縮小し続け、やがて消滅する運命の仕事を任されたわけだ。


そんなわけで、仕事には元々やりがいを感じず、加えてプライベートでもダメージを受けて、この二年間は、公私ともにやる気の起きないドツボ人生を一直線に走っていた。


おまけに、最近になって会社は早期退職者を募り始めた。うちの課はバブル期に若手だった40代が中心。かつては、その上も居たらしいが、この課が発足されたときに異動で配属してきた上司達は、バブル後は元の鞘に逃げ帰り、結局、ここに新人として配属された逃げ場のない者だらけの監獄となっていた。

そして僕が35歳にして最後の新人。僕以降、誰も配属されなくなったから、永遠の下っ端である。


そんな状況で、うちの課(現在7名)にも、一名の早期退職者を課せられた。

自分以外は、みんな働き盛りの家庭持ち。自分だけが独身。みんな戦々恐々としている中、僕がやけくそで手を挙げた。ここで人生の方向転換を図るのもいいかもしれない。転職するなら、35歳がぎりぎりか、とも計算した。

早期退職のご褒美は、転職活動はすべて公休扱いとなる。実質、今年度いっぱい(退職日まで)出社しなくても給料は貰える仕組み。


そこで北海道旅行を思い立った。

なぜ北海道か、九州には学生時代に友人の実家に遊びに行ったことがある。ならば、北だ。北海道は初めてだ。という理由。

日本海からのルートを選んだのは、日本海側は、若狭湾以外は訪れたことがなかったから。

それに、飛行機を使うほどの急ぐ理由もない。


今回の旅は、細かな計画を、事前に立てることも敢えてしなかった。日程が限られているわけでもないし、ハプニング歓迎の行き当たりばったりで行こうと考えていた。石橋を叩いて渡るタイプの僕には、いい薬になるかもしれない。

今し方、携帯電話で、富山から函館までのルート検索をしてみた。富山まで出れば一本で青森まで行けるか、途中乗り換えるにしても一回くらいだろうと考えていたが、結構乗り継ぎが多いのには驚いたが、乗り継ぎしながらの旅、も悪くないと思うことにした。


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